63 / 114
63. いつものとこ
しおりを挟む
日曜日は朝からどことなく体が重だるかった。
目覚ましに設定しているアラームではなく、スマホにインストールしているネックガードの管理アプリが体温の上昇を通知する音で目を覚ました。
ヒートの予定日まではまだ一週間近く残っている。普通に考えればヒートじゃないはずなのに、熱で思考能力が落ちてるらしい俺はただその管理アプリの画面を見つめるだけで、ベッドから起き上がることすら難しかった。
時期的にインフルエンザだったらどうしようと不安がよぎる。
職場は内科の外来からは離れているけれど、完全隔離されているわけではないから、可能性がないとは言い切れない。取り敢えず今日が休みで良かった。
普段なら一番最初に起きているはずの俺がいつまでも寝室から出てこないせいだろう。ノックもしないで誰かが寝室に飛び込んできた。脇目も振らずにベッドへ駆け寄り、被っている羽毛布団を剥ぎ取られる。
「真緒、真緒。大丈夫か!?」
ワイシャツ姿の宏樹だった。管理アプリで宏樹はパートナー登録されている。多分俺と同じタイミングで宏樹のスマホでも、体温上昇の通知音が鳴ったんだろう。ベッドの縁にゆっくり腰かけた宏樹はそっと俺の体を抱き起こした。首筋に手をあてると、おもむろに顔をしかめる。
「真緒、解熱剤持ってくるまで待てるか? 薬の置き場所変えてないよな」
「……うん。いつものとこにある」
「わかった、待ってろ」
パジャマだけだと寒く見えたんだろう、ヘッドボードに引っかけてるフランネルのブランケットを俺の上半身に巻いて慌ただしく寝室を出て行ったかと思うと、数分も経たずにまた戻ってきた。手には解熱剤の箱と、冷蔵庫に入れていたはずの冷えピタ、そしてペットボトルの水。
(…………薬の置き場所、知ってたんだ。冷えピタも……)
知らないと思ってた。「いつものとこ」で通じるとは思っていなかった。
渡された解熱剤を飲んでベッドに横たわったところで気がついた。そういえば泰樹くんの気配がない。
「……ねぇ宏樹。泰樹くんはどこ?」
「朝一で瀬尾に戻ってる」
「瀬尾に、何で……?」
「冬服の数が少ないから取りに。ちょうど二人とも出張でいないんだとさ。午後だと出張から帰ってくるあいつらと出くわすかもしれないし、十中八九それでだろ」
「あー……なるほど……」
引っ越してきてからの泰樹くんの服装を思い出してみれば確かに、二、三着を着回していたなと納得した。ここ数日で急激に冷え込んだから心許なくなったんだろう。白いニット、青いニット、黒いニット。見事にニットばっかだったなぁ……と思い出して笑う俺の額に、ベッドに腰かけた宏樹が冷えピタを貼った。前髪をふわりとかき上げられる。
「宏樹、今日は仕事?」
「溜まってる仕事を片付けてくる。……部長も、真都さんも一緒だから、安心して」
「…………うん、わかった」
その言葉の意味に気づかないほど俺もバカじゃない。
「昼には終わるつもりだけど、一応泰樹にも真緒が熱出してること連絡しておくから、俺かあいつが戻るまではちゃんと寝てて。一緒にいてあげられなくてごめんな」
「いいよ、大丈夫」
「何かあれば電話して。アプリの緊急通報でもいいから」
「……うん」
「一応サイドボードにポカリとかゼリーとか置いておくから」
「わかった。……もう、早く仕事行きなよ」
急かしてみせれば、困ったような笑みを浮かべて重い腰を上げた。
解熱剤が効きますように。
病み上がりの婚約者と、受験生の婚約者候補を思い受かべながら、インフルエンザじゃなければいいなぁと願った。
*次話からしばらくヒート回になります*
目覚ましに設定しているアラームではなく、スマホにインストールしているネックガードの管理アプリが体温の上昇を通知する音で目を覚ました。
ヒートの予定日まではまだ一週間近く残っている。普通に考えればヒートじゃないはずなのに、熱で思考能力が落ちてるらしい俺はただその管理アプリの画面を見つめるだけで、ベッドから起き上がることすら難しかった。
時期的にインフルエンザだったらどうしようと不安がよぎる。
職場は内科の外来からは離れているけれど、完全隔離されているわけではないから、可能性がないとは言い切れない。取り敢えず今日が休みで良かった。
普段なら一番最初に起きているはずの俺がいつまでも寝室から出てこないせいだろう。ノックもしないで誰かが寝室に飛び込んできた。脇目も振らずにベッドへ駆け寄り、被っている羽毛布団を剥ぎ取られる。
「真緒、真緒。大丈夫か!?」
ワイシャツ姿の宏樹だった。管理アプリで宏樹はパートナー登録されている。多分俺と同じタイミングで宏樹のスマホでも、体温上昇の通知音が鳴ったんだろう。ベッドの縁にゆっくり腰かけた宏樹はそっと俺の体を抱き起こした。首筋に手をあてると、おもむろに顔をしかめる。
「真緒、解熱剤持ってくるまで待てるか? 薬の置き場所変えてないよな」
「……うん。いつものとこにある」
「わかった、待ってろ」
パジャマだけだと寒く見えたんだろう、ヘッドボードに引っかけてるフランネルのブランケットを俺の上半身に巻いて慌ただしく寝室を出て行ったかと思うと、数分も経たずにまた戻ってきた。手には解熱剤の箱と、冷蔵庫に入れていたはずの冷えピタ、そしてペットボトルの水。
(…………薬の置き場所、知ってたんだ。冷えピタも……)
知らないと思ってた。「いつものとこ」で通じるとは思っていなかった。
渡された解熱剤を飲んでベッドに横たわったところで気がついた。そういえば泰樹くんの気配がない。
「……ねぇ宏樹。泰樹くんはどこ?」
「朝一で瀬尾に戻ってる」
「瀬尾に、何で……?」
「冬服の数が少ないから取りに。ちょうど二人とも出張でいないんだとさ。午後だと出張から帰ってくるあいつらと出くわすかもしれないし、十中八九それでだろ」
「あー……なるほど……」
引っ越してきてからの泰樹くんの服装を思い出してみれば確かに、二、三着を着回していたなと納得した。ここ数日で急激に冷え込んだから心許なくなったんだろう。白いニット、青いニット、黒いニット。見事にニットばっかだったなぁ……と思い出して笑う俺の額に、ベッドに腰かけた宏樹が冷えピタを貼った。前髪をふわりとかき上げられる。
「宏樹、今日は仕事?」
「溜まってる仕事を片付けてくる。……部長も、真都さんも一緒だから、安心して」
「…………うん、わかった」
その言葉の意味に気づかないほど俺もバカじゃない。
「昼には終わるつもりだけど、一応泰樹にも真緒が熱出してること連絡しておくから、俺かあいつが戻るまではちゃんと寝てて。一緒にいてあげられなくてごめんな」
「いいよ、大丈夫」
「何かあれば電話して。アプリの緊急通報でもいいから」
「……うん」
「一応サイドボードにポカリとかゼリーとか置いておくから」
「わかった。……もう、早く仕事行きなよ」
急かしてみせれば、困ったような笑みを浮かべて重い腰を上げた。
解熱剤が効きますように。
病み上がりの婚約者と、受験生の婚約者候補を思い受かべながら、インフルエンザじゃなければいいなぁと願った。
*次話からしばらくヒート回になります*
応援ありがとうございます!
3
お気に入りに追加
2,420
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる