[完結]世にも奇妙な少女に家も婚約者も盗られました

らいむぽとす

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おまけ もう一つのプロローグ

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 「どうしてこんなことに、なってしまったのかしら」

 冷たい石畳に座って石の壁にもたれてエルノーラは呟いた。

 視界に入るのは鉄格子、粗末なベッド、一応トイレもある。エルノーラの気にいるものなど、ここには一つもない。唯一ましなのは、エルノーラの身長より少し高い位置にある、小さな窓くらいか。
 その窓にも鉄格子がついているが、それには目をつぶる。何故ならあの窓だけがエルノーラを慰めてくれるから、そんな小さなことで文句を言って、あの窓までもエルノーラは失いたくないから。
 エルノーラは虚な目で窓の外に見える月を見上げる、その態度は酷く怠惰に見えた。

 「こんなはずじゃぁ。幸せになるはずだったのに……どこで間違えたのかしら」

 エルノーラの美しかったハニーブロンドの髪がエルノーラの頬に触れる。今はぱさぱさだ。長がった髪も肩より上に切られてしまった。

 その短い髪が子供の頃を思い出させる。

 今は失われた魔法。エルノーラはその魔法を少しだけ使えた。眉唾かも知れないが、魔女の家系だと母はエルノーラに言った。そんな母から魅了の魔法を教えてもらう。内緒よ。絶対に内緒。知れたら命がないわ。魔力が少なすぎて魅了の魔法を使えなかった母がエルノーラに最後に言った言葉。
 それからは簡単だった、街で出会った男爵の養女になった。
 貴族のことなど何一つ知らなかったから、男爵が一番階級が低いのを知ったとき、エルノーラはちょっと後悔したけど、大した問題ではなかった。
 
 学園で王太子に出会って籠絡するのも簡単だったし、側近達だって簡単だった。まるで遊戯をしているみたいに、エルノーラの一人勝ち。いつも常勝で負けなし。そんなの当たり前。婚約者を返してって、エルノーラが気まぐれに粉をかけた男の婚約者から言われたけど、知ったことではない。取られる方が悪い。

 学園も卒業が近付いてきて、誰かを選ばないといけなかったから一番お金を持っていて、一番地位のある王太子を選んだ。もしかしたらエルノーラの破滅はここからだったのかも知れない。

 でも王太子と結婚するのには大きな障害があった。婚約者のステイシー・モルガン公爵令嬢。

 エルノーラのお願いは何でも聞いてくれる王太子。

 『ドレスが欲しいの』
 『宝石が欲しいわ』
 『旅行に行きたいわ。貴方と甘い夜を過ごしたいの、ねっ』

 なのに、婚約解消だけは頷いてくれなかった。

 『ステイシーとの婚姻は国が決めたものだ。私の一存で婚約を解消にはできないんだよ』

 エルノーラに夢中で溺れているのに、婚約者に冷たくして、も口をきかないで、も、頬を膨らませ口を尖らせれば『分かった』と困った顔でお願いを聞いてくれるのに、婚約の解消だけは聞いてくれない。
 エルノーラは髪を掻きむしり、爪を噛む。爪の手入れをするようになってから、噛まないようにしてたのに。
 ステイシー・モルガン。淑女の鏡と言われる人。美しく気品があって、常に周りに人がいる。エルノーラとは真逆の評価を与えられてる人。悔しい、憎い。エルノーラだって公爵家に生まれてれば、もっといい評価をもらえた。庶民で生まれたからから蔑まれるのよ。初めてエルノーラは嫉妬という感情を抱いた。
 
 どうしても王太子の婚約者という座が欲しい。
 
 それまでエルノーラは、男にドレスや装飾品を貢がせるのが楽しかった。だから簡単に欲しいと言葉にした、言った、囁いた。エルノーラには遊戯と同じ。ただの勝利品でしかない。貰ったらその瞬間に終了する遊戯。

 初めて抱いた欲にエルノーラはその愛らしいと言われる赤い口からぺろりと赤い舌をだす。そのさまは肉食獣さながらだった。
 小動物のようなだなんて、エルノーラを見ての勝手な想像で幻影なのに。ふふっとエルノーラは笑う。

 「それから、うまく、やったわよ私」

 卒業パーティーのときは高揚した。あの高揚感は今でも忘れられない。エルノーラよりも高貴な女ステイシーが、エルノーラの男たちに蔑視されているのは、エルノーラの自尊心を酷く満たした。人生最高の瞬間だった。まさか本当にこのときが最高の瞬間になるとはこのときは思いもしなかったけど。

 残念だったのが、ステイシーが始終冷ややかな顔で澄ましていた事。
 エルノーラはステイシーの取り乱し泣き叫び、王太子に縋る姿が見たかったのに。

 国外追放をステイシーに王太子は言い渡したけど、エルノーラにはステイシーは邪魔な存在だった。

 ――国外へ出る前に始末しなくては

 追っ手を差し向けたが、逃げられてしまった。まぁいい。ステイシーはもうこの国にはいないのだから。

 ステイシーから勝ち取った王太子の婚約者の椅子は座り心地が良かった。だけど王太子妃教育とやらには、全くついていけずに三日でやめた。

 すでに国王も籠絡させたので、どこからも文句はでなかった。

 欲しいものを手に入れ、毎日の夜会、好きな者達と戯れて過ごす最高の日々。

 それなのにエルノーラはちっとも満たされなかった。
 ステイシーから王太子の婚約者の座を、勝ち取ったときの満足感や喜びには程遠い。

 だからどんどんと欲が加速する、あれもこれもと、止まることなく次々と。あのステイシーを追いやったときに感じた充足感を求めて。

 「そしたらこのザマよ」

 エルノーラを追い落としたのが、モルガン公爵というのもエルノーラには笑えない話だ。

 「娘の敵討ちのつもりだったのかしらね」

 くすっとエルノーラは笑った。

 四日前にこの牢獄の前まで王太子が来た。

 『私は北の塔に生涯幽閉されることに決まった』

 別にエルノーラはどうとも思わなかった。ああそう。お気の毒に。

 『五日後には君は断頭台に上る』

 これも、ああそう。エルノーラはそれだけしか感じなかった。

 『私は何故君と会ってしまったのかな。どうしてあんなにも愛しいと思ってしまったのだろう。本当に愛していたのはステイシーだったのに』

 ずっと俯いていたエルノーラは、王太子の言葉に頭を上げて王太子を見た。

 王太子はエルノーラを一瞥すると踵を返して振り返ることなくその場をさった。

 「明日が五日目」

 エルノーラは歌うように言った。

 ――もしも私が本当に魔女だったら、肉体は滅びても魂はこの地に残るはず

 不意にエルノーラはステイシーに会いたいと思った。
 今の今までステイシーのことなど、これっぽっちも思い出さなかったのに。

 ――今考えると、私はステイシーに恋をしていたのかもね

 エルノーラは愉快そうに微笑む。

 愛されるばかりで、人を愛したことのないエルノーラには、恋するとか愛するとかの気持ちはよく分からない。

 ――でも……

 あれは恋する気持だったのかもと、エルノーラは思う。

 明日には命が消えるのに、会いたいと思うのがステイシーだなんてね。余りにおかしくて大笑いしてしまいそうだわ。エルノーラは口角を上げた。

 ぼろぼろの容姿にぼろぼろの服、なのにその姿は堪らなく妖艶だった。

 ステイシーにはせめて夢でもみて欲しいわね。
 夢の内容なんてなくてもいい。ただ夢をみて欲しいわ。なんてね。

 エルノーラはこの部屋で、唯一ましな小さな窓から覗く月を見上げたのだった。

 

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