乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者

きゃる

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第四章 残酷な組織のテーゼ

最後の授業

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 クロム様による最後の講義の日。

 私はシフォン付きのラベンダー色のドレスに同色の薔薇の髪留めを合わせて、精一杯可愛く装った。彼が私を思い浮かべた時に、この姿であればいいなと考えて。

 柔らかな淡い金髪を幾度もかし、化粧もほどこした。いつもより謙虚けんきょな態度で授業にのぞむつもり。

 ほどなくして、赤い革表紙の本を手にしたクロム様が、颯爽さっそうと現れた。
 立て襟の黒い上着に細身の黒いズボン。にこりともしないその顔は、相変わらず渋くて素敵。

 ――やっぱりカッコいい。もうダメ、しゅきいいいいい☆

 心の中の全私が歓喜の声を上げ、心臓が限界までドラムを鳴らす。
 だけど、心の中で絶叫するのももう最後。
 今日を限りに会えないと思うと、涙腺が勝手にゆるむ。

 見つめる赤い瞳を感じて、私は無理に微笑んだ。

「クロム先生、講義をお引き受けくださって、ありがとうございました。今日もどうぞ、よろしくお願いいたします」
「……はい」

 考え深げな表情だけど、もちろん気にしない。
 彼と同じ空間にいる、この一分一秒が大切だから。

「では早速、前回の続きを……」
「いいえ。最後なので、別の話をお願いします」
「別の話、といいますと?」
「クロム先生の理想とする国家は、どんなものでしょうか?」
「それは……難しい質問ですね」

 クロム様が眼鏡に手を当てると、壁際に立ったタールが動く。
 いくら兄に言われたからって、そこまで警戒しなくていいのに。

「答える前に、過去の歴史を復習しましょう。大陸の成り立ちは覚えていらっしゃいますか?」

 最後まで淡々とした口調に、不覚にも涙が出そうになる。
 結局彼は、私を生徒としか見ていない。

「はい」
「わかりました。では、地図をご覧ください」

 クロム様はうなずいて、この世界の地図を広げた。

「大陸にある三国は、元々一つの国でした。神が地上にとどまって、大陸を創造したと言われています。王族の血を引く者に特殊な能力が現れるのは、彼らが神の子孫だからということでした」
「セイボリー王国が【星の瞳】、ローズマリー王国が【月の瞳】ですよね。オレガノ帝国は【太陽の瞳】でしたっけ」

 わかっているけど聞いてみた。
 ゲームの設定によると、瞳の能力は王の素質がある者にのみ出現する。我が国では兄とタールだが、タールは元々王家と縁続きの公爵家の次男だ。

「おっしゃる通り。ですが、子供のいない前国王が平民上がりの現国王にほろぼされたため、太陽の瞳を持つ者は存在しないと言われています」

 ゲームに出てこなかったのは、そのせいだと思われる。
 もし【太陽の瞳】があれば、どんな能力だったのかしら?

「武力で抑えつけようとするオレガノ帝国に、魅力はありません。今の帝国は、民が理想とする姿にはほど遠い。まあこれは、あくまでも私の想像ですが」

 私はクロム様の出身が、オレガノ帝国だと知っている。タールに聞かれてもいいように、彼はわざと『想像』と付け加えたのだろう。

 せっかく巡り会えたのに、私達は明日から別の道を行く。こんな時間もあとわずかと考えると、胸に迫るものがある。

「カトリーナ様、休憩を挟みましょう」

 先を思って落ち込む私に、クロム様が提案してくれた。
 楽しい時間はあっという間で、気づけばお昼近くとなっている。

「そうですね。では軽食を……。タール、悪いけどオレガノ産の茶葉を用意してくれない?」
「え? でも俺、そいつの監視役ですよ?」
「真面目に勉強するだけだから、監視なんて必要ないわ。ここには女官もいるもの」
「だったら、女官に頼めば……」
「あなたの方が確実だもの。ありがとう、タール。よろしくね」

 にっこり笑って彼を部屋から追い出した。
 休憩時間くらい、監視されずに過ごしたい。

 新米の女官には軽食を用意するよう言いつけて、こちらも部屋から追い立てた。



 扉は開けてあるけれど、愛する人と二人きり。
 最後の別れを告げるには、もってこいの状況だ。

「クロム様。今まで本当に……」
「カトリーナが暗いのは、俺のせいか?」

 クロム様が敬語をやめて、問いかけた。

「ええ。だって……」

 胸が詰まって口ごもる。
 口を開けば、「行かないで」と言ってしまいそう。

「ハーヴィー様に、出国するよう迫られた。お前はどう思う?」

 ――お前! 「カトリーナ」に続き、まさかの「お前」呼び!!

 私は感動のあまり、カタカタ震えた。
 攻略対象の中には、ヒロインを「お前」と呼ぶようになる者がいる。それはその人が、彼女に心を許している証拠だ。クロム様は攻略対象ではないけれど、設定は同じだと信じたい。

「お前まで、握った手を離すのか? どうして今さら解雇の話が出た?」

 つらそうな声に、ハッとする。
 彼は以前、自分は孤児で組織の道具だったと語ってくれた。
 仲間を失い己を責めるクロム様は、人一倍愛情に飢えているようだ。

「違う、離したかったわけじゃない! だって、私はあなたを――」

 ――愛している。だから、足枷あしかせにはなりたくないの!
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