白狼と虎と竜神

朱々丸

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第五章

四話

​港での長い警備を終え、ウォルカとティーガは夜警の交代要員と入れ替わりで、アイアンハンドの詰所へと戻った。

潮風でベタついた外套を脱ぎ、日当の袋を受け取ると、詰所内には普段の殺伐とした空気とは違う、どこか浮き足立ったような熱気が渦巻いていることに気づく。

​男たちは数人で固まり、安酒を呷りながら、一様に同じ話題で盛り上がっていた。

​「聞いたか? 今夜のコロシアム、いよいよ『アレ』が出るらしいぜ」

「ああ、ルチェッタの連中が数年がかりで調整してたって代物だろ? オッズは低いだろうが、その分、派手なショーが見られそうだ」

​ウォルカがその会話を背中で聞き流していると、詰所の隅で、顎に包帯を巻き、昨日よりも惨めな姿になったイノシシの獣人・ハミルトンが、仲間を怒鳴り散らしていた。

​「見てろよ……! 今夜のコロシアムで、俺は必ず名誉挽回してやるぜ。アイアンハンドのハミルトンここにありと、貴様らにもう一度知らしめてやる!」

​「……コロシアムとはなんだ」

​ウォルカが静かに問うと、ハミルトンはギロリとこちらを睨み、吐き捨てるように答えた。

​「新入りはこれだから困るぜ。カルヴァーリョとルチェッタが共同で運営してる、この街最大の地下闘技場だよ! ただの喧嘩場じゃねえ。最新の魔導兵器の『お披露目会』を兼ねた、血と金の社交場だ。ここで力を示せば裏にも顔が覚えられるって訳だ!」

​傍らでナイフを研いでいた男が、ニヤリと笑って言葉を継ぐ。

​「今夜は特別だぜ。ギア・トレーダーズ……つまりはルチェッタが長年開発を続けてきた『特別製』の、待望の実戦デモンストレーションだ。銃やチェーンソーなんて目じゃねえとんでもねえ代物らしい」

「……そうは言っても、まだ完成してねえんだろ?昨日の仕込みは挙動がおかしかったらしいぜ。研究者の連中が外部からの干渉がどうとか言ってたって話だ」

「ジェヴァーノの仕業だってのか? それで最近しょっちゅう港の倉庫で揉めてんのかよ、迷惑な話だぜ」

傭兵達は次々に口を開き、会話は進んでいく。

​「……魔導兵器、だと?」

しかしウォルカは最初の聞き慣れない単語に、眉をひそめていた。

大陸の常識では、戦いとは剣や槍、あるいは魔導具で放つ魔法そのものを指す。だが、ハミルトンや周囲の男たちが口にするそれは、どうやらそのどちらでもないらしい。

​「なんだ、そんなことも知らねえのか。魔石のエネルギーを直接『弾丸』や『切れ味』に変換する、ギア・トレーダーズ特製の武器だよ。どんな仕組みかは分かりゃしねえが、この歯車の詰まった機械が火を噴くのさ」

「魔石を買う金なんてねえくせに。お前のはハッタリじゃねえかよ」

​傍らの男が、自慢げに腰に差した無骨な鉄の筒――『銃』を叩いて見せると、すかさず周りから野次が飛んだ。

街を散策した際、ウォルカとティーガは工房の窓越しに、職人達が複雑な機械を弄んでいるのを目撃していた。あの時は用途の分からぬ精密な工芸品にしか見えなかったが、あれらすべてが、人を殺すために特化した「道具」なのだ。

​「剣を振るう手間も、魔導具を使う集中力もいらねえ。魔石さえありゃあ、ガキでも騎士の首を飛ばせる。……それがこの街の『力』だ」

​ウォルカの脳裏に、かつて戦場で対峙した戦士たちの姿がよぎった。長年の修行で得た剣技や武術を、機械一つが無価値にする。それは武人である彼にとって、吐き気を催すような合理化であり、同時に無視できない脅威だった。

​「……悪趣味な。竜脈の力をそんなことに使わせるなど……この地の竜神、カルーは一体何をしておるのだ……!」

​ティーガの胸元で、リューゴが囁くような声ながらも憤りを露にする。

この街ではその姿が「金になる獲物」として狙われかねないため、リューゴはここに潜んでいた。だが、暗がりで光るその瞳は、軽蔑するように人間たちの浅ましさを射貫いていた。

​「おっと、あんまり声出すなって。……だが、俺も同感だ。趣味の悪い冗談だぜ」

​ティーガが宥めるようにシャツの襟を合わせると、ウォルカは無言で地下へ続く階段を見据えた。

​「行くぞ。……その『兵器』とやらが、どれほどの理不尽を強いるものなのか、この目で確かめなくてはならない」

​二人は、賭け金を握りしめて欲望に目を血走らせた傭兵たちの群れに混じり、地下へと続く重厚な鉄扉へと歩みを進めた。

​地下へと続く階段を下りるにつれ、空気は重く湿り、火薬が焼けるような不快な匂いが強くなっていく。

厚い石壁の向こうから、地鳴りのような怒号と、金属が激突する不協和音が漏れ聞こえてきた。

​「……ここか」

​扉を潜り抜けた瞬間、視界が爆発的な熱狂に塗り替えられた。

そこは石造りの円形空間。すり鉢状に観客席が設置され、数百人の観衆が放つ熱気と怒号が、物理的な圧力となってウォルカたちの肌にぶつかる。中央の砂舞台(アリーナ)は強力な魔導障壁で囲われ、その周囲では男たちが血走った目で金貨を握りしめ、罵声を張り上げていた。

​「さあさあ、今夜のメインイベントだ! ギア・トレーダーズが贈る、静かなる死神――『試作零式』の初陣といこうじゃないか!」

​会場を揺るがすアナウンスと共に、対戦席からハミルトンが姿を現した。昨日の負傷を隠してか顎の包帯は取り去られ、その眼光は鋭い。彼は大斧を軽々と振り回し、観客席へ向かって吠えた。

​「昨日のはただの不運だ! 今夜は俺が、本当の『力』を見せつけてやるぜ!」

​痛む顎を押さえながらも威勢よく叫ぶハミルトン。だが、反対側の巨大な昇降機から「それ」が姿を現した瞬間、会場の空気が一変した。

​重い油圧の音と共にせり上がってきたのは、人の形をいびつに模した、無機質な銀色の鉄塊だった。

多数の歯車が噛み合い、魔石の青白い光が血管のように表面の溝を這っている。その右腕には、巨大なチェーンソーの回転刃が備え付けられ、低く唸りを上げていた。

​「……あれが、魔導兵器か」

​ウォルカの瞳が鋭く細められる。

かつて戦場で見たどんな魔獣よりも無機質で、それでいて洗練された殺意。

一方、ティーガの胸元でリューゴが微かに身震いし、低く呟いた。

​「……歪だ。あの鉄の塊から、ひどく……ひどく不快な生命力を感じるぞ。ただの魔石ではない、だが生物でもない……」

​「リューゴ、大丈夫か?」

​ティーガが心配そうにシャツの上から手を添える。その時、闘技場の開始を告げる鐘が打ち鳴らされた。

​「殺せ! 鉄屑の力を見せてみろ!」

「ハミルトン、一秒でも長く生きてみせろよ!」

​怒号が頂点に達した瞬間、試作零式の中心部で魔石が激しく発光した。

キィィィィン――という、鼓膜を劈くような高周波の駆動音。

それは、剣技も武術も、この世のあらゆる「積み重ね」を嘲笑う、理不尽な破壊の幕開けだった。

その動きは、見た目よりも遥かに素早かった。関節の歯車が火花を散らすほどの速度で回転し、銀色の機体が砂を蹴る。

​「ガッ……!? 速、い……っ!」

​ハミルトンは顎の痛みに顔をしかめながら大斧を振るったが、試作零式は最小限の動きでそれを回避。直後、右腕の回転刃が唸りを上げ、ハミルトンの腹部を切り裂こうと突き出される。

​ハミルトンが防ごうと構えた斧と激突し、火花が散る。その兵器は、ハミルトンの動きの癖を観察し、逃げ場を塞ぐように追い詰めているようだった。

「……ふざけるな! 魔導具に意思が宿るなど、ありえるものか! 竜神が手を貸しているとしか思えん!」

周囲が熱狂に湧く中、リューゴが隠れるのも忘れてティーガの胸元から顔を出して食い入るようにアリーナを見つめる。

一方、斧を盾にして防ぐハミルトンは、機械の出力による理不尽な打撃に、膝が折れ、顎からは新たな血が滲んだ。

​「死ね! この鉄屑野郎がぁぁっ!」

​ハミルトンが決死の横なぎを放った、その時だ。

​キィィ……ガガッ、と。

滑らかだった機械の駆動音が、突如として不快な金属の摩擦音へと変わった。

​「……ッ!?」

​必殺の一撃を放とうとしていた試作零式の腕が、ハミルトンの喉元数センチのところでピタリと停止した。機体各所の蒸気孔から黒い煙が吹き出し、青白かった魔導回路の光が、ノイズを孕んで激しく明滅する。

​「お、おい……? どうした……」

​死を覚悟したハミルトンが呆然と立ち尽くす。

数秒の沈黙の後、試作零式は完全にその機能を停止したように見えた。

​「は、はは……! なんだ、止まりやがった! 見たか、俺の今の連撃が、この鉄屑のどこかのネジでも叩き壊したらしいな! ざまあみろ、ギア・トレーダーズ!」

​命拾いした安堵から、ハミルトンは千鳥足で立ち上がり、勝ち誇ったように拳を突き出した。観客席からは困惑と罵倒が飛び交い、運営側のルチェッタの技師たちが慌てた様子で駆けつけ計器を確認し始める。

それを見たリューゴは怒りに目を燃やして騒ぎ始めた。

「開発者はあやつらか。ならば奴らの元にカルーが居るはずだ! 問い詰めてやる……ティーガ、奴らの元へ連れていけ!」

「おい、ちょっと待てってリューゴ。今は無理だ、隠れてろって…!」

その時、​停止したはずの試作零式の首が、ギギ……ギギギ……と、錆びついた扉を開くような不気味な音を立てて旋回を始めた。

そして、機械の頭部にある、赤く濁ったレンズのような「眼」が、ゆっくりと、確実にある一点を捉えた。

周囲の怒号が、一瞬だけ遠のく。

​ウォルカの背筋に、戦場でも味わったことのない異質な悪寒が走った。

​「……こちらを、見ているぞ」

試作零式は、首を歪な角度に傾けたまま、まるで見知らぬ獲物を観察する捕食者のように、じっとウォルカ達を凝視し続けていた。


―――


​闘技場全体が、予想外の不具合による混乱とハミルトンの滑稽な勝鬨で騒然とする中、その狂騒を遥か高みの特等席から見下ろす視線があった。

男は手に持った贅を尽くした魔導オペラグラスを、ゆっくりと下ろした。

​「……上手くいったな」

​男は、砂舞台で首を異様な角度に曲げて停止した試作零式を見つめ、満足げに口角を吊り上げた。

技師たちが、血眼になって制御用魔導具を叩いているが、無駄なことだ。この機体には、既に彼らの与り知らぬ外的要因が作用している。

​「あの脳筋共に使わせるには、もったいねえ兵器だ。……俺がせいぜい、有効に利用してやるぜ」

​男の指先が、膝に乗せたアタッシュケースをリズミカルに叩く。​そして再び、レンズを覗き込む。

その精密なガラス越しに、試作零式が凝視し続けている先を……喧騒の最前線で、周囲の興奮とは一線を画す静寂を纏った二人組を捉えた。その片方の虎――ティーガの胸元には不快そうに黄金の瞳を覗かせている、小さな蜥蜴の姿がある。

​「……ああ、良い顔だ。早く近くで見てえなぁ……」

​男は低く、愉悦を孕んだ声で喉を鳴らす。彼にとって、魔導兵器のショーはこれから起こるステージの前座に過ぎなかった。

​​男はカチリとオペラグラスの蓋を閉じると、静かに席を立ち、背後の闇へと溶け込むように姿を消す。その足音は、コロシアムの怒号にかき消され、誰に届くこともなかった。
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