剣雄伝記 大陸十年戦争

篠崎流

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傭兵団編

小手調べの戦争

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旧とはいえ官舎はなかなか立派なものだ。中央に広場がありそれを囲むように寝屋が建てられる

普段が野営だけにこの待遇は有難かった、団といっても移動式の傭兵団、非戦闘員や女子供も居る。更に長期滞在の可能性もあるとなればそういったもの達のストレスも少ない

一番大きいのは、自己判断での参戦を要請された事だろう自由に動ける戦いというのはコレが初である

「しかし厚遇だな」
「猫の手も借りたい、という現状だろうからな」
「見たところ此処は3千ほどいるな」
「というからにはそれ以上の規模で来る、だろうなベルフは」
「つねに相手より数は揃えてくるからなぁ」
「規模が大きすぎるな、さてどうしたものか‥」

「自由な立場、は良いが、こうでかくなると逆にやる事がないよなぁ」
「ま、あまり無理は出来んな我々には「次」が常にある立場だ」
「だな」

官舎の食堂で食事を済まし手持ち無沙汰でコーヒーをなんとなく啜るショット

「つってもさぁ‥俺達やる事ないんだろ?」
「無い、でしょうねぇ。結構な規模の戦闘になりますから」と相変わらずメモやら書いて空返事のロック

「前線のが役に立つんだけどな俺」
「僕は後方観戦でもかまいませんけどね、剣士志望じゃないんで」
「あっそ、そいや他の連中どうしたんだ」
「私なら居るわよ」

そこにバレンティアが現れ隣に座る

「他は?」
「クイックは部屋で武器の手入れ」
「ライナとイリアは外に出てった、また訓練じゃない?」
「よくやるよほんと‥」
「あんたもブーブー言ってないで混ざってきたら?」
「やだよ。イリアは兎も角ライナは疲れるし」
「あんでよ?」

「やってみりゃ分かるよ、めちゃくちゃ攻撃力が高いんだよあいつ、しかも後半になるほどつえーし」
「僕もそれには同感です、僕の二剣でも防御がやっとですし、めちゃ疲れますよ」
「外から見ててもよく分からないわねぇ」
「対面してみりゃ分かるよバレンティア、剣は団長と互角くらいだろ、いい勝負になるんじゃね?」
「最年少だからって気を使う事もないでしょう。ライナにとってもいい練習になるでしょうし」

「ふむ‥」とバレンティアは腕を組んで、思考する
「そのうちやってみようかしら‥」と言ったが

バレンティアとライナの試合は翌日の昼前には実現される

「という訳でお相手願えるかしら?」というバレンティアの言に「うんいいよ」 二つ返事でライナが受ける

当然ギャラリーもかなり集まる

「私だと練習が限定されるのでバレンティアさんが変わってくれるのはありがたいですね」

イリアは武器の棒を置いて離れた

「では」
「はい」

そうしてこの一戦は始まる。

当初二人は「手合わせ」の範囲で戦っていたが。

ライナは集中力の高まりと共に速さと精度が上がる、それに対応してバレンティアは自己の力を次第に全力側に傾けていく

3分ほど攻防を続けただろうか、バレンティアはライナの表情、発せられる空気に「ある事を思い出す」

「この眼」「この冷たく刺さるような空気」似てる

終盤、バレンティアは完全に本気だった。

でなければ「負ける」と感じた。お互いの剣がお互い認知出来なくなる程の速さを生み出すそれが合わさった時

「あ!」
「え?」と同時に声を挙げた

打ち合って合わさった剣が「斬り折れた」時が止まったかのように硬直したがバレンティアはフッと笑った

「練習剣とは言え折れるなんてね‥ここで終了、かな」
「ですね」とライナも薄い微笑みで返した

お互い折れた剣のパーツを拾って「今日はここまでね」と離れギャラリーからパラパラと拍手が挙がった

しばらくして人も去った屋外中央広場で
バレンティアは座ったまま空を見上げていた

「たしかに全力を出せて楽しかったけど‥それと同じくらい怖い」
「似ている、からな」と どこからか現れたクイックが声を掛けた
「誰に?」そう、とぼけて返したが
「お前の師匠にだろ?」はぐらかせない言を更に返された

「バレてたか」
「俺も一度だけ見た事があるからな。アーリア=レイズを」
「性格も見た目も似てないけどね」
「ああ、だがあの眼と空気は同質だ」
「怖いわね」
「怖いな」

「私は技を継いだけど、あの怖さを得られなかった」
「しかたないさあれは生来の物だ、真似られるものではない。もしくは数百は殺さねぇと身につかないだろうしかもそれなりの才能あっての事だ」
「貴方でも無理なものかしら」
「無理だろうな「偽物」なら訓練で身に付けられるが」
「そっか」
「昼を大分過ぎた。腹減ったろ、戻ろう」
「そうね」

ようやくバレンティアはゆっくり立った

「しかし、まあ、ライナと剣をあわせるのは良い事だ」
「そうねぇ、そもそもあのレベルだと団でも「良い勝負」になるのは私と団長くらいだろうし」
「だろうな」

「クイックはどうなのかしら?」
「俺は「弓士」だ」
「そうだったわね」

バレンティアは以後、ライナと積極的に「手を合わせる」事になった

お互いにとって有益であるし自己を高め合うには格好の相手ではあった ただ、皆が言うように相当疲れる相手でもあるが

その後3ヶ月程情勢は動かなかった。動き出したのは秋ごろ。

だがそれが齎された時一同は驚きであった
ベルフの五大将の一人エリザベートの進発である

敵の全軍はほぼクルベル軍と同数三千、恐らく数日後には領内には入り戦闘となるだろうという情報が齎される

意外な事に倍する軍勢は出して来なかったのだが。指揮する者が「あの」エリザベートとなれば苦戦は免れないという意識が自然芽生えた

クルベル側と団は今後の対応を話し合ったが、そこで朗報を受ける南の神聖国フラウベルトが援軍の用意があると告知してきた事だ

となれば優位に運べ、これまでの絶望的状況とは異なる。しかしこの一連の報を聞いた6人のうちロックは少し違う感想を持ったようだ

「同数を揃えてきた、のが妙と言えば妙ですね」
「なんかあんのか?」
「1単なる小手調べ、2援軍待ち、3これ自体囮。好きなのを選んでください」
「え、えー‥」
「まあ、エリザベートは純粋な武人だそうですし、小手先の策を弄するかどうかは謎よね‥」
「もう少し経過を見ないとなんとも」とロックは言ったが

それが現れた時1で、バレンティアの意見が正解と形に表れた

ベルフ軍はクルベルの領土に侵攻、王都と対面する形で堂々と陣を敷いた ここは広大な平地で左右は湖と川。
いくばかの草のある場所、野戦にはもってこいの場所である

また、エリザベートと言えば百人騎馬の指揮官でもありそれを展開する余裕のある戦場では敢えて策を弄する必要もない程強かった故でもある

フリットらの傭兵団は当初の予定通りクルベル軍の陣形の右後方に配置され、まずは策を弄さず正面決戦の形が取られた

しかしながらここで何時もの観戦で無くその日は例の6人も本陣に加えられる

「て、事は戦っていいって事か?おっさん」
「言っても我々本隊自体が観戦だからな、それにまあ、年齢的にも前に出てもよかろう」
「よっしゃ!」

「が、ロックとライナとイリアはあんまり前に出るな、まだ危なっかしい」
「はい」謂われた三人は特に不満も無くそれを感受した

いよいよ開戦となると、互いに中央、左翼、右翼と軍を分け正面からぶつかり合う

伊達に「鉄の騎士軍」などと呼ばれておらずクルベルとベルフは互角の戦いを展開する それが2時間程経過したあと

「それじゃそろそろ崩すか」とばかりにエリザベートの騎馬隊が出撃

左から回りクルベル軍の右翼側面から突撃をかける、それは予測済み、ではあるし、彼女の何時もの戦法だ。クルベル軍の右翼はそれに合わせて迎撃体制を取る

が、エリザベートの隊は「迎撃体勢を整えた」相手を逆に貫いた、そこから殺到して開いた穴を広げる様に隊は左右に広がりながら手当たり次第クルベルの兵を切り捨てて行く

驚異的な火力だった 前に立ちはだかる防衛兵を案山子でも切り捨てる様に叩き伏せていくこれにはクルベル軍も驚愕だったそこにベルフ軍の左翼が威勢を強め突撃して突き崩しにかかる

戦法としては単純な物だ。対応手段を事前に準備される程知られたエリザの突撃戦法だがそれ自体を叩き潰すほどこの部隊の強さは尋常でなかった

個々の武に優れた百人とエリザベートの無双ぶりは如何なる敵も叩き潰す勢いだった
「分かっていても防げない」だからこその戦法なのである

開戦3時間でクルベルの右から崩されつつあった

これは、と思いここでフリットが動くあれを止めるとばかりにクルベル右翼に食い込んだ百人騎馬に左側面から攻撃をかける

一時百人騎馬は下がり食い込んだ牙を離すが即座に体勢を整え傭兵団とぶつかる

「とにかくあれを止めないと全体が崩れる」フリットは自ら最前線に立ち刀を振るうが、個々の武に秀でた騎馬隊はただの兵では無く強くフリット自体とも剣を合わせられる精兵だった

それでも団全体数は倍、それは互角に戦った。構成もその目的も敵味方ともにほぼ同じ物を目指した物だから

が、その均衡もエリザベートの攻撃で崩れる。彼女に立ち向かった兵は瞬く間に5人斬られる、フリットは咄嗟に前にでて

「そいつと戦うな!まともな武芸者ではないぞ!」と走る

エリザベートに即時斬りつけるフリット
それに応じてその剣を受けるエリザベート

「貴様が隊長か!」
「応!フリット=レオル参る」

正直自分が「あの」エリザベートと互角に戦えるとは思っていなかった、アレと剣を合わせられるのは世界でも幾人も居なかろう

だが、エリザベートを無視しては全体が崩れる。やるしかなかったのだ

二人の馬上斬り合いは10合有った。やれるか!?と思ったがエリザベートの何気ない一撃をフリットは受けた途端大きくバランスを崩された

何気ない、速度も、振りも同じだが、威力と重さが段違いの打撃をぶつけられたのだ

馬上でぐらつくフリットに次撃、それを何とか受けたが受けきれる体制でなく、そのまま馬から落とされる

止めの一撃が来る、と覚悟したが、フリットは中腰の姿勢のまま剣を構えるが二人の間に馬が割り込み、止めの一撃を防ぐ。ショットが間に割り込んで救出した

「何?!」とエリザベートは一瞬戸惑うが、迎撃態勢を取る

「次は俺が相手だぜ!」と剣を繰り出すショット。エリザはそれを受け、槍斧を返す

正直今のショットでは「まだ」荷が重い。4度打ち合うがショットの乗る馬ごと吹き飛ばす様な一撃で馬から飛ばされる
彼は慌てた様子も無くひらりと地面に着地

「まだまだ!」と剣を構える。

エリザベートの一撃は受けれないと察知したショットは自分から跳んだのだ

「やるな小僧!褒美をやる!」渾身の一撃を構えるショットに打ち込む それを両手で剣を持ち受ける

「グッ!」と声を挙げて堪えたが即座「げ!」とマヌケな声を挙げた、受けた剣が折れたのだ

「ハハハ!才能はあるがまだ私の相手は務まらんよ!出直して来い!」

エリザベートは地面に居る二人の目の前当たらない距離の足元に槍斧の先を横切る様に振り切る

砂と埃が巻き上がり二人は顔を隠す 次があるのか?と思ったがエリザベートは馬を2歩下げ距離を取った

その悠然と構えるエリザベートに「何かが」飛び掛った
「な!?」と声を挙げてエリザベートは槍斧の下半分柄を上げて咄嗟に「何か」を受ける

「ガン!」と打撃音が響きエリザベートは馬上でぐらつき
馬もバランスを崩しかけたので、やむなく飛び降り地に立ち。槍斧を構える

彼女の面前、5メートルの距離に体を小さく前傾姿勢で傾け
睨み付けるライナの姿があった

フリットとショットの危機に咄嗟に飛び出し馬上のエリザベートに飛びながら斬りを放ったのだ

「次から次へと‥」と構えるエリザベート。槍斧を握る手が強くなるがその飛び掛って来た相手と対峙してギョッとする
「なんだこいつ‥」思わず声が出る

そう体格の大きくないセミロングの赤髪の女全くの無表情で反面眼だけは爛々赤く輝く、両手で剣を握り、それをだらりと地面に向けピクリとも動かずこちらを見つめる少女

まるで迷った夜の森の中で狼に会ったような寒気を覚える

ライナは「初めから本気」だった。味方の危機と緊張の中自分の持っている全てを最初から出した

エリザベートとライナの間にだけ時間が止まったような硬直が訪れる

「何者だ‥お前‥人?なのか」思わずエリザベートはそう問うた、ライナは答えない

「よせライナ!無謀だ!」

というフリットの言葉にも答えない、ただ「敵」しか見えていない

エリザベートは戸惑いと恐怖を覚えた、だがそういう感情を覚えた自分がたまらなく不愉快だった

「ッ!」と声を挙げてソレを振り払うかのようにライナに踏み込み槍斧を上段から叩き付ける

ライナは消えるかの様な速度で前進し槍斧の「刃」の無い部分に自分の剣を合わせそれを受ける。互いの一撃で弾かれる様に後ろに引く

即時エリザベートは体を薙ぐように横斬り。ライナはその下に滑り込む様に突撃してエリザベートの脛を剣で払う

「これは防げん」とエリザは飛んでかわすがライナは前進しながら下から斜め上に切り上げる、エリザは顔を後ろに反らし、ギリギリの所でそれを避けて後方に飛ぶ

ライナは左、右と飛ぶように接近して喉元付近に横斬りを放つ、どうにかそれを槍斧で防ぐが同時にエリザベートの右側等部に蹴りを放ちソレが当たる。思わず右目を閉じて頭を左に傾け衝撃を逃すがこれは効いた

エリザベートは左ひざを地面につけるかという程体勢を崩したが、左手で握る槍斧柄を打ち上げライナを退かすように打撃を返した

ソレがライナの右肩を捉え空中に居た彼女を飛ばすライナはダメージを逃がすかのように空中で一回後方回転して地に降り再び構え、両者に距離が出来る

ライナはそれが何でも無かった事の様に一切表情を変えないが、エリザベートはこれまでの余裕の表情は無く苦虫を噛み潰したかのような表情だった

「貴様‥」

しかし、その二人の間に青年が割りこんで彼女を止める「姉上!自重してください!」と。彼女の弟で副隊長のクリスが割って入ったのだ

この時のエリザベートは本当に感情の制御が出来ない程本気だった、割って入った弟にまで怒鳴る

「どけ!クリス!、貴様ごと斬り捨てるぞ!!」
「味方を捨てるつもりか!姉上!」と怒鳴り返すクリス

流石にその言葉で「チッ!」と舌打ちをしてエリザベートは数歩構えたまま下がり自身の馬に乗る

それを確認してクリスもライナをけん制しながら下がり馬に乗る、次の瞬間にはエリザベートは冷静だった、表情は険しいままだったが

「後退する!」大声でそう言い馬を返して撤退していった。その動きに合わせるかのように百人騎馬も引く

敵が引いた、それを認知してライナも構えを崩していつもの彼女に戻った。

エリザベートは自陣に戻り全軍の後退を指示。戦闘は一旦中断されたそれを確認してクルベル軍も一時後退させ。フリットも団を収集して部隊を後退させた

正直、崩しかけた相手を途中で放棄、中断して下がるとは思わなかったが。クルベル側にとってはありがたい事ではあった

エリザベートは本当に「ただ手を合わせてみるだけ」のつもりだったのかもしれない

エリザベートはクリスに謝意と感謝を述べた

「すまぬクリス、熱くなり過ぎた」と
「それが私の役目ですから」彼はそれを短く返した

一方傭兵団はこの出来事で名を馳せる事になる

「まさか「あの」百人騎馬を止めるとは‥」

そして「あの」エリザベートとまともに戦える者が居てあんな少女がという思いだ。それはそうだろう「団」の者ですら驚きだったのだか

一旦街まで下がった団で例のやり取りが繰り広げられる

「なんか美味しい所全部ライナに持ってかれた感じだな‥」
「美味しい所もって行こうとして、真っ先に飛び出して行ったあんたがソレ言うの‥」
「しかもふつーにやられてましたよね」
「ライナが出なけりゃ死んでたんじゃ‥」

全員に突っ込まれる

「しかもすげーむかつく、あの女、小僧だの出なおして来いだの‥」
「事実じゃないですかね‥」
「そりゃそうでしょ」また突っ込まれる
「お前ら傷に塩塗るの好きな‥」

その何時もの雑談が繰り広げられる6人の所にフリットが現れる

「ライナ」
「あ、はい!」
フリットは少々困ったげに

「今日は良くやったな、助かったよ。だが、あんな無茶はするな‥」
「す、すみません。」
「いや、咎めている訳ではない。が‥」
「いえ、自分でも分かってます、二人が危ないと思ったら、あの女将と対峙してて‥自分でも全然冷静じゃくて」
「そうか‥いや、いいんだ。皆も良くやったな」

「おう、次もまかしといてくれ!」
「あんたねぇ‥」
「何をどう任せろなのか‥」
「いや、助かったのは事実だ。頼んだぞショット」と、だけ言いフリットは戻った

「あ、じゃあ私もこれで」イリアも続いて官舎に走る。それを見送ってからショットは

「どうしたんだイリア?」
「こっちもあんなのとやった後だからね、味方の手当てでしょ、意外に重傷者は少ないけどね」
「そうですねぇ、早々に向こうが引いてくれたので思ったほど被害は出てませんが、それでも死者は15名出てますし」
「深刻なのはクルベルの軍だな」
「エリザベートの最初の突撃の犠牲者だからね」
「しっかしとんでもねぇ鬼武者だな、あの女、まさか団長も俺も歯が立たないなんてよ‥」
「一応打ち合えてたし、そこまで「歯が立たない」て程でもないんじゃない?」

「でも、全然本気じゃなかったぜアレ、まじで気持ち悪ぃ」
「けどライナさんはやれてましたよね‥」
「え、それは‥まともに打ち合うから厳しいんじゃ‥」
「どういうこと」
「わからん」

「あの人の武器は長くて重いし、それを振り回せる腕力がある訳だし、まともに受けたら力と威力で負けると思うけど‥むしろ相手の体に近いほうで受けて力を殺して受ければなんとか、それに槍斧だし基本的に殺傷範囲は先端側にしかないし遠い訳だし」
「いやまあ‥理屈はそうなんだけど、アレ、メチャクチャ早いぜ‥」
「しかも威力が半端じゃないしね‥」
「台風の中心は安全だからって突っ込むようなものではないかな」

「後は‥避けながら前進してカウンターとか」
「そういえばライナのやってた攻めは全部それね」
「うん‥そうすれば向こうも防御に意識を割かなきゃいけないしそこまでの反撃も来ないから武器が長いだけに近接に持ち込めばこっちは有利だし‥」
「それもまあ、そうなんだが‥アレ見切って突っ込めるか?」

「結構なカケになるわね‥私でも」
「少なくともやってのけた、という事はライナさんにとっては分の悪いカケでは無かった、という事でしょう」
「そこまで見切れない程早いとは思わないけど‥」
その発言を聞いて一同は「この子って‥」心の中で思った

其の日の開戦はたった3時間半で終了。そしてクルベルの軍も城内に撤収する。対面してたエリザベートの軍がそのまま撤退したのだ

ベルフ軍はクルベルと自国領の境界線まで後退。
野営陣を敷いてそのまま待機姿勢を取った。何事かとクルベル軍は思ったが、こちらの目的は敵を撤退させればそれでよく追撃やこちらからの攻撃の意味も無く撤退する事となった

ベルフとクルベルの境界線は軍の移動でまた決戦となれば2日は掛かる当面こちらの軍を引いても問題は無かった

夕食をとりつつ一同はその話題になった
「ほんとにただの小手調べだったのね」
「小手調べのまま、崩せそうならそのまま突撃、て感じでしょうかねぇ。実際そうなりつつありましたから」
「俺らが止めたけどな」
「ええ」
「けど、エリザベートの隊のあの戦法を止めれる相手が居る、となると‥」
「下がったのがかえって不気味ね、そのへんどう?ロック」

「援軍要請、でしょうか‥これで他の将まで出て来られると厳しいですね。」
「数も揃えてくるだろうしなぁ」
「あんな化け物がまだ何匹も出て来るのかよ、やってらんねぇな‥」
「ゴキブリじゃないんだから‥匹って‥」

一同は今後の見通しは決して明るくない事を認識したが意外な事に5日後エリザベートは野営陣を引き払い自国への撤退を行う

エリザベートは本国に事態の報告と増援の要請を具申したが、皇帝に「将も兵も分散しておる、しばし時を待て」と言われ、やむなく撤退、直々に命をされては受け入れざる得なかった

だが、エリザベート自身はある程度の「感じ」をこの一戦で掴めていたので軍を引くこと自体にさほど負の感情は持たなかった、むしろ自軍の被害がごく少数でソレを掴めたのは過大な収穫といえただろう

撤収の行軍の中でエリザベートは弟クリスとの会話の中でこの一戦の感想を話した

「クルベルの軍は思った程強くない。伝統と名声だけだな。これと言って見るべき人物も居らぬようだし」
「軍自体のクオリティは高いですが、あまり強敵とは感じませんでしたな、むしろ」
「ああ、あの雇われ傭兵団のが強い。我らと目指すべき所は同じ、という部隊だ」
「驚きましたアレには‥それに姉上を本気にさせるとは」

「いや‥本気だが‥同時に不愉快も同じくらい存在する」
「それは」
「あの小娘だ。こちらが出した手その物に噛み付いてくるような‥。純粋な武人でなく、力をぶつけ合う、という事では無く徹底して相手の弱点を突くようなやりかた。体に纏まり付くような嫌らしい戦法しかも、どんな小さなダメージでも出るならソレを実効して積み重ねるクレパーさ、つまらんし、不快だ」

「‥ふむ‥」
「堂々と正面から挑んできた前二人の隊長と小僧の方が遙かにマシだあの小娘はお前を10倍嫌らしくしたような奴だ。それに、あの冷たい眼と空気‥なんだあれは」
「私も見ましたが‥アレは。いえ、稀にですがああいう剣士は居ないわけでは‥」
「なに?!」
「ああ、私は「そういう訓練」も少々受けましたので「そっち側」の人間を幾人か知っているので‥」
「すると暗殺や殺戮訓練を受けた奴という事か‥どうりで‥」

「にしては、堂々と戦場に出てきましたら何とも‥やり方が素人過ぎるような‥」
「資質はそうですが訓練は受けていない、剣士寄りというか」
「職業殺し屋の類ではない、という事か?」

「はい、そういう才能を持ちながら剣士として名を馳せた人物も居ますから、代表的なのがアーリア=レイズとかですね。」
「剣士アーリアか。伝説的な殺戮剣姫だな」
「はい、彼女も「その資質」を持ちながら細剣を持って戦い剣士としても有名です。我々の用語でこれを持つ人物を「スラクトキャバリテイター」と言うのですが。これを生来持っている物は私の様に無用な訓練等受けずとも「常に最速で最善の選択」を思考せずに体に覚えこませずに選択出来るという特色があり、物事の、この場合任務ですが達成する能力が極めて高く、どのような状況に置いても生存する確率も高いという資質です」

「故に、それを見出した場合、何より優先してその者を育成します、何しろソレを見出すのは「砂浜でダイヤの粒を手作業で探す」くらいの確率と手間の稀な才能ですから」
「あの小娘はソレだと言うのか」
「でしょうね、知ってる私でも対峙すると震えがきましたから‥」
「益々不快だな」
「姉上がそう思うのは自然な事です。純粋な武人である姉上とは全く逆方向の剣士ですから」

エリザベートはフッと悟った様に笑った

「あれを見たとき「迷った夜の森の中で狼に会ったような寒気」を感じたが。それは間違いでは無かったか」
「ハハ‥それは言いえて妙な例えですな」
「なんにせよ、戦場に出て来るというならやりようはある、決闘ではないからな」
「左様ですな。が、殺したくはないですなぁ。一生に一度見れるかどうかの資質持ち主ですから」
「なら捕まえて見世物小屋にでも売り飛ばすか?」
「願わくば」

と締めくくった
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