優しい希望

すかーれっとしゅーと

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第3話 我慢の始まり

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 俺の住んでいるアパート。

 中国地方有数の大都市・広島市、その繁華街に近いところに位置している。
路面電車やバスでの移動で、JRへのアクセスも便利である。

 そんなアパートの部屋割りは1DK。
玄関から入ると、左側に浴室とトイレがある。
少し進むと、キッチンを含めた6畳間の部屋が広がる。
引き戸の奥には、6畳の洋室がある。
玄関から見ると、奥にキッチンの部屋、さらに奥に洋室。
一番奥の窓を開ければ、ベランダにつながる。

 洋室には、収納が2つ。
引き出しのある、クローゼットを兼ねたものと、布団などが入るようなもの。
そのおかげで、俺の家には洋服ダンスが必要なかった。
収納の引き出しに服や下着を入れて、ホームセンターで購入したカラーボックスで物を整理している。
ベッドを置いていないため、そこまでコチャゴチャしていないように見える。



★★★



 希さんを部屋に招き入れる。
大きなキャリーバッグは、キッチン付近に置く。
洋室に入らず、彼女が佇んでいる。

「あ、ごめん。布団を片付けるよ」

 彼女を待たせて、布団や枕を収納に片付ける。
収納を閉めて、彼女の方向に向き直る。

 彼女は、手に何かを持って、神妙な顔つきで見つめている。
ああ、俺が先程まで読んでいた、手紙と婚姻届だろうか。
そういえば、床に放置したままだった。気づいて拾い上げたのだろう。
確かめる手間が、省けたかもしれない。聞きづらかったんだよな。

「とりあえず、座って」

 俺が声をかけると、彼女は、手紙から目を離さず、その場に座る。
読み終わるまで、待つことにしよう。

 その間にテーブルを組み立てて、冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスを用意する。
グラスに麦茶を注ぎ、テーブルを挟んだ彼女の真向かいに座る。
まだ、手紙を読んでいるようだ。



 そんな彼女を観察する。

 肩口よりも長い黒い髪。
顔は美人に見える中にも、年齢さながらの可愛さが隠れているように感じられる。
なで肩で、身長も低いので、座った姿は、チョコンという擬音で表したい気分になる。
長袖のカーディガンの袖から出ている指は細く、爪も綺麗だ。
胸は……。
言わない方が親切なのかもしれない。



 彼女をじっくりと観察していると、視線に気づいた。
手紙を読み終わったらしい。

「ユウ兄様って、おっぱい大きい方が好きなひと、なのでしょうか?」

 そんな一言を発してくる。
いやー確かに胸を見ていたけどさ、いきなりそこですか。

「い、いやーそんなことは……」
「あのう、エロそうな目線が気になりました」
「そ、そんなことは、ないよ」
久しぶりの会話らしい会話がこれなのか。ため息が出る。

「まあ、いいですわ。ユウ兄様に大きくしてもらいますから」
「そ、それは不味くないかい」

「えーっ!ですが、私とユウ兄様って、結婚しますし、私は構いません」
「いや、俺が構うよ」

……というか、ここで「結婚」発言かよ。びっくりだわ。

 それよりも、なんてマセタ16歳なんだ。
揉んでもらって、胸が大きくなるという説を知ってらっしゃる。
それとも、最近の高校生は進んでいるのか。うーむ。話を変えよう。

「ところで、東京はいつ出たの」
「はい、今朝出ました。新幹線であっという間でした」

「こっちの高校に行くと、手紙にあったけど」
「はい、来月6日が編入式になっていますね」

「編入式?入学式ではないの?」
「はい、ウチの学園との交換留学生として、鈴峯すずがみねに編入になりました」



 彼女からの説明をまとめると、こうなる。

 彼女の通う武蔵野女子学園と、家の近くにある鈴峯女学園は、姉妹校であり、様々な交流があるとのこと。
お互いの各学年の成績優秀者のうちの希望者は、交換留学生として選ばれるのだそうだ。
交換留学生は、基本的に全寮制。
さらに両学校の生徒の模範として、生徒会に所属することになる。



「そうか、では、今日から鈴峯の寮に入るってことか」
あんな大きなキャリーバッグにも納得できる。

「いいえ、寮には入りません」
「えっ!じゃあ、どうするつもりなんだ?」

 俺がそう返すと、彼女はにこやかな笑顔をしてこう言い放った。

「ここにお世話になるつもりですわ。よろしくお願いします、ユウ兄様」
おいおい、それはどうなんだ。まだ未成年だし、親の許可は……。

「お父様の許可も取れてますし、学校にも許可をもらいました」
そう言って彼女は、どや顔をした。かわいい。それは今はどうでもいい。

「いや、未婚の未成年の女の子と、成年男性が一緒に住むのは、いろいろ不味いだろう」
そうだ、世間的にも、俺の耐久値的にも、いろいろ不味い。

 希さんのことは、別に嫌いではない。むしろ好きな部類に入る。
8年前からよくぞ、こんな美人に育ったと、心の中でガッツポーズをしている俺がいる。
こんな彼女が、彼女さえいいと言ってくれれば、結婚することにも迷いはない。
ただ、久しぶりに会ったばかりで、上手く行くのかが不透明。

「問題ないでしょう。夫婦になりますから」
希さんは、そう言いながら婚姻届を見せる。

「えっ!希さんは了承済だったの?」
「はい、ここの私の名前の箇所、私が書きました」

 彼女はニコニコしている。堂々としすぎて困る。マジなのか。
俺の背中がぞくぞくしてきた。冷や汗ってこんな場面でも、かくものなのだろうか。

「……結婚相手が、俺でいいの?」
相手が「夫婦になる」と言っているのに、この質問である。我ながら情けない。

「私は、ユウ兄様が、良いのです。8年間、頑張りました」
「頑張る?何を?」
「花嫁修業。ユウ兄様のお嫁さんになるために」

 そう言うと、彼女はそっぽを向いた。照れているらしい。
確かに高校生にもなって、「お嫁さん」という言葉は、恥ずかしかったようだ。
あー、これはこれは。8年前の約束がそのまま生きている。
いろいろ理由をつけて断るのも、格好悪いかもしれない。

「そうか、わかったよ、ウチに住んでもいいよ」

 何回目かのため息を吐く。仕事は休みなのに、一気に疲れが出た。

「フフフ。ありがとうございます」
「だけど!結婚は、しない!」

 そうだ。久しぶりに会ったので、お互いのことをよくわかっていないはずなのだ。
8年の歳月が流れていることもあるし、一緒にいたのは、あの1週間だけ。
性格の不一致とか、お互い譲れない部分があると思うのだが。

「ユウ兄様、私のこと、嫌いになったのですか?」
急転直下に表情が暗くなっている。極端だろう。

「いや、嫌いだったら、一緒には住まないと思うけど」
「でも、結婚はしないって……」

「まだ、な。まだ」
「まだ、ですか。では、いつになったら結婚してくれますか?」

「ま……、機を見て……」
「機を見てって、いつになるのでしょうか?」

 ねえ、ねえと、俺の目の前に近寄って、目を合わせようとしてくる彼女。
俺は一生懸命、目を合わせないように、逃げる。逃げる。逃げる。

「ふーんだ。いつか、ぜーーーったいに、認めてもらいますから」

 ほっぺを膨らませて、思い切り抗議の姿勢を見せている彼女。
俺は、その様子を見て、笑い出してしまった。

「・・・笑うことないでしょう?ユウ兄様なんて、きらーい」
「嫌いなんだー」
「いいえ、ユウ兄様は大好きですわ。でも、嫌いですわ」

 意味が分からない。でも、とても楽しい。
自分を好いてくれる女性といると、こんなに楽しいものなのか。
久しく忘れていた感情だった。



 高校生の彼女。いや、そんなことを飛び越した同棲生活になるんだろうな。
もしかしたら、高校生の嫁になるのか。少なくとも彼女はその気だろう。
しかも、親公認の許嫁。俺の気分次第でどうにでも進んでしまう、この危うさ。
果たして、俺自身を律することができるだろうか。

 目の前の彼女は、俺の葛藤を知ってか知らずか、無防備な姿を晒している。
ここに住めるのかどうかという、最大の案件が解決したからだろうか。
安心して寝転がっている。くつろいでくれるのは、嬉しいけれども。
いや、だからー、スカートの裾から、血色のいい膝が顔を出しているのですが、目の毒です。

「スカートの裾、見えてるぞ」
そう言って、スカートの裾を引っ張る。

「欲情しましたー?」

 寝転がったまま、こちらを向いて、ニヤリとしている。
かわいい。今すぐ飛びつきたい。でも、それは許されない。

「するかー!」
「残念ですわ」

 彼女の方を見ると、スカートの裾を波打つように動かしている。挑発なのか、それは。
ちらちらと、膝のその先の「スカートの中身」が見えそうで、……見えない。
目の保養にはなるので、眺めてはいた。それくらいは許されると、俺は信じている。



★★★



 苦悩な日々が始まってしまったらしい。
決して、女性経験がないわけではない。

 希さんが16歳でなければ、高校生でなければ、未成年でなければ、そこまで悩まないだろう。
俺は、この青い果実を前に、どれだけ我慢できるのだろうか。
彼女の挑発が続いている。この無邪気さは、高校生で16歳だからなのかもしれない。

 それを他所に、2人で過ごすためには、足りないものがある。
買い物に行く必要があることに気づき、俺は、財布を覗き込み、考え込んでいた。
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