白狼と虎と竜神

朱々丸

文字の大きさ
48 / 75
第五章

五話

​「……あり得ぬ! 竜神が魔導具に加担するなど…!到底看過できぬ!」

アイアンハンドの詰所から少し離れた、人気のまばらな路地裏。早朝の霧が立ち込める中、リューゴがティーガのシャツの内で、かつてないほどの憤怒に身を震わせていた。その銀色の瞳には、人間たちの浅ましさに対する純然たる殺意すら宿っている。

​「落ち着けって、リューゴ……。心臓に悪いぜ、そんなに熱くなんなよ」

​「落ち着いておれるか! ティーガ、我を今すぐルチェッタとやらへ連れて行け! カルーに会い、何がどうなっているのか、この目で確かめねばならん。あやつが自ら協力しておるのか、それとも奴らがあやつに強いているのか……我は知らねばならぬのだ!」

​リューゴの言葉に、ウォルカとティーガは顔を見合わせた。

この地の竜神・カルー。その力が今この街の地下で蠢く「魔導兵器」に利用されている――その事実に、リューゴは竜脈の守護者としての誇りを激しく傷つけられていた。

​「分かった、分かったって。だから暴れるな。これじゃ俺のシャツがズタズタだ」

​ティーガは苦笑しながら、外套の上から優しくリューゴを宥めるように押さえた。そして、隣に立つウォルカに真剣な眼差しを向ける。

​「ウォルカ、悪いが今日は別行動にしようぜ。俺はこいつとギア・トレーダーズを当たってみる。ルチェッタは堂々と表にも出てるみてえだし、サクッと探ってくるぜ」

​「……分かった」

​ウォルカは短く応じ、自らの右拳を軽く握り込んだ。

​「ならば俺は、アイアンハンドとしての職務を利用し、カルヴァーリョの内情を探っておこう。あのコロシアムを運営していたのは奴らもだ。不具合の原因……そして、あの視線の意味を知る者がいるかもしれん」

​「ああ。深追いはするなよ、ウォルカ」

​ティーガはそう言い残すと、激しく身じろぎ続けるリューゴを抱えたまま、霧が晴れ始めたギア・トレーダーズの工房街へ消えていった。

​独り残されたウォルカは、昨夜の試作零式の、あの赤黒いレンズのような眼を思い出していた。


―――


その頃、アリオスたちは。宿泊している宿の食堂で朝食を囲んでいた。

​湯気を立てるスープを前に、アリオスは昨日「ゴールデン・エンターテイメント」の区画にある美術館で目にした光景を思い出し、複雑な表情でスプーンを止めていた。

​「いやはや、昨日の芸術品は勉強になりましたな。まさかあのような手法があるとは。我が国の芸術とは、また違った『生命の躍動』を感じましたぞ」

​シグルドが感心したように頷きながら、パンを口に運ぶ。その横では、ヒナタが真剣な面持ちで手帳にペンを走らせていた。

​「……ええ、本当に。製作者の情熱が、あの……独特な曲線美に現れていましたね」

​(……情熱というか、あれはただの剥き出しのエロでは……!?)

​アリオスは心の中で叫んだ。

昨日の美術館に展示されていたのは、主に屈強な男たちの肉体をこれでもかと卑猥に強調した絵画や彫刻の数々だった。

アリオスは王子として「これもまた異国の文化だ」と真剣に鑑賞する素振りを見せていたが、そのあまりに直球な表現に終始、視線を彷徨わせることしかできなかった。

​「そ、そうだな。……芸術というのは奥が深い」

​必死に動揺を押し殺し、平静を装うアリオス。

だが、肝心の「竜神の手がかり」については、期待外れと言わざるを得なかった。

​「ジャックが言っていた手がかり……。あの派手な宝飾で飾り立てられたレリーフのことだろうか?」

​「恐らくは。やたらと見物客が集まって『これぞカルテスの守護神』と崇めておられましたが……」

​シグルドが首を傾げる。

ショーケースの中で、これでもかと宝石を散りばめられ、極彩色に塗り固められた「竜神のレリーフ」を思い出す。

​「……ただの、成金趣味の飾りだな。本物の竜神は……というか、あのトカゲ達は、あんなにギラギラしていない」

​アリオスは溜息をつき、冷めかけたスープを口にした。

​「ええ。リューゴ様たちのような、あのしなやかな可愛らしさが微塵もありませんでした。あれはまるで……高価なだけの、ただの『置物』です」

​ヒナタも手帳の手を止め、少し悲しそうに眉を下げた。

ジャックがわざわざ「手がかり」と言ったからには、何らかの意味があるはずだ。だが、本物の羽蜥蜴を知る彼らにとっては、それはあまりに「偽物」の臭いが強すぎたのだ。

​「……まあ、あのような下俗な展示に客が集まるのが、この街の現実なのでしょうな」

​シグルドが苦笑しながら締めくくる。

トントン拍子に進んでいるようで、肝心な部分は煙に巻かれている――。アリオスの胸に、正体不明の焦燥感が小さく渦巻いていた。

間もなくして迎えにきたチェリオは、アリオス達をギア・トレーダーズの工房――ではなく、ルチェッタの研究所への案内を提案した。

​「ギア・トレーダーズってギルドは、明確にルチェッタファミリーの下請けでな。昨日の手応えからいくと、ここは直接ルチェッタに話を通した方が早い」

​工房街のさらに奥に位置する、窓の少ない白亜の建物――ルチェッタの研究所。

​そこはこれまでのカルテスの喧騒が嘘のような、静謐で無機質な空間だった。立ち並ぶ複雑な魔導機械の合間を、白衣を着た研究者たちが忙しなく行き交っている。

​だが、アリオスたちが一歩踏み入れるや否や、彼らの手が止まった。その視線は一斉に、アリオスの隣に立つヒナタへと注がれる。それは街の男たちが向ける値踏みではなく、未知の検体を観察し、解体しようとするような、薄気味悪い「学術的」な注目だった。

​「おっと。彼らは今はボナンサの客なんだ。勘弁してくれよ」

​チェリオが苦笑しながら肩をすくめて制するが、研究者たちの視線は執拗にヒナタの細部を舐めるように動き続ける。

​「いいね、いいね!……実に興味深い生体反応だ。女がこれほど活発に出歩くとは、素晴らしいサンプルじゃないか!」

​廊下の奥から、軽薄な、だが底知れぬ狂気を感じさせる声が響いた。

現れたのは、黒髪を無造作に伸ばした地味な風貌の男だ。その目元には、奇妙なレンズが複雑に組み合わさった機械が装着され、鈍い光を放っている。

​「オクタビオ博士……。わざわざお出迎えとは、ありがとうございます」

​チェリオの言葉に、博士と呼ばれた男――ルチェッタのボス、オクタビオは「イヒヒ」と独特の笑い声を漏らした。彼はアリオスには目もくれず、測定器のレンズをカチカチと切り替えながら、最短距離でヒナタへと詰め寄る。

​「いいねぇ! 測定値が跳ね上がっている。そうケチケチせずにチェリオくん、少しだけ、ちょっとだけで良いから調べさせてくれないかなぁ? 僕たちの研究を見てアドバイスをくれるのでもいいからさぁ。イヒヒヒ!」

​「……わたくしに触れることは許しません。それ以上近付けば神罰が下りますよ」

​ヒナタの凛とした声と共に、その指先に淡い光が宿る。それは侵しがたい聖域の結界のような静かな威圧感を放っていた。

​「ひ、ヒナタさん、落ち着くんだ。……博士、これ以上の無礼は俺が許さない。君たちの技術と俺たちの目的が合致するかどうか、まずはその『研究』とやらを見せてもらおうか」

​アリオスがヒナタを庇うように腕を出し、剣の柄に手をかけてオクタビオを睨み据えた。シグルドもまた、研究者たちの動きに鋭い視線を走らせる。

​「イヒヒ、怒らないでよ王子様。君の理想とやらに賛同するには、やはり女を理解した方がいいだろ?しかし、確かに、君たちが女を解放すればいくらでも出来るか。いいね、いいね!じゃぁ、着いてきてよ。せっかくだからとっておきの僕の研究を見せてあげる!」

​オクタビオは踊るような足取りで、奥へと続く厳重な防護扉へ歩きだした。

​「これは魔力を生み出せる、高生命力体なんだ! どうだい、君たちの理想にも役に立つと思わないかい!」

オクタビオは、まるで自慢の玩具を見せる子供のように胸を張り、誇らしげに両手を広げた。その先、厳重な防護扉の向こう側にあったのは、数多の管に繋がれた、巨大な円筒形のポッドだった。

​その中にはちょこんと小さなカプセルが転がっており、それを満たしているのは、不気味なほど鮮やかな黄色い液体。

鈍い光を放つその液体からは、血管のように無数の管が伸び、壁際に並んだ無機質な機械群へと接続されている。

​「……こんなものが、魔力を生み出しているというのか?」

​アリオスが息を呑む中、オクタビオは「イヒヒ」と笑いながら、コンソールの一つのレバーを引き下げた。

​「見ててよ。いいね、いいね?」

​管の先には、魔力を使い果たし、濁って色を失った魔石がセットされている。

スイッチが入った瞬間、黄色い液体が脈動するように波打ち、管を通じて魔石へと「何か」が流れ込んだ。

……刹那。

死んでいたはずの魔石が、眩いばかりの輝きを瞬時に取り戻し、魔力の充填を完了させる。

​「これは……。確かに、わたくしたちと同じか、それ以上に効率的に、神力を竜脈から集めているようですね」

​ヒナタがその輝きを凝視し、驚きに声を震わせる。巫女である彼女の目から見ても、その液体が孕む生命力の純度は異常だった。

​「だろだろ? これがあれば、女に頼らずとも魔力が使えるんだ。そこに僕たちの機械の技術を加えれば、魔法だって女だけのものじゃなくなるのさ!どう、どう?君たちの目的の助けになると思わない?」

​オクタビオの言葉に、アリオスは強い衝撃を受けた。

​「……魔法が女だけのものじゃなくなる……」

​(もし、教会が独占している“開花の秘術”と同じ働きを、この技術が肩代わりできるのだとしたら……)

脳裏に浮かんだのは、教会という巨大な組織の姿だった。女を管理し、秘術を独占し、国家と取引する、あの構造。

「なるほど……教会の切り札を、無力化できるかもしれない……?君の研究は、本当にすごいじゃないか!」

​アリオスの声に、半信半疑ながらも期待が混じる。

その背後でヒナタとシグルドは、拭いきれない違和感をカプセルの「黄色い液体」へと向けていた。

​結局のところ、この液体が何なのかは明かされていない。それが何を意味するのか、まだ誰も気づいていなかった。


―――


​同時刻。

研究所の正面エントランスでは、黄金の毛並みを持つ虎の巨漢、ティーガが受付の研究員ににべもなくあしらわれていた。

​「ですから、博士は今、大切なお客様を案内中なんです。アイアンハンドの方だろうと、約束のない方の立ち入りは許可できません」

​「そんな堅いこと言わねえでくれよ。昨日ここの兵器がやらかした不具合について、ちょっと聞きてえだけなんだ」

​ティーガはわざとらしく耳を伏せ、困ったように頭を掻いた。だが、研究員はぴしゃりと窓口を閉める。

……もっとも、これはティーガにとっても「折り込み済み」だった。

​「あーあ、困ったなー。一回帰るしかねえかー」

​若干棒読みながらもそう口にして研究所を後にし、人影のない角まで歩くと、ティーガは外套の襟元を緩めた。

​「……どうだった、リューゴ。中に竜神の気配はあったか?」

​ティーガの問いに、胸元から顔を覗かせたリューゴは、その銀色の瞳を不自然なほど左右に動かし、酷く困惑した様子で唸った。

​「ううむ……。それが、ないのだ。近くに居れば必ず分かるはずなのだが……中へ入ってみても、カルーの気配は、この巨大な建物のどこからも感じられん……」

​「なんだって? 読みが外れたか。あの魔導兵器は、ただ人間が自前で作り出したってのか?」

​「分からぬ。だが、ここにカルーが居ないのであれば、これ以上粘る必要もあるまい……。我が感知できぬはずはないのだが……やはりこの地の竜脈はどうもおかしい……」

​リューゴは悔しげに爪をティーガの服に食い込ませ、視線を落とした。

竜神の力が使われているはずの場所で、その根源たる気配が霧散している。この矛盾が、かえってティーガの背筋に嫌な汗を流させた。

​「……ま、居ねえもんは探しようがねえ。一度引いて、ウォルカと合流するか」

​ティーガは一つ溜息をつくと、来た道を戻り始める。

その背後では、白亜の研究所が静かに沈黙していた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

欲にまみれた楽しい冒険者生活

小狸日
BL
大量の魔獣によって国が襲われていた。 最後の手段として行った召喚の儀式。 儀式に巻き込まれ、別世界に迷い込んだ拓。 剣と魔法の世界で、魔法が使える様になった拓は冒険者となり、 鍛えられた体、体、身体の逞しい漢達の中で欲望まみれて生きていく。 マッチョ、ガチムチな男の絡みが多く出て来る予定です。 苦手な方はご注意ください。

愛されたいだけなのに

まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。 気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。 しかしまた殺される。 何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

仏頂面の上司OFFが可愛すぎる件

子ネコの親子
BL
社会人5年目の俺は今日も部下と上司に板挟みされている。 唯一の楽しみはお昼休憩の行きつけのカフェ。 その日は運悪く相席を頼まれて、時間がないので仕方なく座った席にいたのは、休みのはずの苦手な上司で……。 ジャンルはBLですが、ただただ、主人公が上司の新たな一面を見て胸をときめかしているだけの話。 主な人物 主人公……椎名(一人称) 上司………橘(仏頂面の上司) 新人………新人(確認が苦手な新人) 店員さん…橘の妹 行きつけのカフェのオーナー……桂木(橘の幼馴染)

騎士団長の秘密

さねうずる
BL
「俺は、ポラール殿を好いている」 「「「 なんて!?!?!?」」 無口無表情の騎士団長が好きなのは別騎士団のシロクマ獣人副団長 チャラシロクマ×イケメン騎士団長

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。