婚約者に大切にされない俺の話

ゆく

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閑話:出会い③

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 真緒からは、甘い匂いがした。
 一度感じてからは、ずっとあの匂いが鼻腔の奥深くにこびりついて離れない。真緒が日下夫妻に連れられて瀬尾を去ってからも、真緒が過ごして応接間にはあの匂いが残っている気がする。決して嫌な匂いじゃない。


(嫌な匂いどころか、……むしろ逆だった)


 自室で明日からの学校の準備をしつつ、記憶に縫い止めた真緒の顔を思い出す。日下夫妻の背に隠れて僕を伺っていた顔、おずおずと挨拶をした顔、楽しく会話していた時の顔。そのどれもがあの匂いと一緒に鮮明に思い出せた。

 一人部屋で良かった。
 もし兄と一緒の部屋だったら喜びを隠せない僕を見た兄に、きっとすごく気持ち悪がられただろう。それぐらい今の自分の顔に締まりがない自信がある。


(僕と同じ男の子なのに、真緒、可愛かったなぁ……)


 女の子みたいな男の子っていうのか、男の子みたいな女の子っていうのか。どう例えればいいのかわからない。スカートをはいているわけでもないし、髪だって短い。僕と同じ男の子のはずなのにはっきりどっちにも見えなくて、不思議な子だった。

 可愛い女の子なら同じ学校にだっているし、その子たちにときめいたりもするけれど、何というか、真緒はそういう子たちとは全然違う。違うと思う。どこが違うのかと聞かれたら僕にもわからないのだけど。


「……また、会えたらいいなぁ」


 思わず考えた言葉が口をつく。
 日下夫妻は生まれたばかりの弟を見に来たと言っていた。僕が社交に参加するようになってそれほど経っていないけれど、今まで一度も日下夫妻は来たことがない。僕の両親とどういう関係なんだろうかと疑問が頭をもたげる。

 うちに来てくれたらいいなと思いつつも、もし来てくれたら――今度は弟を抱っこなんてしてほしくないとも思う。何となく、嫌だ。僕だけを見ていてほしい。視線一つだけでも弟には向けてほしくない。

 相手はまだ首も据わっていない弟なのに、真緒は会ったばかりの子なのに、自分の中にこんな傲慢でわがままな部分があるだなんて知らなかった。


「一目惚れって、本当にあるんだ……」


 今までに何回か女の子に好きって言われたことがある。
 友達としか思っていない子からそんなこと言われても困る。でも、友達に告白されるよりも困るのが、僕に一目惚れをしたと言う子たちからの告白だった。突然知らない子から好きだと言われても困る。その時の僕の頭を占めるのは〝僕の顔しか知らないくせに〟という気持ちばかりでつい冷たくあしらっていた。

 なのに今日初めて会った真緒のことが気になってたまらないなんて、僕も、あの子たちと一緒じゃないか。もし僕が真緒に冷たくされたら――そう思うと、自分がどれだけ冷たかったのかと胸がきゅっとなる。


(……次もし誰かに告白されたら、もう少し優しくごめんねってちゃんと言おう)


 今日、親の運転する車で来たという真緒は、あの後の会話で、電車で一駅離れたところに住んでると教えてくれた。制服のない小学校だと言っていた。近くの私立はみんな制服があるから、多分公立だ。一緒の学校だったら良かったのに。

 次に会える日を楽しみに、その日僕は母が本宅に戻ってから久しぶりに幸せな気持ちのまま眠りについた。
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