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4 勇者が生まれる
25 懐かしい場所
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役所を最後に訪れたのは出店の申請をした時だろう。それ以降の手続きは全て業者に委託して、出来る限り来ないようにしていたのだが、メリーを人質にとられてしまっては致し方ない。
しかし、人質を取るとはあの天使、ますます悪魔のようだ。
両腕でしっかりと抱えていたメリーを右腕でしっかりと抱え込み、ため息交じりに扉を開いた。私が通っていた頃と比べても遜色ないぐらいに内装はボロボロだ。一つだけ決定的に変わっていることと言えば、床にぽっかりと空いた穴だ。
ここの所長はドケチで有名だが、壊れたところの修理だけは以上に早い。つまり、その穴が開いたのはつい最近のことということだ。これでようやくボロい床ともおさらば出来るだろう。
……私には全く関係ないがな。
「――イザベラ様!?」
役所に入るなり、1人の女性が駆け寄ってくる。
その女性は、床の抜けた部分をよけて、私にとびかかる。
「こら! 私に抱き着くんじゃない……グレー!」
「イザベラ様、私のことはベティと呼んでくださいと何度も言ってるじゃありませんか!」
このやりとは、何度も繰り返したやり取りではあるのだが、冒険者を引退した後でもあまり慣れてはいない。同性とはいえ、むやみやたらに抱き着いて来る獣人を好きになれないしな。
「それで今回はどのような……なるほどわかりました。そういうことですね……」
ベティは私の腕で眠っているメリーを見て、何かを納得したらしく何度も強くうなずいた。
「おい、何1人で納得してる?」
彼女は思い込んだら他人の言葉など意にも解さず勝手に話を進めてしまう性分だ。きっと今回もその性分に踊らされることになるだろう。
「大丈夫ですよ。問題ありません。ささ、こちらの部屋へどうぞ」
そう言って彼女が私を案内した部屋は一際きれいな部屋だ。応接室と、ネームプレートには書かれているが、その昔超一流冒険者のみしか入ることしかできなかったことから、ベリーポータントパーソンルームと呼ばれていた。それなのに、今では部外者である私ですら入れるらしい。
「VIPルームじゃないか……いや、まあ丁度いいか」
公の場で、誰かの個人情報を聞くというのは憚られるし、個室をとってくれるならこちらとしてもありがたいことだ。断る理由もない。
「とにかく、おかけください」
私は勧められるまま、部屋の中にあるレザー調のソファーにメリーを寝かせてその横に座る。
以前この部屋に招かれた時はもっと上等の椅子が置いてあって、机ももっと良い物だったはずだが何ランクか格下げされたらしい。部屋の隅に置かれていた超重要書物なども片づけられたらしく、かなりすっきりした印象だ。もちろん良い意味ではなく、物さみしく味気のない部屋になったという意味だ。
まあそれは仕方ないことだろう。以前は冒険者派遣業を受け持つ業者はおらず、全ての依頼と冒険者が役所に集まったものだ。
それが今では、儲かるからとあちこちで一般企業が冒険者業を始め出したら、税金で賄われていた役所が勝てるはずもない。今では安くてきつい仕事集まっていると、世間でもっぱら噂されているぐらいだ。ここに登録されている冒険者もかなり減ったことだろう。
今では3k(キツイ、汚い、危険)な職業と言われている冒険者だ。誰も安月給ではやりたがらない。ゆえに、この役所は衰退の一途をたどった。
つまり今まさに、ここの役人たちは存亡をかけて冒険者を集めたいときだってことだ。それは目の前に座る彼女、ベティ・グレイも同じはずだ。彼女の輝かしい表情を見るに、私が希望の星にでも見えているのだろう。と言っても、彼女の目が開いていないから実のところ本当に輝かしい表情をしているのか読みにくい。
だが実際、少し上がった口角、わずかにあふれ出した魔力、それに長年の付き合いから来る勘というものが、私にそうだと教えている。
「それで今回は、冒険者に復帰――」
「――冒険者に戻るためにここに来たのではなく、頼みがあってここに来た」
ベティがすべてを口に出してしまうよりも早く、私は断りを入れる。余計なことをして彼女の機嫌を損ねるわけにもいかない。彼女の言葉に対して否定的に答えれば、次は『なぜ?』『どうして?』と疑問が続くはずだ。それに対して否定ばかりしていれば、もしかしたら、彼女だって怒るかもしれない。
長い付き合いだ。それぐらいのことでベティが怒るはずがないとはわかっているが、余計なことをして自称天使との約束を果たせなかったら後が面倒だ。
「わかってます。昔みたいにわがままは言いませんよ」
予想していたよりもはるかにベティは聞き分けがよかった。まるで最初から、それが目的でこの部屋に呼んだわけではないと言わんばかりにすぐさま納得した。そしてすぐさま、1人で弁解をし始める。
「イザベラ様が冒険者に復帰して下さればどれほどうれしかったでしょう……ですがそれはかなわない話。あんな事件があったんですからね」
まるで、『いまさらあんたに戻って来られても、私たちには何のメリットもありませんよ』という言葉をひた隠しにしているような誤魔化し方だ。
別にどう思われようが私は気にもしないというのに……やっぱり彼女は優しい性格のままだ。だがそれがかえって人を傷つけるということを知らない。
だけど彼女の優しさにはいつも救われたことだし、今回は私も優しさで答えてやるとしよう。
「昔の話だ……そのことについてはそれほど気にしていない。ただ、今の仕事を気に入ってるんでな」
もちろん、これは本当の言葉だ。
いまさら安月給で下働きなどしたくもないし、する必要性もない。生活費ぐらいは喫茶店で稼げているからな。なにより一番大きな理由を上げるなら、もう私の時代は終わった。次はケンたちの時代だ。私のような老兵がいつまでも戦場をうろちょろしていては、目障りでしかないだろう。『老兵は死なずただ去りゆくのみ』なんて言葉をだれかが言っていたような気がするが、それが誰なのかは全く思い出せない。ただその言葉は、今の私にもっともふさわしい言葉だろう。
この役所に近づきたくないという気持ちだって、懐かしくなって、戦場に戻りたくなる可能性があったからだ。
だけど、どうやら私は、それほど冒険者という職業に誇りは持っていなかったらしい、ここを訪れてそのことがよくわかった。
「イザベラ様……なんだかすっきりとした顔をしてらっしゃいますね?」
しかし、人質を取るとはあの天使、ますます悪魔のようだ。
両腕でしっかりと抱えていたメリーを右腕でしっかりと抱え込み、ため息交じりに扉を開いた。私が通っていた頃と比べても遜色ないぐらいに内装はボロボロだ。一つだけ決定的に変わっていることと言えば、床にぽっかりと空いた穴だ。
ここの所長はドケチで有名だが、壊れたところの修理だけは以上に早い。つまり、その穴が開いたのはつい最近のことということだ。これでようやくボロい床ともおさらば出来るだろう。
……私には全く関係ないがな。
「――イザベラ様!?」
役所に入るなり、1人の女性が駆け寄ってくる。
その女性は、床の抜けた部分をよけて、私にとびかかる。
「こら! 私に抱き着くんじゃない……グレー!」
「イザベラ様、私のことはベティと呼んでくださいと何度も言ってるじゃありませんか!」
このやりとは、何度も繰り返したやり取りではあるのだが、冒険者を引退した後でもあまり慣れてはいない。同性とはいえ、むやみやたらに抱き着いて来る獣人を好きになれないしな。
「それで今回はどのような……なるほどわかりました。そういうことですね……」
ベティは私の腕で眠っているメリーを見て、何かを納得したらしく何度も強くうなずいた。
「おい、何1人で納得してる?」
彼女は思い込んだら他人の言葉など意にも解さず勝手に話を進めてしまう性分だ。きっと今回もその性分に踊らされることになるだろう。
「大丈夫ですよ。問題ありません。ささ、こちらの部屋へどうぞ」
そう言って彼女が私を案内した部屋は一際きれいな部屋だ。応接室と、ネームプレートには書かれているが、その昔超一流冒険者のみしか入ることしかできなかったことから、ベリーポータントパーソンルームと呼ばれていた。それなのに、今では部外者である私ですら入れるらしい。
「VIPルームじゃないか……いや、まあ丁度いいか」
公の場で、誰かの個人情報を聞くというのは憚られるし、個室をとってくれるならこちらとしてもありがたいことだ。断る理由もない。
「とにかく、おかけください」
私は勧められるまま、部屋の中にあるレザー調のソファーにメリーを寝かせてその横に座る。
以前この部屋に招かれた時はもっと上等の椅子が置いてあって、机ももっと良い物だったはずだが何ランクか格下げされたらしい。部屋の隅に置かれていた超重要書物なども片づけられたらしく、かなりすっきりした印象だ。もちろん良い意味ではなく、物さみしく味気のない部屋になったという意味だ。
まあそれは仕方ないことだろう。以前は冒険者派遣業を受け持つ業者はおらず、全ての依頼と冒険者が役所に集まったものだ。
それが今では、儲かるからとあちこちで一般企業が冒険者業を始め出したら、税金で賄われていた役所が勝てるはずもない。今では安くてきつい仕事集まっていると、世間でもっぱら噂されているぐらいだ。ここに登録されている冒険者もかなり減ったことだろう。
今では3k(キツイ、汚い、危険)な職業と言われている冒険者だ。誰も安月給ではやりたがらない。ゆえに、この役所は衰退の一途をたどった。
つまり今まさに、ここの役人たちは存亡をかけて冒険者を集めたいときだってことだ。それは目の前に座る彼女、ベティ・グレイも同じはずだ。彼女の輝かしい表情を見るに、私が希望の星にでも見えているのだろう。と言っても、彼女の目が開いていないから実のところ本当に輝かしい表情をしているのか読みにくい。
だが実際、少し上がった口角、わずかにあふれ出した魔力、それに長年の付き合いから来る勘というものが、私にそうだと教えている。
「それで今回は、冒険者に復帰――」
「――冒険者に戻るためにここに来たのではなく、頼みがあってここに来た」
ベティがすべてを口に出してしまうよりも早く、私は断りを入れる。余計なことをして彼女の機嫌を損ねるわけにもいかない。彼女の言葉に対して否定的に答えれば、次は『なぜ?』『どうして?』と疑問が続くはずだ。それに対して否定ばかりしていれば、もしかしたら、彼女だって怒るかもしれない。
長い付き合いだ。それぐらいのことでベティが怒るはずがないとはわかっているが、余計なことをして自称天使との約束を果たせなかったら後が面倒だ。
「わかってます。昔みたいにわがままは言いませんよ」
予想していたよりもはるかにベティは聞き分けがよかった。まるで最初から、それが目的でこの部屋に呼んだわけではないと言わんばかりにすぐさま納得した。そしてすぐさま、1人で弁解をし始める。
「イザベラ様が冒険者に復帰して下さればどれほどうれしかったでしょう……ですがそれはかなわない話。あんな事件があったんですからね」
まるで、『いまさらあんたに戻って来られても、私たちには何のメリットもありませんよ』という言葉をひた隠しにしているような誤魔化し方だ。
別にどう思われようが私は気にもしないというのに……やっぱり彼女は優しい性格のままだ。だがそれがかえって人を傷つけるということを知らない。
だけど彼女の優しさにはいつも救われたことだし、今回は私も優しさで答えてやるとしよう。
「昔の話だ……そのことについてはそれほど気にしていない。ただ、今の仕事を気に入ってるんでな」
もちろん、これは本当の言葉だ。
いまさら安月給で下働きなどしたくもないし、する必要性もない。生活費ぐらいは喫茶店で稼げているからな。なにより一番大きな理由を上げるなら、もう私の時代は終わった。次はケンたちの時代だ。私のような老兵がいつまでも戦場をうろちょろしていては、目障りでしかないだろう。『老兵は死なずただ去りゆくのみ』なんて言葉をだれかが言っていたような気がするが、それが誰なのかは全く思い出せない。ただその言葉は、今の私にもっともふさわしい言葉だろう。
この役所に近づきたくないという気持ちだって、懐かしくなって、戦場に戻りたくなる可能性があったからだ。
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