眠らない世界で彼女は眠る

楠木 楓

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文化祭

1.ワッフル屋

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 暑い夏が終わりを向かえ、秋の気候へと変化し始めれば再び学校へ登校する日々が始まる。楽しい長期休暇を楽しんだ生徒達を待ち受けるのは宿題の提出と振り返りのテスト。
 人生は楽しいことだけで終わるわけではなく、苦楽の連続であることを子供達は学んでいくのだ。

「ワッフル屋かぁ」

 ホーリーは己の席でだらしない笑みを浮かべる。

 辛い期間が終わり、次は楽しいことの始まりだ。
 文化祭という名のお祭り騒ぎに向け、各学年各クラスは浮き足立ち始める。

「嫌い?」
「まさか!
 好きすぎて困ってるくらいだよ」
「やーい、デブー!」
「は?」
「ヒエッ……」

 甘いものが嫌いな女の子なんていない。そう断言しているかのように錯覚するほど力強い返事をしたホーリーへ、エミリオは言ってはならぬ言葉を向けてしまう。
 いつもの優しく微笑む彼女はどこへやら。目をすがめ、青空を氷結へと変化させた姿に彼はか細い悲鳴をあげて後ろに下がることしかできない。

 無論、彼を助けようという自己犠牲の精神に溢れた人間は存在せず、生暖かい眼差しが集められるばかりだ。

「今日の放課後、試作品作りのための材料を買いに行くんだが、よかったらホーリーも来てもらえないか?
 色んな味を試してみたいから、一人でも多くの発案者が欲しい」

 校庭でワッフル屋をすることになった彼らのクラスにおいて、シオンの役割は材料集めと商品の開発だ。当日の店番をしなくてもいい代わりに、それまでの間、ワッフルと戦い続けなくてはならない過酷な役職である。多くの勇敢にして善良な女子生徒はこの苦行を成すべく立候補した。
 厳正なるくじ引きの結果、シオンと他数名に勝利の御旗が上がり、本日から役目を果たすために奔走することとなる。

 大量の材料を集め、それらを適当にミックスした生地やソースを作り出すというのは、簡単そうに見えてそうではない。生贄、もとい、考える頭は一つでも多いに限る。その点、思考が柔軟であるホーリーは適役だ。
 手伝いという形になるため、当日の仕事から除外させてやることはできないが、ワッフルが好きだというのならば役得もあるだろう。

 優しさ半分、打算半分でシオンは誘いをかけたのだが、意外なことにホーリーの反応は芳しくない。

「うーん。ごめんね。
 今日は止めておこうかな」
「そうか、残念だ」

 鉄面皮とまではいわずとも、感情をあまり顔に出さないシオンにしては珍しく、わずかに眉を下げて残念な気持ちを隠さない。
 ホーリーの優しさに漬け込むわけではないけれど、得もある分、勝算があると考えていた。アテが外れた悲しみもあるのだろう。

「何だ? 用事か?
 あっ、さては彼氏だな?」

 とろけるような顔をしてワッフルが好きだと言っていた、まして、普段から付き合いの良いホーリーが断った。いらぬ好奇心を刺激されたエミリオは詮索の手を無遠慮に伸ばす。
 恋の話を聞きたい、などと言う可愛らしい感情ではない。そんなものは顔を見ればすぐにわかる。彼を的確に表わすのであれば、出歯亀、という単語だ。

「違う違う」

 ゲスな思考を隠さぬ彼に苦笑いを向け、ホーリーは誘いを断った理由を述べる。

「最近、ちょっと寝不足なの。
 だから早めに帰って寝ようかな、って」
「あー」

 間延びした声をマリユスが出してしまったのは致しかたのないことだ。
 何せ、彼には寝不足という感覚がわからない。
 大変なのだろうということは、ホーリーの口調や普段の雑談を思い返せば理解できるものの、共感も否定もできないマリユスの応えは中途半端なものとなってしまう。

「よく眠そうにしてるもんな」
「冬が近づいて日が早く落ちるようになると、眠くなる時間も早くなるのよねぇ」

 ホーリーの体内時計はある程度、太陽と連動している。
 いくら外が人工の明かりで照らされていようとも、体は在るべき光を理解し、それが消えれば眠りにつこうとする。睡眠時間だけを見れば充分でな時間を確保しているにも関わらず、彼女の体は学校が終わり、日が暮れだす頃には眠気を訴えてやまない。

「ずっと眠ったりはしないのか?」
「そういうことをする動物もいるけど、私はしないよ」

 食料が激減する冬を越えるため、眠り続けることで体力と栄養の消耗を防ぐ動物は存在している。ホーリーは病院の中でそのことを学び、キミは大丈夫か、という問いかけを医者から受けたことがあった。
 答えは無論、イエス。眠るとはいえ彼女はただの人間。栄養を溜め込み、眠り続けることができるわけはなく、眠気こそあれど起床と睡眠を繰り返す生活に変わりはない。

「何にせよ眠るってのは大変だね」
「うん。私も、もっと皆と遊びたいよ」
「お前が寝てる間、オレ達が代わりにたーっくさん遊んでてやるよ!」

 しょんぼりとしてみせたホーリーの肩をエミリオが強く叩いた。

「痛いってば」
「お、わりぃ、わりぃ」

 悪びれない彼の笑顔にホーリーは小さく笑う。
 羨ましいとは思うけれど、エミリオを見ているとうじうじ悩み事を抱えていることが馬鹿らしくなる。彼のようにとまではいかずとも、もっと大胆に、真っ直ぐ生きてみたいと思えるのだ。

「ホーリー、私達はいつでも歓迎するからな」

 文化祭までまだ時間がある。ホーリーの体調に合わせ、都合がつけばいつでも飛び入りで手伝いをしてくれて構わない。シオンは優しく言った。
 より良い商品作りのため、という理由もあるが、彼女がホーリーを改めて誘った理由はそれだけではない。
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