婚約者に大切にされない俺の話

ゆく

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84. 下りる

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「……取り敢えず、みんなはおじさんたちの希望がもし本当だったとしても、反対だと思っていいのかな」


 兄にラインの返信もしないといけない。
 そう思って三人に意思確認をした。宏樹と泰樹くんは大きく頷いてくれたけど、尚樹さんだけは浮かない顔をして目を伏せている。

 もちろんそのことに二人が気づかないわけがない。
 宏樹は信じられないものを見るかのような視線を尚樹さんに向けて、泰樹くんが尚樹さんを見つめる視線は、やっぱり、何とも言えない目をしている。


「…………俺は、申し訳ないけれど」


 尚樹さんは手にした俺のスマホの画面を下にしてそっとテーブルに置くと、俺に対して静かに頭を下げた。その動作の理由がわからなくて、俺は素で「え?」と返す。尚樹さんが頭を下げていたのはほんの数秒間だったけれど、微かに肩を震わせながら小さく「ごめんね」と告げた。


「……泰樹と宏樹の二人は反対だろうけど、俺は正直に言えば、真緒くんに俺の子供を産んでほしいと思ってる」
「っ!……やめろ、ナオ」


 尚樹さんの言葉を、泰樹くんがぴしゃりと制止する。
 下げていた頭を上げて、尚樹さんは泰樹くんの顔を凝視して、へらりと笑った。それはまるで泰樹くんを煽っているかのようで、そして実際に泰樹くんは先ほどまで浮かべていた何てことないといった表情を、少しだけ歪ませている。


「尚樹さんの子供を、……俺が、産む?」


 婚約者候補だということはわかっていたし、前回のヒートでそういうことだってしたけれど、改めて口にしたそれは妙に生々しく感じた。そうか。そういうことをすれば――いつかは俺だって妊娠したりするんだろうか?


(まぁ妊娠については挿入できない時点でお察しだけどな……)


 俺にはまず挿入できないって課題があった。
 挿入できたのはたった一度、初めて発情してしまった時の宏樹とのセックスだけだ。あれから何度かヒートのたびに宏樹が俺を抱こうとしたけれど、肉体的にも精神的にも辛かったあの交わりは意外と俺にトラウマを与えたようで、初めてイコールたった一度きり、という事態になっている。

 番になることはできるだろうけど、子供ができるかどうかはわからない。そんな俺に子供を求めるなんて、尚樹さんは一体どういうつもりなんだろうか。


「……そんな顔しないでよ。大丈夫、俺には真緒くんに無理強いなんてできないから」


 俺の強張った顔を見て、尚樹さんは困ったように肩をすくめる。


「俺は医師としての自分の立場も考えると、両親に真っ向から反対なんてできない。瀬尾の名前はそこかしこで強いからね、もし両親を怒らせでもしたら、俺はすぐさま失職だよ」
「……別にわざわざ瀬尾を怒らせなくても、どうせなら今すぐに無職にしてあげてもいいんだけど」


 素っ気なく言い放つ泰樹くんに、尚樹さんは怖いからやめてよと乾いた笑いを返した。


「お前が言うと冗談に聞こえない。……まぁ俺はあの人たちに反対はしないけど、賛成もしないから安心していいよ。一人くらいは賛同してる息子がいないと、あの人たちのことだから暴走すると思うし。瀬尾と、というか、……俺はお前を敵に回すことはやめたから」
「――尚樹さん」


 ということは。


「俺は婚約者候補から下りるよ」






ーーーーーー

インフル罹患で寝込んでました💦
熱も下がりましたので更新再開します💦
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