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友人と言う名のお世話役
危ない実験
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転校してきたばかりの桃華が、学園での人気1、2を誇る紅輝と蒼士をいきなり独り占め……。授業とはいえ、この図式は非常によくないことに気づいた。しかもさっきから無邪気に質問しては、彼らに笑顔を振りまいている。紅も蒼も意外に素っ気ない対応なのが、まだ救いではあるけれど。
化学の実験は二クラス合同で、四人一組で行う。化学室は二つのテーブルがくっついて一つのテーブルになったような形。それがいくつかあるので、実際には八人で一つの班となる。レポートをまとめるのも一班ずつ。
いつもの気安さから、隣のテーブルには藍人と橙也が座っている。藍人は黒に近い藍色の髪の剣道男子で、スポーツ全般得意だ。橙也はオレンジのハイライトが入った茶色の長髪という派手なルックスで、確か軽音部に所属している。私も入れると、桃華の周りには現在五人の攻略対象がいることになる。
本来なら攻略が進むと喜ぶべきことなんだろうけれど、この班の中に女子は桃華一人だけ――私はまあ置いておくとして。なので、通路を隔てたテーブルや向こう側から見ている女生徒の視線が非常に厳しい気がする。
私以外の攻略対象達は男子だからか、女子の視線の意味には気がつかない。桃華も天真爛漫なのか、それともヒロインだからか、周りを全く気にしていないようだ。
おかげで私はハラハラし通し。
軽いノリで肩を触ろうとする桃華を上手く躱しつつ、心配のあまりとても実験どころではない。
「硝酸銀水溶液にもう一つを化合、その後藍人達の用意した液体を入れて湯に浸すだけだが……」
「あ、それなら私、用意しておきました」
リストを手にしながら指示する蒼に桃華が答える。
さすがはヒロインだ。愛想を振りまきながらも、手際はいいらしい。気が利いて可愛らしいから、後々人気が出るのもわかる気がする。
「ああ、これのこと?」
私は桃華が差し出してきた溶液の入った試験管に、藍人達から渡されたスポイトの液を何のためらいもなく入れようとした。
「うわ、バカ、待て!」
なぜか隣にいた紅が焦る。
一体どうしたんだ?
スポイトから液が垂れた瞬間――
試験管が見事に弾け飛んだ!
紅が腕を伸ばし、咄嗟に私を庇う。
「キャッ」
「うわっっ」
班の子達から悲鳴が上がる。
何が起こったのか、一瞬理解ができなかった。
教室がざわついている。
爆発の規模は小さかったものの、試験管のガラスが砕けた。紅に破片が飛んでいなければいい。
「紫記っ、怪我は?」
「……紅!」
人の心配をしている場合ではないと思う。
紅のおかげで私に怪我はない。でも、紅は?
慌てて彼の腕を掴み、確認する。
怪我はないようだが、液がシャツに飛んでいる。
蛇口を捻って水を出し、袖をまくり上げて彼の腕もよく洗った。
蒼や桃華、隣のテーブルの四人も驚いている。
特に、桃華。何が起こったのか全くわからない様子で、震えている。
「ごめん、紅、みんなも。僕が悪かった」
私はすぐに謝った。
よく聞いていなかったから、分量を間違えてしまったのかもしれない。そのせいで紅に迷惑をかけ、桃華を怯えさせてしまった。
「違う……紫記のせいじゃない」
紅は原因がわかっているようだ。
その彼が、桃華の方を見ている。どうして――?
「作り置きはいけないと、始めに言われていたはずだ」
そういえば、授業の最初に先生がそんなことを言っていたような気がする。二つは実験の直前に化合するようにと。けれどこれは、ボーっとしてよく確かめなかった私の責任だ。桃華のせいじゃない。
「みんなごめん、実験を早く終わらせようとして僕が彼女に頼んでおいたんだ」
嘘だけど。
でも、ただでさえ女子たちから睨まれている桃華。彼女を庇うためには、こう言うしかないと思う。それで私の化学の成績が下がっても、仕方がないことだ。
「すまない、私もよく見ていなかった」
蒼まで頭を下げる。
紅は相変わらず、腑に落ちない顔をしている。
「どうしましたかぁ? うひゃっ」
中座していた先生が戻って来た。
私たちのテーブルの惨状を見た途端、先生は叫んだ。まだ若く、男子たちから非常に人気のある女の先生だ。廊下でまた、携帯をいじっていたのだろうか?
「先生、今頃お戻りですか? 手を滑らせたようですが、特に問題はありません」
藍人が先生にごまかしてくれている。
「そうだね。監督不行き届きで先生のせいになるのは可哀想だ。試験管がうっかり破損しちゃっただけだし。みんなも、よくわからなかったよね?」
女性に人気の橙也が周りを見渡しにっこり微笑む。女子が一斉に頷いた。
「大ごとにはしたくない。構いませんよね?」
理事長の息子である蒼が先生に確認している。こうなっては、先生は何も言えない。実際にこの場にいなかったのは彼女だ。それに、生徒のしたことでも問題が起これば先生の責任になってしまう。
「かかった溶液がまだ取れていないかもしれない。念のため、俺達は保健室に行くから」
え? このタイミングで保健室イベント?
そう思っていたら、紅が引っ張ったのはなんと私の手だった。
「……え、あれ?」
「ほら、行くぞ!」
やはりどこか怪我をしたのだろうか?
世話役としては、紅についていくしかなさそうだ。
「みんな、授業を中断させてしまって本当にすまなかった」
私は一言付け加えておいた。
これで誰がミスをしたのか、先生もちゃんとわかってくれるはずだ。少なくとも、桃華のせいにはならないと思う。
ただでさえ、ヒロインの彼女は転校生。
明らかに目立ってしまっている。
この先はイケメン達が助けてくれる。
だからといって、クラスの女子に嫌われるのはよくない。悪気はなくても反感を買う行動は、慎むべきだと思う。一応女の子なので、私にだってそれくらいはわかる。これからは女子の間で桃華が孤立しないよう、気をつけて見ておくことにしよう。
保健室に先生はいなかった。
さっきの化学といい、自由過ぎるぞこの学園!
そういえば、プレイしていた時にも先生達の姿はあまり見かけなかった。だからヒロインと攻略対象とがいちゃつく場面がいっぱいあったのかも……と、妙に納得してしまう。
だけど私はヒロインではないし、紅は桃華の攻略対象だ。彼が運動場で転んだ桃華をお姫様抱っこするのは、もっと先のはず。体育祭の練習はまだ始まってもいない。
「紅、さっき庇ってくれた時に怪我したの? 腕をよく見せて」
「いや、お前の方が心配だ。大丈夫だったか?」
言うなり紅は私の手を握った。
彼の薄茶の瞳が、私の指のある一点を捉えた。
化学の実験は二クラス合同で、四人一組で行う。化学室は二つのテーブルがくっついて一つのテーブルになったような形。それがいくつかあるので、実際には八人で一つの班となる。レポートをまとめるのも一班ずつ。
いつもの気安さから、隣のテーブルには藍人と橙也が座っている。藍人は黒に近い藍色の髪の剣道男子で、スポーツ全般得意だ。橙也はオレンジのハイライトが入った茶色の長髪という派手なルックスで、確か軽音部に所属している。私も入れると、桃華の周りには現在五人の攻略対象がいることになる。
本来なら攻略が進むと喜ぶべきことなんだろうけれど、この班の中に女子は桃華一人だけ――私はまあ置いておくとして。なので、通路を隔てたテーブルや向こう側から見ている女生徒の視線が非常に厳しい気がする。
私以外の攻略対象達は男子だからか、女子の視線の意味には気がつかない。桃華も天真爛漫なのか、それともヒロインだからか、周りを全く気にしていないようだ。
おかげで私はハラハラし通し。
軽いノリで肩を触ろうとする桃華を上手く躱しつつ、心配のあまりとても実験どころではない。
「硝酸銀水溶液にもう一つを化合、その後藍人達の用意した液体を入れて湯に浸すだけだが……」
「あ、それなら私、用意しておきました」
リストを手にしながら指示する蒼に桃華が答える。
さすがはヒロインだ。愛想を振りまきながらも、手際はいいらしい。気が利いて可愛らしいから、後々人気が出るのもわかる気がする。
「ああ、これのこと?」
私は桃華が差し出してきた溶液の入った試験管に、藍人達から渡されたスポイトの液を何のためらいもなく入れようとした。
「うわ、バカ、待て!」
なぜか隣にいた紅が焦る。
一体どうしたんだ?
スポイトから液が垂れた瞬間――
試験管が見事に弾け飛んだ!
紅が腕を伸ばし、咄嗟に私を庇う。
「キャッ」
「うわっっ」
班の子達から悲鳴が上がる。
何が起こったのか、一瞬理解ができなかった。
教室がざわついている。
爆発の規模は小さかったものの、試験管のガラスが砕けた。紅に破片が飛んでいなければいい。
「紫記っ、怪我は?」
「……紅!」
人の心配をしている場合ではないと思う。
紅のおかげで私に怪我はない。でも、紅は?
慌てて彼の腕を掴み、確認する。
怪我はないようだが、液がシャツに飛んでいる。
蛇口を捻って水を出し、袖をまくり上げて彼の腕もよく洗った。
蒼や桃華、隣のテーブルの四人も驚いている。
特に、桃華。何が起こったのか全くわからない様子で、震えている。
「ごめん、紅、みんなも。僕が悪かった」
私はすぐに謝った。
よく聞いていなかったから、分量を間違えてしまったのかもしれない。そのせいで紅に迷惑をかけ、桃華を怯えさせてしまった。
「違う……紫記のせいじゃない」
紅は原因がわかっているようだ。
その彼が、桃華の方を見ている。どうして――?
「作り置きはいけないと、始めに言われていたはずだ」
そういえば、授業の最初に先生がそんなことを言っていたような気がする。二つは実験の直前に化合するようにと。けれどこれは、ボーっとしてよく確かめなかった私の責任だ。桃華のせいじゃない。
「みんなごめん、実験を早く終わらせようとして僕が彼女に頼んでおいたんだ」
嘘だけど。
でも、ただでさえ女子たちから睨まれている桃華。彼女を庇うためには、こう言うしかないと思う。それで私の化学の成績が下がっても、仕方がないことだ。
「すまない、私もよく見ていなかった」
蒼まで頭を下げる。
紅は相変わらず、腑に落ちない顔をしている。
「どうしましたかぁ? うひゃっ」
中座していた先生が戻って来た。
私たちのテーブルの惨状を見た途端、先生は叫んだ。まだ若く、男子たちから非常に人気のある女の先生だ。廊下でまた、携帯をいじっていたのだろうか?
「先生、今頃お戻りですか? 手を滑らせたようですが、特に問題はありません」
藍人が先生にごまかしてくれている。
「そうだね。監督不行き届きで先生のせいになるのは可哀想だ。試験管がうっかり破損しちゃっただけだし。みんなも、よくわからなかったよね?」
女性に人気の橙也が周りを見渡しにっこり微笑む。女子が一斉に頷いた。
「大ごとにはしたくない。構いませんよね?」
理事長の息子である蒼が先生に確認している。こうなっては、先生は何も言えない。実際にこの場にいなかったのは彼女だ。それに、生徒のしたことでも問題が起これば先生の責任になってしまう。
「かかった溶液がまだ取れていないかもしれない。念のため、俺達は保健室に行くから」
え? このタイミングで保健室イベント?
そう思っていたら、紅が引っ張ったのはなんと私の手だった。
「……え、あれ?」
「ほら、行くぞ!」
やはりどこか怪我をしたのだろうか?
世話役としては、紅についていくしかなさそうだ。
「みんな、授業を中断させてしまって本当にすまなかった」
私は一言付け加えておいた。
これで誰がミスをしたのか、先生もちゃんとわかってくれるはずだ。少なくとも、桃華のせいにはならないと思う。
ただでさえ、ヒロインの彼女は転校生。
明らかに目立ってしまっている。
この先はイケメン達が助けてくれる。
だからといって、クラスの女子に嫌われるのはよくない。悪気はなくても反感を買う行動は、慎むべきだと思う。一応女の子なので、私にだってそれくらいはわかる。これからは女子の間で桃華が孤立しないよう、気をつけて見ておくことにしよう。
保健室に先生はいなかった。
さっきの化学といい、自由過ぎるぞこの学園!
そういえば、プレイしていた時にも先生達の姿はあまり見かけなかった。だからヒロインと攻略対象とがいちゃつく場面がいっぱいあったのかも……と、妙に納得してしまう。
だけど私はヒロインではないし、紅は桃華の攻略対象だ。彼が運動場で転んだ桃華をお姫様抱っこするのは、もっと先のはず。体育祭の練習はまだ始まってもいない。
「紅、さっき庇ってくれた時に怪我したの? 腕をよく見せて」
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