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友人と言う名のお世話役
私の瞳
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「待って、紅。自分で歩けるから」
「顔を隠してどうやって? 隠さなくても構わないが、嫌なんだろう?」
私は頷いた。
できれば瞳は誰にも見られたくなかった。幼い頃から私を知っている櫻井三兄弟と校医の碧先生以外、学園の中で私の瞳の色を知る者はいない。
「ほら、着いた。碧、いるのか? 部屋借りるぞ」
運ばれた先は保健室だった。
碧先生は不在で、今は誰もいないようだ。
思わず苦笑してしまった。
常連にもほどがある。
おかげで私は、保健室のどこに何があるのかを全て把握しているような気がする。その中には、いざという時のために置いてある私のコンタクトの予備もある。付け替えるだけでいいので、それほど時間はかからない。
「ごめんね、紅。ありがとう」
彼の胸を手で押し、下ろしてもらった。頭の上から被せてくれた上着を畳んで彼に返す。体育の後で私を運んだというのに、紅は相変わらず息も切れていない。結構体力あるんだね。
「礼を言われるほどではない。それより、その目は久しぶりだな。お前はいつもすぐに隠そうとするから」
「だって……」
夜は眼鏡をかけるし、朝も一番に起きてコンタクトを入れる。目が悪いというわけではないけれど、それがすっかり癖になってしまった。
「紫、少しだけでいい。見せてくれないか?」
紅は私の瞳の色を知っている。
見せても怖がられないとわかっている。ちょっとだけならいいかな?
首を縦に振ると、紅はすぐに私の顎を持ち上げて自分の端整な顔を近づけてきた。薄茶の瞳が私の瞳を捉える。
「そんなに綺麗な紫色なのに、どうして隠そうとするんだ?」
唇を噛んで思わず目を逸らす。
幼い頃、私には『男女』の他に『お化け』の称号まで与えられていた。瞳の色は非常に珍しい紫色。両親や先祖が外国人だという話は聞いたことがなく、この世界でもほとんどいないのに。小さな頃は園で気持ち悪がられていた。櫻井三兄弟を『信号兄弟』とからかっていた悪ガキ達を追い払えたのはそのためだ。
小学校に入ると厚いメガネで隠せるから、『お化け』とは言われなくなったけど。そんな私を三兄弟は、「可愛いよ」「綺麗だよ」と褒めていい気分にしてくれたのだった。
「絶対に隠すな、とは言わないが。菫色の瞳だと、女子や橙也なんかが喜びそうだしな」
今なら紫の瞳は、この世界が乙女ゲームだったせいなんだとわかる。『虹カプ』の中で名前に色を持つ登場人物は、由来の色を身体のどこかに必ず持っているから。
紅輝は赤茶けた髪、蒼士は青い瞳、黄司は金色の髪、藍人は黒に近い藍色の髪、橙也は茶色い髪にオレンジのハイライトを入れているように見えるけれど、あれは逆だ。彼の地毛は橙色で茶色の方が染めている。碧先生は緑色の瞳。そして桃華は、太ももにハート形で桃色のあざがある。
だけど小さい頃は知らなかったから、それなりに傷ついていた。
「前ほどは気にしてないけど。でも、今更って感じがするし、できれば目立ちたくないの」
「そうだな。男子生徒として過ごしている以上、あまり綺麗だと疑われるし」
「綺麗? この色が? そう言ってくれるのは紅だけだよ」
「……だと、いいんだけどな」
私を見つめる紅の表情は真剣だ。
彼の瞳の方が、澄んだ茶色で綺麗だと思う。
「ま、今まで通りでいいんじゃないか? 男女問わず襲われても困るし」
言いながら、紅が私の頭の上に自分の顎を乗せて、ため息をつく。
「襲われるって? 怖いこと言わないでよ」
「紫は何もわかっていない」
っていうか、近い!
どさくさに紛れて抱き着いてくるけれど、この体勢かなり近いんですけど。今の私達は男同士だ。目撃されたら完璧に勘違いをされてしまう。
でも紅、いったいどうしたの?
こんなに甘えてくるなんて。
何か心配事でもあった?
そうか、だからついでにここまで運んでくれたのね? 私に話を聞いて欲しいんでしょう。
「紅、甘えてくるってことは何かあった? もしかして好きな子でもできたの?」
「なっっ」
途端に私から離れ、後ずさる紅。
手で口元を押さえて狼狽えている。顔も赤いし、いきなり図星? でも、前にも彼女がいたんだし、そんなに動揺しなくても――
大丈夫、ちゃんとわかっているし。
紅が好きなのはヒロインの桃華。
さっきのチアガール姿にクラッときたのだろう。
「いいよ、隠さなくてもわかっているから。でも、ライバルも多いし大変だよ?」
「……気づいていたのか。ライバルが多いのはわかっている。だが、本人の気持ち次第だろう?」
「そうだね、攻略対しょ……彼女を好きな人は多いけど、紅が頑張ればいけると思う」
なんだ、やっぱりヒロインに惹かれていたのか。私が気がつかなかっただけで、ときめきイベントは済んだのかな? 言いながら少しだけ胸が痛いような気がしたので、私はその場を離れた。何気ないフリをしてコンタクトのケースを取りに行く。
「……彼女?」
急に恥ずかしくなったのか、紅がとぼけた声を出す。
「もう! 私にまでごまかさなくてもいいのに。まあ、恥ずかしいなら名前は言わなくていいから。でも、さっきも可愛かったよねー。私も思わず見惚れちゃったよ」
鏡を見てカラーコンタクトを入れながら、わざと明るい声を出す。ばっちり黒目に戻った。これでもう瞳の色は目立たないはずだ。
振り向いて紅を見る。
あれ、どうしたんだろう?
険しい顔つきは、恋する顔には程遠いんだけど。
「紫、俺の好きな人を誰だと?」
「え? うちのクラスに転校してきた花澤さんでしょう? 可愛いし優しいし、お似合いだと思うけどな」
いくら難易度が高いとはいえ、攻略対象の紅がヒロイン以外を好きになるとは思えない。それに、桃華もまんざらでもなさそうだった。何たって先日は、紅と一緒に私のことを追いかけて来たくらいだし。
「はあぁぁ」
額に手を当て大きなため息をつく紅。
恋に悩む姿はちょっと辛そうだ。
特に紅と桃華のイベントは、みんなから遅れて後の方で起こる。だから今、彼に協力してあげられることは何もないけれど――
「力にはなれないけど、友人として話くらいなら聞くよ?」
世話役は恋愛の世話までは焼かなくていい。でも私は、レナさんと約束したのだ。紅と蒼と黄を幸せにするんだって。
だから、頑張ろう。そんなに好きなら、桃華との恋を応援してあげるから。
――胸が苦しいのは、きっと気のせいだ。
「顔を隠してどうやって? 隠さなくても構わないが、嫌なんだろう?」
私は頷いた。
できれば瞳は誰にも見られたくなかった。幼い頃から私を知っている櫻井三兄弟と校医の碧先生以外、学園の中で私の瞳の色を知る者はいない。
「ほら、着いた。碧、いるのか? 部屋借りるぞ」
運ばれた先は保健室だった。
碧先生は不在で、今は誰もいないようだ。
思わず苦笑してしまった。
常連にもほどがある。
おかげで私は、保健室のどこに何があるのかを全て把握しているような気がする。その中には、いざという時のために置いてある私のコンタクトの予備もある。付け替えるだけでいいので、それほど時間はかからない。
「ごめんね、紅。ありがとう」
彼の胸を手で押し、下ろしてもらった。頭の上から被せてくれた上着を畳んで彼に返す。体育の後で私を運んだというのに、紅は相変わらず息も切れていない。結構体力あるんだね。
「礼を言われるほどではない。それより、その目は久しぶりだな。お前はいつもすぐに隠そうとするから」
「だって……」
夜は眼鏡をかけるし、朝も一番に起きてコンタクトを入れる。目が悪いというわけではないけれど、それがすっかり癖になってしまった。
「紫、少しだけでいい。見せてくれないか?」
紅は私の瞳の色を知っている。
見せても怖がられないとわかっている。ちょっとだけならいいかな?
首を縦に振ると、紅はすぐに私の顎を持ち上げて自分の端整な顔を近づけてきた。薄茶の瞳が私の瞳を捉える。
「そんなに綺麗な紫色なのに、どうして隠そうとするんだ?」
唇を噛んで思わず目を逸らす。
幼い頃、私には『男女』の他に『お化け』の称号まで与えられていた。瞳の色は非常に珍しい紫色。両親や先祖が外国人だという話は聞いたことがなく、この世界でもほとんどいないのに。小さな頃は園で気持ち悪がられていた。櫻井三兄弟を『信号兄弟』とからかっていた悪ガキ達を追い払えたのはそのためだ。
小学校に入ると厚いメガネで隠せるから、『お化け』とは言われなくなったけど。そんな私を三兄弟は、「可愛いよ」「綺麗だよ」と褒めていい気分にしてくれたのだった。
「絶対に隠すな、とは言わないが。菫色の瞳だと、女子や橙也なんかが喜びそうだしな」
今なら紫の瞳は、この世界が乙女ゲームだったせいなんだとわかる。『虹カプ』の中で名前に色を持つ登場人物は、由来の色を身体のどこかに必ず持っているから。
紅輝は赤茶けた髪、蒼士は青い瞳、黄司は金色の髪、藍人は黒に近い藍色の髪、橙也は茶色い髪にオレンジのハイライトを入れているように見えるけれど、あれは逆だ。彼の地毛は橙色で茶色の方が染めている。碧先生は緑色の瞳。そして桃華は、太ももにハート形で桃色のあざがある。
だけど小さい頃は知らなかったから、それなりに傷ついていた。
「前ほどは気にしてないけど。でも、今更って感じがするし、できれば目立ちたくないの」
「そうだな。男子生徒として過ごしている以上、あまり綺麗だと疑われるし」
「綺麗? この色が? そう言ってくれるのは紅だけだよ」
「……だと、いいんだけどな」
私を見つめる紅の表情は真剣だ。
彼の瞳の方が、澄んだ茶色で綺麗だと思う。
「ま、今まで通りでいいんじゃないか? 男女問わず襲われても困るし」
言いながら、紅が私の頭の上に自分の顎を乗せて、ため息をつく。
「襲われるって? 怖いこと言わないでよ」
「紫は何もわかっていない」
っていうか、近い!
どさくさに紛れて抱き着いてくるけれど、この体勢かなり近いんですけど。今の私達は男同士だ。目撃されたら完璧に勘違いをされてしまう。
でも紅、いったいどうしたの?
こんなに甘えてくるなんて。
何か心配事でもあった?
そうか、だからついでにここまで運んでくれたのね? 私に話を聞いて欲しいんでしょう。
「紅、甘えてくるってことは何かあった? もしかして好きな子でもできたの?」
「なっっ」
途端に私から離れ、後ずさる紅。
手で口元を押さえて狼狽えている。顔も赤いし、いきなり図星? でも、前にも彼女がいたんだし、そんなに動揺しなくても――
大丈夫、ちゃんとわかっているし。
紅が好きなのはヒロインの桃華。
さっきのチアガール姿にクラッときたのだろう。
「いいよ、隠さなくてもわかっているから。でも、ライバルも多いし大変だよ?」
「……気づいていたのか。ライバルが多いのはわかっている。だが、本人の気持ち次第だろう?」
「そうだね、攻略対しょ……彼女を好きな人は多いけど、紅が頑張ればいけると思う」
なんだ、やっぱりヒロインに惹かれていたのか。私が気がつかなかっただけで、ときめきイベントは済んだのかな? 言いながら少しだけ胸が痛いような気がしたので、私はその場を離れた。何気ないフリをしてコンタクトのケースを取りに行く。
「……彼女?」
急に恥ずかしくなったのか、紅がとぼけた声を出す。
「もう! 私にまでごまかさなくてもいいのに。まあ、恥ずかしいなら名前は言わなくていいから。でも、さっきも可愛かったよねー。私も思わず見惚れちゃったよ」
鏡を見てカラーコンタクトを入れながら、わざと明るい声を出す。ばっちり黒目に戻った。これでもう瞳の色は目立たないはずだ。
振り向いて紅を見る。
あれ、どうしたんだろう?
険しい顔つきは、恋する顔には程遠いんだけど。
「紫、俺の好きな人を誰だと?」
「え? うちのクラスに転校してきた花澤さんでしょう? 可愛いし優しいし、お似合いだと思うけどな」
いくら難易度が高いとはいえ、攻略対象の紅がヒロイン以外を好きになるとは思えない。それに、桃華もまんざらでもなさそうだった。何たって先日は、紅と一緒に私のことを追いかけて来たくらいだし。
「はあぁぁ」
額に手を当て大きなため息をつく紅。
恋に悩む姿はちょっと辛そうだ。
特に紅と桃華のイベントは、みんなから遅れて後の方で起こる。だから今、彼に協力してあげられることは何もないけれど――
「力にはなれないけど、友人として話くらいなら聞くよ?」
世話役は恋愛の世話までは焼かなくていい。でも私は、レナさんと約束したのだ。紅と蒼と黄を幸せにするんだって。
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