転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

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4 勇者が生まれる

24 イザベラともう一人 3

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「だけど、私には獣人の顔なんて見分けがつかないからね~……一人ひとりから勇者を見つけるなんてむりですよ?」
 自称天使は面倒臭そうに言う。
 そこに気がつくとは天才か……これは私にとっても、面倒くさくなりそうだ。
 もし顔の見分けがついたとしても、何十万人もいる中から、『勇者』なんてレアな役職を探し当てるなんて不可能に近い。だからこそ、彼女には永劫にも思えるほどに長い間、存在するかもわからない者を探してもらおうと思っていたのに、これでは余計に面倒くさくなっただけだ。
 何か、解決策はないだろうか……一瞬ですべてを解決してしまう程の解決策は。――そうだ。この手があった。

「役所に行けば、一人や二人ぐらいは登録しているやつがいるんじゃないか?」
 誰でも一度は思いつくであろう初歩的な提案だ。もちろん、役所に勇者が登録されている確率は限りなく低いだろう。勇者レベルにもなれば、給金の低い役所から依頼を受ける必要性はまるでないからだ。
 だがしかし、人の見分けすらつかない常識知らずの天使様がそんなことを知っているとは思えない。

「なるほど、なるほど。確率はかなり低いとしても、行ってみる価値はありますね」
 天使は笑いをこらえるために、口元を手で覆いながら私の方をにやけ顔で見ている。
 そうだった。彼女は人の心を読めるんだった。余計なことを考えしまったのは失敗だった。いや、思考を抑えるのなんてもともと無理な話だ。だったら思っていることを隠しても仕方ない。
「そうすればいい。それはあんたの勝手だ」
 私は無慈悲にもそう言い放った。
 いまさら言うことでもないが、私は1人で喫茶店を切り盛りしている。同胞である犬種を助けるためにならばまだしも、得体のしれないもののために懸ける時間などあるはずがない。できれば自称天使には、このままメリーの体から出て行ってもらって二度と出てこないでほしい。

「そうしたいのはやまやまですが、あなたの言うとおりこの体はメリーさんのもです。私とは魂の規格そのものが違いますので、あまり長い時間とどまるのは悪影響を与えるかもしれない。だからこそのお願いです、役所にはイザベラさんと、メリーさんの2人で行っていただきたい」
 メリーを通して見える表情は真剣そのものだが、そもそも天使に感情があるとは思えない。
 まあそんなことはどうでもいい、彼女が真剣だったとしても店を離れることは難しいのだから。それに、一度頼みごとを聞いてしまったら、何度でも頼んできそうだ。そうなったら厄介だからな。
「悪いが私は店を離れることは出来ないし、離れるつもりもない。あんたなら役所の人間に憑依して自分で調べられるだろう?」
 
「もし自分の最後の記憶が5分前だったとすれば、あなたはどう思いますか?」
 私の質問に対して天使は意味不明な質問を返してきた。
「『眠ってしまったか』……ぐらいにしか思わないけど?」
 そりゃそうだろう。考え事をしていて5分過ぎてしまうことなんてよくあることだし、別段何も思いはしない。
 それなのに、天使は私を納得させるためか、続けて意味不明な理屈を説明し始める。
「なるほど……そういう考えもあるかもしれませんが、基本的にはこう思います。『記憶が飛んでる。病気かも知れない!』そうなると次にとる行動は予想しやすい」
 そんなことを考える人はほとんどいないと思うが、それを否定しても納得するまで理詰めされるような気がしてならない。出来るだけ彼女の求める答えを出して早めに帰ってもらうとしよう。
「『周囲の人間、記憶が抜けた間の行動を尋ねる』か?」
「そうです。そうなれば、厄介なことになると思うんですよ~。神様に怒られちゃいます」
 なんてぶりっ子するように、彼女はメリーの体で両頬に手の平を当てて困ったような表情をする。

 メリーは相も変わらずかわいいのだが、その中に入っているのが得体のしれない天使を名乗る別人だと考えるとはらわたが煮えくり返る。だがここはぐっとこらえて、彼女を刺激しないように一応ながら適当に返事をする。
「別にそんなことにはならないと思うけどな……」
「確かに表面上はそうですけど、もっと大きく考えるのですよ。時間は有限、一度起きてしまった事象は神様ですら覆せません。だからこそ、未来を知るんですよ。決して間違わないためにね」
 相も変わらず彼女の言っている言葉は、突拍子もなく理解するのもためらわれるようなことばかりだが、私は彼女のその言葉でぴんときた。
 設定なのか、本当のことなのかは知らないが、ともかく彼女は未来を知ることが出来るらしい。それがどのぐらい強力なものなのかは知らないが、もしそうだったとするならば、今まで彼女が話していたことも少しぐらいは理解できる。
 そんなことを考えてなんだが、それを口に出して尋ねるのはためらわれる。だけど、彼女は心も読むことが出来るらしいし、未来が読めても不思議ではない。念のために尋ねておこう。
「未来がわかるとでも言うのか?」

 そんな私の突拍子もない疑問に、彼女は微笑を浮かべて答えた。
「当たらずとも遠からずです」
 何となくはぐらされたような気がした。
 だけど、実際のところそれはどうでもいいことだ。彼女が未来を読めようが、私がメリーと2人で役所に行く理由にはならない。
「……まあいい」
「そうですね。私の力について知ったところで何の意味もありませんからね~。そんなことより、さっきも言った通り、あなたには役所に言って勇者のことを調べてきてもらいたいのです。もちろんあなたには断るなんて選択肢はありませんよ……時間と同じで、選択肢も有限ですからね? 私にとっても、メリーさんにとっても時間は有限ですからね~」
 笑顔でそう言った自称天使だが、なるほどやっぱり悪魔的だ。
「メリーを人質に取るつもりか? 傷つけないと言ったじゃないか」

 そんな私の言葉に、彼女は面倒くさそうな表情をした。彼女はやりたくもないことをやらされているといった風に、投げやりに惰性で言葉を吐くように続けざまに悪魔的な事実を私に突き付ける。
「人質にとるなんて言ってません。あなたが私のお願いを断れば断るほど、メリーさんの中に私がとどまる時間が増えるってことです……」
 ちょっと前に彼女から説明を受けたことだ。彼女とメリーでは魂の規格が違う。だからこそ、彼女の体にとどまるのは危険だということだ。そして、彼女は私が願いを聞き入れるまで帰るつもりがない。つまり形式的に選択肢を与えているかのように尋ねただけで、答えはもともと決まっていたということだ。
「なるほど、最初から私には選択肢などなかったということか……」
「お願い聞いてもらえますよね?」
「……ああ」
 聞くしかない。聞く以外に選択肢が存在しないのだから。
 私の言葉を聞いて、ようやく彼女は安心したようでにこやかに笑った。

「では、メリーさんのことお願いします――」
 メリーはそのまま床に崩れるように倒れた。私はそれをとっさに支え、ソファーまで運んだ。
 どうやら、今日の営業はここまでらしい。
 本当に面倒なことだ。



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