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06「違う未来があったのかも」
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「そんな……ありえない……」
「ご、ごめん……僕、そんなつもりじゃ……」
果てしなく広がる海のそばにある、ヴェルグ・アシュペー邸。
夜の潮風が街の人々の明るい声を運び、瞬く星々が夜空を彩る。
そんな美しくもにぎやかな夜に、私の人生最大の危機が訪れていた。
それは、世界を支配する魔王の存在ではない。
それは、突然告げられた婚約破棄ではない。
それは、私を拐かしたストーカー伯爵でもない。
「ドレスが……入らない……」
10年の時を超えて変わってしまった、私の体型だ。
「ごめん! 僕が10年前の君の寸法で作ったばかりに……」
「言い訳をさせてほしいわ! 決して太ったわけではないの……多分」
「気にしないで。君がこの世に増えてくれることほど、嬉しいことはないよ」
「魔王討伐で鍛えすぎてムキムキになっちゃったの! 贅肉じゃないから!」
ヴェルグがあつらえてくれた深紅のドレスは、私の体を包みきることができずにみちみちと嫌な音を立てる。
シルクの糸がぴり、と音を立ててはじけてしまう前に、私は渋々ドレスを脱いだ。
「……というか、着替えならメイドさんに手伝っていただきたいんだけど」
「だめだよ。君のやることは僕が手伝うって決めてるんだ。食事も着替えも、お風呂だって――」
「お断りよ!」
素っ頓狂な声を上げる私の体を、メイドさんたちがささっと布で隠してくれる。
夕食にはこのドレスを着てほしい、そうキラキラした目で訴えるヴェルグに根負けして着替えを承諾したのが間違いだった。
この男は当たり前のように着替えを手伝うと言って部屋から出ず、どうしようもないのでとりあえずそのまま着替えたところ、この惨事だ。
「でも、ごめんね。恥ずかしい思いをさせてしまったね」
「男性に着替えを手伝われるよりは恥ずかしくないわ……はあ……」
思わず大きなため息が出てしまう。
10年、決して怠惰に過ごしてきたわけではないが、周りの環境どころか自分の体すらも変わってしまったことが恐ろしい。
「妊娠したとき様に緩やかなラインのドレスも用意しておいてよかったよ」
「あなたと婚約なんてしないし、妊娠もしません!」
だが、当のヴェルグはしょぼんとした姿からすぐに立ち直り、嬉々として純白のドレスを用意してきた。
(妊婦用まで用意してる……恐ろしい……)
複雑な心境ではあるものの、緩やかなシルエットのドレスは余裕をもって纏うことができた。
ウエストを締め付けすぎることなく、肩から足元へと流れるように落ちるライン。
デコルテにかけて光を受けるたび、繊細な刺繍が淡く輝いた。
袖はなく、代わりに薄い羽のようなケープスリーブが肩を覆い、動くたびにふわりと揺れる。
「綺麗だよ、アルティア」
ヴェルグが優しく言葉をかけてくれる。
「私にはちょっとかわいすぎるかも……」
まるで天使のような清楚さに尻込みしてしまう。
魔王を袈裟切りにした自分には清純すぎるのではないか。これを着てパーティに出て、くすくすと笑われる妄想をしてしまって、顔が曇った。
「そんなことない。僕が君のために用意したんだ。よく似合っている」
だけどヴェルグは、熱い瞳で私を見つめている。
世辞も同情も一切ない、そう思ったからそう伝えた、そんな彼の気持ちが表情で伝わってくる。
「あ、ありがとう……」
「さあ、ディナーにしよう」
気恥ずかしくて彼の顔がまともに見られない。ヴェルグはくすっと笑うと、温かい掌で私をエスコートしてくれる。
そのまま彼に手を引かれ、ディナーの場へと赴いた。
アミューズは黒トリュフ入りの温かい小さなキッシュ。
前菜はタルタル・ド・サーモン。スープにはコンソメ・ド・ヴォライユ。
メインは、仔羊のロースト・ローズマリーと蜂蜜のソース……贅沢なフルコースに私の舌は溶けっぱなしだ。
「お、おいしい……!」
こんな盛大なディナーなんていつぶりだろう。
思えば魔王討伐の旅をしているときは、森で狩った新鮮な鹿肉や、謎のキノコなど、ワイルドな料理ばかり。
ベルモンド王国は食に疎い国だから、魚の頭が生えたパイなど、変わった食事ばかり。
どれも大好きなご飯だったけれど、このディナーの前では霞んでしまう。
「よかった」
食事に舌鼓を打っている私を、ヴェルグは甘い瞳で見つめてくる。
「アルティアはお肉が好きなんだよね」
「……恥ずかしいわ。でも、そうなの。魔王討伐の時は狩りをして食事をとることもあったし、食べ慣れているの」
「僕と出会う前の話かな……もっと聞かせて」
私はヴェルグに旅の話をした。
10年という長い長い期間の話だから、まとまりのない、よくわからない話だったと思う。
だけどヴェルグは真剣に聞いてくれる。
自分を知ろうとしてくれる人に出会えたこと。それがこんなにも心満たされることなのだと、喋りながら思った。
(オルフィー殿下とは全然話す機会がなかったわ。もし毎日、こういう話をして過ごせたら……)
違う未来があったのかもしれない。
ずきんと痛む心を振り払うように、私はつまらない話を長々と話す。
ヴェルグはずっと、笑いながら聞いてくれた。
「ご、ごめん……僕、そんなつもりじゃ……」
果てしなく広がる海のそばにある、ヴェルグ・アシュペー邸。
夜の潮風が街の人々の明るい声を運び、瞬く星々が夜空を彩る。
そんな美しくもにぎやかな夜に、私の人生最大の危機が訪れていた。
それは、世界を支配する魔王の存在ではない。
それは、突然告げられた婚約破棄ではない。
それは、私を拐かしたストーカー伯爵でもない。
「ドレスが……入らない……」
10年の時を超えて変わってしまった、私の体型だ。
「ごめん! 僕が10年前の君の寸法で作ったばかりに……」
「言い訳をさせてほしいわ! 決して太ったわけではないの……多分」
「気にしないで。君がこの世に増えてくれることほど、嬉しいことはないよ」
「魔王討伐で鍛えすぎてムキムキになっちゃったの! 贅肉じゃないから!」
ヴェルグがあつらえてくれた深紅のドレスは、私の体を包みきることができずにみちみちと嫌な音を立てる。
シルクの糸がぴり、と音を立ててはじけてしまう前に、私は渋々ドレスを脱いだ。
「……というか、着替えならメイドさんに手伝っていただきたいんだけど」
「だめだよ。君のやることは僕が手伝うって決めてるんだ。食事も着替えも、お風呂だって――」
「お断りよ!」
素っ頓狂な声を上げる私の体を、メイドさんたちがささっと布で隠してくれる。
夕食にはこのドレスを着てほしい、そうキラキラした目で訴えるヴェルグに根負けして着替えを承諾したのが間違いだった。
この男は当たり前のように着替えを手伝うと言って部屋から出ず、どうしようもないのでとりあえずそのまま着替えたところ、この惨事だ。
「でも、ごめんね。恥ずかしい思いをさせてしまったね」
「男性に着替えを手伝われるよりは恥ずかしくないわ……はあ……」
思わず大きなため息が出てしまう。
10年、決して怠惰に過ごしてきたわけではないが、周りの環境どころか自分の体すらも変わってしまったことが恐ろしい。
「妊娠したとき様に緩やかなラインのドレスも用意しておいてよかったよ」
「あなたと婚約なんてしないし、妊娠もしません!」
だが、当のヴェルグはしょぼんとした姿からすぐに立ち直り、嬉々として純白のドレスを用意してきた。
(妊婦用まで用意してる……恐ろしい……)
複雑な心境ではあるものの、緩やかなシルエットのドレスは余裕をもって纏うことができた。
ウエストを締め付けすぎることなく、肩から足元へと流れるように落ちるライン。
デコルテにかけて光を受けるたび、繊細な刺繍が淡く輝いた。
袖はなく、代わりに薄い羽のようなケープスリーブが肩を覆い、動くたびにふわりと揺れる。
「綺麗だよ、アルティア」
ヴェルグが優しく言葉をかけてくれる。
「私にはちょっとかわいすぎるかも……」
まるで天使のような清楚さに尻込みしてしまう。
魔王を袈裟切りにした自分には清純すぎるのではないか。これを着てパーティに出て、くすくすと笑われる妄想をしてしまって、顔が曇った。
「そんなことない。僕が君のために用意したんだ。よく似合っている」
だけどヴェルグは、熱い瞳で私を見つめている。
世辞も同情も一切ない、そう思ったからそう伝えた、そんな彼の気持ちが表情で伝わってくる。
「あ、ありがとう……」
「さあ、ディナーにしよう」
気恥ずかしくて彼の顔がまともに見られない。ヴェルグはくすっと笑うと、温かい掌で私をエスコートしてくれる。
そのまま彼に手を引かれ、ディナーの場へと赴いた。
アミューズは黒トリュフ入りの温かい小さなキッシュ。
前菜はタルタル・ド・サーモン。スープにはコンソメ・ド・ヴォライユ。
メインは、仔羊のロースト・ローズマリーと蜂蜜のソース……贅沢なフルコースに私の舌は溶けっぱなしだ。
「お、おいしい……!」
こんな盛大なディナーなんていつぶりだろう。
思えば魔王討伐の旅をしているときは、森で狩った新鮮な鹿肉や、謎のキノコなど、ワイルドな料理ばかり。
ベルモンド王国は食に疎い国だから、魚の頭が生えたパイなど、変わった食事ばかり。
どれも大好きなご飯だったけれど、このディナーの前では霞んでしまう。
「よかった」
食事に舌鼓を打っている私を、ヴェルグは甘い瞳で見つめてくる。
「アルティアはお肉が好きなんだよね」
「……恥ずかしいわ。でも、そうなの。魔王討伐の時は狩りをして食事をとることもあったし、食べ慣れているの」
「僕と出会う前の話かな……もっと聞かせて」
私はヴェルグに旅の話をした。
10年という長い長い期間の話だから、まとまりのない、よくわからない話だったと思う。
だけどヴェルグは真剣に聞いてくれる。
自分を知ろうとしてくれる人に出会えたこと。それがこんなにも心満たされることなのだと、喋りながら思った。
(オルフィー殿下とは全然話す機会がなかったわ。もし毎日、こういう話をして過ごせたら……)
違う未来があったのかもしれない。
ずきんと痛む心を振り払うように、私はつまらない話を長々と話す。
ヴェルグはずっと、笑いながら聞いてくれた。
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