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近くて遠い人
文化祭7
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幕が上がった。
始めの方は王子役の紅と魔女役の委員長が主に話を進める。
――魔女は相談役として、王子に今まで尽くして来た。ところが王子は隣国から送られてきた一人の姫の絵姿を見て、突然恋に落ちてしまう。嫉妬に狂う魔女。けれど王子は気づかない。
魔女役の委員長が相変わらず飛ばしているせいで、客席は笑いの渦だ。大げさな表現が舞台映えして面白い。魔女はセクシー路線でぐいぐい王子に迫っているけれど、紅は当然動じない。桃華の大きな絵姿を見て、ウットリして頬ずりしている。
見ているだけで、胸が痛む。
私は魔女に自分を重ねていたから。
もう少しで想いが届きそうだったのに。
期待したのに叶わなかった。
ヒーローが心に想うのはヒロインだけ。
どんなに想っても、魔女の想いが王子に届くことはない。
「ほら、次出るぞ」
「ああ。小物は任せて」
大道具の悲しい所は、雰囲気に浸れないこと。暗転したらすぐにセットを変えなくてはいけないからだ。
――魔女は姫を亡き者にするため、魔法の力で隣国に赴く。そこにいたのは、絵姿よりも美しい可憐な一人の女性だった。ここに来て魔女は迷う。消すのは簡単だけど、そうすれば、大事なあの人が悲しんでしまう。
魔女は姫を眠らせることにした。
目覚めないよう魔法をかけて。
可愛さ余って憎さ百倍。
王子が姫の元へたどり着けないよう、魔女は姫の住まう城の外に竜を放つ。
「何でここで金斗雲が出て来るんだか」
「そうでもしないと空飛ぶ竜とは戦えないからだろう? 王子に羽が生えたらおかしいって脚本係が」
「金斗雲も十分おかしいと思うけどな」
そう言った直ぐ後に、紅の乗る雲の形の道具をステージ上に引っ張って行く。出来栄えはまずまずだけど、竜と戦うにしてはちゃちな感じがする。まあ竜も、最初は竜役のみんなの動きがバラバラで芋虫みたいに見えていたんだけど。
王子と竜の戦闘シーン。
今では竜の動きも合っているので、結構迫力がある。剣を持つ紅の動きも鋭い。演舞の時から扱い慣れているからか、本当に斬り伏せているように見える。冒険ファンタジーとアクションに、会場中が息を飲んでいる。
「ほら、また暗転だ。いよいよ変更箇所だ。まあ俺達には関係ないな。出るぞ」
「わかった」
監督に言われた通り、桃華の眠るための台と造花の薔薇を用意した。客席から見えやすいように、可動式の台はわざと斜めになっている。私に笑いかけた桃華が台の上に横になった。決して悪気はないようだ。彼女は彼女で、キスは演出だと割り切っているのだろう。それが余計に悔しい。ヒロインは何もしなくてもヒロインでいられる。世界は常に彼女の味方だ。
背景は私が描いた薔薇の花。
結構上手くできたと思うのに、二人のキスシーンに使われるとは思わなかった。辛い気持ちを抱えながら、私は淡々と役目をこなしていく。桃華の周りに赤やピンク、黄色の薔薇の造花を敷き詰める。こんな時だというのに目を閉じた彼女は愛らしい。紅が桃華にキスをしたがるのも、少しはわかるような気がする……認めないけど。
歯を食いしばり、ステージ袖に下がる。
あとはもう、見ていることしかできない。
――傷ついた王子は、ようやく姫の元にたどり着く。王子は、紅は桃華を目覚めさせるために甘い言葉を囁く。
『我が愛しの姫君よ、どうして目覚めない。私の想いを受け取れないとおっしゃるのか』
桃華のすぐ近くに屈みこむ紅。
私と一緒に何度も練習したセリフを、ヒロインの桃華に熱く語りかけている。
『疑うのか、この想いを。君のために空を駆け、竜まで退治してきたというのに。どうすればいい? どうすれば君は、私のものになる?』
一度は私に向けて言われた言葉。
だけど今の紅はもう、桃華しか見えていないようだ。
『姫よ、この熱い想いをどうか受け取ってほしい』
キスシーンはいよいよこの次。
叶うことなら全力で止めに入りたい。
たとえ演技だとしても、本当は桃華とキスなんてしてほしくない!
『姫――』
桃華に紅が覆い被さる。
監督の指示通りの演技なのだろう。
「キャーッ」
「いや~、紅輝様ー!」
「うわ~~」
客席から悲鳴や黄色い声が上がる。
キスシーンが上手くいったようだ。
舞台袖のここからでは、二人の様子はよく見えない。桃華の顔の周りに薔薇を盛り過ぎてしまったようだ。
けれど、客席の声を聞く限り本当に口づけたみたいだ。わかっていたし覚悟をしていたはずなのに、途端に胸が苦しくなる。私は胸に手を当てると、ゆっくり息を吸い込んだ。
「すげーな。思った以上に長い」
「ま、あんだけ可愛きゃ仕方ないんじゃね?」
周りの出演者や大道具係は驚いている。一方、監督と脚本係の子は満足そうだ。リハーサルではなかったことだし、本番一発勝負。それなのに紅も桃華も驚くほど自然に演じている。
――王子のキスで目覚めた姫はゆっくり身体を起こすと、彼に問いかける。
『私を起こした貴方は誰? どうしてここにいらっしゃるの?』
桃華の演技は上手だ。
首を傾げる姿も愛らしい。
会場中が固唾を飲んで王子の答えを待っている。
『どうして? 私にそれを問うのか。無論、君のため。一目見た時から、私は君に心を全て奪われた』
『まあ、嬉しい』
堅く抱き合う紅と桃華。
美男美女の寄り添う姿は絵のように綺麗だ。客席からもため息が聞こえてくる。
何度も一緒に練習したのに、私の時とは全然違う!
やっぱり、好きな人が他の人とキスする姿は見たくなかった。甘い声で私以外に愛を囁いて欲しくない。わがままだってわかっている。今更何だって思われるかもしれない。だけど、紅には私だけを見ていて欲しかった。私の願いは、そんなに贅沢なことなの?
舞台の二人に背を向ける。
これ以上見ていられないから。
この後すぐにアクションが始まる予定。
だけど、今の私は笑えない。
男の子の姿のままでは、嫉妬することすら許されない。
私はヒロインにはなれないから――
隣に立っても、決してお似合いだとは言われない。
始めの方は王子役の紅と魔女役の委員長が主に話を進める。
――魔女は相談役として、王子に今まで尽くして来た。ところが王子は隣国から送られてきた一人の姫の絵姿を見て、突然恋に落ちてしまう。嫉妬に狂う魔女。けれど王子は気づかない。
魔女役の委員長が相変わらず飛ばしているせいで、客席は笑いの渦だ。大げさな表現が舞台映えして面白い。魔女はセクシー路線でぐいぐい王子に迫っているけれど、紅は当然動じない。桃華の大きな絵姿を見て、ウットリして頬ずりしている。
見ているだけで、胸が痛む。
私は魔女に自分を重ねていたから。
もう少しで想いが届きそうだったのに。
期待したのに叶わなかった。
ヒーローが心に想うのはヒロインだけ。
どんなに想っても、魔女の想いが王子に届くことはない。
「ほら、次出るぞ」
「ああ。小物は任せて」
大道具の悲しい所は、雰囲気に浸れないこと。暗転したらすぐにセットを変えなくてはいけないからだ。
――魔女は姫を亡き者にするため、魔法の力で隣国に赴く。そこにいたのは、絵姿よりも美しい可憐な一人の女性だった。ここに来て魔女は迷う。消すのは簡単だけど、そうすれば、大事なあの人が悲しんでしまう。
魔女は姫を眠らせることにした。
目覚めないよう魔法をかけて。
可愛さ余って憎さ百倍。
王子が姫の元へたどり着けないよう、魔女は姫の住まう城の外に竜を放つ。
「何でここで金斗雲が出て来るんだか」
「そうでもしないと空飛ぶ竜とは戦えないからだろう? 王子に羽が生えたらおかしいって脚本係が」
「金斗雲も十分おかしいと思うけどな」
そう言った直ぐ後に、紅の乗る雲の形の道具をステージ上に引っ張って行く。出来栄えはまずまずだけど、竜と戦うにしてはちゃちな感じがする。まあ竜も、最初は竜役のみんなの動きがバラバラで芋虫みたいに見えていたんだけど。
王子と竜の戦闘シーン。
今では竜の動きも合っているので、結構迫力がある。剣を持つ紅の動きも鋭い。演舞の時から扱い慣れているからか、本当に斬り伏せているように見える。冒険ファンタジーとアクションに、会場中が息を飲んでいる。
「ほら、また暗転だ。いよいよ変更箇所だ。まあ俺達には関係ないな。出るぞ」
「わかった」
監督に言われた通り、桃華の眠るための台と造花の薔薇を用意した。客席から見えやすいように、可動式の台はわざと斜めになっている。私に笑いかけた桃華が台の上に横になった。決して悪気はないようだ。彼女は彼女で、キスは演出だと割り切っているのだろう。それが余計に悔しい。ヒロインは何もしなくてもヒロインでいられる。世界は常に彼女の味方だ。
背景は私が描いた薔薇の花。
結構上手くできたと思うのに、二人のキスシーンに使われるとは思わなかった。辛い気持ちを抱えながら、私は淡々と役目をこなしていく。桃華の周りに赤やピンク、黄色の薔薇の造花を敷き詰める。こんな時だというのに目を閉じた彼女は愛らしい。紅が桃華にキスをしたがるのも、少しはわかるような気がする……認めないけど。
歯を食いしばり、ステージ袖に下がる。
あとはもう、見ていることしかできない。
――傷ついた王子は、ようやく姫の元にたどり着く。王子は、紅は桃華を目覚めさせるために甘い言葉を囁く。
『我が愛しの姫君よ、どうして目覚めない。私の想いを受け取れないとおっしゃるのか』
桃華のすぐ近くに屈みこむ紅。
私と一緒に何度も練習したセリフを、ヒロインの桃華に熱く語りかけている。
『疑うのか、この想いを。君のために空を駆け、竜まで退治してきたというのに。どうすればいい? どうすれば君は、私のものになる?』
一度は私に向けて言われた言葉。
だけど今の紅はもう、桃華しか見えていないようだ。
『姫よ、この熱い想いをどうか受け取ってほしい』
キスシーンはいよいよこの次。
叶うことなら全力で止めに入りたい。
たとえ演技だとしても、本当は桃華とキスなんてしてほしくない!
『姫――』
桃華に紅が覆い被さる。
監督の指示通りの演技なのだろう。
「キャーッ」
「いや~、紅輝様ー!」
「うわ~~」
客席から悲鳴や黄色い声が上がる。
キスシーンが上手くいったようだ。
舞台袖のここからでは、二人の様子はよく見えない。桃華の顔の周りに薔薇を盛り過ぎてしまったようだ。
けれど、客席の声を聞く限り本当に口づけたみたいだ。わかっていたし覚悟をしていたはずなのに、途端に胸が苦しくなる。私は胸に手を当てると、ゆっくり息を吸い込んだ。
「すげーな。思った以上に長い」
「ま、あんだけ可愛きゃ仕方ないんじゃね?」
周りの出演者や大道具係は驚いている。一方、監督と脚本係の子は満足そうだ。リハーサルではなかったことだし、本番一発勝負。それなのに紅も桃華も驚くほど自然に演じている。
――王子のキスで目覚めた姫はゆっくり身体を起こすと、彼に問いかける。
『私を起こした貴方は誰? どうしてここにいらっしゃるの?』
桃華の演技は上手だ。
首を傾げる姿も愛らしい。
会場中が固唾を飲んで王子の答えを待っている。
『どうして? 私にそれを問うのか。無論、君のため。一目見た時から、私は君に心を全て奪われた』
『まあ、嬉しい』
堅く抱き合う紅と桃華。
美男美女の寄り添う姿は絵のように綺麗だ。客席からもため息が聞こえてくる。
何度も一緒に練習したのに、私の時とは全然違う!
やっぱり、好きな人が他の人とキスする姿は見たくなかった。甘い声で私以外に愛を囁いて欲しくない。わがままだってわかっている。今更何だって思われるかもしれない。だけど、紅には私だけを見ていて欲しかった。私の願いは、そんなに贅沢なことなの?
舞台の二人に背を向ける。
これ以上見ていられないから。
この後すぐにアクションが始まる予定。
だけど、今の私は笑えない。
男の子の姿のままでは、嫉妬することすら許されない。
私はヒロインにはなれないから――
隣に立っても、決してお似合いだとは言われない。
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