婚約者に大切にされない俺の話

ゆく

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閑話:出会い②

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*引き続き宏樹(十歳)視点です








 真緒は、最初こそ母の腕の中の弟を気にしている様子だったけれど、僕が声をかけてからは一切それを見ることがなかった。僕しか見てほしくなくて、僕が二人がけのソファーの壁側に座る。そうすると、自然と真緒がそれに背を向ける位置になって、僕は心の中で拍手したいくらいだった。

 真緒もこういった社交の場に出てくるのは初めてだと言う。
 そのことに、兄がこの場にいなくて良かったと本気で安堵した。真緒を独占できることが嬉しい。


 母や日下夫妻から離れて僕と真緒の二人きりになると、邪魔だったアルファの匂いが薄れて真緒の良い匂いだけがする。甘い匂いが鼻腔をくすぐってどことなく落ち着かない。でもその落ち着かないことがなぜか心地良い。落ち着かないことに落ち着く。自分でも意味がわからなくて思わずくすりと笑えば、真緒は首を傾げて不思議そうな顔をした。


(ああ、可愛いなぁ……)


 多分、一般的な小動物的な可愛さもあるんだろうけど、でも別にそこらへんの犬猫にこんな可愛いなんて思ったことなんて僕にはないし、愛しいなんて思うはずもない。だから、きっとこの感情はこの子に対してだけだ。

 不思議そうな顔をしたままの真緒の髪を後頭部から撫で上げると、すぐにその表情が照れたものになった。僕の固くてまっすぐな黒髪とは違う感触の髪が指に絡む。彼の髪が触れるところがほのかに熱い。髪に温もりを感じるのなら、この白い肌や、赤い唇に触れれば僕は一体どうなるんだろう。


「ひ、宏樹くん。どうしたの?」
「あ――ごめんね、何でもないよ。ねぇ喉は渇いてない? 何か飲み物を持ってこようか」
「じゃあ僕、オレンジジュースが飲みたいです」
「わかった。持ってくるから少し待っててね」
「はいっ」


 サンルームを出てキッチンへ向かう。

 いつもの社交なら雇われた配膳係がいるけれど、今日招待しているのはどうやら日下夫妻だけのようでその姿はなかった。自分で飲み物を用意するぐらいは何てことない。むしろ飲み物だけじゃない、僕も兄も、冷めた料理を電子レンジで温めたりなど、ある程度は自分でできる。

 だって弟が生まれるまでは、基本的に家政婦は別宅の母と一緒にいて、本宅では僕と兄の食事を作り置きして洗濯をするくらいしかしていなかったのだから。


 二人分のオレンジジュースを持って真緒の待つサンルームへと戻ると、真緒は僕と一緒に掛けていたソファーにはいなかった。テーブルにグラスを置いて部屋を見回せば、母たちの座っているソファーに腰かけている。よりにもよって母の腕の中にいたはずの、ようやく首の据わった弟を抱く真緒の姿が目に入った。


「……!!」


 一瞬で自分の中に流れる血が沸騰しそうになって、そして一気に急下降する。
 せっかく他のアルファたちから引き離したのに、せっかく僕だけを見るようにしたのに――と、自分勝手な思いで頭がいっぱいになる。

 ……何でだろう、彼とはまだ会ったばかりなのに、何でこんな気持ちになるんだろう。


「あ。宏樹くん!」


 戻った僕に真緒が弟を抱いたまま嬉しそうに笑って呼びかける。
 僕は燻った気持ちを引っ込めて、素知らぬふりで真緒のもとへと向かおうとして、その真緒の隣で不敵に笑う母に気づいた。

 母のことを面倒だと言っている時の兄の眼差しを思い出す。
 三日月の形に歪んだ目と口が恐ろしいと感じるなんてどうかと思ったけれど、沸き立つ嫌悪感は確かだった。
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