インフルエンサー

うた

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インフルエンサー 7

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二日目の夜は昨日とは違うホテルだった。四人部屋だと疑いもしなかった俺は、改めて修学旅行のしおりの部屋割り表を確認して動揺した。

お、大衡と二人部屋だ……。

昨日までの俺だったら、うわ最悪だ朝まで嫌味を言われ続けるんだろうな、なんて憂鬱だったと思う。でも今は違う。それよりも複雑な……何とも言えない気分だ。
どうしよう。いや、どうしようもない。部屋を代わってほしいなんて気軽に頼める友達はこのクラスにはいない。
隣に立つ大衡の顔を盗み見るが、彼は至って平常心に見えた。こいつ……俺のこと好きなんだよな?好きな人と二人部屋になって、そんなに落ち着いていられるものなのか?俺だったら緊張で死にそうになると思う。
「おい、行くぞ」
「う、うん……」
やばい……心臓バクバクしてきた。いや俺が緊張する必要なんてないけど!別に俺は大衡が好きなわけじゃないし、付き合ってるわけでもあるまいし!
……つ、付き合う……大衡と……?いやいやいや。ないないない。
あり得ない考えを打ち消すように頭を振る。俺、本当にどうかしちゃったんじゃないだろうか……。


夕食と風呂を終えて部屋に戻ればまた大衡と二人きり、布団の上に座って会話もなくスマホを弄っていた。昨日と同じだ。しかし今日は上野も下田もこの部屋に戻ってくることはない。
昼間の話の続きを自分から聞き出す勇気は俺にはなかった。
まだ消灯時間ではないけれど、今日は寝不足だし、早めに布団に入った方が良さそうだ。大衡に声をかける前に、日課になっているSNSのチェックをする。
今のところTakaくん……もとい大衡の新しい投稿はない。そもそも、俺はこのままフォローしていていいんだろうか。元々フォロワーだったのだから悪いことをしているわけじゃないのに、何だか大衡の心を盗み見ているような気がして罪悪感があった。でも彼のファッションは好きだし……うーん……。
結論を出せずにいたら、ちょうどその時新しい記事が投稿された。「修学旅行二日目」というタイトルだ。
こっそりと大衡の様子を窺い、こちらを見ていないことを確認してから記事を開く。
今日投稿されていた写真は二条城の庭園、自販機で買ったコーラの缶、昼に食べたハンバーガー。そして……。


『二日目は雨。好きな人と色々話せたのは良かったけど、具合が悪そうで心配だ』


こ……こいつこの文章を今俺の隣で打ったのか!?メンタルどうなってるんだよ!心配かけて悪かったな!急速に頬に熱が集まってくるのを感じる。このまま見続けているのはまずい気がする。と、とりあえず早く記事を閉じないと……。
「小山」
「うひゃあっ!な、なに!?」
びっくりした。いつの間にか大衡が近くにいた。
「お前、なんか顔赤いぞ。まだ具合悪いのか」
そう言って大衡は俺の顔に手を伸ばしてくる。
「ちっ、違っ……」
慌てて振り払おうとした俺の手からスマホが滑り落ちた。そしてそれは、大衡の目の前へ。
先程の記事が表示されたままの画面を見た大衡は、目を丸くして動きを止めた。急いでスマホを拾い上げるがもう遅い。
やばい。見られた。いやこの場合見られたと感じるのは大衡の方か?……じゃなくて、そんなことはどうでもいい。
「……小山、今のは……」
「あ、あの……えっと……」
もうダメだ、誤魔化しきれない。俺は覚悟を決めて口を開いた。
「こ、これって大衡のアカウントだよな……?」
「……」
「その……俺ずっと前からフォローしてたんだ。それで、昨日の写真見て、もしかしたらって……」
「……」
大衡は何も言わない。居心地の悪い空気に耐え切れず俯くと、やがて小さなため息が聞こえた。
「……悪かったな」
「……え」
「お前、俺のこと嫌いだろ。嫌いな奴に……しかも男にあんなこと書かれたらキモいよな」
大衡はすっと立ち上がり、ドアの方へ向かう。
「上野か下田と部屋代わるから」
「ま……待てって!」
思わず大きな声が出た。大衡の服の裾を咄嗟に掴む。
「お、俺は別に……お前のこと、嫌いとかじゃ、ないし……」
「……」
「色々助けてもらって、その……感謝、してるっつーか……意外と頼りになるかも、とか、思ったし……」
……俺、何言ってるんだろう。引き留める理由なんてないはずなのに。大衡のことなんて、顔は良いけど性格は悪い同級生としか思っていなかったはずなのに……。
大衡は無言のまま振り返り、じっと俺の目を見つめてきた。
あれ、こいつの目ってこんなに綺麗だったんだと思った瞬間、不意に腕を引かれて、気づいた時には大衡の腕の中にいた。どちらのものかも分からない鼓動の音が聞こえる。
「……それって告白か?」
「……え……えっ……」
「都合良く解釈するぞ」
い、いきなり何を……告白……!?ていうか俺今ハグされてる……!?混乱していると更に強く抱き締められて、俺は我に返ってその体を押し返した。
「ちょ、ちょっと待った!」
「なに」
「いっ、今のは告白じゃないだろ!」
「じゃあ何だよ」
「何って……」
俺にばっかり言わせようとしてるのか!?この野郎……!
「お、大衡こそ大事なことはちゃんと直接言えよ!LINEでしか告白出来ない中学生かお前は!」
「……」
大衡は少し考えるような仕草をして、「それもそうだな」と言った。そして一旦体を離し、真剣な表情で俺の顔を見つめる。
「小山」
「う……はい……」
「お前が好きだ」
「……っ」
分かっていても、言葉にされるとやっぱり心臓が大きく跳ねた。
……ああ、もう、何でこんなことになっちゃったんだ。俺はただ憧れのインフルエンサーをフォローしていただけで、ムカつく同級生と言い合いをしていただけで、優しくて可愛い彼女が欲しかっただけなのに。それなのに……。
俺は腹を括り、大きく息を吸った。

「俺もだよ、ばーか!!」

自分より高い位置にある大衡の肩に顔を埋めるようにして抱きつくと、普段俺には意地の悪い笑みばかり向ける大衡は嬉しそうにはにかんで、もう一度俺の体を抱き締めた。


余談だが、その夜投稿された『恋人が出来ました』という記事には大量の祝福コメントが書かれ、見事に万バズを果たしたのだった。
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