23 / 56
文化祭
1.ワッフル屋
しおりを挟む
暑い夏が終わりを向かえ、秋の気候へと変化し始めれば再び学校へ登校する日々が始まる。楽しい長期休暇を楽しんだ生徒達を待ち受けるのは宿題の提出と振り返りのテスト。
人生は楽しいことだけで終わるわけではなく、苦楽の連続であることを子供達は学んでいくのだ。
「ワッフル屋かぁ」
ホーリーは己の席でだらしない笑みを浮かべる。
辛い期間が終わり、次は楽しいことの始まりだ。
文化祭という名のお祭り騒ぎに向け、各学年各クラスは浮き足立ち始める。
「嫌い?」
「まさか!
好きすぎて困ってるくらいだよ」
「やーい、デブー!」
「は?」
「ヒエッ……」
甘いものが嫌いな女の子なんていない。そう断言しているかのように錯覚するほど力強い返事をしたホーリーへ、エミリオは言ってはならぬ言葉を向けてしまう。
いつもの優しく微笑む彼女はどこへやら。目をすがめ、青空を氷結へと変化させた姿に彼はか細い悲鳴をあげて後ろに下がることしかできない。
無論、彼を助けようという自己犠牲の精神に溢れた人間は存在せず、生暖かい眼差しが集められるばかりだ。
「今日の放課後、試作品作りのための材料を買いに行くんだが、よかったらホーリーも来てもらえないか?
色んな味を試してみたいから、一人でも多くの発案者が欲しい」
校庭でワッフル屋をすることになった彼らのクラスにおいて、シオンの役割は材料集めと商品の開発だ。当日の店番をしなくてもいい代わりに、それまでの間、ワッフルと戦い続けなくてはならない過酷な役職である。多くの勇敢にして善良な女子生徒はこの苦行を成すべく立候補した。
厳正なるくじ引きの結果、シオンと他数名に勝利の御旗が上がり、本日から役目を果たすために奔走することとなる。
大量の材料を集め、それらを適当にミックスした生地やソースを作り出すというのは、簡単そうに見えてそうではない。生贄、もとい、考える頭は一つでも多いに限る。その点、思考が柔軟であるホーリーは適役だ。
手伝いという形になるため、当日の仕事から除外させてやることはできないが、ワッフルが好きだというのならば役得もあるだろう。
優しさ半分、打算半分でシオンは誘いをかけたのだが、意外なことにホーリーの反応は芳しくない。
「うーん。ごめんね。
今日は止めておこうかな」
「そうか、残念だ」
鉄面皮とまではいわずとも、感情をあまり顔に出さないシオンにしては珍しく、わずかに眉を下げて残念な気持ちを隠さない。
ホーリーの優しさに漬け込むわけではないけれど、得もある分、勝算があると考えていた。アテが外れた悲しみもあるのだろう。
「何だ? 用事か?
あっ、さては彼氏だな?」
とろけるような顔をしてワッフルが好きだと言っていた、まして、普段から付き合いの良いホーリーが断った。いらぬ好奇心を刺激されたエミリオは詮索の手を無遠慮に伸ばす。
恋の話を聞きたい、などと言う可愛らしい感情ではない。そんなものは顔を見ればすぐにわかる。彼を的確に表わすのであれば、出歯亀、という単語だ。
「違う違う」
ゲスな思考を隠さぬ彼に苦笑いを向け、ホーリーは誘いを断った理由を述べる。
「最近、ちょっと寝不足なの。
だから早めに帰って寝ようかな、って」
「あー」
間延びした声をマリユスが出してしまったのは致しかたのないことだ。
何せ、彼には寝不足という感覚がわからない。
大変なのだろうということは、ホーリーの口調や普段の雑談を思い返せば理解できるものの、共感も否定もできないマリユスの応えは中途半端なものとなってしまう。
「よく眠そうにしてるもんな」
「冬が近づいて日が早く落ちるようになると、眠くなる時間も早くなるのよねぇ」
ホーリーの体内時計はある程度、太陽と連動している。
いくら外が人工の明かりで照らされていようとも、体は在るべき光を理解し、それが消えれば眠りにつこうとする。睡眠時間だけを見れば充分でな時間を確保しているにも関わらず、彼女の体は学校が終わり、日が暮れだす頃には眠気を訴えてやまない。
「ずっと眠ったりはしないのか?」
「そういうことをする動物もいるけど、私はしないよ」
食料が激減する冬を越えるため、眠り続けることで体力と栄養の消耗を防ぐ動物は存在している。ホーリーは病院の中でそのことを学び、キミは大丈夫か、という問いかけを医者から受けたことがあった。
答えは無論、イエス。眠るとはいえ彼女はただの人間。栄養を溜め込み、眠り続けることができるわけはなく、眠気こそあれど起床と睡眠を繰り返す生活に変わりはない。
「何にせよ眠るってのは大変だね」
「うん。私も、もっと皆と遊びたいよ」
「お前が寝てる間、オレ達が代わりにたーっくさん遊んでてやるよ!」
しょんぼりとしてみせたホーリーの肩をエミリオが強く叩いた。
「痛いってば」
「お、わりぃ、わりぃ」
悪びれない彼の笑顔にホーリーは小さく笑う。
羨ましいとは思うけれど、エミリオを見ているとうじうじ悩み事を抱えていることが馬鹿らしくなる。彼のようにとまではいかずとも、もっと大胆に、真っ直ぐ生きてみたいと思えるのだ。
「ホーリー、私達はいつでも歓迎するからな」
文化祭までまだ時間がある。ホーリーの体調に合わせ、都合がつけばいつでも飛び入りで手伝いをしてくれて構わない。シオンは優しく言った。
より良い商品作りのため、という理由もあるが、彼女がホーリーを改めて誘った理由はそれだけではない。
人生は楽しいことだけで終わるわけではなく、苦楽の連続であることを子供達は学んでいくのだ。
「ワッフル屋かぁ」
ホーリーは己の席でだらしない笑みを浮かべる。
辛い期間が終わり、次は楽しいことの始まりだ。
文化祭という名のお祭り騒ぎに向け、各学年各クラスは浮き足立ち始める。
「嫌い?」
「まさか!
好きすぎて困ってるくらいだよ」
「やーい、デブー!」
「は?」
「ヒエッ……」
甘いものが嫌いな女の子なんていない。そう断言しているかのように錯覚するほど力強い返事をしたホーリーへ、エミリオは言ってはならぬ言葉を向けてしまう。
いつもの優しく微笑む彼女はどこへやら。目をすがめ、青空を氷結へと変化させた姿に彼はか細い悲鳴をあげて後ろに下がることしかできない。
無論、彼を助けようという自己犠牲の精神に溢れた人間は存在せず、生暖かい眼差しが集められるばかりだ。
「今日の放課後、試作品作りのための材料を買いに行くんだが、よかったらホーリーも来てもらえないか?
色んな味を試してみたいから、一人でも多くの発案者が欲しい」
校庭でワッフル屋をすることになった彼らのクラスにおいて、シオンの役割は材料集めと商品の開発だ。当日の店番をしなくてもいい代わりに、それまでの間、ワッフルと戦い続けなくてはならない過酷な役職である。多くの勇敢にして善良な女子生徒はこの苦行を成すべく立候補した。
厳正なるくじ引きの結果、シオンと他数名に勝利の御旗が上がり、本日から役目を果たすために奔走することとなる。
大量の材料を集め、それらを適当にミックスした生地やソースを作り出すというのは、簡単そうに見えてそうではない。生贄、もとい、考える頭は一つでも多いに限る。その点、思考が柔軟であるホーリーは適役だ。
手伝いという形になるため、当日の仕事から除外させてやることはできないが、ワッフルが好きだというのならば役得もあるだろう。
優しさ半分、打算半分でシオンは誘いをかけたのだが、意外なことにホーリーの反応は芳しくない。
「うーん。ごめんね。
今日は止めておこうかな」
「そうか、残念だ」
鉄面皮とまではいわずとも、感情をあまり顔に出さないシオンにしては珍しく、わずかに眉を下げて残念な気持ちを隠さない。
ホーリーの優しさに漬け込むわけではないけれど、得もある分、勝算があると考えていた。アテが外れた悲しみもあるのだろう。
「何だ? 用事か?
あっ、さては彼氏だな?」
とろけるような顔をしてワッフルが好きだと言っていた、まして、普段から付き合いの良いホーリーが断った。いらぬ好奇心を刺激されたエミリオは詮索の手を無遠慮に伸ばす。
恋の話を聞きたい、などと言う可愛らしい感情ではない。そんなものは顔を見ればすぐにわかる。彼を的確に表わすのであれば、出歯亀、という単語だ。
「違う違う」
ゲスな思考を隠さぬ彼に苦笑いを向け、ホーリーは誘いを断った理由を述べる。
「最近、ちょっと寝不足なの。
だから早めに帰って寝ようかな、って」
「あー」
間延びした声をマリユスが出してしまったのは致しかたのないことだ。
何せ、彼には寝不足という感覚がわからない。
大変なのだろうということは、ホーリーの口調や普段の雑談を思い返せば理解できるものの、共感も否定もできないマリユスの応えは中途半端なものとなってしまう。
「よく眠そうにしてるもんな」
「冬が近づいて日が早く落ちるようになると、眠くなる時間も早くなるのよねぇ」
ホーリーの体内時計はある程度、太陽と連動している。
いくら外が人工の明かりで照らされていようとも、体は在るべき光を理解し、それが消えれば眠りにつこうとする。睡眠時間だけを見れば充分でな時間を確保しているにも関わらず、彼女の体は学校が終わり、日が暮れだす頃には眠気を訴えてやまない。
「ずっと眠ったりはしないのか?」
「そういうことをする動物もいるけど、私はしないよ」
食料が激減する冬を越えるため、眠り続けることで体力と栄養の消耗を防ぐ動物は存在している。ホーリーは病院の中でそのことを学び、キミは大丈夫か、という問いかけを医者から受けたことがあった。
答えは無論、イエス。眠るとはいえ彼女はただの人間。栄養を溜め込み、眠り続けることができるわけはなく、眠気こそあれど起床と睡眠を繰り返す生活に変わりはない。
「何にせよ眠るってのは大変だね」
「うん。私も、もっと皆と遊びたいよ」
「お前が寝てる間、オレ達が代わりにたーっくさん遊んでてやるよ!」
しょんぼりとしてみせたホーリーの肩をエミリオが強く叩いた。
「痛いってば」
「お、わりぃ、わりぃ」
悪びれない彼の笑顔にホーリーは小さく笑う。
羨ましいとは思うけれど、エミリオを見ているとうじうじ悩み事を抱えていることが馬鹿らしくなる。彼のようにとまではいかずとも、もっと大胆に、真っ直ぐ生きてみたいと思えるのだ。
「ホーリー、私達はいつでも歓迎するからな」
文化祭までまだ時間がある。ホーリーの体調に合わせ、都合がつけばいつでも飛び入りで手伝いをしてくれて構わない。シオンは優しく言った。
より良い商品作りのため、という理由もあるが、彼女がホーリーを改めて誘った理由はそれだけではない。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる