眠らない世界で彼女は眠る

楠木 楓

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修学旅行

1.予感

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 数ヶ月という時が経つ。
 ホーリーとエミリオは二人で夏祭りに出かけ、森や川にも行った。友人達と花火を楽しみ、涼しい室内で宿題をこなし、自身の家族と共に遠出もした。

 楽しい夏休みであった。
 二人の端末にはいつも光り輝く鱗とその傍らにある青と緑のビーズが美しいストラップが下げられており、シオンとマリユスはデート記念の品を大いに褒め称えた。

 だが、いくら停滞を望んでもデートの時間に終わりがあるように、幸せな日々にもまた、終わりは訪れる。

 夏の暑さが薄れ、学校が始まると共に、二人の間に変化が現れた。

「エミリオ君。今度の日曜日、映画行こうよ」
「あ、悪い。
 約束入れちまってて……」
「そ、っか」

 数ミリのズレが崩壊を招く歯車のごとく、彼らの関係は徐々に崩れ始める。

 睡眠を必要とするホーリーと、それを不要とするエミリオ。
 生きる時間の違いというものは低い壁でも浅い溝でもない。天を分け隔てるがごとく高い壁であり、地殻まで貫く溝だ。共に歩んで行けるだろうという甘い思考は、中学生にありがちな万能感と愛という一時の感情によるものでしかない。

 連絡一つ、出かける予定一つ、ホーリーは明日の予定や就寝時間を考えて行動に移さなければならない。その場の思いつきと両親の許可さえあればいつでもどこでも行けるエミリオとは違うのだ。
 今を生きる人々と違う時間で生きていることをホーリーは嫌というほど自覚しており、エミリオと上手く予定が合わなくなっていくことに文句を言うことはできなかった。

「代わりに、今度の日曜、有名な夜景とか」
「夜は……」
「あー、だよ、な」

 ライトに照らされ美しく輝く川を見てみたいとは思う。
 学校の予定も、眠らなければ不調に陥る体もなければ、ホーリーはエミリオの誘いを断らなかった。

「ごめんね」
「いや、お前が悪いわけじゃねぇし」

 エミリオは口角を上げてホーリーの頭を乱暴にかき混ぜる。
 ちらりと見上げた彼女の視界に映ったのは、以前のような優しい瞳ではなく、ただの友人、仕方ない、という感情のこもった緑の瞳であった。

 眠らなければならない体は不便であるし、困ったところもある。だが、必ずしも悪ではないと考えていたホーリーの思考が揺れ始める。
 人間という生き物は、関わり合い、助け合い、支えあう存在だ。
 時には逸脱することが種の保存に繋がることもあるだろうけれど、明らかに異物であり周囲を阻害するような体質が許されてもいいのだろうか。

 シオンと遊んでも、マリユスと勉強をしても、エミリオと時々のデートをしても、ホーリーに答えを出すことはできなかった。漫然とした不安を腹の奥底に溜め、彼女は生活を続けていく。
 少しずつ、着実に離れてゆく心を感じる度、同じ人間でありながら、生きる時間は違うのだということを思い知る。

「行ってきまーす」
「気をつけてね。
 忘れ物はない?」
「大丈夫!」

 生まれてから何度目かの現実を受け入れ、飲み込もうしつつある中、彼女は生まれて初めての修学旅行に旅立つこととなった。
 二年全員で遠くの町へ赴き、学ぶ。日常から離れた土地へ行くというのはそれだけで胸が躍るというのに、大好きな友人達と四六時中共にいることができる一大イベントだ。

 学校という限られた時間に顔を合わせているだけでも毎日が楽しく、幸福に感じられているのだから、いつもいつでも一緒となれば喜びはさらに大きくなるだろう。
 ホーリーは久々に胸の痛みを忘れ、楽しみに耽っていた。

 自身の体について失念していたわけではない。直前、数ヶ月前までは確かに悩み、痛み、苦しんでいたのだから。
 期待と喜び、そして好奇心が上回っただけだ。新たな体験というものは、それほどまでにきらめき、人の目を盲目にさせる力を持つ。

「それでは皆さん。班ごとに別れ、事前に渡した冊子の順番通りに回ってください」

 昨年同様、ホーリーの担任であったライノがクラスに指示を出す。班ごとに配られた冊子には、この町で見て回るべきスポットとその説明、地図、サボり防止に感想やその場に書かれている文字を写さなければならない欄が設けられていた。
 この町は初めて人の手を離れて建築が行われた場所だとされている。多少、歪な建物が点在しているのは、AI等の性能が低かった頃の名残らしい。

 消失期が終わる間近に建てられたと考えられており、建材や組み立て方から判明している築年数は世界最古のものであるとされていた。詳細については残念なことに失われているため、予測でしかないものの、歴史的価値があることに間違いはない。
 非常に貴重な建物であるため、毎年のように補強工事が行われており、その光景はちょっとしたイベントとなっている。、観光客が訪れることもしばしばあった。

 修学旅行の予定としては、昼は最古の建築物郡と資料館の見学、記念公園の散策。夜は最新の建築機材を作っている工場を見学し、シンプルな小屋を特別に作ってもらってから、翌朝から昼にかけての自由行動、帰宅、という流れになっている。
 眠る必要があるホーリーに関しては、工場の一室を借りることができるよう学校側が交渉してくれていた。

「じゃあ、まずは資料館からだね」

 自分を含め、男女合わせて四人。ホーリーが言えば彼らは一様に頷きを返す。事前に打ち合わせがあったわけではないが、三人は彼女を班のリーダーと定めていた。
 自分達の中どころか、学校中の生徒と比べても成績上位。運動もでき、体格も良い。性格は明るく、アイディアも豊富。グループの中心へ据えるにこれほど相応しい人物はいない。

「思ったよりこじんまりとしてるね」

 地図を頼りにやってきた資料館は、周囲の建築物と比べればずいぶんと小さく、味気のない印象を受ける。
 拍子抜け、とでも言いたげな女子生徒にホーリーは人差し指を立て、前もって調べておいた情報を言葉にしていく。

「消失期が終わる直前に作られた建築物に対する資料館だから、どうしても展示品不足なんだって。
 データの一部や当時の設計図なんかが飾られてるくらいで、これ以上のものは発掘、解析待ちらしいよ」
「へー! 流石ホーリーさん。ちゃんと調べてるんだ」
「ちょっと気になったから。たまたまだよ」

 軽やかなと言葉を交わしつつ、彼らは資料館へと足を踏み入れる。
 質の悪い紙の劣化を防ぐためか部屋は全体的に薄暗く、一部分のみが明るく照らされていた。

「まずは普通に見学しようか」
「さんせー」

 この場所では定められた資料についての説明文を書き写さなければならないのだが、そこだけを見ればいいというものではない。資料館に展示されているものをしっかりと見て、考えなければ学校行事としてきている意味がないのだ。
 ホーリーの意見に反対する者はおらず、彼らはゆっくりと展示品を眺めてゆく。
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