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7. 歪な愛情
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*今回まで委員長視点です*
あの初対面から九年。
「……瀬尾さん。俺、三年付き合ってる彼女がいるんです」
あの時と同じ圧を感じて、俺は寝ている佐伯を背に庇った。瀬尾はダイニングの椅子を引きゆっくりと立ち上がると、足音を立てずにこちらに歩み寄る。
ローテーブルを挟んで、あぐらをかき座り込んでいる俺を見下ろす瀬尾は、無表情なのに目だけはやたらとギラギラして見えた。
瀬尾から放たれる重苦しいフェロモンが床を這ってじわじわと近づいてくる。威圧のせいか、百九十近い長身がさらに大きく感じられて息苦しい。
「三年か。――でも、俺の真緒との付き合いの方が長いだろ」
俺の、真緒?
「……あの、付き合いは確かに長いですけど、いくら日下がオメガでも俺はベータですし、あー、何より俺、男には興味ないんで、その、安心してく」
「ベータは、信用できない」
食い気味に遮られた。
信用? 信用ってどの口が言ってんだ? ベータはって、あんたたちアルファは信用できるとでも言うのか?
(そういやこいつ、昔から侍らしてんのベータばっかだった気がする……)
一瞬ちらっと何かが頭を過ぎったが、きっと取り留めもないことだと俺は思考の端に追いやった。
「なあ、お前ならわかるだろ。真緒と一緒にいて、真緒を好きにならないなんてありえないと思わないか」
「――は? いや、そ、んなことは。……ちょっと待ってください。そんなことを言うってことは、もしかして瀬尾さんは、日下のことが好き、なんですか?」
這うフェロモンの冷たさが増した気がした。
「……何言ってるんだお前」
「え?」
「好きなんて軽々しく言うな。愛してるから婚約してるんだろう」
「はあ!?」
(ふざけんな。あんた浮気ばっかりしてんじゃねえか。愛って、どの口が言ってんだよ)
平然と思考の斜め上をいく返しをされた。つい顔に出してしまって、瀬尾は一瞬目を眇めたもののすぐに無表情を崩し唇の端を上げて笑った。
不意に威圧が解け呼吸が楽になる。目の前の男の歪で色気のあふれた笑みに俺は深く嘆息した。項垂れて床を見つめる。
「……本気じゃない、ですよね」
「何がだ」
「気を悪くしないでくださいよ。どうしても俺には瀬尾さんが、日下のことを本気で好きなようには見えないんで。まぁ初めてお会いした時に日下に執着してるのはわかりましたけど……好きなのか、むしろ日下のことを嫌ってるからだと思ってました」
「俺が真緒を嫌うわけがないだろ。心外だな……俺は嫌いな奴なんか眼中にない」
「いや、あんた俺のこと嫌いですよね? 眼中にないって言うなら、毎回宅飲みするたびに殺気込めて睨むのおかしいでしょ」
「へえ、気づいてたのに、それでもうちに来るのか。ははっ、結構神経図太いな」
「フェロモンばちばちに出しといて言うことはそれですか。お互いさまでしょう、大体あんただって無理やりこのマンションに転がり込んだだけのくせに……」
言い切った後つい言いすぎたかもと思ったけれど、瀬尾は「お前なかなか言うね」とどこか楽しそうだった。この男の余裕はどこから来るのだろう。
「あんた、昔から浮気しまくりだったじゃないですか。いつも隣に美人どころを侍らせて、俺たちの学年でも『入れ食いのアルファ』って呼ばれて有名で」
「へえ」
「入れ食いのアルファのことは、もちろん日下も知ってますよ」
「そう」
「日下を悲しませて楽しいですか?」
「…………お前に答える義務はない」
「そうですか」
そこで会話が途切れた。
視界の隅、ローテーブルの向こう側に見えていた瀬尾の脚が向きを換えて離れていく。項垂れていた顔を上げると、瀬尾は誰もいない玄関の方をじっと見つめていた。
数秒間見つめて、そのままかまたダイニングテーブルに戻っていく姿が見えた。着席して、おそらく冷えてしまっただろう夕食を再開し始める。
瀬尾と玄関を交互に見遣ると、佐伯の寝息と瀬尾の茶碗の音しか聞こえないリビングに、玄関の電子錠が開く音がした。
あの初対面から九年。
「……瀬尾さん。俺、三年付き合ってる彼女がいるんです」
あの時と同じ圧を感じて、俺は寝ている佐伯を背に庇った。瀬尾はダイニングの椅子を引きゆっくりと立ち上がると、足音を立てずにこちらに歩み寄る。
ローテーブルを挟んで、あぐらをかき座り込んでいる俺を見下ろす瀬尾は、無表情なのに目だけはやたらとギラギラして見えた。
瀬尾から放たれる重苦しいフェロモンが床を這ってじわじわと近づいてくる。威圧のせいか、百九十近い長身がさらに大きく感じられて息苦しい。
「三年か。――でも、俺の真緒との付き合いの方が長いだろ」
俺の、真緒?
「……あの、付き合いは確かに長いですけど、いくら日下がオメガでも俺はベータですし、あー、何より俺、男には興味ないんで、その、安心してく」
「ベータは、信用できない」
食い気味に遮られた。
信用? 信用ってどの口が言ってんだ? ベータはって、あんたたちアルファは信用できるとでも言うのか?
(そういやこいつ、昔から侍らしてんのベータばっかだった気がする……)
一瞬ちらっと何かが頭を過ぎったが、きっと取り留めもないことだと俺は思考の端に追いやった。
「なあ、お前ならわかるだろ。真緒と一緒にいて、真緒を好きにならないなんてありえないと思わないか」
「――は? いや、そ、んなことは。……ちょっと待ってください。そんなことを言うってことは、もしかして瀬尾さんは、日下のことが好き、なんですか?」
這うフェロモンの冷たさが増した気がした。
「……何言ってるんだお前」
「え?」
「好きなんて軽々しく言うな。愛してるから婚約してるんだろう」
「はあ!?」
(ふざけんな。あんた浮気ばっかりしてんじゃねえか。愛って、どの口が言ってんだよ)
平然と思考の斜め上をいく返しをされた。つい顔に出してしまって、瀬尾は一瞬目を眇めたもののすぐに無表情を崩し唇の端を上げて笑った。
不意に威圧が解け呼吸が楽になる。目の前の男の歪で色気のあふれた笑みに俺は深く嘆息した。項垂れて床を見つめる。
「……本気じゃない、ですよね」
「何がだ」
「気を悪くしないでくださいよ。どうしても俺には瀬尾さんが、日下のことを本気で好きなようには見えないんで。まぁ初めてお会いした時に日下に執着してるのはわかりましたけど……好きなのか、むしろ日下のことを嫌ってるからだと思ってました」
「俺が真緒を嫌うわけがないだろ。心外だな……俺は嫌いな奴なんか眼中にない」
「いや、あんた俺のこと嫌いですよね? 眼中にないって言うなら、毎回宅飲みするたびに殺気込めて睨むのおかしいでしょ」
「へえ、気づいてたのに、それでもうちに来るのか。ははっ、結構神経図太いな」
「フェロモンばちばちに出しといて言うことはそれですか。お互いさまでしょう、大体あんただって無理やりこのマンションに転がり込んだだけのくせに……」
言い切った後つい言いすぎたかもと思ったけれど、瀬尾は「お前なかなか言うね」とどこか楽しそうだった。この男の余裕はどこから来るのだろう。
「あんた、昔から浮気しまくりだったじゃないですか。いつも隣に美人どころを侍らせて、俺たちの学年でも『入れ食いのアルファ』って呼ばれて有名で」
「へえ」
「入れ食いのアルファのことは、もちろん日下も知ってますよ」
「そう」
「日下を悲しませて楽しいですか?」
「…………お前に答える義務はない」
「そうですか」
そこで会話が途切れた。
視界の隅、ローテーブルの向こう側に見えていた瀬尾の脚が向きを換えて離れていく。項垂れていた顔を上げると、瀬尾は誰もいない玄関の方をじっと見つめていた。
数秒間見つめて、そのままかまたダイニングテーブルに戻っていく姿が見えた。着席して、おそらく冷えてしまっただろう夕食を再開し始める。
瀬尾と玄関を交互に見遣ると、佐伯の寝息と瀬尾の茶碗の音しか聞こえないリビングに、玄関の電子錠が開く音がした。
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