剣雄伝記 大陸十年戦争

篠崎流

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傭兵団編

罪人の島

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ベルフ帝国が所持する東の港
彼女は両手に枷を嵌められ兵士に連れられ。船に乗った 一度私をチラリと見てうっすらと笑みを向けた

遠くから見ているだけの私に口をパクパクさせて何かを伝えようとした、私は彼女の言葉が届く距離に居ない、だからそうしたのだ

「また、どこかで会いましょう」

たしかにそう言った。ライナはそのまま大きな船に多くの囚人達と乗り込んだ。

「そんな顔をしないでくださいよイリアさん」

隣に立っているアリオスさんがそう言った

「無理言わないでください、こんな時に」

「ライナさんは努めてああいう顔を見せたんです。そしてまた会おうと」
「分かってます。けど、私だけこんな立場でライナをただ見送るだけなんて‥」
「気持ちは分かります」
「こんな嫌な気分になるなら一緒に行ったほうがマシだったわ」
「貴女には荷が重いですよ次の再開すら期待できないでしょう」
「ライナなら生き残ると?」
「エリザベート様と戦える人ですからね、それに‥」
「資質、ですか」
「はい、どのような状況に置いても生存する可能性が高い。そういう力の持ち主だからです」
「単なる可能性でしょう」

「ですが100%等物事にはありません、ならば、高い確率の選択をするのは正しいでしょう」
「ええ‥」
「それに賭けて待つのは。それほどおかしな事ではないでしょう」
「生きて、待つ、か‥」

そうして、彼女を乗せた船は出航していった

ベルフ国が大陸開戦前から自国領土として所持する離れ島、大陸東南東に位置する島で、足の速い船で行かなければ上陸できない場所にある荒れた流れの速い海流で自力脱出不可能とされる所だ

本来使い道の無い島で特に何かが採れるという場所でもないのだが、ベルフ五大将の一人アリオスがその立地を利用して隔離施設を作り、そこに罪人を送る、刑務所のような場所に作り変えた

その島の名は「罪人島」と呼ばれた

その島に「今日も」送られてきた囚人達が降り立つ。そこで、朝の朝礼の様に並ばされて。おそらくここの責任者と思わしき中年の男が高台から演説を始める

「諸君らは、この罪人島に送られた囚人である。本来なら、刑期、処罰を待ちここから出られるのはそれを終えた、死人となってから話だ、それだけの事を諸君は行ってきた」

「が、ここは戦いの場でもある。もし、ここの闘技場で戦う者は処刑の時間までの猶予を1月与えよう、そうして、トータルで50勝したものは褒美としてここから、出してやろう無罪放免だ」

周囲からどよめきの声が挙がる。
当然だろう、大抵の者は極刑を免れない重罪犯だ、それを勝ったら出してやると成れば驚くしかない、囚人一同から声が挙がる

「ほんとかよ!?」
「ウソではないだろうな?所長!!」

それは彼にとっては何時もの事だ、だからこう答える

「事実である、これはベルフ国としての約束事であり、かならず守る、また、闘技で結果を出せば、その者を金を払って雇おうとする「客」も出るだろう、それが諸君らを拘束する「賠償金」に成り、開放もしよう」

そう言われては反対する者は居ない。脱獄する必要も、逃げる必要も無い「ただ勝てばいいのだ」これほど美味しい話はまずないだろう

これが罪人島のシステムで、囚人を闘技場で戦わせる、客を呼んで稼がせる優秀な者は金持ちに買われる、そうして金を集めるやり方だ

ただ「囚人を殺す」よりは余程効率的な方法だ
第一処刑の手間が無いのだ

その刑務所は闘技場と併設して存在している。周囲を高い壁に囲まれ、出入り口、壁の上の通路にポツポツとベルフの兵が監視をしている決して多くは無い。当然だろう「わざわざ反乱や脱走をする理由が無い」のだ

その壁の向こう側に1人1人出入り口門の衛兵に姓名を尋ねられ、中に通される、極めて面白くなさそうに、退屈そうにそれをこなすベルフ兵だったが「彼女」の順番になるとそれは一変する

「名は?」
「ライナ=ブランシュ」
「お前が‥」

当然だろう、彼女の勇名は敵であったベルフ兵なら殆どの者が知っている。だが、衛兵は平静を無理やり作り対応した

「中央にある建物、の最上階、そこがお前の部屋だ、後は‥好きにしろ‥」
「好きにしろとは?」
「闘技場に出るならそれに備えて訓練するなり、やる事が無ければ、寝て過ごせ、中では自由だ。訓練用の武器と飯は配給所に置きっぱなしだ」

「それで好きにしろ‥か」
「特別なルールは無い、ただ、囚人同士の殺しは困る、それだけだ‥」
「分かった」

実際中に入ってみると、そこは刑務所というより、集落か街のようだった

誰も拘束されるわけでもなし、皆自由に動き回っているし、相当な広さもある。住人は異常にゴツイかガラが悪いのと店の類が無く、女が少ないというだけだ

ライナが一回り歩いて見学していると道端で賭け事をしている集団や屯って居る連中から「ヒュ~」という口笛やら

「1人ならこっちで一緒に遊ばないかい?」等次々声を掛けられる

それも当然だろう。女の重大犯罪者や戦争罪人等、そもそも多くない、ここでは「女」は珍しいのだ。ましてやライナは17歳、外見も中の上となればそうもなる

更に言えば合法的無法地帯なのだから何時何があってもおかしくない

そこにまた「ちょっと待ちなおじょうちゃん」と背後から声が掛かる。いい加減ウンザリだがそれに反応して目で見るが。

これはまた如何にも元夜盗ですといった感じの男4人である。無視しようとも思ってそのまま歩き出すが今度の連中はしつこい

「オイオイ無視するなよお嬢ちゃん」と言って肩に手を乗せてくる、しかたなく一応の対応をする事にした

「何の用?」
「分かるだろ?ここは女は少ないんだ、ちょっと俺達の部屋にこないかい」
「ナンパのつもりか?」
「そうだ」
「悪いけど間に合ってる」
「ま、そういうなって」と、引くつもりは無かったようなので

「私は面食いなんでね、もう少しまともな顔に作り変えてから出直して」

そう言って離れる、が。向こうはそれが気に入らなかったらしい

「そういう態度は無いだろう?別にこっちは無理やりでも構わないんだぜ」

そう言って手を伸ばしてきたので、やむなく、その手を掴んで手首を返してその場に投げて転がした。怪我をするような物ではない、柔術の小手投げだ

その場に転がる相手、どうやらそれも気に入らなかったらしく他の連中と共にライナの周囲を取り囲む

面倒くさい連中だ

だがそうなってはしかたない、そもそもお互い素手ならどうとでもなる

転がされたそいつがまず殴りかかってくるが、カウンターで鼻面に掌打を叩き込む。のけぞったそいつの腹に前蹴りを入れて後ろに吹き飛ばす

背後から掴みかかる相手に裏肘を顔面に当てて止める、振り向きながら腹に全力でミドルキック、それで二人目も吹っ飛ぶ「後二人」

と思って構えるが、残り二人は対峙したまま動かなかった。
だが、其れだけではなかった

「何やってんだお前ら」

と一同に声が掛かって止められたからだ、連中はその声をかけてきた相手を知っているようだ、即ライナから離れる

「アルバ‥」と呟くように言った
「お前らいい加減にしとけよ?相手にされてねーんだよ、大人しく諦めておけ」

ライナに絡んだ連中は「‥」と黙ってそそくさと去っていく、どうやら止めた男はここでは有名人らしい。まるでしかられた飼い犬のように連中は逃げた

その男は取り巻き女を二人連れていた、長身で筋肉質、無精ひげの中年とまでは行かない程度の年齢の男だった

別に礼を言う必要も無いのだが、間に割って入って要らぬ手間を省いてくれたのは事実だ、だから

「助かったわ、ありがとう」
「フ‥あいつ等がボコられるのをもう少し見てからでも良かったんだがな」
「別にいいわ、余計な手間が省けたし」

「そうか。俺はアルバトロス、通称アルバだ」
「有名人みたいね、私はライナよ」
「お前1人か?ライナ」
「さっき来たばかりだしね」
「そうか、なら俺の所にこないか?1人だと面倒事が絶えんぞ」

ライナは彼の取り巻きの二人をチラリと見て

「女は足りてるんじゃない?色男さん」
「こいつらはそういう仲じゃねぇ。単なる保護だ」
「なるほど、寄らば大樹の陰、てやつね」
「ま、そういう事だな。」
「いいわ、色々聞きたい事もあるし」
「俺もだ」

見た目に反して、まともそうなこの男だと思い
そう言ってライナはアルバについていく。

彼に案内されて着いたのは中央宿舎の一階、それなりの広さで応接間の様でもある。そこには10人ほどの男女が特になにをするわけでもなくごろごろしている

「ここが俺らのたまり場だ、ま、ここに寝泊りしてればさっきの様な事はないぜ」
「悪いけど、寝泊りは簡便して欲しいわね、自分の部屋を割り当てられてるみたいだし」
「ほう、というとお前さん、余程の事をやってきたのか?」
「どういう意味」

「個別に部屋が貰えるのは相当な重罪犯かよほどベルフに都合が悪い奴、もしくは闘技前にケガでもされたら困る奴だ」
「ふーん、単なる戦争捕虜なんだけどねぇ」
「‥という事は相当殺したか?」

「さぁ‥数えた事はないけど、百か二百か‥」
「‥どこの国の武芸者だよ」
「草原の傭兵団、国は無いわ」

それを聞いて一同はライナをギョとして見た

「お前が?‥あのライナ=ブランシュか」
「有名なのかしら?」
「ハハ、ベルフのあの百人騎馬とやりあった連中だろ、知らん奴が居るかよ。しかもライナと言えば、エリザベートともタイマンして苦しめたって奴だ」
「苦しめたかどうかは知らないけど、一騎打ちはしたわね」
「こいつは余計なお世話が過ぎたみたいだな」

「悪い事とは思わないけど、それで自己を守れた人間はここに居るわけだし」
「意外だなぁ」
「何が?」
「もっと鬼みたいな女かと思ってたよ」
「イメージで決め付けない方がいいわよ。あのエリザベートもなかなかのいい女よ?」
「違いない」

お互い、前後の事情やここへ来た経緯等を話した。彼はアルバトロス、もちろん偽名だが、外では義賊として名を知られた男で「武」もなかなかだそうだ、故にここで彼に敵対しようという人間は少なく

「寄らば大樹の陰」の結果このような事になっているらしい

「で、闘技なんだけど、月1度参加すれば一ヶ月延命って事でいいのね」
「うむ、賭け闘技自体は毎週やっているが、それが最低条件という事らしいな。まあ、勝ち負けは関係ないらしいが」
「そうなの?」

「ベルフ側からすりゃ生き残ればなんでもいいらしいけどな、そもそも毎回完全決着殺し合いでは人が足りなくなる」
「ただ「出ない」奴は処刑だが」
「利益にならないからね」
「まあ、ただ、50勝という目安がある以上、勝たなければ一生このまま、て事にはなるだろうが」
「実際50勝してここを出た奴が居るのかしらね」

「さぁな、何人か居る、という噂だけは聞いたが、事実は分からん、そもそも此処が開かれて、まだ、2年くらいか」
「脱走者の類は?」
「ゼロだ、わざわざそんな事をする必要もないしな」
「誰でも戦える、て訳じゃないし、結構無謀な条件じゃないかしら?」

「賭けが成立しないような女、子供とかの事か?」
「ええ、まあ」
「そういうのを闘技の場で公開なぶり殺しにするのもそれなりのショーにはなるんだろう」
「悪趣味ね」
「金持ちの考える事はよく分からんよ。いやまあ、人間だれでもそういう面はあるんじゃないかとは思うが」

ふむ‥とライナは少々考え込んだ、それを見てアルバは

「なんだ?」
「いえ、さっさと50勝してここを出るには毎週出れば一年ね、と思ってね」
「フハハ、まあ、ライナ=ブランシュならそうだろうな」
「色々教えてくれてありがとう、助かったわ」

「おう、それ以外の事で疑問があるなら門に行って兵士に聞きな」
「分かったわ、とりあえずもう少し回ってみる」
「ああ、俺も行くぞ、また絡まれるだろうし」
「めんどくさいわね‥」

言って二人は再び表に出る
宿舎正面反対側にはかなり広い広場があり、更にその向こう側に闘技場、その手前に「店」がありそこに行ってみる

と言っても食料や刃引きした練習用の武器、ボロイ服等雑貨類がただ積まれているだけで店員等がいるわけではない。要は「勝手に持っていけ」という事らしい

「食い物は微妙だがな」
「殆ど保存食ね‥」
「ああ、一応酒もあるぞ、恐ろしく安物で不味いが」
「色々おかしいでしょう‥」
「普通の刑務所と違って更正施設や罰を与える場じゃないからな、中に居る奴の不満を下げられればそれでいいのさ」

「とりあえず携帯保存食だけ貰っていこうかしら‥」
「まあ、年中ここに置きっぱなしだからいつでもいいんだがな」
「楽と言えば楽ね」

二人は出てそこで別れる、アルバが彼の取り巻きに呼ばれたからだ

また、いらぬナンパの類があるのは面倒だと思ったが、まあ、退屈しのぎ程度にはなるだろうと思って1人で歩き回ってみる

壁伝いに周囲をぐるりと回るが丁度宿舎の裏の細道に来ると騒ぎに出くわす、どう見ても喧嘩や戦闘の騒ぎだ

実際目にしてみるとそれは喧嘩や戦闘とは呼べない物だった

武器を持った男3人が少年1人を殴りつけている、早い話リンチにかけているだけだった

「おいおい、寝るのはえーよ」
「せっかく稽古つけてやってんのによ」

と蹲る少年の手や足を練習剣で殴りつける。彼は額から血を流していた

何時如何なる所、場所でもこの手の馬鹿は居なくならないものだと思ったが悠長に見学している場合でもなさそうだ

「そこまでにしておけゴミ共」

ライナはそうその連中を罵倒して割り込んだ

一斉にこちらを見るが、それを言ったのが女だと見ると露骨にニヤニヤしていた

「ゴミって俺達の事かいお嬢さん」
「他にゴミが居るのか?」
「何?‥」と男は不快そうな顔をみせた、が、だからどうしたとしかライナは思わなかった

「集団で無抵抗な者を叩く、ゴミ以外の何と表現すればいい?」
「貴様‥」と三人は少年から離れライナに対峙する

「ここは無意味な殺し合いや乱闘を推奨している訳ではない、節度を弁えろ、自由とはそういうものではない」
「勘違いするな、俺達はこのガキに稽古をつけてやってただけだ」
「これを稽古と呼ぶなら、今から私が貴様らを殴り殺しても稽古と呼べるな」
「グッ!」そう声を挙げて向こうは構えた、そして
「ふざけるな女!」と前に走りライナに剣を叩き付ける

相手は三人、武器も持っている楽勝だと思ったろう、だが、ライナにとってはそれですらハンデにも成らない程力の差があった

振り下ろす剣を握る手に左掌打を浴びせストップさせると同時に顎に右突きを返して1人昏倒させる

二人目に即座に膝横を蹴って崩し鼻面に頭突き

飛び掛ってくる三人目の突きをかわして喉に右掌打を軽く浴びせ倒す。10秒も掛からず終わった

蹲り、呻く連中にライナは言い放った

「弱すぎて話にならん。稽古が必要なのはお前らの方だな。」

連中はライナを見上げて恨めしそうな顔を見せたが

「その腕じゃ闘技場で即死だぞ、そうなりたくなければ下らん事に時間を使わず己の修練でもしたらどうだ?」といわれて目を伏せたままだった

ライナは負傷した少年に「立てるか?」と、だけいい彼の手を引いてその場を離れた


その後アルバの所に連れて行き手当てを任せた、幸い、額の傷以外はたいしたケガも無くその日はそのまま彼らの所に預けた

宿舎の割り当てられた部屋がある、との事だったのでライナは建物を上がってそこに入るが。牢の類ではなくちゃんと扉も鍵もあるどこかの安ホテルという部屋で意外ではあったが安心した、どうも他の一般受刑者は部屋等無く、雑居らしい、たしかにこれは「異常な高待遇」であった

翌日昼に再びアルバの所に行き拾った少年の話を聞く事にした

少年は見た目からして若い年齢は15歳、銀の髪と青い目、ここにいるような連中とは明らかに違う

それなりの家の出の人間の礼儀や品格があった。それが一体何故こんなところに居るのか?誰もが疑問に思う事だ

だが、実際聞いてみると、その理由は驚くほど単純でくだらないものだった

彼はクロスランド南方の国の名家の出身で父親は国の重臣だった、ベルフの占領政策の際反発して斬られ、目の前で斬られた父親の仇とベルフの軍指揮官に剣を向けた為逮捕、拘束される

ただ「それだけ」の事だった
「無茶苦茶だなぁ‥」思わずアルバが呟いた

「しかしこんな所に送ってどうするつもりなのか」
「いやー‥そりゃかませ犬?にはなるんじゃね?」
「酷い話だな」

少年はずっと俯いたままだった

「で、君はどうするんだ?」
「どうもこうも‥闘技に出なければ処刑なんでしょ?‥」
「ま、そりゃそうだな」

ライナは考えて黙り込んだが

「分かっているなら戦うだけだろうな。拒否して死にたいなら別だが‥」
「お姉さんは昨日の見てたでしょ‥僕は剣なんて‥」
「なら、脱走でもするか?ま、無理だろうが」

また、少年は黙りこくる、しかしライナは

「君、名は?」

え?という感じで彼は答えた

「カミュエル=エルステル‥」

「私は脱走の手伝いは出来ん。が、剣なら教えられる」
「え?!」
「一緒に来いカミュ、私が剣を教えてやる」
「‥」

少年はしばらく考えていたようだ。
だが選択肢等初めから二つしかないのだ進むか諦めるか

「やります!」 彼はそう言って進む事を選らんだ

ライナは手を差し伸べ自らの名を明かした

「私はライナ=ブランシュ。寝る時間以外は剣を振らせるぞ、覚悟しろ」
「はい!」とその手をカミュは握った


「剣を教えてやる」は早速その日から始まった、基本的な構え、持ち方、振り方、守り方本当に基礎の基礎から始めた。

無論彼のケガもあるので余計な事をやらせる訳にもいかないのもあるが彼女の見る所、まずカミュには「剣武」の知識も基礎も何も無かったからだ

それだけに正道の技を教える事が早道であると考えた、それ自体、ライナが始めて剣を習った団長の時と同じやり方だった

「正道や王道に最終的に勝る物は無い、突飛な物は虚を突くには有効だが、それが通じなければそれまでの相手だ」

これがかつて傭兵団の団長フリットに自分が習った時に言われた言葉だったが、それは間違いでは無い、最終的には。

現に「それら基礎を究極まで極めた」大陸屈指の剣士ジェイド=ホロウッドも同じく最終的な形は「ソレ」に成っているのだ

ただ、基本の繰り返しだった、けど、それはずっと続けた日が暮れても

「おいおい、まだやらせてるのか?」とアルバが覗きに来て言ったがそれを黙ってみているだけのライナは

「彼が止めないから私も止めない、それだけだ」
「呆れた奴だな‥」
「自分にはもうこれしかない‥そういう思いなのさ」

そうしてカミュが剣を振れなくなったのは21時を過ぎた頃だ、ライナはカミュを抱き起こし

無理やり飯を食わせて自分の部屋に運んでベットに寝かせた。それがただ只管一週間過ぎた

二週目には彼にロングソードを持たせて、3週目には両手剣
という具合に同じ事の繰り返しだった。が

4週目にはそれを止めさせ休ませる、そして残りの日数はライナ自らとの立ち合いをさせる

彼が闘技で戦うに、最も足りないのは「剣士」との戦いの経験でもあるが、その相手がライナと成れば格好の相手だろう

無論相手になるレベル差で無く、ただ只管軽くあしらわれるだけだがそこで彼女は「あの資質」を解放して対峙した

「スラクトキャバリティターの資質」

その肌に突き刺さる冷たさ、見る者全てを硬直させる恐怖、殺気を超える殺意、それをカミュに叩き付ける

無論ライナからは一切仕掛けない、が、カミュも仕掛けられない、それほどの強烈な殺意と恐怖なのだ

剣は振れば何れは強くなる、が事、真剣を使った実戦となるとそうはいかない。相手への恐怖、殺してしまうかも知れない躊躇、心で負けてはまず剣を合わせるどうこうの話ではないのだ

それの最高の物を最初から叩き付けて「慣らせた」

「どうした?睨み合ってるだけでは相手を倒せんぞ?」

が、カミュは声を挙げる事すら出来ない、当然だろう、手を出した瞬間首を刎ねられる想像しか沸かない程の殺意だ。

しかしそれも3日目に成ると慣れてくる

「こちらは防御しかしないぞ?それでも怖いか?」

そうライナに言われて幾度かはカミュは剣を振り上げ切りかかる、軽く弾かれてそれまでだが、恐怖心には呑まれなくなった

そうして最初の闘技の日を迎えた

闘技場は盛況だったなにしろ「あのライナ=ブランシュが出る」のだから、いつもの2倍は客が入り客席も立ち見な程だ

闘技場はまさにコロシアムと言った様相で、丸く囲う様に客席があり、中心一段下に戦う石作りの壁と場所そこで賭けと殺し合いを観戦する仕様である

かなりの広さがあり、三十メートル四方のリング。客席は更に3倍以上の広さがある

武器も鎧も実戦で使う物が用意され、置きっ放し、ここでも「自由に使え」だった

ただ、ライナの試合のオッズは9対1でほぼ賭けには成らなかった上に彼女の試合は恐ろしくあっさり終わった

開始直後ライナは斬りつけて来た相手剣士の腕を浅く斬り武器を落とさせ、喉元に剣を突きつけて降参させた。僅か三秒の事だ

そこまであっさりした試合でも「噂に違わぬ強さ」と客は喜んだ。そもそも闘技場に出て来る選手は大抵素人か元は犯罪者、殆どが泥臭いか凄惨な殺し合いでしかなくライナの様式美の様な名人技の試合が見れるだけでも

「いつもと違った趣向」で斬新でもあったのだ

それ故、それを喜んだ、更に言えば、賭けのオッズなどベルフ側も期待していなかった

「あのエリザベート」と戦える相手と誰がいい試合になると思うだろうか。客の入りは好調な事を見ても明らかに彼女の役目は「客引きパンダ」なのだ

それが分かるアルバもライナも試合後

「もう少し遊んで客を楽しませてやれよ」
「次からそうするわ‥」と交わした

問題且つ心配なのはカミュの方だ。真剣を持った殺し合いが可能なのか。まともに剣を振って戦えるのか。だが、その初戦は様々な面で幸運と言えた

なんら躊躇も無く7合打ち合って相手の胸に剣を突き刺し殺した、斬った後はしばらく震えていたが兎も角勝った

まず、相手が初日にカミュをリンチにかけていた連中の1人であった事

ハッキリ言って弱い。また、恨みや怒りが少なからずあったのでカミュに躊躇いが無かった点

更に言えばライナの手合わせからすれば小動物を相手にするレベルに容易い相手だろう、それら全てが絡んだ結果だった

ただ、相手は絶命したのと、カケのオッズが7対3で比較的波乱試合ではあったか、どう見てもどこかの「いいとこのぼっちゃん」のカミュが勝つとは思わなかったのだろう

彼は控え室に戻ってしばらく冷や汗をかいて俯いて震えていた

「死んだのは結果でしかない、強くなればライナみたいな名人芸も出来るさ」とアルバは慰めた

「いざ‥始まると、必死でした‥、余裕も無くて」

言われた彼にもそれは分かっていた、自分が中途半端な強さだから殺したのだと。ライナはカミュの隣に座って彼の震える手を握った

「なら強くなればいい、私より」
「出来ますかね、僕に」
「進むなら何時かな」
「はい‥」と無意識に彼の握る手も強くなった

兎角彼は「一ヶ月の猶予」を得たのだ、それは違い無い

実際、彼の才能はあった、特にこれはと言うモノが3つあった、何より努力する才能だ。

「口では簡単に努力」等と言うがそれを行い続けるのは難しい寝てもさめてもそれを繰り返す等誰にでも出来る事ではない

2つが、物事に適応する能力が彼は、ずば抜けていた
得た一ヶ月の間に彼は最初と同じように腕が上がらなくなるまで剣を振り続けた、そしてライナとの立ち合いもまともに打ち合うようになった

この異常な環境にも容易に馴染んで、それが「元々あった環境」の様に過ごすようになる

剣の才能。があったかと言えば並よりはあるかもしれないが、極めて優れたとは言えなかったかもしれない。そこまでしても立ち合いでライナを驚かせる物は無かった

そして3つが。彼の見た目に反した体の強さだ。彼は段々重い剣を使えるようになった

ミドルからロングソードへ、そこから厚い幅の両手剣ブロードソードに彼の体が成れと肉体の元々の強さからそれを可能にした。どの武器を持っても同じ速さで振れる程だった

2戦目、3戦目も順調に勝った。

この頃になると両手剣を片手で振るようになり、皆を驚かせた、一方で名が上がると以前の様に絡まれる事は無い

特にライナの場合「あの」ライナ=ブランシュなのか?!と囚人達の間でも話題になる。彼女が施設内を歩くと人が自然と分かれる様になる

「思いの他順調だな」アルバはそう言ってカミュの適正に驚いたが
「正直ラッキーはある、これといった相手とぶつからないからな」

ライナも同意だったがまだ油断する様な段階ではないと示した

「で、このままの育成なのかね」
「彼に色々やらせるのは良くない、あくまで正道を行くべきだ」
「最終的にはそれが一番乱れが無く攻守に安定感は出るが」
「いや、もう個性は出てきている。実際重い武器を軽々振り回せるように」
「武器に合わせたスタイルに自然に変わる、か?」
「大型剣を振り回すにはどれほど腕力があろうと腕だけで振れるわけじゃない、それに合わせた体捌きに少しづつ変わってはいる
「それが個性か」

「そうよ、あくまでカミュは基本に忠実だ、が、それでありながらより自分にとって効率的な動きがミックスされていく」
「強くなりそうだなぁ」
「でしょうね」

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クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

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