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route T
85. いらないかなって
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――婚約者候補を下りる――
尚樹さんは、どこか吹っ切れたようにその一言を言い切って、ふぅと息を吐いた。
その一息は重く、長かった。
俺は腰を上げてテーブルに置かれた自分のスマホを手に取ると、兄とのトーク画面を確認する。まだ新しいメッセージは来ていない。きっと兄のことだから、いつ俺からの返信が来てもいいようにスマホを手元に置いているだろう。
泰樹くんは項垂れた尚樹さんを気にしながら立ち上がって俺の横に寄り添うと、上半身を折り曲げて俺のスマホ画面を見る。ふわりと俺が使っている柔軟剤と同じ香りがした。
(そういえば……三人は俺とフェロモンが適合してるって話だけど、宏樹や尚樹さんと違って、泰樹くんからはアルファっぽい匂いが普段ほとんどしないんだよなぁ……そういや兄さんからも感じたことが滅多にないし、最上位アルファは普通のアルファとは違うのかな。)
たとえ肉親であってもアルファとオメガのフェロモンは感じる。ごくまれに肉親同士で番になるアルファとオメガもいるらしい。「フェロモンが惹き合うのだから仕方ない」という理由で。
でも兄さんは俺がヒート中でもつられてラットになったりしない。もちろん俺がオメガフェロモンの分泌量が極めて少ないってこともあると思うけれど、それでも毎回ヒートのたびに俺を見舞う兄を安心して迎えることができている。
(むしろ兄さんがオメガの相手をしているなんて話とかも全然聞いたことないな。アルファやベータの友人は多いみたいだけど、オメガの友人がいるとか……それに、俺はオメガだとわかって割とすぐに宏樹と婚約したけど、兄さんが誰かと婚約してるとか全然聞かない)
そう思うと兄もなかなか謎の人物だ。
小さい頃から俺のことをすごく可愛がってくれているのはわかるし、俺の一番の理解者だけれど、逆に俺は兄について知っていることが少ない。もうすぐ四十にもなる兄は、俺のように婚約者がいたなら早々に結婚してただろう。ということは兄には婚約者のような存在はいなかったということだろうか。
(……まぁ宏樹も俺という婚約者がいたのに結婚してないから、年齢は関係ないのかもしれないけど)
正直、兄が一体どんな仕事をしているのかも知らない。
宏樹も働いている会社の後継者ということは知っているけれど、日下としての後継としての仕事もしているはず。
傍らの泰樹くんは、俺を見ているのか、俺の手の中のスマホを見ているのかはわからないけれど、漂う柔軟剤の香りがより強くなった。兄とのトーク画面を上に下にスクロールして読み返す。
「泰樹くんは、真都兄さんと仲がいい、よね?」
「……仲がいいと言えるかはわからないけど、俺が一方的に慕ってはいるかな。いきなりどうして?」
「ん。こういう時に兄さんがどう考えてるのか、泰樹くんならわかるかなと思って」
「なるほど」
俺の答えに納得したらしい泰樹くんが「もし俺が真都さんの立場だったら――って仮定するとね」と、静かに口を開く。
「瀬尾はもういらない、って思うかな」
「……いらない?」
「うん、いらない」
泰樹くんの言葉に思わず絶句していると、ぷっ……とソファーの方から吹き出す声がした。見れば、宏樹が苦笑いしている。でもその顔には厭味などは感じない。尚樹さんも、顔を下に向けてはいるものの、たまに見える顔は笑っている。
「…………泰樹くんが大胆なこと言うから笑ってるじゃん?」
「あ、やっぱりこれ俺が笑われてる感じなのかな」
「だと思う」
「ちょっと心外だなぁ。……でも、実子である俺が瀬尾なんていらないって思ってるくらいだから、他家の真都さんの方が絶対そう思ってるはずだけど」
そう言い切った泰樹くんの目は真剣だった。
尚樹さんは、どこか吹っ切れたようにその一言を言い切って、ふぅと息を吐いた。
その一息は重く、長かった。
俺は腰を上げてテーブルに置かれた自分のスマホを手に取ると、兄とのトーク画面を確認する。まだ新しいメッセージは来ていない。きっと兄のことだから、いつ俺からの返信が来てもいいようにスマホを手元に置いているだろう。
泰樹くんは項垂れた尚樹さんを気にしながら立ち上がって俺の横に寄り添うと、上半身を折り曲げて俺のスマホ画面を見る。ふわりと俺が使っている柔軟剤と同じ香りがした。
(そういえば……三人は俺とフェロモンが適合してるって話だけど、宏樹や尚樹さんと違って、泰樹くんからはアルファっぽい匂いが普段ほとんどしないんだよなぁ……そういや兄さんからも感じたことが滅多にないし、最上位アルファは普通のアルファとは違うのかな。)
たとえ肉親であってもアルファとオメガのフェロモンは感じる。ごくまれに肉親同士で番になるアルファとオメガもいるらしい。「フェロモンが惹き合うのだから仕方ない」という理由で。
でも兄さんは俺がヒート中でもつられてラットになったりしない。もちろん俺がオメガフェロモンの分泌量が極めて少ないってこともあると思うけれど、それでも毎回ヒートのたびに俺を見舞う兄を安心して迎えることができている。
(むしろ兄さんがオメガの相手をしているなんて話とかも全然聞いたことないな。アルファやベータの友人は多いみたいだけど、オメガの友人がいるとか……それに、俺はオメガだとわかって割とすぐに宏樹と婚約したけど、兄さんが誰かと婚約してるとか全然聞かない)
そう思うと兄もなかなか謎の人物だ。
小さい頃から俺のことをすごく可愛がってくれているのはわかるし、俺の一番の理解者だけれど、逆に俺は兄について知っていることが少ない。もうすぐ四十にもなる兄は、俺のように婚約者がいたなら早々に結婚してただろう。ということは兄には婚約者のような存在はいなかったということだろうか。
(……まぁ宏樹も俺という婚約者がいたのに結婚してないから、年齢は関係ないのかもしれないけど)
正直、兄が一体どんな仕事をしているのかも知らない。
宏樹も働いている会社の後継者ということは知っているけれど、日下としての後継としての仕事もしているはず。
傍らの泰樹くんは、俺を見ているのか、俺の手の中のスマホを見ているのかはわからないけれど、漂う柔軟剤の香りがより強くなった。兄とのトーク画面を上に下にスクロールして読み返す。
「泰樹くんは、真都兄さんと仲がいい、よね?」
「……仲がいいと言えるかはわからないけど、俺が一方的に慕ってはいるかな。いきなりどうして?」
「ん。こういう時に兄さんがどう考えてるのか、泰樹くんならわかるかなと思って」
「なるほど」
俺の答えに納得したらしい泰樹くんが「もし俺が真都さんの立場だったら――って仮定するとね」と、静かに口を開く。
「瀬尾はもういらない、って思うかな」
「……いらない?」
「うん、いらない」
泰樹くんの言葉に思わず絶句していると、ぷっ……とソファーの方から吹き出す声がした。見れば、宏樹が苦笑いしている。でもその顔には厭味などは感じない。尚樹さんも、顔を下に向けてはいるものの、たまに見える顔は笑っている。
「…………泰樹くんが大胆なこと言うから笑ってるじゃん?」
「あ、やっぱりこれ俺が笑われてる感じなのかな」
「だと思う」
「ちょっと心外だなぁ。……でも、実子である俺が瀬尾なんていらないって思ってるくらいだから、他家の真都さんの方が絶対そう思ってるはずだけど」
そう言い切った泰樹くんの目は真剣だった。
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