眠らない世界で彼女は眠る

楠木 楓

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眠る少女も恋をする

6.水族館

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 やってきた日曜日は雲一つない快晴を見せており、外へ出かけるのにぴったりの気候であった。水族館に行く予定を前もって立てていなければ、二人で近場の丘にでもピクニックへ行っていたかもしれない。

「これが水族館か」

 住宅や店が並ぶ区画から少し外れた場所に無骨な白い建物がある。窓や扉はあれど、その他の装飾や色使いはなく、出入り口に設置されているミナモ水族館、という表札だけがここがどういった場所であるかを教えてくれていた。
 普段は研究施設として活用されているため、無駄を省いた結果なのだろうけれど、デート先としては少し寂しいものがある。

「さっ! 入ろ!」
「おいおい、そう焦んなくても逃げやしねぇって」

 心にかげった不安を打ち払うべく、ホーリーはとびきりの笑顔を作りエミリオの手を引く。
 彼は水族館の概観にも、周囲に人の姿が見えないことにも思うところは無かったらしく、普段と変わらぬ様子で笑みを浮かべていた。

「こんにちは。当水族館へようこそ」

 施錠も何もされていない入り口から中に入れば、受付代わりに置かれている長机と職員の姿が目に入る。
 通常業務の傍ら、受付係りをしているらしい彼は、作業着に身を包んでおり、ほのかに生臭い香りがした。

「見学ですか?」
「はい、二人で」
「そうですか。こちらにお名前をご記入いただけましたら、本日の午後十一時半までご自由にご覧いただけます」

 机の上にあるノートを示され、ホーリーはペンを手に取った。入場料金はかからないらしく、お小遣いの少ない中学生には嬉しい仕様であった。
 ページの半分以上が空白で埋まっているノートに名を書き、ペンをエミリオへ渡す。

「よろしければこちらもどうぞ」

 手渡されたのは薄い冊子だ。
 イラストも写真も使われていない表紙をぱらりとめくれば、水族館の案内図とエサやりやショーの時間が記載されている。建物自体は単純な構造をしているが、専門家だからこそわかる細かな区分けまで詳細に書かれているのはありがたい。

「ありがとうございます」
「いいえ。興味を持っていただけることは嬉しいことですから」

 ホーリーとエミリオは職員に見送られ、水族館の奥へと足を進めていく。

 入り口近くはただの通路となっているため、生き物どころか水槽もない。しかし、魚達のいる部屋へ繋がる通路である以上、光の強さには気を配っているらしく、全体として薄暗い雰囲気があった。
 壁も奥の扉もしっかりと見える程度の暗さではあるのだが、静けさや年季の入った床や壁による相乗効果によってホーリーの足取りは重い。

「何だ。ビビってんのか?」
「そ、そんなことないよ!」

 素直に認めるのが癪で言葉を返してみるものの、その声は明らかに震えていた。

「別にいいじゃん。
 お前が暗いとこ嫌いなのは知ってるし」
「足元が見えないのが嫌なだけなの!」
「学校の廊下ですらビビってたろ。
 あんな何もない場所でさ」

 冬場、日の入りが早い時期に学校で居残りをしたことがあった。
 無駄に電気を使わぬように、と一定の時間を過ぎると人の動きを感知して明かりが灯るよう設定されていた電気は、廊下の奥を彼らの目に映そうとしてくれなかった。自分達がいる場所こそ明るくとも、進む先は暗闇。
 ホーリーは大そう怯え、エミリオとシオンの服を握って離さなかった。

「もー! 私、先に行くから!」

 怯えていたことは事実であるし、反論の余地はない。
 だからこそ、ホーリーは頬を膨らませ、薄暗い道を先へ先へと突き進む。足を踏み出すことへの不安が拭われたわけではないが、口を閉ざしたままエミリオの隣を歩き続けるというのも釈然としないものがある。

「おいおい。
 図星さされたからって怒んなよなー」

 慌てて追いかけてくる音が聞こえるが、そう簡単に許してやるわけにもいかない。
 ホーリーは早足で前を行き、重苦しい鉄の扉を押し開ける。

「――わあ」

 途端、彼女は怒りも恐怖も全て忘れてしまった。

 巨大な水槽を満たす美しいブルー。空よりも透明で、鮮やかな色合いはこの世のものとは思えぬ美しさを彼女に見せ付けてくる。
 内部に置かれた岩や海草は青を惹きたて、青に惹きたてられており、小さな世界に構築されている美を最大限に高めていた。しかし、そんな中、ただただその美しさを知らしめ、全てを用いて己が魅力を見せ付けている存在があった。

 悠然と水を行く魚達。
 大きさ、色、形。統一されていない彼らは、互いを損なうことなく調和し合っている。

 鮮やかな赤や黄色の尾が揺れ、七色の鱗はわずかな光を反射してきらめく。大きな魚は堂々とした様子で水槽を行き来し、小さな魚達は細々と集まっては離れ、また一つの群れと成っていく。
 それは室内の薄暗さなど、どうでもよくなってしまう美しさだった、人工で作られた星より、写真で見た海よりも、目の前にある景色は素晴らしく、ホーリーの体から瞬きさえ奪ってしまう。

「あそこに魚の説明が載ってるみたいだぞ」
「え、どこ?」

 エミリオに言われて視線を彷徨わせれば、部屋の中央に設置された椅子の上にわずかな厚みのある本が置かれている。椅子の背に張られた紙によれば、この場にいる魚や海草に関する説明が記載されているらしい。
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