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私の人生地味じゃない!

兄と弟

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 このところ体調が優れなかったけれど、今日は気分も身体もスッキリしている。悪夢も見ずにぐっすり眠れた。
 なぜなら昨日、お友達に会えて楽しかったから。久しぶりに会ったみんなは、すごく綺麗になっていた。だけど私のことも褒めて、心配してくれた。4年も会っていなかったなんて信じられない! 
 けれど、みんなにとっての4年間が幸せだったのなら、それだけで嬉しい。

 特にイボンヌ様。
 以前はすっごく厚塗り……丁寧にお化粧してお色気全開だったけれど、今は前より薄化粧。元々の肌の美しさと相俟あいまってあの頃よりも若返ったような気がする。自然なお色気で、私には今の方がセクシーに見える。同性だからそう感じるのかな?

 ダイアン様もイボンヌ様とは婚活ライバルだったから、もっと悔しがるかと思っていたけれど。何だかんだ言って楽しそうだった。友達っていいな! 愛らしさ全開のローザ様もゴージャス美人のジュリア様もイボンヌ様のご婚約を心から喜んでいらしたし。
 だからこそ、アイリス様があの場にいらっしゃらなかったことが、すごく寂しい。身体が元に戻ったら、絶対に会いに行って誤解を解かなければ。

『私は気にしていません。良ければまた、お友達になって下さい。一緒にイボンヌ様の結婚式に行きましょう』
 
 会ってそう伝えたい。
 そうだ、先に手紙を出しておこう!
 受け取ってもらえないかもしれないけれど、めげないもんね。何よりも、アイリス様が他の貴族達に嫌がらせを受けていないか心配だし。領地にお戻りになったというから、兄かリオネル様に聞けば近況がわかるかしら?



 図書室でいろいろ考えていたら、ちょうど兄のヴォルフが入ってきた。

「アリィ、ここにいたのか。あまり無理して動き回ってはダメだぞ? 身体はゆっくり元に戻していくといい。私もレオンも休暇は今日までだ。たまった仕事を片付けるから当分帰って来られないだろう。明日からは自分で気をつけるんだよ」

 そうか。ヴォルフもレオンも私のために無理して休暇をとったから、城での仕事がたまっているんだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、長身の兄を見上げる。

「お兄様のおかげで、だいぶ良くなりました。兄様こそ、明日からお仕事無理しないでね」 

 滅多に笑わないと言われている兄だけど、家ではよく笑う。今も穏やかに微笑んで、私の頭をポンポンと撫でてくれた。透き通ったアイスブルーの瞳に温かさを湛えて見つめられると、妹とはいえ何だか照れてしまう。
 笑わなくてもファンクラブができるくらいだから、こんな風にいつも笑っていたら失神する人が続出するに違いない。超絶美形の破壊力って恐ろしい。それとも、大事な人の前ではよく笑うのだろうか?

 素の自分をあまり見せない人だから、家族の中ではヴォルフが一番わかりにくかった。でもこの休暇中、『キャラ変か?』というくらい妹の私を甘やかしてくれたので、私は十分満足した。

「無理はしていないが。アリィがそんなに言うなら、これからは城に行かずにここでずっと一緒に過ごそうか」

 問いかけるように小首を傾げる。
 銀髪が揺れ、青い瞳が愉快そうに煌めく。

 いえいえ、お兄様。
 どんだけ妹大好きになっているんですか。
 そんなんされたら、私確実にファンクラブの皆様に恨まれてしまいますやん。お仕事も滞って王子様や国に迷惑かけますし。
 こんな冗談言う人だったなんて……
 困ったように笑う私を見て、兄はまた嬉しそうに微笑んだ。



 ヴォルフが部屋を出てしばらくした後、今度はレオンが私のところにやって来た。二人とも私のためにお仕事犠牲にして家にいるのに、どんだけ礼儀正しいの?
 でもそっか。兄も弟も城に戻っちゃったら、また寂しくなっちゃうね。
 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。
 私を見下ろしたレオンが、なぜか焦っている。

「バカ、アリィ。そんな目で見んなよ」
 
 姉と言われる前に、バカと言われるとは。
 そんな目って?
 レオンは私の目が嫌いなのだろうか?

「アリィ……ヴォルフから聞いたと思うけど。俺も明日、寮に戻る。見習いなのに休暇を受理してくれたガイウス様にも悪いし」

 レオンは耳を赤くして、金色の前髪をうっとうしそうにかき上げながら言った。

「うん、ゴメンね。忙しいのにわざわざ戻って来てもらって。それにしても、レオンは偉いね。16歳からでも遅くないのに、去年から騎士になりたくて頑張っているんでしょう?」

 母から聞いた情報だ。
 言いながら、『嘘だ』と思っていた。



 4年前までレオンは「将来学者になりたい」と言っていた。

『勉強が楽しいし、薬学や化学を極めて傷ついた多くの人を癒す薬が作りたい』

 成績もすごく優秀だったから、私も彼の夢を応援していた。けれどレオンは、私が倒れて眠っている間に近衛騎士団に見習いという形で入団していた。基準年齢にも達していなかったから、相当努力していたと聞いた。他の男の子なら、カッコいい騎士に憧れる気持ちもわからないでもないけれど。
 だけどよりによってレオンが。
 自分の夢を諦めてまで、騎士を希望するとは思わなかった。

   だってそれはきっと、私のせい――

 目の前で闇に囚われる姉を見た事で、この子もアイリス様と同じように自分を責めたのではないだろうか? 世の中の役に立つ方法を自分なりに考えて、相当な覚悟で騎士になろうとしているのではないだろうか? 
 もしそうなら、彼が自分の夢を諦めたのは、私のせい。私がうっかり陰に近付いて呑み込まれてしまったためだ。私の軽率な行動が、自分だけでなく大切な家族の人生を狂わせてしまっていた。

 父は『長く家にいたいから』という理由で宰相を辞めてしまっていた。兄も近衛騎士から秘書官に転向していた。笑顔で未来を語っていた弟のレオンは、学者になる夢を捨てていた。
 みんなは私を責めないし、何も語らない。
 けれど、もし私が気を付けていれば、こんな風に彼らの生活を変えさせることはなかったはずだ。

 私はどうすればいいんだろう?
 時間をさかのぼる事はできないけれど、これから私が、家族の為にできる事とは何だろう? どうすれば元通りの楽しい生活に戻る事ができるのだろうか?
 何も思いつかないけれど、一言だけ言っておきたい。
 誰よりも、弟のレオンに。

「ゴメンね」

 泣かないように気をつける。
 だって後悔したって、失った過去はもう戻らないから。

「ん? 何を謝っているんだ? それに、別に偉くなんかないし。騎士が頑張るのは当たり前だろ。本物の騎士になってカッコ良くなって、大切な人を守りたいだけだから。それに……」

「それに?」

「騎士はかなりモテるって言うし」

 レオンはそう言うとニヤッと笑った。


「私のために夢を諦めたのではない」と言われたようで安心した。それなのに、なぜか前より泣けてきた。
 もしかしてレオン、私の知らない4年の間に好きな子でもできたの? その子のために騎士になると決めたのかしら? もしそうなら、姉として応援してあげないとね!
 心がモヤモヤするのはどうしてだろう?
 可愛い弟に当分会えなくなると考えたから?

「頑張って」

 私は弟を応援するため笑った。

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