紅き夜に溺れる

碓氷澪夜

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2. はじめまして

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「そんな、露骨に嫌そうにしなくても……」

 僕がそう言っていると、ロイはそっと僕の左頬に手を添えた。
 ひんやりとした指先に、身体が一瞬跳ねる。
 紅い瞳と目が合い、咄嗟に顔を背けたくなったけれど、冷たいようで暖かいその双眸から視線を逸らせなかった。

「な、なに?」
「……行かない」
「え!? いや、そんなわけにはいかないよ!」

 ロイが小さな子供が駄々を捏ねるようなことを言うから、僕は少し大げさに驚いたふりをして、ロイの細い手から離れる。すると、ロイはますます不服そうに顔を顰めた。そのせいで、僕は一方的に気まずくなってしまった。

「えっと……僕、先に行ってる! 住所、スマホに送っておくから!」

 ロイの横を通りすぎていくときも、僕はロイの顔が見れなかった。
 顔が熱い。
 赤くなっていないか不安になって玄関先にある姿見を見ると、案の定、耳が真っ赤になっている。
 落ち着け、と自分に言い聞かせながら、深呼吸をひとつ、ゆっくりとする。
 僕は今から、仕事をしに行くんだ。
 大切な仕事。心を乱している場合ではない。
 そうして落ち着かせたと思うと、カタンと小さな物音がした。
 振り向くと、まだ寝巻きのままのロイが変わらず不貞腐れてそこにいる。
 なにに対して不機嫌になっているのかわからないけど、ロイの感情が目に見えてわかるこの状況を、僕は嬉しく感じた。
 だって、それだけロイが僕に心を許してくれているということだから。

「じゃあ、またあとでね」

 そして僕は、口を曲げたロイを置いて事件現場に向かった。

   ◆

 そこは古いアパートで、すでに多くの人が集まっていた。
 ロイが呼ばれたということは、吸血鬼が絡んだ事件だろうけど、これだけ騒ぎになっているということは、最悪の状況を覚悟しておいたほうがよさそうだ。
 人の隙間を縫って規制線の前まで行くと、顔見知りの警察官が「お疲れ様です」と声をかけながら、僕に入るように促してくれた。

「お疲れ……」
「あ! すみません、部外者は立ち入り禁止なんです!」

 中に入って挨拶を返そうとすると、僕の声に被さるように、男の人の声が遠くから聞こえてきた。
 声がしたほうを見ると、真新しいスーツを身にまとった若い刑事さんが、僕のもとへ駆け寄ってくる。

「すみません、ここからは入ってこないでください」
「えっと……」

 戸惑う僕などお構いなしに、彼は僕の身体の向きを変え、背中を押して規制線の外へ追い出そうとしてきた。
 石井さんに呼ばれた手前、大人しく従うのも気が引ける。
 かといって、抵抗するとややこしいことになりそうだ。
 どうしたものか……

「あ、おい! なにしてんだ」

 困り果てたところに、石井さんがやってきた。
 あの事件からの関係だからか、その顔を見ると安心する。
 対して、彼は怒られたことで驚きを隠せないようだ。

「なにって、この人が現場に入ろうとしていたので……」
「この人はいいんだよ」

 石井さんが言うと、彼は不思議そうな目をして僕を見てきた。
 たしかに、普通の僕が許されるなんて、納得できないだろう。
 特別なのは、ロイ。
 僕はただの付き添い。
 つまり、ただの一般人であることに変わりないのだから。

「この人は赤江七央さん。ときどき捜査協力をしてくれる人だ。覚えておけ」
「はあ……」

 なんとも気の乗らない表情。
 僕を品定めするような視線。
 なんだか、あまりいい印象は抱かれていなさそうで、少し居心地が悪い。

「七央、こっちは新人の水原だ」
「はじめまして、赤江です」

 僕が自己紹介をして頭を下げると、水原さんは「……どうも」と小さく低い声で返してくれた。
 だけど、僕を歓迎してくれる雰囲気にはならない。
 僕はここにいてもいいのだろうか。
 そんな不安がよぎる。

「ところで七央、ひとりか?」

 僕たちの間に流れる気まずい空気など一切お構いなしに、石井さんは人だかりのほうを向き、視線を動かす。
 誰を探しているのかなんて、聞かなくてもわかる。
 そうして辺りを見渡さなくても見つけられるような存在。
 そして、さっき子供のように不貞腐れていたあの吸血鬼だ。

「あー……えっと、まだ朝が早いので……でも、すぐに来ると思いますよ」
「相変わらずマイペースな奴だな……まあいい、来てくれ」

 僕がロイに付いて事件現場を回るようになってから、ロイが遅れてやって来ることは何度もあった。
 ゆえに、石井さんは若干呆れた様子でアパートに足を向けた。

「ちょっと、石井さん!?」

 その背中を、水原さんは慌てた様子で引き止めた。

「いいんですか? 一般人を現場にいれるなんて!」
「だから、いいって言ってるだろ」

 何度も言わせるな、と言わんばかりのしかめ面を見せ、石井さんは今度こそ現場に立ち入った。
 僕はというと、水原さんの鋭い視線を受けながら、その後を追った。
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