私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です

きゃる

文字の大きさ
62 / 85
近くて遠い人

文化祭2

しおりを挟む
「あれ、紫記ちゃんよく来たね。俺に会うのが待ち遠しかった?」

 ようやく順番が来て、隣のクラス『もふもふカフェ』に入ることができた。教室に招き入れられた途端、橙也に声をかけられる。
 もしもし橙也、女子ならまだしも私にその発言はおかしいよ? この学園の子は、誰にでも愛想のいい君に慣れている。でも、他校の生徒や一般客は、男同士なのに変だと思うことだろう。それに、さりげなく腰に手を回すっておかしくないかい? それだとまるでホストみたい。
   私は肩を竦めると、わざと素っ気なく言ってみた。

「いや、別に。橙也がキツネだってもうわかっていたし。それより、蒼は?」
「何だ、つれないな。蒼ならあっち……ああ、また彼女と一緒だ」
「彼女?」

 意外な言葉に私は慌てて橙也の視線の先を見つめた。そこには、窓際の席で誰かと楽しそうに話している蒼の姿があった。それは――桃華だ! 紅ではなく、友達と一緒に来ていたのか。桃華は狼姿の蒼の言葉に笑っている。女友達と二人ですごく楽しそうだ。

「桃華が……蒼の、彼女?」

 このことを紅は知っているのだろうか? もし知ったら何て思うのだろう。自分の好きな人が既に弟のものだったなんて……

「蒼の彼女? いや、蒼士に特定の彼女はいないんじゃないか? 俺の言い方が悪かったね。ただ、最近あの子とよく一緒にいるな、と思って」

 何だ、そうなのか。
 ドキッとしたのは事実だけれど、桃華はヒロインだ。攻略対象と一緒にいるのは当たり前。特に櫻井三兄弟は近頃彼女と仲がいい。
   橙也の言葉を聞いてホッとしたのか悲しんだのか。桃華が蒼とくっつけば、紅は失恋してしまう。可哀想だと思いながら、それでもいいかなってチラッと考えてしまった。
 橙也に案内された席に座り、私はメニューに目を通す。

「ご注文は? 何なら俺にしとく?」

 テーブルに片手をついた橙也が笑顔で言ってくる。いやいや、その冗談はダメだから。ますます売れっ子ホストみたいだ。隣のテーブルの女の子達が、びっくりした顔でこっちを見ている。

「橙也、ふざけすぎ」
「本気だったら、いい?」

 私の耳に唇を寄せ、掠れた声で囁く彼。色気たっぷりのその声に、思わず目を丸くしてしまった。
 何だそりゃ? 私は確認のため、すぐに制服の胸元に目を落とした。
 大丈夫、さらしは外れていないみたい。今日も悲しいくらいに真っ平だ。
 女子と見れば口説く橙也。まさか、男子にまで手を広げてきたとか?

「宮野く~ん、こっちもお願い」
「橙也、まだぁ?」

   良かった、助かった。
 どうやら奥から呼ばれているようだ。橙也は器用で女生徒に人気があるから、きっと引っ張りだこなんだろう。

「僕のことはいいから行ってあげて。適当に注文しておくから」
「ごめんね。じゃあ紫記ちゃん、考えといて」

 何を? 
 もちろん注文のことだよね?
 周りに愛想を振りまきながら、スタッフの所に戻る橙也。さっきのは、やっぱり冗談だったんだろう。カフェのギャルソンの格好に狐の耳と尻尾で、後姿もカッコいい。だけど私は、彼の軽口に本気になるほど迂闊ではない。



「紫記、来てたのか。言ってくれれば良かったのに」
「蒼! ごめん。忙しかったんじゃないのか?」
「いや、向こうの給仕は終わった。それよりよく来てくれた。サービスしようか?」

 真顔の蒼は、みんなに同じことを言っているんだと思う。

「じゃあコーヒーを美味しく淹れて? あと、おすすめケーキもお願いしようかな」

 ランチの前にケーキなんて……と言わないで欲しい。なんたって学園祭だし、私の中身は女子高生だ。

「わかった。特別美味しく淹れるから。ケーキも大きく切ってもらおう。それよりこれ、どう思う?」

 蒼が首を傾げた。
 狼の灰色の耳を見せているらしい。すごく似合うし蒼らしい。尖った耳の下には少しだけふさふさがついているから、触りたくてうずうずする。

「かっこいいと思うよ。少し撫でてもいい?」
「もちろん、お前なら大歓迎だ」

 蒼は屈んでくれた。
 眼鏡をかけたギャルソンのツンデレ狼……悪くないかも。

「思っていたよりふわふわだ。すごいね」
「さっきもそう言われた。ほら、あっちにお前のクラスの花澤さんがいるだろう?」
「う……うん」

 蒼は桃華を堂々と紹介する。
 自分の方を見たことに気がついたのか、桃華もこちらを見ながら嬉しそうに手を振ってきた。私も手を上げて挨拶する。

「花澤さん、楽しそうだね。もしかして蒼に会いに?」
「どうかな。まあ、仲は悪い方ではないから。それに、向こうでも会っているし」
「夏休み中のこと?」
「ああ。紅から聞いたのか、見合いのこと」
「……見合い?」

 心臓が嫌な音を立てた。
 お見合いって何、それ。
 紅から聞いたかって……それって誰と誰のこと? 
 そんなことは知らなかった。
 お見合いなんて初耳だ。
 まさか、紅? 
   それとも蒼?

『あっちも色々忙しいみたいだ』

   桃華のことをそんな風に言っていた紅。だから私に、劇の練習を頼んできた。もしかして桃華は今、花嫁修業中だから?  それなら、ゲームはもうエンディング間近なの?

「蒼、それって……」
「詳しくは紅に聞いてくれ。あいつなら喜んで話すと思うから」

 喜んでってことは紅だ!
 もうそこまで話がいっていただなんて……。まったく気づかなかったけれど、紅が桃華に気を遣うのは、そのためなの?

「そういえば、紅がさっきからお前を探し回っている。まだ会っていないのか?」

 私は頷いた。
   紅にはまだ会っていない。まさかそのことで、私に話があるのかな?
 別のお客が来たために、蒼はすぐにそっちへ行ってしまった。コーヒーを淹れたり、各テーブルを回って色々話さなくてはいけないから、かなり忙しいらしい。

 運ばれてきたケーキは味がしなかった。コーヒーも結局、飲んだのか飲んでないのかよくわからない。私は早々に席を立ち、帰ることにした。とりあえず、一人でよく考えないと。
 感覚がマヒしても、不思議なことに計算は間違わなかった。私は会計の子にお金を渡すと、すぐに『もふもふカフェ』を出た。
   桃華と紅がお見合いしていたとは知らなかった。紅が喜んでいたということも。それなら、もっと早く話してくれれば良かったのに。どうして今まで黙っていたの?



 どこへともなく歩きながら考える。じゃあやっぱり、あのドレスは最後の贈り物だったんだ。二人の婚約パーティーか結婚式に着て来いってことだったのかな?
   紅との会話を思い出してみる。帰国した後、彼は私に何て言ったんだっけ。
 
『もう少しだけ。充電させてくれ』
『一度くらい贈り物をしてもいいだろう?』

 確かそう言っていた。
 ドレスはきっと、最初で最後のプレゼント。今まで何も受け取らなかったから、断れないよう私のサイズで注文したんだ。質問した私にも、紅は別に隠さなかった。

『もしかして、向こうで桃……花澤さんに会った?』
『ああ。もう聞いたのか』

 あの時紅は、桃華とお見合いしたことを話そうとしたのかもしれない。だけど聞きたくなかった私は、二人がただ会っただけだと思い込んでしまった。本当はもうとっくに、紅は桃華のものだったのに――
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

家から出ない女優の幼馴染を連れ出したら、いつの間にか伝説になっていた件。

Memu(メム)
恋愛
学校に行かない引きこもりの国民的女優――水宮小鞠。 女の子に間違われる地味男子――白雲凪。 俺に与えられた役目はひとつ。 彼女を、学校へ連れて行くこと。 騒動になれば退学。 体育祭までに通わせられなくても退学。 成功率ほぼゼロの無理ゲーだ。 距離は近い。 でも、心は遠い。 甘えてくるくせに、本音は隠す幼馴染。 それでも―― 俺は彼女の手を引く。 退学リミット付き登校ミッションから始まる、 国民的スター幼馴染とのドタバタ青春ラブコメ、ここに開幕。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

伯爵令嬢が婚約破棄され、兄の騎士団長が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

処理中です...