転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

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 杖といえば、ゲームなどにありがちな設定としては、魔力を底上げしたり、それそのものに魔法が宿っていたりするもので、言ってしまえば武器として扱われている。しかし、現実的に考えると、人の歩行を助けたりする補助道具としての側面が強いだろう。もちろん武器として扱われることもあるが、それはもっぱら打撃武器としてだ。人間の世界には魔法などというものは存在しない。
 ましてや、杖を武器に戦うなんてことは考えたことすらなかった。というより、僕は健常者として生きてきて、今まで杖なんて持ったことすらない。

「結構、手詰まり状態です」
 僕は期待してこちらを見つめていたイチゴに対してそう言った。
 彼女は静かに息を吐くと、「まあ、そうだろうな」と口に出す。そんなに簡単に使い方を思いつけば苦労はしないといった風だ。
「それでも、武器としての活用法がわからなきゃどうしようもないぞ?」
「わかってはいるんですが……」
 そもそも、武器としての使い道があるのなら、僕の能力によっていともたやすく理解できたはずだ。それが出来ないってことは武器として認められていないということに他ならない。僕はそれがわかっているからこそ、本当の意味で真剣に考えることは出来ない。
 考えても意味がないと思ってしまっている。
 それなのに、イチゴは期待するような目でこちらを見ている。
 僕にしてみれば、彼女に期待して話を聞いてもらっているというのに、これじゃあなんの意味もない。

「イチゴさんは何か思いつきませんか?」
 彼女の表情を見れば、何も思いついていないように感じてしまうのだが、それすらも彼女の演技なのかもしれない。もと冒険者で、博識な彼女のなら、自分で考えさせるためにあえて口にしないだけで、僕なんかには思いつきもしないようなことを思いついている可能性だって十分にある。
 一方、僕はお手上げだ。何も思いつかない。知識もなければ、自分が握りしめた『棒切れ』のことも数分間だけ説明を受けたが、それ以上のことは知りもしない。
 図書館に行けば調べることは出来るだろうが、調べるというのは膨大な労力もさることながら、膨大な時間が必要になる。1から調べるとなれば、それはもう一月で済むかどうかも分からないほどだ。だから、僕は一縷の望みをかけてイチゴに真剣な目で尋ねたのだ。
 それをかぎ取ってか、イチゴは少しだけ黙り込んだかと思えば、ゆっくりと口を開いた。

「いや……だが、そうだな。その道具については私の方が詳しいというのは事実だ。知識ぐらいは貸してやらんでもない」
 知恵を出せずに済まない、といった風に頭を下げるイチゴだが、知識だけももらえれば十分だ。
 僕は彼女のにとっては単なる居候に過ぎないし、まして親族ですらない。いや種族が同じなわけで、もしかしたら遠い親戚である可能性は捨てきれないが、それは今は重要ではない。
 赤の他人である僕に対して、彼女は家族のように無償で知識を貸してくれるというのが重要だ。彼女にとってはどうかはわからないが、僕にとっては『イチゴ』という大人は、この世界において最も信頼できる大人だということになる。
 
「お願いしてもいいですか?」
 僕は軽い頭を下げて、それでいて師に教えを乞うように深々と頭を下げた。
 イチゴは「頭を上げろ」と言って、少しだけ不快感をあらわにした。それでもすぐに杖に関する説明を始めてくれる。
「お前が武具屋に聞いた通り、『杖』というのは、使用者である獣人の体から魔力を抽出するのに利用する。普通の魔法使いは体の外に魔力を放出すること自体出来ないからな」
「それがよくわからないんですが、ポーションを生成するためには必要かもしれませんが、魔力というのはそもそも体外に放出する必要はありませんよね?」
 武具屋の老婆にも聞きたかったことだが、いまいち信頼できず聞けずにいたことだ。
 魔力で出来ることは、僕が知っている。いいや、本で見たり、伝聞されてきたような幻想的な力を使うための動力というわけではない。治癒力を高めたり、自身の力を一時的に高めたりすることは出来るが、僕の知る限りでは1日に使える魔力量はそれほど多くない。
 むしろ誰かの傷をいやすために魔力を放出すれば、それだけでたちまち動けなくなるほどに少ない。

「ん? どういう意味だ?」
 イチゴが不思議そうな顔で聞き返してくる。
 しかし、僕の疑問はもっともなはずだ。魔術書なんてものがあるのに、この世界には魔術も魔法も存在しない。仕組みがよくわからないところはいかにもファンタジックだが、魔術書なんてたいそうな名前ではあるが、単なるスキルカードに過ぎない。
 僕はこの世界に来て、ほとんど魔法の要素を目にはしていない。目にしたのは魔術書を作った時に1度だけだ。

「魔力を炎や水とかに変換できるならまだしも、魔力というのは生命エネルギーみたいなものですよね? 無駄に排出するのは非効率じゃありません?」
 イチゴが珍しくポカンとした表情をしているが、自分でも何を言っているのかわけがわからない。しかし、僕の中で魔法といえばそういうものだ。
 一応僕の言葉には同意するが、彼女はあまり気乗りしていないように自分の意見を語り始めた。

「魔力が炎や水に……何を言っているか理解しかねるが、だからこそ、魔法使いは冒険者に向かん。魔力を直接傷ついた仲間に与えることで回復させることは出来るが、一度使用したら、かなりの魔力を消費する。言ってしまえば人間ポーションになるってことだ。使い捨てのな……」
「人間ポーション……」
「言い方は悪いが、実際、そうとしか表現できないから仕方がない。私も悪気があってそう言ってるわけじゃない。それが現実というわけだ」
 そう吐き捨てると、彼女のは僕から顔をそらす。

「それで、冒険者をあきらめろと?」

 彼女の言葉を直球的に言えば、魔法使いは冒険者にはなれないということだ。彼女は優しいからそれをいやいやながらもそれを口に出してくれる。しかし、優しいからこそ、僕が冒険者をやめられないということをよく理解していて、直接的には言わないようにしてくれている。
 だが、その優しが
「ああ。普通だったら、魔法使いは薬屋になる。冒険者としてはお荷物だ。魔力を使い切れば文字通りお荷物だからな……特にケンは杖を必要とせず、魔力を体から放出できるのだろう? それを聞けばなおさら、薬屋になってほしいな。まあ、稼ぎは少ないが、少なくとも死ぬことはなくなるし、冒険者だらけの国では生涯仕事に困ることもない」
「それだとメリーが……」
「ああ、メリーに苦労を強いることにはなるだろう。それでも――」
「――それ以上は言わないでください。わかっています。それでも、僕は妹には、メリーには好きなことをさせてあげたいんです。それにはお金が必要で、死と隣り合わせであったとしても、命の保証がないとしても、死後の保証があってそれなりに稼ぐことが出来る冒険者でなければ意味がないんです」
 それを聞いてイチゴは黙る。ほんの少しだけ恐ろしい顔をした気がしたが、次に見た時には普通の表情だったからおそらく僕の勘違いだろう。
 彼女は大きなため息をついて、首を数度横に振った。

「そこまで言うなら、これ以上は何も言わない。話が脱線してしまったが、魔力というのはいわゆる生命エネルギーのことで、それを別のものに変換できるのが魔法使いだ。しかし、魔法使いは変換したエネルギーの自力で体外に排出することが出来ない。いや、正確には出来るが、誰もやらない」
「どうしてですか?」
 体を乗り出して質問した僕に対して、落ち着くように促してからイチゴが答えた。
「誤って、自分の魔力をすべて排出してしまう可能性があるからだ」
「うん?」
 よく意味が理解できず、僕は頭を抱えた。
『魔力をすべて排出してしまう可能性』というのは、自分の体の中にある魔力をすべて捨ててしまうという意味だろうか……そういう意味だとするなら、それは死を現わしているのだが、そんなことになるなんて到底思えない。魔力をゆっくりと排出すれば、そんなことは起こりえないからだ。
 だが、イチゴの真剣な表情を見るに冗談で言っているというわけではなさそうだ。

「簡単に言えば、魔力のコントロールが下手なんだ。当たり前だ。からだの中にあるものを排出しようとするんだ。血を抜くのだって注射器のようなものでコントロールするだろう? それと同じように、杖で排出魔力量をコントロールしている。言ってしまえば、冒険者登録したときに魔術書とか言うのをもらったらだろう? あれと同じだ。魔物の骨に直接魔力を流すことで、魔物の骨が含有できる最大値までの魔力しか放出しなくてすむ。魔術書と違うところは、吸い込んだ魔力を放出できるということだが、それゆえに、魔力を放出しすぎる心配などせずに好きに取り出せるというわけだ。だから杖というのは比較的小さめにして、ため込める魔力量を少なく調整する。武具屋がケンに買わせたこれは、通常規格の数倍……いや数十倍だ。ため込める魔力も相当なものだろうな」
 イチゴは僕の持つ杖をまじまじと見つめてそう言い切った。
 僕はというと、彼女の説明を聞いてもいまいちピンとこなかったというのが心情だ。
 確かに多量の血を抜くために大きな傷をつけてしまえば、傷口をふさぐのは難しいが、小さな傷から少しずつ血を流すのなら致死量まで流す心配はないはずだ。破傷風とかにはなってしまうかもしれないが、血を抜きすぎて死ぬなんてことはない。
 それでも彼女の言わんとすることは何となくだがわかるような気がする。
 
「魔術書程度の大きさでも結構な魔力を持っていかれたんですが……これ、魔力書の5倍ぐらいはありますよ?」
 初めて魔力を放出させたあの時は、本当に魔力をすべて持っていかれるんじゃないかと思ってしまった。そのことを考えれば、血と注射器の関係に、魔力と杖の関係を照らし合わせて、安全に抜くことが出来るとなると、やっぱりその方が安心できるだろう。
 お金で安心が買えるなら安いものだ。それだけに、通常の数十倍あるこの杖の使い道がますますわからない。

「ああ。だから最初は猫種の嫌がらせかとも思ったが……これだけの大きさの杖だ。値段もそこそこするはずだ。嫌がらせのために、猫種が金をかけるとは思えない。だから、この大きさには何かしらの意味があるのだろう」
 イチゴが杖に手を伸ばして少しだけ魔力を注ぐ。確かに魔力の流れはゆっくりだが、それでも限界以上に持っていかれるなら大きさに何の意味もない。
 考えられるとすれば……
「余った魔力を保存しておくとかですか?」
 だが、自分で言っておいてなんだが、保存する必要性がまるで感じられない。そもそも、今のところ魔力が足りないなんてことを考えたことは1度たりともなった。
 これから先はどうなるかわからないが、こんなでかい荷物は重量がなかったとしても邪魔で仕方ない。魔力をためておく装置だというなら、メリットよりもデメリットの方が大きいだろう。
 イチゴは少しだけ僕の言葉を肯定してくれるが、すぐに聞きなれない言葉を使って否定する。
 
「それもあり得るが……魔物の骨の魔力定着率はかなり少ない。だからこそ、放出するのがたやすいのだが、それゆえに長期間魔力をため込むのには向かない。それゆえに定着率の高い魔力水に魔力を詰め込むんだ」
「定着率?」
「言葉の通りだよ。魔力というものは、通常ものに宿らないものだが、獣人と魔物の体にはなぜか宿る。もちろんからだ中にだ。だが、体の部位によっては宿りにくいところも存在する。骨とか、角とかの死後に最後まで残りやすい部分だ。所説あるが、太古のそのまた太古、人と神が食べ物の取り分を決める際に、肉を人の取り分とし、骨を神の取り分としたために、神聖に保つために骨には魔力が宿りにくくなったと言われている。まあ、とにかく、魔物の皮を使用した魔術書には魔力が宿りやすい。宿りやすいがゆえに、反対に排出されにくい。魔力定着率が高ければ高いほど、魔力は宿りやすく排出されにくいが、反対に低ければ低いほど宿りにくく排出されやすい」
 なるほど、ゼウスの話か。ゼウスはその昔、おいしそうな肉と普通の肉でどちらを神の取り分とするかを選択する際、おいしそうな肉の方を選んだが、それはプロメテウスが人間に肉の方をやりたいがための罠で、ゼウスが選んだ肉は実はほとんどが骨で、それをおいしそうな肉で包んだものだったという。主神であるゼウスは自身が決めたことを覆すことは出来ず、神は骨を、人は肉を食べることになったらしいが……
 どこの世界にも似たような神話があるのだな。
 しかし、神の食物には魔力が宿りにくいというのは、いささか魔力を邪悪なものと考えすぎているような気もしてならない。
 そう考えると陰謀的で面白くもあるが、僕の案はどう考えても却下されるべきものだ。

「つまり、杖を魔力保存用の装備とするのは非効率だということですか?」
 僕はもともとそんな手段のために使うつもりなどなかったが、イチゴはさすがに優しい。僕のことを傷つけないようにフォローをしてくれる。
「ああ、だが、吸収されにくいがゆえに、必要以上に魔力を注いでしまう心配もないというわけだから、保存にまるで向かないというわけでもないが、出来ても数日程度だろうな」
「なるほど……ますます、困りましたね」
 本当に困った。イチゴの話は実用的な話ばかりで、正直なところ大いに助かっただが、杖の使い道を思いつくには至らなかった。そもそも、本当に使い道などあるのだろうか……なんてことを考えていたら、イチゴがそれに気が付いて慰めを口にした。
「ああ、それでも何かしらの使い道はあるはずなんだが……」
 僕たち兄妹のような行き倒れを助けてくれるだけあって、イチゴは本当にいい獣人だ。だからこそ、迷惑をかけるわけにはいかない。今は思いつかなかったとしても、なんとしても杖を扱えるようにならなけば!
 手の中にある杖を強く握りしめて、僕は立ち上がる。
「使い方を思いつくにはもう少し時間が必要そうですね」
 そろそろ、アニーと約束した時間だ。
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