紅き夜に溺れる

碓氷澪夜

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 その夜、僕は月が紅く染まることを知った。
 穏やかな日常は、一瞬にして地獄になることを知った。

   ◆

 いつものように、静かな夜だった。
 お父さんは夜遅くまで仕事をしていて。
 僕は、お母さんと「おやすみなさい」と挨拶を交わして、眠りについていた。
 だけど、その日は眠りが浅く、僕は目を覚ましてしまった。
 真夜中というのは、やけに不安を煽られる。
 もうすぐ小学校高学年になるというのに、僕は唐突に夜が恐ろしくなり、お母さんの元へ向かった。

 それが、間違いだった。

 お母さんたちの寝室には、鬼がいた。
 いや、本物の鬼ではない。
 当時の僕から見て、鬼のように感じただけだ。
 その鬼と目が合ったような気がして、僕は慌ててその場から逃げ出した。
 どこに向かえばいいのかなんて、わからない。
 ただ、鬼に見つからないように、僕は暗闇の一部となった。

「……子供?」

 恐怖に怯えながら息を潜めていると、一筋の光が差し込むと同時に、冷淡な声が頭上から降ってきた。

 殺される。

 僕は震える身体を丸めながら、顔を上げた。
 だが、そこにいたのは鬼ではなかった。
 銀髪がなびく奥に、紅色の瞳がこちらを見ている。
 この世とは思えない美しさに、ますます終わりを感じた。

「被害者夫婦の息子でしょうか」

 部屋に電気がつくと、さらに誰かの声がした。

「さあね」

 銀髪の男は変わらず冷たい声で言う。
 あとからやってきた若い男は、目の前にしゃがみこむ。

「君、名前は? 言える?」
「……赤江あかえ……七央なお
「やっぱり……怖かったね、もう大丈夫だよ」

 彼は典型的な言葉を僕に言うと、ほかの大人を呼び集めた。
 人に囲まれてようやく、僕は大丈夫なんだと実感することができた。
 といっても、小さな身体には酷な恐怖は、消えていなかった。
 僕は一番傍にいた大人の服を掴み、大人たちについていく。

「……お父さんたち、死んじゃったの?」

 ふと、僕は尋ねた。
 わずかに安心を覚えたとて、あの恐怖は簡単には忘れられない。

「ああ。お前の両親は殺されたよ」

 大人たちが言葉を詰まらせる中で、銀髪の男だけは、淡々と言った。
 お父さんも、お母さんも、もういない。
 その光景は自分の目で確かめた。
 それでも、受け止めきれない事実だってある。
 僕が大粒の涙をこぼすと、大人たちは慌てた様子で僕を慰めた。
 だけど、彼だけは、態度を変えなかった。
 ほかの人たちは、心苦しそうにしているのに。

「お前、犯人の顔は見たかい?」

 その容赦ない質問に、周りの大人たちが動揺を見せる。
 僕が首を横に振ると、彼は小さく「そうか」と返した。

「……犯人、見つけてくれるの?」
「それが私の仕事だからね」

 そのとき、僕を可哀想だと気を使う大人よりも、この人のほうが信用できると、子供ながらに思った。
 この人は、僕のヒーローだ、と。

「お前が望むなら、その犯人を殺してあげよう」
「ちょっと!?」

 大人たちの慌てた声なんて、もう僕には聞こえていなかった。
 そんなことが、叶ってもいいのか。
 でも、叶ってほしい。
 どうか、この地獄の仕返しを。

「……ただし。代償として死ぬまでお前の血をもらう。いいね?」

 僕は、なにを言われているのか、わからなかった。
 だけど、やっぱり迷わず、彼の手を取ってしまった。
 周りの大人たちは、大きなため息をついていた。

「……あの、貴方の名前は……」
「私はロイ。吸血鬼だ」

 銀髪の彼、ロイは緩やかに微笑んだ。
 その背後には、大きな紅い月。
 当時、僕は吸血鬼の存在をよくわかっていなかった。
 ただ子供ながらに、こんなにも夜が似合う人がいるんだ、と感心したことを今でも覚えている。

 それから、僕と美しき吸血鬼の新たな日常が始まった。
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