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友人と言う名のお世話役
保健室での出来事
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「あ……」
自分でも気づかなかった傷を、彼はどうしてわかったんだろう? 見れば、右手中指の第二関節の所に赤い筋がある。飛び散ったガラスを避けきれなくて、うっかり切ってしまったのかもしれない。紅のことが心配だったから、自分のことはよく確かめていなかった。
「まったく紫は。いつだって自分のことは後回しだな」
「へ? ……って、うわっ」
手を引っ込める間もなく、紅が自分の舌で私の傷をペロッと舐めた。いくら幼なじみとはいえ、いきなり舐めるっておかしいでしょ? 紅の赤い舌は、柔らかくてくすぐったい。
「ゆ、指、指~~~~! 私の手、汚いよ」
焦って引き抜こうとするけれど、掴まれた手はびくともしない。
「どうして? 白くて綺麗な指だ」
「ちっがーう! 溶液飛んでるかもしれないし、危ないでしょ」
「さっき俺の腕を洗う時に一緒に洗ったはずだ」
「そういう問題じゃなくて……」
恥ずかしいんだってば!
こんなイベント、ヒロイン相手でもなかったような気がする。
なのに紅は私の手を持ち上げると、自分の綺麗な顔を再び寄せた。
「は? いや……ちょっと!」
私は慌てた。
中世の騎士のように、そのまま手に口づけるってどういうこと?
彼の赤茶けた髪や伏せられたまつ毛、整った顔は作り物のように美しい。キザな仕草でも、紅ならサマになっている。
だけどだよ? そもそも相手を間違えている。私を相手にこんなことをしても、何にもならない。こんなシーンは覚えがないけれど、せっかくならヒロイン相手に頑張ってもらいたい。うっかりときめいてしまったのは、きっと気のせい。ゲームの彼を思い出してしまったからだ。
さすがにこれは、幼なじみでもどうかと思う。自分の顔が熱くなっているのがわかる。
調子に乗った紅は私の手をなかなか離してくれず、唇を傷に押し当てたまま動きを止めている。保健室に二人で突っ立っているけれど、事情を知らない人から見れば立派な男同士。もしここで誰かが中に入ってきたら、変な誤解をされてしまう。
「もう大丈夫だから離して。こんな怪我、絆創膏で十分!」
ふと目を開けた紅が私の顔を見て、反応を確認している。その瞳が笑っているように見えるのは……もう、やっぱりふざけてたのね!
「だったら可愛くお願いしてみて? お前の願いなら、聞くかもよ」
紅よ、一体どうした?
掠れた声で言うなんて、突然何のスイッチが入っちゃったんだろう? バカなことはやめて! と言おうとしたその時――
保健室の扉が勢いよく開いて、誰かが中に入って来た。
「紅、約束が違う。いつまでここにいるつもりだ?」
良かった、蒼だった。
彼ならこの状況を見てもおかしいとは思わない。
いや、やっぱり変なのかな?
私は蒼に困ったように笑いかけた。
「何だ、もう終わったのか。慌てて飛んでこなくても、無事に帰すから大丈夫だ」
紅の声もいつも通り。
さっきのは何だったんだろう?
彼に握られている私の手に、蒼の冷たい視線が注がれる。もしかして、授業サボって二人で遊んでるって思われた? 私は急いで手を引き抜くと、自分の背中に隠した。今度は紅もあっさり解放してくれた。
なぜか睨み合う二人を放っておいて、私はさっさと絆創膏を探しに行った。確か向こうの棚の救急箱の中に入っていたはず。保健室は結構常連なので、どこに何があるのかは大体わかっている。
それにしても、約束って何だろう?
「いつまでここに」とか「無事に帰す」ってことは、やっぱりヒロイン絡みなのかな?
処置を終えた私は、蒼に聞いてみることにした。
「桃……花澤さんは? 大丈夫だったの?」
「どうしてその名がここで出てくる?」
蒼が訝し気に眉を顰める。
何だか機嫌が悪そうだ。
「だって、さっきの実験で……。変な責任を感じていないといいけれど」
急に心配になる。
桃華が自分の失敗を悔やんで、落ち込んでいなければいいと思う。
「彼女が、授業の最初にきちんと話を聞いていないのが悪い」
紅が冷たく言う。
あれ、おかしいな?
ヒロインに対する愛情の裏返し?
「それを言うなら私にも責任があるでしょ。考えごとをしていたせいで、ボーっとしてた」
すぐに反論した。
桃華一人が原因ではないと思う。
女の子はちゃんといたわって優しくしてあげなくちゃ。それに元はといえば私が、よく確かめもせずに実験を進めてしまったからだ。作り置きの溶液に衝撃を与えたことが、原因なのかもしれない。
「紫はいい。大した怪我でなくて良かった」
「うわっ」
紅を押しのけた蒼に頬を撫でられ、顔を寄せられた。昔から知る仲とはいえ、綺麗な顔のいきなりのアップは、心臓に悪い。
「蒼、俺の心配は? それに、お前こそ約束は?」
腕を組み、首を傾げた紅が問う。
「お前のことはどうでもいい。約束ならわかっている」
約束って何だろう。
不機嫌な理由はそれなのかな?
よくわからないけれど、二人にとって大切なものらしい。 さっきの実験中に交わしたの?
あ、もしかして! 『転校生の桃華を寮まで無事に帰す』とかそんなやつかな? だったら大変! 急がないと、彼女は一人で女子寮に帰ってしまう。
「約束があるなら急がなくっちゃ! 早く行かないと、彼女いなくなるよ」
私は桃華を引き留めるため、慌てて保健室の出口に向かった。二人に顔を見られたくないというのもある。だって、紅に舐められた指と蒼に撫でられた頬が熱い……
「おい、待て。急にどうした?」
「何を言っているのか、さっぱりわからん」
言いながら、走る私を二人は追いかけてきた。
約束の内容を私に言い当てられたからって、照れてごまかさなくてもいいのに。
自分でも気づかなかった傷を、彼はどうしてわかったんだろう? 見れば、右手中指の第二関節の所に赤い筋がある。飛び散ったガラスを避けきれなくて、うっかり切ってしまったのかもしれない。紅のことが心配だったから、自分のことはよく確かめていなかった。
「まったく紫は。いつだって自分のことは後回しだな」
「へ? ……って、うわっ」
手を引っ込める間もなく、紅が自分の舌で私の傷をペロッと舐めた。いくら幼なじみとはいえ、いきなり舐めるっておかしいでしょ? 紅の赤い舌は、柔らかくてくすぐったい。
「ゆ、指、指~~~~! 私の手、汚いよ」
焦って引き抜こうとするけれど、掴まれた手はびくともしない。
「どうして? 白くて綺麗な指だ」
「ちっがーう! 溶液飛んでるかもしれないし、危ないでしょ」
「さっき俺の腕を洗う時に一緒に洗ったはずだ」
「そういう問題じゃなくて……」
恥ずかしいんだってば!
こんなイベント、ヒロイン相手でもなかったような気がする。
なのに紅は私の手を持ち上げると、自分の綺麗な顔を再び寄せた。
「は? いや……ちょっと!」
私は慌てた。
中世の騎士のように、そのまま手に口づけるってどういうこと?
彼の赤茶けた髪や伏せられたまつ毛、整った顔は作り物のように美しい。キザな仕草でも、紅ならサマになっている。
だけどだよ? そもそも相手を間違えている。私を相手にこんなことをしても、何にもならない。こんなシーンは覚えがないけれど、せっかくならヒロイン相手に頑張ってもらいたい。うっかりときめいてしまったのは、きっと気のせい。ゲームの彼を思い出してしまったからだ。
さすがにこれは、幼なじみでもどうかと思う。自分の顔が熱くなっているのがわかる。
調子に乗った紅は私の手をなかなか離してくれず、唇を傷に押し当てたまま動きを止めている。保健室に二人で突っ立っているけれど、事情を知らない人から見れば立派な男同士。もしここで誰かが中に入ってきたら、変な誤解をされてしまう。
「もう大丈夫だから離して。こんな怪我、絆創膏で十分!」
ふと目を開けた紅が私の顔を見て、反応を確認している。その瞳が笑っているように見えるのは……もう、やっぱりふざけてたのね!
「だったら可愛くお願いしてみて? お前の願いなら、聞くかもよ」
紅よ、一体どうした?
掠れた声で言うなんて、突然何のスイッチが入っちゃったんだろう? バカなことはやめて! と言おうとしたその時――
保健室の扉が勢いよく開いて、誰かが中に入って来た。
「紅、約束が違う。いつまでここにいるつもりだ?」
良かった、蒼だった。
彼ならこの状況を見てもおかしいとは思わない。
いや、やっぱり変なのかな?
私は蒼に困ったように笑いかけた。
「何だ、もう終わったのか。慌てて飛んでこなくても、無事に帰すから大丈夫だ」
紅の声もいつも通り。
さっきのは何だったんだろう?
彼に握られている私の手に、蒼の冷たい視線が注がれる。もしかして、授業サボって二人で遊んでるって思われた? 私は急いで手を引き抜くと、自分の背中に隠した。今度は紅もあっさり解放してくれた。
なぜか睨み合う二人を放っておいて、私はさっさと絆創膏を探しに行った。確か向こうの棚の救急箱の中に入っていたはず。保健室は結構常連なので、どこに何があるのかは大体わかっている。
それにしても、約束って何だろう?
「いつまでここに」とか「無事に帰す」ってことは、やっぱりヒロイン絡みなのかな?
処置を終えた私は、蒼に聞いてみることにした。
「桃……花澤さんは? 大丈夫だったの?」
「どうしてその名がここで出てくる?」
蒼が訝し気に眉を顰める。
何だか機嫌が悪そうだ。
「だって、さっきの実験で……。変な責任を感じていないといいけれど」
急に心配になる。
桃華が自分の失敗を悔やんで、落ち込んでいなければいいと思う。
「彼女が、授業の最初にきちんと話を聞いていないのが悪い」
紅が冷たく言う。
あれ、おかしいな?
ヒロインに対する愛情の裏返し?
「それを言うなら私にも責任があるでしょ。考えごとをしていたせいで、ボーっとしてた」
すぐに反論した。
桃華一人が原因ではないと思う。
女の子はちゃんといたわって優しくしてあげなくちゃ。それに元はといえば私が、よく確かめもせずに実験を進めてしまったからだ。作り置きの溶液に衝撃を与えたことが、原因なのかもしれない。
「紫はいい。大した怪我でなくて良かった」
「うわっ」
紅を押しのけた蒼に頬を撫でられ、顔を寄せられた。昔から知る仲とはいえ、綺麗な顔のいきなりのアップは、心臓に悪い。
「蒼、俺の心配は? それに、お前こそ約束は?」
腕を組み、首を傾げた紅が問う。
「お前のことはどうでもいい。約束ならわかっている」
約束って何だろう。
不機嫌な理由はそれなのかな?
よくわからないけれど、二人にとって大切なものらしい。 さっきの実験中に交わしたの?
あ、もしかして! 『転校生の桃華を寮まで無事に帰す』とかそんなやつかな? だったら大変! 急がないと、彼女は一人で女子寮に帰ってしまう。
「約束があるなら急がなくっちゃ! 早く行かないと、彼女いなくなるよ」
私は桃華を引き留めるため、慌てて保健室の出口に向かった。二人に顔を見られたくないというのもある。だって、紅に舐められた指と蒼に撫でられた頬が熱い……
「おい、待て。急にどうした?」
「何を言っているのか、さっぱりわからん」
言いながら、走る私を二人は追いかけてきた。
約束の内容を私に言い当てられたからって、照れてごまかさなくてもいいのに。
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