白狼と虎と竜神

朱々丸

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第二章

五話

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手際よく宿の手配を整えたウォルカは、運び入れた荷物の整理を終えると、まっすぐにティーガを見つめた。

「ティーガ、お前は休め。無理が祟っているだろう。食事の手配は俺がしてくる」

その紅い瞳をリューゴへ転じ、低く突き放すように告げる。

「トカゲ、お前も大人しくしていろ」

ティーガはばつが悪そうに鼻の頭を掻き、リューゴは肩の上で勝ち誇ったように羽を広げた。

「ふん、この護衛、意外とよく働くではないか! では食事ができたら呼べ。我は神使と大事な話があるゆえな」

そう言い放つと、リューゴはティーガの肩から飛び移り、まるで主人気取りでウォルカを部屋から追い出すように、ドアをバタンと閉めた。

瞬間、ウォルカの耳がピンと直立し、尾が低く震えた。
それでも一度、深く息を吸う。
——しかし、ウォルカの我慢は限界だった。

「……貴様、いい加減にしろ」

沸き立った苛立ちのまま、ドアを力任せに押し開ける。ウォルカはリューゴの小さな体を素早く掴み上げると、無造作に廊下へ向かって放り投げた。

「貴様が出ていけ!」

有無を言わせぬ勢いでドアを閉め、鍵をかける。肩で息をしながらティーガに向き直ると、その紅い瞳には隠しきれない独占欲が渦巻いていた。

「こんな我が儘な化け物に、一秒たりとも付き合う必要はない」

ベッドサイドに腰を下ろし、ウォルカは射抜くような視線をティーガにぶつける。

「俺はお前のためにここまで来たんだ。そのずさんな計画も、あのトカゲの躾も、すべて俺が矯正する」

ティーガは困ったように眉を下げた。

「悪いな……。だが、俺はリューゴの神使だからなぁ……」

その時、ティーガの胸元に刻まれた紋様が、服の上からでも分かるほど鮮烈な光を放った。
次の瞬間、消えたはずのリューゴが、二人の間に何食わぬ顔で現れる。

「ふん、放り投げたところで無駄だぞ! 我は神使の元へ、いつでも瞬時に戻れるのだ!」

ウォルカの尾が逆立ち、威嚇するように耳を伏せた。

「……貴様、今の芸当は何だ」

ウォルカの怒りが頂点に達し、リューゴを壁に押しつけるようにして固定した。

「ティーガ、この契約を破棄しろ。こんな不快な存在に縛られるな」

「待てよ、ウォルカ……!」

割って入ろうとするティーガを余所に、リューゴはもがきながら叫んだ。

「この無礼者め! 契約の破棄など絶対にせぬぞ! 我が竜脈から切り離された今、ティーガこそが我が命の源なのだ! 貴様は、竜神に死ねと言うのか!」

「神使の契約がそんな一方的なものなら、なおさら危険だ。ティーガはただ呪縛されているに等しい。俺の目にはそう見える」

二人の言い合いが激しさを増し、宿の一室に不穏な空気が充満する。
その時、地を揺らすような低い獣の唸りが空気を震わせた。

「…グルルルル……」

ティーガの本気の威嚇だった。
黄金の瞳が鋭く光り、尾が低くうねる。滅多に怒らない男が、真実、腹に据えかねている時の気配だった。

「…お前ら、いい加減にしろ。揉めてばっかで話が進まねぇだろうが」

ウォルカは咄嗟にリューゴから手を離した。床にべちゃりと落ちたリューゴを横目に、ウォルカは深く息を吐き、冷静さを取り戻そうと努める。

「……すまない。少し、頭に血が上りすぎた」

リューゴを拾い上げ、渋々とテーブルに置くと、再びティーガに歩み寄る。

「……契約について、ちゃんと説明してくれ。俺は、お前が心配なんだ」

リューゴも少し反省したように身を震わせ、もごもごと話し始めた。

「神使とは、我に仕え、我と繋がり、竜脈の恩恵を受ける者だ。その生命力で怪我は自然に治り病にはかからぬ。そして逆に……我に生命力を供給する者でもある」

ウォルカが口を開くより早く、リューゴは続けた。

「しかし、我は決して無理やり吸い上げるような真似はせぬ! きちんと手順を踏んで、その……『精』を頂くつもりだ。危険などないぞ……?」

一拍の沈黙。
ウォルカの紅い瞳が、獣のそれへと沈んだ。

「あー……。まぁ、その程度のことならいいんじゃねぇか?」

ティーガの言葉にウォルカの耳がピンと立ち、尾が再び逆立った。

「いいわけがあるか! あの夜のことを忘れたのか!」

拳を握りしめ、自制の糸が切れかかるのを必死に食い止める。

「……リューゴ。その『手順』とやらは具体的に何だ。ティーガが同意した上で、その……行為を行うということか?」

ウォルカは真剣な眼差しをティーガへ向けた。

「お前は……本当に、それでいいと思っているのか?」

「過程はどうでもよい。自慰でも良いし、なんなら貴様とまぐわった結果でも構わん」

リューゴは開き直ったように言い放ち、けれども少ししょんぼりと肩を落とした。

「我の補給源がそんなもので悪かったな…! だが我もこういう生き物なのだ、どうしようもなかろう」

ティーガは宥めるように、ウォルカの背を優しく撫でた。

「まぁ、この脚の代償がそんなもんで済むなら、安いもんだろう? 特殊な『餌やり』みたいなもんだ」

ウォルカはティーガの大きな手の感触に身を固くした。

「お前はいつもそうだ。……自分の体を、もっと大切に扱え」

リューゴを射抜くように睨み、声を極限まで低くする。

「補給が必要なら、俺が代わりにやる。ティーガには指一本触れさせん」

ティーガはぎょっとして目を剥いた。

「はぁ? 待てよ、なんでそうなるんだよ。お前がそんなことする必要ねぇだろ」

リューゴも微妙な顔で後退る。

「ええ……。狼の嫉妬まみれの種汁など、飲みたくないわ……」

「お前の好みなど知ったことか」

ウォルカは冷たく切り捨て、再びティーガに向き直った。

「お前は俺のものだ。その体を、こんなトカゲの食い物にさせるなんて許せない。お前がそうやって無頓着でいるから、俺は……苛立って仕方ないんだ」

ティーガは深く溜息をつき、諭すように言った。

「俺は納得して、自分で決めて、こいつに付き合ってる。でも、お前は違うだろう? そんな風に、先のことを簡単に約束しちまうもんじゃないぜ」

真剣な顔で自分を見つめるティーガに、ウォルカは一瞬言葉を失った。紅い瞳を伏せ、耳がわずかに倒れる。

「……俺の選択が、流されているのは事実かもしれない。お前を失うのが怖くて、必死に縋っているだけだ」

そっとティーガの手を握り、潤んだ紅い瞳を上げた。

「お前が納得して決めたことなら、俺はそれを尊重しなくてはならない……分かってる。ただ、お前が大切だから、心配も本物なんだ。そばで守らせてくれ。それだけでいいから……」

「ああ、もう、よく分かったよ」

ティーガはおおらかに笑い、ウォルカの頭をくしゃりと撫でた。

「おい、リューゴ。それで構わねぇか? 他に隠してることはねぇだろうな」

「……言及すべきことはもう無い……はずだ。多分……」

「なんだそりゃ。お前がワープで戻れること、補給がいること、あとは怪我や病気への耐性だったか。これで全部だろ?」

リューゴは問い詰められ、やけくそ気味に叫んだ。

「全部だ! 強いて言えば我の嗜好だ! 我はお前のような、逞しい大型の獣の精が好きなのだ! だからお前を神使とした! ほら、全部話したぞ! これで安心か!」

ティーガは呆れたように肩を竦めた。

「……だそうだ。ウォルカ、これでいいか?」

リューゴのあけすけな告白に、ウォルカの尾が警戒で膨らんだ。けれど、ティーガの穏やかな声に導かれ、深く息を吐いて自制する。

「……ああ。分かった」

繋いだティーガの手を強く握りしめた。

「もし他にも何かあったら、必ず俺に相談してくれ。俺はお前を守るためにここにいるんだ。お前が無理をしたり、危険に遭ったりするなんて……耐えられない」

少し声を低くし、耳を垂らして甘えるように告げる。

「……俺の嫉妬が煩わしいのは、分かっている。けれど、それもお前を愛している証拠だ。……少しは、甘えさせてくれ」

ウォルカはそっとティーガの肩に頭を預けた。

「お前を煩わしいなんて思ったことは一度もねぇよ」

ティーガはくすりと笑い、再びウォルカの頭を大きな手で撫でた。

「お前のそういう、不器用だけど真っ直ぐなところ、可愛いと思ってるぜ。……昔からな」

大きな手の感触に、ウォルカの耳がピクンと震える。尾の先が喜びを隠せず揺れるのを、彼は紅い瞳を伏せて必死に隠した。しかし、声には隠しきれない照れが混じる。

「……昔から、お前はそうやって俺をからかうのが好きだったな。……でも、今はそれが少しだけ、嬉しい。ありがとう、ティーガ」

チラリとリューゴを一瞥し、静かに息を吐いた。

「……話は分かった。食事の手配をしてくる」
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