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平和を冠する駅名は多い(2)

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JR小倉駅から南に延びる北九州モノレール。
各地から家に帰る市民を運んでいるため、頻繁に動いている。
その路線の西側に位置する魚町商店街、正式名称「魚町銀天街うおまちぎんてんがい」。
前日まで小倉祇園太鼓が開催されており、期間中は太鼓の音と祭に来たひとでにぎやかだった。
その翌日にあたる今日は普段の雰囲気を取り戻している。





★★★





魚町商店街の喧噪から少し外れた店舗群の隙間。
庭と思しき場所には白い砂利が敷き詰められ、脇には笹が植わっている。
日本庭園を模しているのだろうか。敷地奥には和風家屋が佇んでいる。


和服の女性に声をかけられた早苗、里美、亜美の3人は店内を案内されていく。
その女性は早苗の勤める店の常連客らしい。
ひと1人通るくらいの細い廊下を通ると一間の個室にたどり着いた。
窓は小さめだが、外の笹や樹木の緑が見える。
畳一面の座敷になっていて、座椅子が4つ、テーブルを挟んで鎮座していた。
入口の木戸を閉めると、完全な個室が完成する。


早苗はこの常連客に紹介されて、今回初めて来店した。
彼女に接客していたときに、どのような店なのか、様子は聞いていた。
聞いていたものの、実際に部屋の様子を目に映し、普通に驚いている。
この街中の商店街で、このような空間があるなんて、と。
早苗に紹介した張本人の彼女は、その様子をにこやかな表情で眺めている。
早苗の隣に亜美が、早苗の向かいに里美が座る。

「本日は喫茶・美智屋にお越し下さり、ありがとうございます」

女性は挨拶すると、メニューやおすすめ、呼び鈴の存在など、必要事項を説明して下がろうとした。

「いやーここまでとは思っていませんでした・・・」
「料理も期待してもらえると、嬉しいです」

早苗のその感想を聞いて、そう答える。料理も自信があるようだ。
彼女は女性に会釈して見送った後、2人の方に向き直った。
亜美は声を上げるのも忘れて、周りの物珍しさに頭をキョロキョロさせている。
里美も部屋を見渡して溜息をついていたが、こちらはすでにメニューに手を伸ばしている。

メニューを広げる。

亜美もそれに気づき、のぞき込む。
3人は、メニューとにらめっこをする、楽しい時間を過ごした。




「どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」

3人が頼んだ料理が全部行き届き、和服の女性は木戸を静かに閉めて下がっていった。
早速、早苗はスムージーという飲み物を手に取る。少し太めのストローに口をつける。



スムージー
小さく刻んだ果物や野菜を凍らせて、ミキサーに入れてヨーグルトや牛乳などとかき混ぜて作るシャーベット状の飲み物である。
フローズンドリンクやシェイクと似た飲み物ではあるが、材料そのものを凍らせるという点で、作り方が若干違うため、別の飲み物という扱いになる。



この店は、野菜と果物のスムージーが美味しいらしい。
いろいろな野菜や果物、きな粉やゴマなどを組み合わせて混ぜたメニューが話題になっているようだ。
3人ともをを聞いておすすめの組み合わせで頼んでいた。
組み合わせにより、疲労回復やストレス解消など効能があるらしい。
早苗のスムージーは薄い緑色、里美のスムージーは薄い珈琲色、亜美のスムージーは黄色。
それぞれ、試しも含めて全く別のものにしたらしい。
しばしの間は、それぞれの物を飲み比べて、試して、感想を言い合い、楽しそうにしていた。


「・・・で、最近はどうですか?」

頃合いを見て、早苗は里美に話を振る。
早苗の前にはホットサンドが2つ重なって乗っている平皿がある。
生ハムとチーズが挟まっているようだ。

「・・・さっきまで話した気がするけど・・・」

里美は驚いた顔をする。
確かにドリンクや料理が運ばれて来る前に3人の近況については話していた。
その後にドリンクや料理が来て、料理の話に移行して、彼女自身もそのまま話に乗っていった。
急に雰囲気を変えて、話を振って来たことに対応できず、戸惑っている。
その彼女の前には、生春巻きに模したパンで撒いたものが3つ、平皿に乗っていた。

「まだ話していないこと、あるんじゃないの?」

亜美が手にホットドックをつかみながら、里美を見つめる。
かぶりついた後、皿に戻し、口の中に物が無くなってから再度言葉を発する。

「今日、いきなりの小倉訪問、理由が無いとは言わせない」

その言葉に早苗は頷く。
2人に見つめられる里美。しばし見つめ返した後、ふう、と溜息を1つ。
それまでの笑顔が俯き気味になり、押し黙る。
2人は言葉を促すわけでもなく、彼女の様子を観察している。

「話さなくちゃ、ダメ、だよね・・・」

独り言のように小さくつぶやいた後、少しずつ、事の顛末を話し始めた。





★★★





魚町商店街の一角、喫茶・美智屋
周りは人通り激しく、大通りからもそこまで離れていない。
しかし、その店のある、その空間だけは喧噪から離れた静けさを保っている。
ゆったりくつろいでもらうことをコンセプトに営業しているこの喫茶店。
そんな喫茶店の一室では女性3人が、先ほどまでの雰囲気を違えて話をしている。




★★★




「別の男の存在をほのめかす必要ないじゃん!」
「それは彼氏さん、かわいそうですね」

亜美は叫ぶ。そして早苗も静かな口調で責める。叫んだことで部屋の雰囲気最悪である。
2人は里美から、名古屋で起こった彼氏との顛末を静かに聞いていた。
終わった瞬時に思ったことを言ってみたらしい。

「・・・そうなんだけど、そうなんだけど・・・」

里美は泣きそうである。顔をゆがめた。
テーブルの方に目線を下げている。2人に目線を合わせない。まるで説教を受けている子供のように。
彼女自身、話してしまえば2人に責められることは、予想していたようだ。
それでも自らの後ろめたさ、彼に対する罪悪感からか、反論もできない。俯いている。

「ま、追いかけて来ない彼もどうかと思う」
「でも、ショックだと思いますよ、自分がいないところでそんな関係になったと、言われると」
「えー、言ってないじゃん」
「それでも花火大会と言えば、夏のデートの定番ですから、そう思われても責められないと、思います」

里美が俯いている中、2人はそれぞれの見解と意見を言い合っている。
亜美がギャンギャン言っている。それに早苗は静かに返している。
しばらく2人だけで意見を交わした後、2人は里美を見つめる。

「で、リミちゃん。彼とは別れたいの?」
「・・・えっ・・・?」

亜美の問いに里美はとっさに答えることはできなかった。
話の矛先が、自分に変わったことに気づくのが遅れたらしい。
里美の話を聞いた2人なので、彼女の答えはわかっている。
わかっているが、彼女に確認と自覚を促すために、今度は早苗が同じ質問をする。

「別れたいのですか、別れたくないのですか?」
「別れたくない、別れたくないよーごめんなさい、ケイくん・・・」

そう言うと、里美はテーブルに伏せった。
2人には見えないようにしているが、涙を流している。
早苗はそんな彼女の頭を優しく撫でる。

「では、里美。アナタはこれからどうしますか?」
「連絡を取りたい・・・でも、ケイくんからメールの返事がないの・・・」

伏せたまま彼女は呟く。

そんな彼女の様子を見て、早苗と亜美は考え込む。
彼女が言うには、定期的にメールを送っているとのこと。でも返信がない。
彼がメールに気がついていないのか。
それとも怒っている、もしくは諦めているから送り返す気がないのか。
彼女は新幹線に乗ってから約30分の間隔でメールを送っていた。
しかし、文面が「ごめんね・・・」。これを6回。

2人はその文面を見て苦笑いをした。

これは彼が気が付いていても、どう返したらいいのか悩む文面だ、と。
彼女は混乱していたのかもしれないが、このバリエーションの無さには閉口してしまう。



テーブルに伏せって鼻をすすっている里美を見て、彼女が落ち着くまで待とうという結論に至る。
落ち着いたら、メールをまともな文面で送るように促そう・・・
友人2人はこのかわいい問題児を見つめながら、スムージーを啜った。
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