ファンタズマ

真白 悟

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  ◇


 朝、目を覚ますと、僕はベットの上だった。眠れば少しぐらい気分も晴れるだろうと考えていたが、きりがかかったかのようにしずんだ心は今朝になっても変わることはなかった。
 記憶は問題なく、親友が死んだことすら僕の脳は忘れさせてはくれないらしい。

「最悪な気分だ」

 夢であったと思いたい。
 だが網膜もうまくきざまれた光が、親友の最後が現実であることを物語っている。
 顔を洗っても、のどを通っていかないシリアルを無理やり流し込んでも、頭の中では死の瞬間しゅんかんばかりが頭に浮かんでくる。
 僕以外に誰も知らない秘密を五感に深く刻もうとするのだ。

「しまった……」

 時計を見てようやく重大な失敗をしていることに気がついた。
 1時間目の講義が始まるは9時からだが、今の時間は8時30分……もちろん時間にはギリギリ間に合う時間ではあるが、予習がまるで出来ていない。予習が出来ていないとディスカッションについて行くことが出来ず、学習内容を理解できていないと担当教諭からの評価は下がることになるだろう。
 しかし、気分はどん底だ。
 そもそも予習が出来ていたとしても、ディスカッションなんてしていられる気分ではないだろう。だからといって、サボることなどできるはずもない。特に今日の授業は厳しいことで有名なジェファーソン教授の授業だ。かなりの頻度ひんどで少テストをする教授でもある。
 気分がどれほど沈んでいようが、予習が全く出来ていなかろうが出席しないという選択肢せんたくしはない。

 僕はあわてて家を飛び出す。
 やはり、いつもよりもかなり早く走ることが出来ている。
 もちろん他人を驚かすことの内容にゆるめに走っているが、それでも疲れはまるで感じない。

 通常なら20分近くかかるところを15分足らずで到着した。

――授業には間に合ったが、最悪だった。

 多分、今日に限ってはまともな評価をもらえないだろう。
 75分の授業において、僕は何も発言することは出来なかった。

 授業中もずっと、エフェルの言葉が頭にこだまして、僕の集中を阻害そがいし続けていた。

「どうして君が殺されなくちゃいけなかったんだ……」

 彼は自分のことを別の世界の僕だと言った。
 その言葉をすべて信じることは出来ないが、反対にすべてを否定することも出来ない。
 アカリにも何度か言われたが、僕たちはよく似た顔つきをしている。それも兄弟と間違われるほどに。確かに髪型や他の雰囲気はまるで違ったが、それでも兄弟と思われるほどだ。相当似ていたのだろう。
 恥ずかしくて本人には言えなかったが、彼と最初に対面した時はかなりおどろいた。ドッペルゲンガーが実在するのかと感じた程に。

 それくらいに僕たちは似ていた。
 いま思えば、思想も、声も、体つきも……何もかもが似ていたように思える。
 どうして彼は僕と親友になったのだろう。僕は彼のことを知らなかったけれど、彼は僕が誰なのかということを知っていたはずだ。
 ドッペルゲンガーなんていう都市伝説を信じるのもどうかと思うけど、同じ顔をもつ人間に会えば死ぬなんてこともまことしやかにつぶやかれているわけだ。
 別の世界の自分にあってもいいことなんてないはずだ。
 それなのに、どうして彼は僕に近づいたのだろう。考えても答えはわからない。

「――どうしたの? そんなに悩ましい顔をして?」

 唐突とうとつに背後から声をかけられて僕はあわてて飛び上がる。
「な、なんだアカリか……」
 振り向いた先にはいつもの彼女が立っていた。

「さっきの講義でも一回も発言しなかったし、ジェファーソン教授も心配してたわよ」
「それは……ちょっと待って、教授が僕を心配?」

 きびしさは大学随一ずいいちと言われている彼が、僕なんかの心配を?

「そんなにおかしなことかな? アッシュは校内でもかなり優秀な生徒だってことになってるから……全く発言しないのは……というか、教授が話しかけてもずっとうわのそらだったからね」
「教授が話しかけた!? 僕に?」

 全く気が付かなかった。
 ということは、僕は教授の問いかけを無視したということになる。

「『勉強のし過ぎで寝不足なんて……本末転倒ほんまつてんとうだ!』って少しだけ怒ってもいたけどね」
「あ、謝らないと……」
「そうだね……そうしたほうがいいと思うよ。でも今日じゃなくてまた今度にしたほうがいいわ」
「どうして?」
「教授は気がついてなかったみたいだけど、何度か教室を勝手に出ていってたでしょ? その様子だと多分記憶にないんだろうけど……」

 彼女は一体何を言っている。
 僕は間違いなくずっと教室にいたはずだ。

「アカリの勘違いだろう?」
「やっぱり記憶にないのね……心配で何度かあなたの方を見たらいなくなってるときがあったのよ。今日はもう講義もないんでしょ? しっかり休んだほうがいいわよ――」

 どういうことだ? 間違いなく僕はずっとあの教室にいた。
 途中で退出するなんてかなり目立つ。気が付かれないように出ていくなんて至難しなんの技だ。そんなことできるはずがない。そうなると、考えられるのは一つ。

「――僕は消えていたのか?」
「……消え? えっ、なに?」

 彼女がずっとそこにいたはずの僕を認識できなかったとなると、そう考えるのが一番妥当だ。
 しかし、そうなると一つおかしなことがある。僕は消えることに意識を費やしてはいない。講義の間に一度たりとも石に意識をやることすらなかった。消える力が発動した理由がわからない。それがわからなければ、いつ力が暴発するかもわからない。かなり危険な自体だ。
 人前でひとりでに姿を消した……なんて日には大騒ぎだ。
 今日はたまたま気が付かれなかったが、毎回そううまくいくわけではないだろう。
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