96 / 114
route T
90. 見つけた
しおりを挟む
一月。
泰樹くんの大学院の合格がわかったのは年明けすぐ。
俺は昼休憩中で、ちょうどスマホを触っていた時にラインで一報を受け取った。余程嬉しかったんだろうな、普段落ち着いた文章を書く泰樹くんにしてはめずらしく「受かりました!」と元気が良い。
きっと今、見えないふさふさした尻尾をブンブン振り回しているんだろうなと想像したら、何となく俺も元気よく返したくなって「おめでと!」と返信するとすぐに既読がついた。そのタイムラグの無さから七歳差の若さを感じる。
(可愛いなぁ……)
宏樹や兄は、勤務中にメッセージを送ってもすぐに既読はつかない。まず勤務中は俺もメッセージを送らない。送るとしても返事がいらない事務連絡みたいなもので、今みたいに昼休憩に送るくらいだ。緊急の用件なら電話だし。
「夕食は豪華にしてお祝いしようね」
そう送ると、これにもすぐに既読がついた。
ずっと俺とのトーク画面を開きっぱなしにしているのかなと思ったら可愛くて、つい、ふふっと笑ってしまう。
「何か食べたいものはある? 今日は泰樹くんのリクエストで作るよ」
彼からの返信が来る前にそう送ると、案の定これもまたすぐに既読がついた。
やっぱりトーク画面を開きっぱなしにしているんだろう。
特に可愛いメッセージなわけじゃないけれど、泰樹くんの行動すべてが可愛いと思ってしまうのは、こうしてやりとりをすることが楽しいと思ってしまうのは、やっぱりそういうこと、なのかなと少しこそばゆい。誰かの行動が嬉しいと感じるのは、宏樹と出会って以来じゃないだろうか。
――えっ!!いいの!?
――あ。でも真緒ちゃんも疲れてるだろうし、仕事が終わってから作るのは面倒でしょ
そこまで時間がかからずに泰樹くんから、やっぱり元気のいい返信が二通届く。そんなことないよと返信しようとして「そんな」まで打ったところで追撃が来た。
――今日は俺と一緒にデパ地下でお惣菜でも買って帰ろうよ
――真緒ちゃんの仕事が終わる頃くらいにそこへ迎えに行くね
「え。」
迎えにって……どこに? まさか、ここに?
ここは返信をしたけれど、もう俺の昼休憩中には既読はつかなかった。
ここは俺の職場で。
俺にとって職場はホームであり、アウェイで。
時折視察に来るおじさんたちの態度から、俺が瀬尾家の次男の婚約者だということは職員たちには公然の秘密状態だ。そして俺の背後には〝日下真都〟がいる。何せ入職した際に「弟をよろしく」と、挨拶という名の牽制をしに来た兄だ。
客観的に見て恐ろしい後ろ盾を持つ俺に、アルファをはじめとする職員たちは手出しはしないものの、バース科以外の職員からは基本的に距離を置かれている気がする。
泰樹くんは中学から留学していたから、宏樹や尚樹さん、兄のように顔が知られているわけじゃない。でも、兄ほど知られてはいないとはいえ、最上位アルファの泰樹くんが俺を迎えにここに来るとなると――俺は、痛み始めた胃を押さえて、食堂の壁にかかった時計をにらむ。悔しいことに、昼休憩は終わりの時間だった。
木曜日の午後はどの科も外来は休診にしている。
手術を入れている科がほとんどで、バース科でもオメガ患者の帝王切開の予約が入っていることが多い。今日は久しぶりに何の予約も入っていなくて、俺だけじゃなくバース科の職員みんなが「早く帰れるかも」とそわそわしている。
日報を書いている最中に泰樹くんから「着いたよ」とメッセージが届いて、俺は終業時間になると同時に日報を尚樹さん宛てに送信してから一階へと下りる。慌てなくてもいい、とわかってるけど、何となく、気が急いてしまう。
「えっと、泰樹くんは、……あ」
節電対策で少し薄暗い待合スペース。
「…………いた」
一階に着いてからどこで待ってるんだろうと周囲を見回して、でもどこにいるのかすぐにわかった。柱の陰。一番目立たないところ。
暗めの杢ブラウンのチェスターコートに臙脂色のニット、それに細めデニムのテーパードスラックスを合わせて、柱にもたれている姿は、決して目立つ色でも服でもない。それなのに、一目で見つけた。
ーーーー
少し間が空いてしまいました💦
次回は泰樹とのデート回です(ノ*°▽°)ノ
泰樹くんの大学院の合格がわかったのは年明けすぐ。
俺は昼休憩中で、ちょうどスマホを触っていた時にラインで一報を受け取った。余程嬉しかったんだろうな、普段落ち着いた文章を書く泰樹くんにしてはめずらしく「受かりました!」と元気が良い。
きっと今、見えないふさふさした尻尾をブンブン振り回しているんだろうなと想像したら、何となく俺も元気よく返したくなって「おめでと!」と返信するとすぐに既読がついた。そのタイムラグの無さから七歳差の若さを感じる。
(可愛いなぁ……)
宏樹や兄は、勤務中にメッセージを送ってもすぐに既読はつかない。まず勤務中は俺もメッセージを送らない。送るとしても返事がいらない事務連絡みたいなもので、今みたいに昼休憩に送るくらいだ。緊急の用件なら電話だし。
「夕食は豪華にしてお祝いしようね」
そう送ると、これにもすぐに既読がついた。
ずっと俺とのトーク画面を開きっぱなしにしているのかなと思ったら可愛くて、つい、ふふっと笑ってしまう。
「何か食べたいものはある? 今日は泰樹くんのリクエストで作るよ」
彼からの返信が来る前にそう送ると、案の定これもまたすぐに既読がついた。
やっぱりトーク画面を開きっぱなしにしているんだろう。
特に可愛いメッセージなわけじゃないけれど、泰樹くんの行動すべてが可愛いと思ってしまうのは、こうしてやりとりをすることが楽しいと思ってしまうのは、やっぱりそういうこと、なのかなと少しこそばゆい。誰かの行動が嬉しいと感じるのは、宏樹と出会って以来じゃないだろうか。
――えっ!!いいの!?
――あ。でも真緒ちゃんも疲れてるだろうし、仕事が終わってから作るのは面倒でしょ
そこまで時間がかからずに泰樹くんから、やっぱり元気のいい返信が二通届く。そんなことないよと返信しようとして「そんな」まで打ったところで追撃が来た。
――今日は俺と一緒にデパ地下でお惣菜でも買って帰ろうよ
――真緒ちゃんの仕事が終わる頃くらいにそこへ迎えに行くね
「え。」
迎えにって……どこに? まさか、ここに?
ここは返信をしたけれど、もう俺の昼休憩中には既読はつかなかった。
ここは俺の職場で。
俺にとって職場はホームであり、アウェイで。
時折視察に来るおじさんたちの態度から、俺が瀬尾家の次男の婚約者だということは職員たちには公然の秘密状態だ。そして俺の背後には〝日下真都〟がいる。何せ入職した際に「弟をよろしく」と、挨拶という名の牽制をしに来た兄だ。
客観的に見て恐ろしい後ろ盾を持つ俺に、アルファをはじめとする職員たちは手出しはしないものの、バース科以外の職員からは基本的に距離を置かれている気がする。
泰樹くんは中学から留学していたから、宏樹や尚樹さん、兄のように顔が知られているわけじゃない。でも、兄ほど知られてはいないとはいえ、最上位アルファの泰樹くんが俺を迎えにここに来るとなると――俺は、痛み始めた胃を押さえて、食堂の壁にかかった時計をにらむ。悔しいことに、昼休憩は終わりの時間だった。
木曜日の午後はどの科も外来は休診にしている。
手術を入れている科がほとんどで、バース科でもオメガ患者の帝王切開の予約が入っていることが多い。今日は久しぶりに何の予約も入っていなくて、俺だけじゃなくバース科の職員みんなが「早く帰れるかも」とそわそわしている。
日報を書いている最中に泰樹くんから「着いたよ」とメッセージが届いて、俺は終業時間になると同時に日報を尚樹さん宛てに送信してから一階へと下りる。慌てなくてもいい、とわかってるけど、何となく、気が急いてしまう。
「えっと、泰樹くんは、……あ」
節電対策で少し薄暗い待合スペース。
「…………いた」
一階に着いてからどこで待ってるんだろうと周囲を見回して、でもどこにいるのかすぐにわかった。柱の陰。一番目立たないところ。
暗めの杢ブラウンのチェスターコートに臙脂色のニット、それに細めデニムのテーパードスラックスを合わせて、柱にもたれている姿は、決して目立つ色でも服でもない。それなのに、一目で見つけた。
ーーーー
少し間が空いてしまいました💦
次回は泰樹とのデート回です(ノ*°▽°)ノ
応援ありがとうございます!
3
お気に入りに追加
2,420
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる