異世界転生 剣と魔術の世界

小沢アキラ

文字の大きさ
69 / 98
第二部・最終章 最高の騎士

第三十一話

しおりを挟む
 激しい嗚咽が徐々に収まると、騎士は泣き疲れてしまったのか眠ってしまい、前に倒れ込んだ。
 地面に衝突する直前に抱き止め、樹にもたれかかるような姿勢にした後、折角折り畳まれた白布を掛ける。頭を横に倒してしまい、その都度戻してもまたすぐに倒れてしまうため、仕方なく隣に座り込む。
 右肩に頭を乗せながら、すぅ、すぅ、と寝息を立てながら熟睡する騎士を見ながら、今後の展開へと思考を切り替えていた。
 現在想定し得る、最大限に理想的な展開は、次のようなものだろう。
 特異点の使命を模索しながら、来たる大戦までに人界軍の戦力を可能な限り強化し、魔界軍の侵攻から人界を守る。そして、大戦が終結する前になんとしても邪教神を仕留め、魔界の民に植え付けられた闘争本能を取り除き、和平を結ばせる。
 全てが無事成功し、平和になった世界で、表と裏のセレナが共存できる道を探す。例えそれが、果てしなく長い道のりだろうとも、絶対に。
 ざっと考えただけでも、気が遠くなるほどの高難易度だ。全ての目標が、成功率五割、いや三割を下回ると思えてならない。
 しかし、もう俺に、立ち止まることは許されない。一度は死んだ人間が重大な使命を担う形で蘇ったのならば、俺にはもう迷うことすら許されない。散っていった人たちのためにも、もう引き返せないんだ。
 
 セレナ。
 セレナ……。
 どうしたんだ?
 怖い夢でも見たのか……?
  
 ぽっ、と柔らかい音を立てて、ランプに橙色の光が灯された。
 廊下に立つセレナは、両腕に抱いた枕に顔の下半分を埋め、少しだけ開いた扉の影に身を隠すようにして、部屋の中を覗き込んだ。
 さして広くもない部屋の奥には、簡素な木のベッド、本棚に机と椅子の一式の部屋。
 そしてベッドには、人影がひとつ、上体を起こしてセレナを見ている。右手に掲げたランプの光のせいで顔はよく見えない。艶のある純白の寝巻きの、少し開いた胸元からは、いっそう白く綺麗な肌が覗いている。
 橙色の光の奥にいる人影は、両手に持った本を閉じて、どうにかそれだけ見える唇で、優しげな微笑を浮かべた。

 そこは冷えるだろ。こっちに来いよ、セレナ。

 ふわりと持ち上げられた上掛けの奥は、とろりとした温かそうな暗闇に満ちていて、廊下に流れる凍えるような冷気を強く意識させる。いつしか足が戸口をまたぎ、セレナは定まらない足取りでふらふらとベッドに向かう。
 近づくほどに、なぜかランプの光が弱まり、ベッドに寝そべる男性の顔は忍び寄る暗がりに隠れてしまう。しかしセレナは、ただ温かな暗闇と、一人になりたくない一心で、懸命に足を動かす。
 ようやく辿り着いたベッドに、セレナは抱いていた枕を投げ出し、暗闇の中に潜り込む。
 途端、ふわりと柔らかい布が頭から被せられ、視界が闇に沈んだ。ある種の渇望に急かされるように、セレナは暗がりの奥へ、奥へと這い進んだ。
 伸ばした指が、大きな手に触れた。
 セレナは夢中で男性の腕に縋りつき、顔を埋めた。彼の手が、まるでセレナを守ってくれるように優しく蠢く。
 痺れるような満足感と、それを倍する渇望に翻弄されながら、セレナは懸命にしがみついた。たくましい腕が背中を抱き、頭を撫でるのを感じて、胸中をかき乱す不安が薄れていく。
 ……そうだ。私は毎晩、彼に甘えていたんだっけ。
 あの日──亜人に連れ去られた日から、毎晩悪夢を見てる感覚に陥っていた。いるはずもないのに、すぐ側で私をつけ狙っている恐怖に、押し潰されそうになった。
 でも、私を助け出してくれた彼の側にいると、不思議と不安は消えていった。近くにいるだけで、不安な気持ちなんて微塵も感じない……むしろ、安心する。
 いつも、甘える私に、何も言わずに優しく抱きしめてくれる彼の温もりが。私が眠るまで、ずっと起きてくれているのが。
 頭を撫でてもらう度に、嬉しい気持ちが増幅していく。体が少しずつ密着していくだけで、胸の高鳴りや鼓動が早まるけど、嫌な気持ちは全くしない。
 ……本当に、安心する。大好きな人の腕に抱かれていると。
 彼の体に腕を回しながら、ふと胸内で囁く。
 私は、不安だから彼に会ってるわけじゃない。旅立ってしまう彼と、一分一秒でも長く側にいたいから、毎晩部屋に訪れているんだ。
 でも、それは本人には内緒。悟られたら、きっと幻滅されるから。
 どこにも行かないで、ずっと一緒にいようよ、なんて言えるわけがない。言う勇気がないのもあるが、彼の目標を自分勝手な理由で妨げてはいけない。
 彼のことが好きならば、目標の邪魔をするのでなく応援しなきゃ。……だから、せめてこの瞬間だけは、わがままな私を許してほしい。
 長いお別れになってしまうのだから、旅立つ日までは、一緒にいさせて…………

「……お願い、カズヤくん」
 隣から聞こえた囁きに、呼ばれた本人は思わず息を呑み込んだ。
 息苦しくなりながら視線を横に向けると、両眼を半開きにしたセレナが、瞬きを数回してからこちらに顔を向けてきた。
 ──まずい!
 起きてすぐに蹴り落とされた記憶が蘇り、俺は瞬時に身構えた。だが蹴りは飛んでくることはなく、セレナは寝ぼけたまま、不可解なことを発した。
「……なんだか、懐かしいですね」
「な、懐かしい? なにが」
「お前の肩に、寄り添って寝るのがです」
「……どういう意味だ」
 今の発言に、過敏に反応してしまった。だが、それも仕方のないことだ。
 懐かしいと言っていたが、俺にはそんな記憶はない。教会にいた時、結構な頻度でセレナがベッドに入ってきて一緒に寝たことはあるけれど、騎士セレナと一緒に寝たのは、数分前の一回だけだ。とても懐かしいという時間ではない。
 考えられるのは、眠ってる間に本来の記憶が蘇ったのか、彼女自身の意思が元通りになったの二択だろう。
 慎重に言葉を選びながら、寝ぼける騎士に尋ねた。
「君は、騎士になる前の記憶を思い出したのか?」
 俺の問いに、セレナはしばし間を空けてから、ゆっくりとかぶりを振った。たったそれだけの動作に、俺は安堵と、少しだけ落ち込むといった、矛盾した感情が胸中に宿った。
「お前と思しき者と共に一夜を過ごすという、奇怪な夢を見ました。それは、夢にしては意識がはっきりしていて、妙に懐かしく思えました……」
 懐かしむように微笑みながら言う彼女の瞳に、透明な物が煌めくのを、カズヤは見逃さなかった。
 やはり、創世神の予想は間違っていなかった。裏の顔のセレナが俺と接触することで、本来のセレナが蘇る可能性は、充分にある。
 嬉しさのあまり笑みが溢れてしまうが、俺は全く意識せずにセレナに言い寄った。
「じゃあ、自分の意思で人格を切り替えられないのか」
 もしそれが出来るのなら、本来のセレナに会わせてくれ。とまでは、口が裂けても言う気はない。本人──裏のセレナに失礼だ。
 だが俺の眼から意図を察したセレナが、呆れたような眼をこちらに向け、幻滅したように表情を歪めながら発した。
「残念ですが、それはまだできません。夢の中でも、私は何も感じることができず、ただ見てることしかできませんでした。お前の言うセレナから一方的に語りかけられはしますが、こちらから話しかけることもできません」
「なんだよ。じゃあ本当に、一部の記憶を思い出しただけなのか」
「だからそう言っているでしょう! 人の話も聞けないのですかお前は」
 急に怒鳴られてしまい首を縮める。先程まで寝ぼけていたのが嘘のように顔を引き締めた騎士は、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
 そんな態度を取られてしまえば、さすがのカズヤも少し腹が立ってしまい、軽めの憎まれ口を叩きたくはなる。
「人の肩で気持ちよさそうに寝てたくせに……」
 隣のセレナに聞こえるか解らないほどの声量でぼそりと呟く。どんな反応をするのか期待しながら隣に顔を向けるも、本人は全く気にする様子もなく白布を抱き締めている。
「……? どうかしたのですか」
「いや、なんでもありません」
 意外と鈍感なんだなぁ。などと考えていると、セレナは不意に俺から視線を外し、腰の留め具に繋がれた、漆黒の刀身が丸見えの焔天剣を見詰めた。
 鞘は、騎士長との稽古の時に奇策のために粉砕してしまい、それ以降焔天剣は常に刀身を露わにしている。代わりの鞘が欲しいのだが、生半可な物では抜刀する際に鞘自身が二つに裂けてしまう。
「お前の剣……銘は焔天剣であっていますか?」
「そうだけど、それがどうしたんだ」
「いえ、お前が邪教神に連れ去られる前に、騎士長からある話を聞いたのを思い出したんです」
「師しょ……ヒサカゲさんが?」
 何故あの人が焔天剣について知っているのか些か疑問だが、よく考えれば、カムイさんの所有物であり、元は教会に置いてあった剣なのだから知っていて当然か。
「その剣は元々、教会で扱う者が不在だったために、騎士カムイに騎士長が預けていました」
「そういえば、カムイさんも同じようなこと言ってたな」
「今は焔天剣と呼ばれるその剣は、扱いにくいという理由もありますが、特殊すぎる剣ゆえに、使い手が現れなかったらしいです」
「特殊? そりゃ、戴天の鉤爪を使ってるからな。……あれ、でもそれなら、騎士長の剣も特殊だよな」
「私も、話を聞いた時は何が特殊なのか全く解りませんでした。使い手が異質なのは認めますが」
 相変わらずの辛辣な台詞に少しばかりガッカリしながら、セレナにつられて視線を剣に下ろす。
 焔天剣が特殊なのは、使ってる俺からすれば誰よりも解ってるつもりだ。長年使い手が不在の剣が、導かれるように俺の元に来たり、何度も剣自身が意思を持つように俺を助けたりしてくれている。
「騎士長が言っていました。焔天剣には守護竜の意思が未だに残留しており、その力を一時的になら解放できると」
「それって、解放術のことじゃん」
「似たようなことを騎士長に言い返しました。しかし、どうやらその剣は、我々の扱う神器とは少し異質なようです」
 セレナは自分の剣──華焔剣を取り出すと、二人の間に置いた。
「本来、解放術は素材の記憶を解放し、強大な力を使役します。私の華焔剣は無数の花弁が敵を灼き斬る。騎士長ならば斬撃自身に意思を宿します」
「俺のは、剣の射程距離が伸びるぞ。君らに比べたら地味だけど……」
「いえ、焔天剣の解放術は、それだけではありません」
 セレナの訂正に、俺は顔を上げた。
 解放術は、武器一つに一種類しか存在しない。だが、今のセレナの発言をそのまま解釈するならば──。
 焔天剣には、複数の解放術があることになる。
 こちらの思考を読み取ったのか、セレナは一度こくりと頷き、語り始めた。
「焔天剣の素材は、過酷な環境を支配した戴天が唯一持っている獲物である鉤爪。それは自らの射程距離を自由自在に伸ばすことができる。ですが、それだけではありません」
「何だと?」
「考えてみなさい。いくら距離が伸びようと、当たらなければ意味はありません。如何に強力な剣も、当たらなければ意味がないように」
 軽めの呆れ顔を作ってから、セレナは表情を改め、言った。
「神話による伝承ですが、戴天は自らの鉤爪を、自分が望む形へと変化させることができます」
 俺は、彼女の言ってる言葉の意味がまるで理解できなかった。言おうとしてるのは分かるのだが、その情報を処理するのに少々時間が掛かっているのだ。
 そんな俺の気などお構いなしに──いや、もしかしたら気を利かせてなのか、解り易く言い換えてくれた。
「つまり、鉤爪を素材にした焔天剣は射程距離を伸ばすだけではなく、使用者にとって最適な形状をとるという意味です」
「……はぁ、なるほどね」
 その説明のお陰でようやく理解した俺は、情けない声を上げながら頷いた。
「ん? 待ってくれ。今まで何度も解放術を使ってきたけど、最適な形になんかならなかったよ」
 今まで使った解放術は、全て射程距離を伸ばすものばかりで、今セレナが言った物は一度たりとも使っていない。存在すら気付いていないのもあるが、結構な頻度で使用しているのに、一度も前兆がないなんて偶然とは思えない。
「それは私にも解りません。まだお前には扱う技倆がないのでは?」
「そうなのかな……。でも、なんか違うような気が」
 焔天剣を見詰めながらぼやき、今までの戦闘を思い返す。
 もしかしたら既に、形状変化の前兆はあったのかもしれない。と浅はかに願いながら思い返すも、ピンとくるものは一切思いつかない。
 
「まだ剣の声に耳を傾けてないからだぜ、少年」
 
 頭を悩ませていると、またもや木橋の方から野太い声が響いた。
 二人は一斉に顔を向けると、そこには予想通り、騎士長ヒサカゲが立っていた。
「よぅ少年、それと嬢ちゃん。二人で夜空を鑑賞するなんて、随分仲睦まじいじゃねぇか」
 気前のいいおじさんみたいな台詞で、ようやく二人は互いに密着していることに気付き、同時に距離を取った。
 その様子を遠目で見ていたヒサカゲは、笑い声は上げずとも厳つい顔に太い笑みを刻んでいる。
「……ヒサカゲさん。先程の言葉は、一体どういう意味ですか」
 あくまで平静を装いながら尋ねると、ヒサカゲは表情を一瞬で切り替え、言った。
「ついてきな少年。嬢ちゃんもな」
 
 ヒサカゲに案内され到着した場所は、稽古に使用した修練場だった。以前の無数の斬撃波でついた傷跡は跡形もなく消えており、初めて見た時となんら変わらないほど綺麗になっている。
 ──こんな所で何をする気なんだ……。
 ここに到着するまでに目的を尋ねたが、ヒサカゲは一切答えてくれず、ただ「覚悟しとけよ」としか言ってこなかった。
「さてと、少年。早速で悪いんだが、お前さんの剣を貸してくれないか?」
「別に構いませんが……」
 腰の留め具から剣を取り出し、騎士長に手渡す。騎士長は剣をしばし眺めてから、刀身に無骨な手を添えて何かを詠唱し始めた。
 何してるんだろう? と疑問に思っていると、不意に隣のセレナが、
「……まさか……あれをするつもりなのですか……」
 と、呟き、俺は縋るような気持ちで訊き返した。
「なぁ……あれって、なに?」
「……儀式です」
 訊いたのに余計解らなくなってしまい、俺は更に訊ねた。
「儀式って、なんの?」
 だが、今度はセレナではなく、詠唱を終えた騎士長が代わりに答えた。
「人界の剣には、元となる素材の意思が残留してる。俺たちはそれを解放術として使役できるが、元々解放術ってのは、剣の声が聞けなきゃ使えないのさ」
「剣の……声?」
「といっても、会話するようなもんじゃないがな。俺たち騎士は、剣の声を聞いて初めて、本当の解放術を会得できる。今まで少年が使ってたのは解放術じゃなくて、偽りの術だ。だから少年には、召喚されたばかりの騎士が最初に執り行う試練にして儀式、剣との対話を受けてもらう」
「ちょっと待ってください! そんないきなり言われても、何がなんだから解らないですよ」
「悪いな少年。俺は弟子には情けも容赦もかけるつもりはないんだよ」
 そう言うとヒサカゲは、焔天剣を地面に突き刺した、瞬間。
 カズヤの心臓がドクンと強く脈打った。まるで得体の知れない化け物と目を合わせてしまったかのような戦慄。
 もっともそれはほんの一瞬の感覚で、すぐに消え失せてしまった。
 今のは……?
 カズヤは首をひねったが、そこでヒサカゲの声が響いてきた。
「さぁ少年。自分の剣を取りに来い」
 俺は特に疑問に思うことなく剣に歩み寄り、何の警戒もなく柄に手を伸ばし──。
 突然、焔天剣から猛烈な閃光が放たれ、カズヤを後ろへ弾き飛ばした。
「なっ──!?」
 なんとか宙で体勢を立て直し、転がるように着地する。そして、目を見張る光景が視界に入る。
 どういう力が作用しているのかわからないが、焔天剣は宙に留まっており、カズヤを見下ろしている。
「拒絶されましたね」
 背後から、ぼそりと呟くセレナの声が聞こえた。
「気をつけろよ。剣との対話は、剣自身の意思を解放している。剣が使用者を認めていなかったら、容赦なく殺しに来るぞ」
「それを先に言ってくださいよ!」
 重要なことを言わなかったことにツッコミを入れると、俺は反射的に意識を剣に戻した。
 理由はすぐに分かった。空中に浮かんだ焔天剣が猛烈な熱を発しているのだ。十メートルほどの距離があるのに直火で炙られているような気さえしてくる。
 汗がひっきりなしにこぼれ落ちる中、カズヤは焔天剣の視線をひしひしと感じていた。
 その切っ先がカズヤに向けられる。
 人が相手なら相手の行動を分析して、最適な動きを演算するのだが、なにしろ相手は剣である。行動の分析などできない。
「はぁ、仕方ないか」
 カズヤはしっかりとその切っ先を見据え、意識を集中させる。
 災い転じて福となすと言うべきか、邪教神のお陰で体の……造られた肉体の正しい使い方を知ることができた。成功すれば、確実に死なずに済む。
 焔天剣はしばらくカズヤと睨み合ったあと、突如として襲い掛かってきた。
 猛烈な速度で迫り来るそれを間一髪でかわし、異常な熱気に目を細めつつも柄に手を伸ばす。しかしそれを握ろうとした途端、焔天剣は空中で向きを変えるようにしてカズヤの胴を薙いだ。
 とっさに床を蹴って距離をとったものの、服装に一筋、焼き切れたような跡が走った。
 焔天剣は一瞬で天井一杯まで舞い上がると、カズヤの頭上から急降下してくる。
 完全な死角からの攻撃だったが、カズヤはそれを待っていたかのように体をひねり、すり抜ける焔天剣の尻尾ならぬ柄をひっつかまえた。
「あっつ!」
 想像はしていたものの、その柄はとてつもない熱さだった。
 手の肉が焼けているのがわかる。それでもカズヤは手を離さず──そのまま焔天剣を床に突き立てた。
「……俺はお前を手放す気もないし、手放したくないんだよ。相棒」
 その途端、部屋に満ちていた熱気がかき消える。焔天剣も今までの暴れっぷりが嘘のように動きを止めた。
「ふぅ……」
 嵐のような慌ただしい出来事を終えため息を吐く。
 次に、右手に持ち替えた剣を左水平に振りかぶり、右側から接近する斬穿剣の解放術に向けて。
「リベラシオン……」
 術式本体を省略した解放術を唱える。
 焔天剣から、眩い真紅の閃光が迸る。

 閃光が収まると、カズヤは元の姿に戻った焔天剣を振り切った体勢のまま静止していた。
「剣との対話、無事終了だな」
 斬穿剣を鞘に収めながら、ヒサカゲは発した。
「……これが、焔天剣本来の解放術」
 自分の思い描く姿から、いつもの姿に戻った愛剣を見詰めながら呟く。
 剣との対話という儀式のお陰か、「リベラシオン」と言うだけで、解放術を詠唱できるようにもなっている。
 解放術の質も遥かに向上しているし、解放構文の間に生まれた隙も無くなっている。
 素晴らしいの一言に限る。今すぐ、焔天剣で師匠と立ち合いしてみたい。という衝動に駆られたが、右手の疼きによって既に思考は別のものに入れ替わっていた。
 カズヤは顔を上げ、セレナに視線を向けながら言った。
「これ、治して」
 火傷した右手を見せながら頼み込むと、セレナはまたもや呆れ顔を見せてきた。ヒサカゲも、微妙な笑みを浮かべながら肩を竦ませた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する

鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。 突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。 しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。 魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。 英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

スキルハンター~ぼっち&ひきこもり生活を配信し続けたら、【開眼】してスキルの覚え方を習得しちゃった件~

名無し
ファンタジー
 主人公の時田カケルは、いつも同じダンジョンに一人でこもっていたため、《ひきこうもりハンター》と呼ばれていた。そんなカケルが動画の配信をしても当たり前のように登録者はほとんど集まらなかったが、彼は現状が楽だからと引きこもり続けていた。そんなある日、唯一見に来てくれていた視聴者がいなくなり、とうとう無の境地に達したカケル。そこで【開眼】という、スキルの覚え方がわかるというスキルを習得し、人生を大きく変えていくことになるのだった……。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...