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決着と別れ
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捜査一課が“平沢真梨子(ひらさわ まりこ)の取材メモ・完全版”を入手してから数時間後――。深夜から未明にかけて、信頼できる若手刑事や主任の指揮のもとで膨大な資料が検証され、同時並行的にマスコミへのリークが進められた。
政治家の汚職、再開発企業の不正、さらに警察上層部の一部が闇で繋がっていた事実までが浮き彫りになり、夜明け前からニュースサイトやSNSは騒然となる。報道各社が速報を打ち始め、その反響は瞬く間に全国へ広がっていった。
ビルの外はすでに朝の光が射し始めているが、捜査一課フロアでは徹夜の刑事たちが雑然と席を行き来していた。電話と端末が鳴り止まず、テレビでは“緊急ニュース”の画面が繰り返し映る。
記事の見出しはどれも衝撃的だ。“巨大再開発の裏で政治と企業が結託”“一部警察幹部の関与か”など、これまでタブー視されてきた闇が一気に表へさらされた形だ。
「課長補佐、上層部が大混乱です! 警視庁内部でも対応に追われていると……」
「本部長室から“とにかく事態を収拾しろ”と指示が来てますが、もうニュースが拡散して止まりません!」
バタバタと慌ただしい周囲の声を聞きながら、日高光彦(ひだか みつひこ)はモニターに表示された記事を静かに見つめていた。隣には主任、そして若手刑事の宮下が立っている。
「これで“真実”はもう隠せないですね……」
宮下が半ば放心状態で呟くと、主任が深い息を吐きながらうなずく。
「政治家サイドも警察上層部も、いずれ捜査対象になる。……この先は俺たち一課が動いていくことになるだろう。お前はもう左遷どころか、引くに引けなくなるぞ、日高」
その言葉に、日高はかすかな苦笑を浮かべる。覚悟はとっくにできていた。
正午前、テレビカメラや記者たちが警視庁前に集結する。通常は警察庁や検察が絡むような不祥事・逮捕案件の会見は官僚的に行われるが、今回は“再開発利権”と“政治”“警察”の三つ巴ということもあって熱気が異常だった。
記者たちの追及にさらされた警視庁上層部は、渋々ながら「幹部の一部を調査する」と発表。さらに、ある政治家が収賄容疑を否定しつつも任意で事情を聴かれる流れになり、企業側の幹部も続々と“参考人”として呼び出されていく。
一課フロアに戻ると、主任が密かに日高を呼び止めた。
「組織の面子を考えれば、“真実は闇に”という動きが出るかと思ったが、ここまで大々的に報道が進むと止めようがない。ある意味で、お前たちの“奇襲作戦”が成功したわけだ。……まあ、処分は免れないだろうがな」
そう言いつつも主任の声には、どこか安堵の響きが混じっていた。
昼過ぎ。急場を凌いだ捜査一課フロアで一息ついた日高は、アタッシュケースに収められていた“完全版”のノート類を再び読み返していた。そこには“平沢真梨子”という署名や、生前に彼女が追いかけた記事の下書き、取材先リスト、メモ書きが山のように残されている。
その多くは既にスキャンされ、報道各社へ渡ったが、原本にはかすかに走り書きのメッセージがある。まるで彼女自身が“誰か”に向けて書き残したかのように――「この闇を暴けるのは、あなたかもしれない」と。
(まさか、遠い未来の“バディ”に託されていたのか……?)
日高は胸が熱くなるのを感じる。彼女は死の直前、何を思いながらこのメモを綴ったのだろう。恐怖と使命感、そして自分を襲う不吉な影への戦い。
(真梨子……君の願いは、ようやく現実になったよ)
次に日高が手に取ったのは、メモの端に挟まっていた別の小封筒だった。宛名は「平沢真梨子様」となっているが、筆跡はおそらく池内沙織のものだ。
それは一通の手紙らしく、内容はこうだ。
真梨子さん、もしあなたの取材メモが手に入ったら、必ず世に出します。
あなたが言っていた“真実を埋もれさせるな”という言葉、私は絶対に裏切らない。
私に力が足りなくても、誰かがきっと助けてくれるはず。
だからどうか、安心して休んでほしい。あなたが遺したものは私が守るし、
私がだめでも、きっと次の人が受け継いでくれると信じています。
文字は不揃いで、書き捨てのようなラフな雰囲気だが、強い決意が伝わってくる。
(池内さんも、真梨子の意思をこうやって受け継ごうとしてたんだな……)
結局、池内もまた命を落とす形となったが、その意志は鈴村彩香(すずむら あやか)を経て、そして日高の手によって成し遂げられた。二人の“記者の魂”は形こそ消えたが、確かに勝利を収めたのだ。
日高が封筒を丁寧にしまい、机から顔を上げると、主任と宮下が待ちかまえるように立っていた。
「お前に知らせておきたいことがある。どうやら本部長が“お前を正式に処分する”と表明したが、同時に“内部告発者としての功績”も認める動きが出てるらしい。要は、波風立てたくないから“厳重注意”程度で済ませるかもしれん」
主任の言葉に、宮下が安堵の笑みを見せる。
「よかった……左遷とか免職とか最悪の事態も覚悟してましたからね」
日高は少しだけ肩の力を抜き、苦笑いする。
「正直、どう転んでもいいと思ってました。真梨子や池内さんの死を無駄にしないためなら、俺は警察を辞める覚悟もあったし……」
主任はうなずき、ポンと日高の肩を叩く。
「まあ、お前みたいな刑事がいなくなったら、うちの一課も困る。一件落着とはいかないが、ひとまず“巨悪”を暴く第一歩は踏み出せたわけだ。あとは検察や世論が追い打ちをかけてくれるだろう」
夕刻、日高は署を出て、外の空気を吸う。朝からずっと騒ぎが続いたせいで、ようやく一息つけるのはこの時間だった。
ふと、脳裏にあの半透明の幽霊――平沢真梨子の姿が蘇る。あれほど近くに感じていた存在が、今はもうどこにもいない。しとしとと降っていた雨は上がり、ビル群の向こうに夕焼けが広がっている。
(本当に行ってしまったのか。それとも、まだ近くに……?)
ぼんやりと駐車場を歩きながら、日高は視線の端を捉える。そこには誰もいないが、まるで“かつて誰かが立っていた”ような気配だけが残されている。
――ありがとう。
彼女の声が聞こえた気がして、日高は思わず立ち止まる。もちろん周囲には誰もいない。ただ、夕日の光がコンクリートを赤く染めているだけだ。
だが、そのまま耳を澄ませると、もう一度だけ、ごくかすかな囁きが心の奥を揺らしたように思えた。
“こちらこそ……ありがとう”
日高は目を閉じ、胸の内でそっと答える。
(あの世とこの世を隔てる境界線――。一度越えてやって来た君は、ずっと俺を助けてくれた。もう未練はないはずだ。自分の死の真相も、池内さんの死の原因も、みんな白日の下に晒されたから――)
目を開くと、風が一瞬だけ吹き抜け、日高のシャツの裾を揺らす。まるで幽霊の手がそっと触れたような、不思議な温かさを伴った風だ。
日高はかすかな笑みを浮かべ、空を見上げる。オレンジ色に染まる雲の彼方に、もう一度だけ真梨子の姿が重なる気がして、寂しさと安堵が同時にこみ上げた。
エピローグ
• 後日談
それから数週間、メディアの報道は連日“再開発利権の闇”を大きく取り上げ、政治家や警察幹部の疑惑は次々と捜査対象になった。逮捕者も複数名出る見込みで、三浦総合開発の経営陣も総辞職に追い込まれる。
日高自身は内部規定違反などの名目で懲戒処分を受けるものの、実質は“厳重注意”にとどまり、捜査一課に留まることが認められた。上層部にとってはこれ以上騒ぎを大きくしたくない思惑もあるだろう。
「結局、得体の知れない圧力をかけてきた連中も、表舞台から消えそうですね……」
若手刑事の宮下はそう言いながら、ほっと胸を撫で下ろす。汚職まみれの警察上層部が一掃されるわけではないが、少なくとも表立って動けないほどのダメージを負った形だ。
• 鈴村彩香(すずむら あやか)の新生活
保護施設で安全が確保された鈴村は、今回の一件を機に引っ越しを決意し、新しい部屋で落ち着いた暮らしを始めている。まだ事件のトラウマを完全には拭えないが、池内沙織(いけうち さおり)の遺志が報われたことには安堵しているようだ。
「沙織が『真梨子さんの無念を晴らす』って言ってた意味、今ならわかる気がします。日高さんも、本当にありがとうございました……」
先日電話でそう語った鈴村の声には、以前より力強さが感じられた。
• 見えざるバディ
事件が落ち着いたある日、日高は交番勤務時代からの古いノートを整理していた。書類の奥に、いつの間にか一枚のメモが紛れ込んでいるのに気づく。そこにはかすれた文字でこう書いてあった。
“信じてくれて、ありがとう。あなたが私の最後の相棒(バディ)だった――真梨子”
もちろん、そんなメモを見た覚えはないし、彼女が書いたと確証できる手段もない。が、その走り書きはどこか懐かしい筆跡だった。
(まさか……)
ふっと胸が温かくなる。彼女はもう二度と姿を現さないが、このメッセージに込められた想いは確かだ。刑事としての原点を見失いかけていた日高に、最後の一押しをくれたのかもしれない。
こうして、人間の刑事と幽霊の女性記者が織りなした事件は幕を下ろした。巨大な再開発利権を巡る闇は暴かれ、多くの罪人たちが裁きを受ける。警察組織や社会がすべて清廉になるわけではないが、少なくとも真実を訴えようとした二人の魂は報われたはずだ。
平沢真梨子――若くして命を落とし、未練を抱えたまま幽霊としてこの世をさまよった彼女は、事件解決とともに静かに消え去った。しかし、その消滅は決して悲しいだけの結末ではない。彼女の意志や正義が、日高や池内、そして関係者たちを動かし、この世界をほんの少しだけましな場所に変えたのだから。
彼女の姿が見えなくなった今でも、日高の背後にはふとした瞬間、柔らかな気配が寄り添っている気がする。誰にも見えないその“相棒”は、生きている者たちの中に芽吹いた正義感や行動力として息づき続けるのだろう――。
夜の巡回を終え、日高は警視庁の古い階段を上がる。外は澄みきった月が浮かび、かつての長雨が嘘のように静寂な夜だ。
ふと階段の踊り場から上を見上げると、そこには誰もいないはずなのに、かすかな“足音”が聞こえた気がする。
(気のせい、だよな……)
そう呟きつつも、日高は微笑んでいる。彼女がまだ見守っている気がして、どこか心強いのだ。
そして、その足音がやがて遠ざかり、消えていく――まるで最後に「ありがとう」と告げるかのように。
こうして、刑事と幽霊のバディによる大事件は一つの終着点を迎えた。けれども、その絆は、あるいは永遠に失われるものではないのかもしれない。彼女が残した文章と彼女を支えた人々の思いは、確かにこの世界に痕跡を刻んだからだ。
――完
政治家の汚職、再開発企業の不正、さらに警察上層部の一部が闇で繋がっていた事実までが浮き彫りになり、夜明け前からニュースサイトやSNSは騒然となる。報道各社が速報を打ち始め、その反響は瞬く間に全国へ広がっていった。
ビルの外はすでに朝の光が射し始めているが、捜査一課フロアでは徹夜の刑事たちが雑然と席を行き来していた。電話と端末が鳴り止まず、テレビでは“緊急ニュース”の画面が繰り返し映る。
記事の見出しはどれも衝撃的だ。“巨大再開発の裏で政治と企業が結託”“一部警察幹部の関与か”など、これまでタブー視されてきた闇が一気に表へさらされた形だ。
「課長補佐、上層部が大混乱です! 警視庁内部でも対応に追われていると……」
「本部長室から“とにかく事態を収拾しろ”と指示が来てますが、もうニュースが拡散して止まりません!」
バタバタと慌ただしい周囲の声を聞きながら、日高光彦(ひだか みつひこ)はモニターに表示された記事を静かに見つめていた。隣には主任、そして若手刑事の宮下が立っている。
「これで“真実”はもう隠せないですね……」
宮下が半ば放心状態で呟くと、主任が深い息を吐きながらうなずく。
「政治家サイドも警察上層部も、いずれ捜査対象になる。……この先は俺たち一課が動いていくことになるだろう。お前はもう左遷どころか、引くに引けなくなるぞ、日高」
その言葉に、日高はかすかな苦笑を浮かべる。覚悟はとっくにできていた。
正午前、テレビカメラや記者たちが警視庁前に集結する。通常は警察庁や検察が絡むような不祥事・逮捕案件の会見は官僚的に行われるが、今回は“再開発利権”と“政治”“警察”の三つ巴ということもあって熱気が異常だった。
記者たちの追及にさらされた警視庁上層部は、渋々ながら「幹部の一部を調査する」と発表。さらに、ある政治家が収賄容疑を否定しつつも任意で事情を聴かれる流れになり、企業側の幹部も続々と“参考人”として呼び出されていく。
一課フロアに戻ると、主任が密かに日高を呼び止めた。
「組織の面子を考えれば、“真実は闇に”という動きが出るかと思ったが、ここまで大々的に報道が進むと止めようがない。ある意味で、お前たちの“奇襲作戦”が成功したわけだ。……まあ、処分は免れないだろうがな」
そう言いつつも主任の声には、どこか安堵の響きが混じっていた。
昼過ぎ。急場を凌いだ捜査一課フロアで一息ついた日高は、アタッシュケースに収められていた“完全版”のノート類を再び読み返していた。そこには“平沢真梨子”という署名や、生前に彼女が追いかけた記事の下書き、取材先リスト、メモ書きが山のように残されている。
その多くは既にスキャンされ、報道各社へ渡ったが、原本にはかすかに走り書きのメッセージがある。まるで彼女自身が“誰か”に向けて書き残したかのように――「この闇を暴けるのは、あなたかもしれない」と。
(まさか、遠い未来の“バディ”に託されていたのか……?)
日高は胸が熱くなるのを感じる。彼女は死の直前、何を思いながらこのメモを綴ったのだろう。恐怖と使命感、そして自分を襲う不吉な影への戦い。
(真梨子……君の願いは、ようやく現実になったよ)
次に日高が手に取ったのは、メモの端に挟まっていた別の小封筒だった。宛名は「平沢真梨子様」となっているが、筆跡はおそらく池内沙織のものだ。
それは一通の手紙らしく、内容はこうだ。
真梨子さん、もしあなたの取材メモが手に入ったら、必ず世に出します。
あなたが言っていた“真実を埋もれさせるな”という言葉、私は絶対に裏切らない。
私に力が足りなくても、誰かがきっと助けてくれるはず。
だからどうか、安心して休んでほしい。あなたが遺したものは私が守るし、
私がだめでも、きっと次の人が受け継いでくれると信じています。
文字は不揃いで、書き捨てのようなラフな雰囲気だが、強い決意が伝わってくる。
(池内さんも、真梨子の意思をこうやって受け継ごうとしてたんだな……)
結局、池内もまた命を落とす形となったが、その意志は鈴村彩香(すずむら あやか)を経て、そして日高の手によって成し遂げられた。二人の“記者の魂”は形こそ消えたが、確かに勝利を収めたのだ。
日高が封筒を丁寧にしまい、机から顔を上げると、主任と宮下が待ちかまえるように立っていた。
「お前に知らせておきたいことがある。どうやら本部長が“お前を正式に処分する”と表明したが、同時に“内部告発者としての功績”も認める動きが出てるらしい。要は、波風立てたくないから“厳重注意”程度で済ませるかもしれん」
主任の言葉に、宮下が安堵の笑みを見せる。
「よかった……左遷とか免職とか最悪の事態も覚悟してましたからね」
日高は少しだけ肩の力を抜き、苦笑いする。
「正直、どう転んでもいいと思ってました。真梨子や池内さんの死を無駄にしないためなら、俺は警察を辞める覚悟もあったし……」
主任はうなずき、ポンと日高の肩を叩く。
「まあ、お前みたいな刑事がいなくなったら、うちの一課も困る。一件落着とはいかないが、ひとまず“巨悪”を暴く第一歩は踏み出せたわけだ。あとは検察や世論が追い打ちをかけてくれるだろう」
夕刻、日高は署を出て、外の空気を吸う。朝からずっと騒ぎが続いたせいで、ようやく一息つけるのはこの時間だった。
ふと、脳裏にあの半透明の幽霊――平沢真梨子の姿が蘇る。あれほど近くに感じていた存在が、今はもうどこにもいない。しとしとと降っていた雨は上がり、ビル群の向こうに夕焼けが広がっている。
(本当に行ってしまったのか。それとも、まだ近くに……?)
ぼんやりと駐車場を歩きながら、日高は視線の端を捉える。そこには誰もいないが、まるで“かつて誰かが立っていた”ような気配だけが残されている。
――ありがとう。
彼女の声が聞こえた気がして、日高は思わず立ち止まる。もちろん周囲には誰もいない。ただ、夕日の光がコンクリートを赤く染めているだけだ。
だが、そのまま耳を澄ませると、もう一度だけ、ごくかすかな囁きが心の奥を揺らしたように思えた。
“こちらこそ……ありがとう”
日高は目を閉じ、胸の内でそっと答える。
(あの世とこの世を隔てる境界線――。一度越えてやって来た君は、ずっと俺を助けてくれた。もう未練はないはずだ。自分の死の真相も、池内さんの死の原因も、みんな白日の下に晒されたから――)
目を開くと、風が一瞬だけ吹き抜け、日高のシャツの裾を揺らす。まるで幽霊の手がそっと触れたような、不思議な温かさを伴った風だ。
日高はかすかな笑みを浮かべ、空を見上げる。オレンジ色に染まる雲の彼方に、もう一度だけ真梨子の姿が重なる気がして、寂しさと安堵が同時にこみ上げた。
エピローグ
• 後日談
それから数週間、メディアの報道は連日“再開発利権の闇”を大きく取り上げ、政治家や警察幹部の疑惑は次々と捜査対象になった。逮捕者も複数名出る見込みで、三浦総合開発の経営陣も総辞職に追い込まれる。
日高自身は内部規定違反などの名目で懲戒処分を受けるものの、実質は“厳重注意”にとどまり、捜査一課に留まることが認められた。上層部にとってはこれ以上騒ぎを大きくしたくない思惑もあるだろう。
「結局、得体の知れない圧力をかけてきた連中も、表舞台から消えそうですね……」
若手刑事の宮下はそう言いながら、ほっと胸を撫で下ろす。汚職まみれの警察上層部が一掃されるわけではないが、少なくとも表立って動けないほどのダメージを負った形だ。
• 鈴村彩香(すずむら あやか)の新生活
保護施設で安全が確保された鈴村は、今回の一件を機に引っ越しを決意し、新しい部屋で落ち着いた暮らしを始めている。まだ事件のトラウマを完全には拭えないが、池内沙織(いけうち さおり)の遺志が報われたことには安堵しているようだ。
「沙織が『真梨子さんの無念を晴らす』って言ってた意味、今ならわかる気がします。日高さんも、本当にありがとうございました……」
先日電話でそう語った鈴村の声には、以前より力強さが感じられた。
• 見えざるバディ
事件が落ち着いたある日、日高は交番勤務時代からの古いノートを整理していた。書類の奥に、いつの間にか一枚のメモが紛れ込んでいるのに気づく。そこにはかすれた文字でこう書いてあった。
“信じてくれて、ありがとう。あなたが私の最後の相棒(バディ)だった――真梨子”
もちろん、そんなメモを見た覚えはないし、彼女が書いたと確証できる手段もない。が、その走り書きはどこか懐かしい筆跡だった。
(まさか……)
ふっと胸が温かくなる。彼女はもう二度と姿を現さないが、このメッセージに込められた想いは確かだ。刑事としての原点を見失いかけていた日高に、最後の一押しをくれたのかもしれない。
こうして、人間の刑事と幽霊の女性記者が織りなした事件は幕を下ろした。巨大な再開発利権を巡る闇は暴かれ、多くの罪人たちが裁きを受ける。警察組織や社会がすべて清廉になるわけではないが、少なくとも真実を訴えようとした二人の魂は報われたはずだ。
平沢真梨子――若くして命を落とし、未練を抱えたまま幽霊としてこの世をさまよった彼女は、事件解決とともに静かに消え去った。しかし、その消滅は決して悲しいだけの結末ではない。彼女の意志や正義が、日高や池内、そして関係者たちを動かし、この世界をほんの少しだけましな場所に変えたのだから。
彼女の姿が見えなくなった今でも、日高の背後にはふとした瞬間、柔らかな気配が寄り添っている気がする。誰にも見えないその“相棒”は、生きている者たちの中に芽吹いた正義感や行動力として息づき続けるのだろう――。
夜の巡回を終え、日高は警視庁の古い階段を上がる。外は澄みきった月が浮かび、かつての長雨が嘘のように静寂な夜だ。
ふと階段の踊り場から上を見上げると、そこには誰もいないはずなのに、かすかな“足音”が聞こえた気がする。
(気のせい、だよな……)
そう呟きつつも、日高は微笑んでいる。彼女がまだ見守っている気がして、どこか心強いのだ。
そして、その足音がやがて遠ざかり、消えていく――まるで最後に「ありがとう」と告げるかのように。
こうして、刑事と幽霊のバディによる大事件は一つの終着点を迎えた。けれども、その絆は、あるいは永遠に失われるものではないのかもしれない。彼女が残した文章と彼女を支えた人々の思いは、確かにこの世界に痕跡を刻んだからだ。
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