[完結]世にも奇妙な少女に家も婚約者も盗られました

らいむぽとす

文字の大きさ
33 / 38

おまけ ソコロと王太子の婚約解消 ご

しおりを挟む
 夜会の会場から馬車に乗せられソコロがナイルズに連れてこられたのは、上を向けば満天の星空が見え、下を向けば、城下の人々の暮らす温かい灯りが点在しているのが見える小高い丘だった。

 馬車を降りて、やはりナイルズに手を引かれ、丘につき、丘の端で周囲を見渡せば、一面が上も下も光輝く夜景に、ソコロは目を丸くしきらきらと輝かせた。
 ナイルズが満足そうに頷きながら、目を細めて、はしゃぐソコロを眺めている。

 落下防止のスロープをもち、夜景に魅了されているソコロをナイルズはベンチに座り眺めていた。
 だが、突如ナイルズの瞳が揺れ、そして本人は間違いなくここにいるのに、心は遠くへ行ってしまったかの如く、ナイルズの表情は無になっていた。同時にいつもの圧倒的な存在感も鳴りをひそめている。

 ナイルズに声をかけようと振り返ったソコロは、そのナイルズの様子に笑顔を消すと、じっとナイルズを見た。

 ――これがきっとナイルズが言っていた『思い出の一部』なのね。

 この場所は亡くなった婚約者との思い出の場所だったのかしらね。
 
 二十二歳になるナイルズの婚約者が馬車の事故で亡くなったのは、五年前でその一年前に二人は婚約したと、ソコロは間諜の得意な侍女から聞いた。また、相手は国内の伯爵令嬢で、嫋やかで美しい人だったとも侍女は言っていた。
 
 このナイルズの婚約者のことは、皇宮に勤める人間の口が異常に重く、間諜を得意とする侍女でも手こずり、大した情報は集められなかった。

 ……隠したいということは、裏があるということかしら――とソコロが考えてしまうのは、王太子の婚約者の立ち位置に長くいたからか。

 しばらくナイルズを見つめていたソコロはどうするべきなのかを悩んだ。声をかけるべきか、否か。

 しかしこの状態のナイルズに声をかけるにしても、ソコロにはかける言葉が皆目検討もつかない。つまりはお手上げだった。

 ソコロはよほど困った顔をしていたのだろう。ナイルズが気付きソコロを見るとふっと微笑んだ。

「すまない――少し考えごとをしてしまった」
「いいえ、お気になさらず」

 ソコロはゆっくり歩き、ナイルズの隣に人ひとり分空けて座る。

 ナイルズは星空を見上げて、話しにくそうにソコロに話しかけた。

「ソコロ、私の後悔を聞いてくれるか?」
「もちろん」

 きっといい話ではないとソコロは想像し、この場合はどんな顔をすればいいのか困った。

「レイ――レイチェルは私の元婚約者だが、子供の頃に私が一目惚れしてね、レイが事故にあうまではずっと仲がよかった」

 ナイルズの瞳の輝きが美しい、ソコロが見惚れるほどに。きっといい思い出なのだろう。

「やっとレイと婚約できた頃に隣国の王女との縁談の話があってね、一番上の兄貴の婚約者は大国の王女だったし、すでに二番目の兄貴は市井の女に惚れて結婚していた。当然私に話が回ってきた。が、私は断った。当然だ父にも母にもレイの身分を口実に婚約に反対されていたのを、やっと――やっと説き伏せて婚約にこぎつけたのだから」

 ナイルズは太腿の上においた拳を力強く握りしめる。

「そんな不穏な中でレイの馬車の事故が起き命を落としてしまった。私はレイが死んだと聞いたときは耳を疑ったよ。そして事故の状況を、聞けば聞く程に疑いが芽生えた。本当に事故だったのかと。結論から言うと否だった。あれは事故ではない」

 つまり何者かが事故に見せかけて、レイチェルを亡き者にした。

「私はレイの事故を徹底的に調べるつもりでいた……が途中でやめた。怖くなったからだ。辿り着く先が」

 それは――皇室が関係してる可能性が強い、もしそれがナイルズの身内だったら……。

「だから今でも彼女には懺悔しかない。もし私と婚約していなかったら、まだ彼女は笑ってこの世にいたのではないかと。例え私の隣ではなくとも、その方がよかったのではないかとね」

 ナイルズの瞳から涙がひと滴流れた。贖う涙をソコロは美しいと思った。

「その方とナイ様は相思相愛でしたのでしょう?でしたら彼女も本望ではなかったでしょうか?」
「ソコロはそう思うか?」
「はい。そう思いますわ」

 ソコロが横に座るナイルズを見上げれば、ナイルズの目を細め愛しげな瞳をソコロは見つけた。

「レイが死んだあと、父も母も思うとこがあったんだろ。隣国の王女との婚約が流れ、それからも色々な令嬢と会わされたがうるさく言われることはなかったし、私自身も己のせいで人が死ぬのはもうたくさんだった。――それに惹かれる女もいなかった……ソコロに会うまでは」

 ソコロは時が止まったかと思った。頭の中に直接響いたナイルズの言葉は、ソコロの魂を揺さぶった。だけど。

「だから私の手を取れソコロ。兄が病に倒れた今、私は皇族の責務を果たさなくてはならない。それは確かだ。だがそれとは別に私はソコロが欲しい」

 ……ソコロが欲しい。なにも修飾されてない裸の言葉にソコロは目をチカチカさせ頭をくらくらさせた。だけど。

 ――ソコロが欲しい……本当にわたくしが言って欲しい人は……

 その時、ソコロの心の中でなにかがパリンと音をたてて崩れ落ちた。

 スチュアートが好きなのだ。

 きっと初めて会ったときから。王太子の為に生きる。ソコロが存在するのは王太子為。それは強制されたからだと、ずっと思っていた。

 だけど違う、ソコロがそう決めそう望んだのだ。いえそれも違う、王太子の為じゃない。スチュアートの為に生きたかったし、ソコロはスチュアートの為に存在したかったのだ。

 ずっとソコロが探していた答えを、今やっと見つけたソコロの顔は晴ればれとし、輝くように美しかった。

「ナイ様……その……」
「ソコロの顔つきが違う」

 ソコロがしどろもどろになり、どう言葉を紡いだら、ソコロの気持ちをナイルズに伝えられるのかを考えていると、ナイルズがソコロの頬に触れた。

「ソコロは答えがでたんだな。だけどその答えは私が望む答えではない……違うか?」
「はい。その……ごめんなさい」
「ソコロは素直だな。すぐに顔にでる」

 ナイルズは豪快に笑った。こういう男なのだ。ナイルズという男は。豪快で繊細で、両極端な一面をもつ男。

 きっとこの男に付いていったら、憂いも不安もなく、真っ直ぐ続く一本道を一緒に歩いて行けたろう。脇道があってもお互いに見つめ合い、頷き合い一緒に同じ道を迷わず歩けた。悲しみも知っている男だ。間違いなくソコロを幸せにしてくれただろう。だけどソコロはスチュアートを選ぶ。

 自分が幸せにできないから他人と幸せになれ……だなんて、ソコロは遠回しにスチュアートに振られたようなものだが、諦めるつもりはない。

 その決意の現れなのか、ソコロの瞳は力強い輝きを増していのをナイルズは見逃さなかった。

 ナイルズは会ったときから迷子の顔をするソコロが気になった。ソコロの迷子の顔にナイルズが気付いたのは、きっとナイルズ自身も迷子のような気持ちだったからだろう。未だに割り切れない婚約者の死。それがナイルズを迷子にさせていた。

 それが、今のソコロは迷いのない、いい顔をしている。できたらこのいい顔のソコロに、皇太子になる自分の隣にいて欲しかったが、無理なようだとナイルズ瞬時に悟った。

「ナイ様と一緒だったらわたくし幸せになれる……だけど」
「もう決めたんだな」
「はい。ごめんなさい」

 ソコロの両目から涙が溢れた。ナイルズは指でそっとソコロの涙を拭う。

「泣くなソコロ」
「はい……泣きません」

 と答えたが、ソコロの涙は止まらない。後からあとから溢れてくる。
 ナイルズはソコロを引き寄せると、ソコロの顔をナイルズの胸に埋めさせた。

「ソコロ、泣くな」
「はい。ですが涙が止まりません」

 距離が近すぎる。ソコロの気持ちはスチュアートにあると、ソコロ自身が自覚したのだから、本来はこんな距離ありえないとソコロは戸惑いながらも、余りにも心地よくて離れられなかった。

 なにも言わない、聞かないナイルズにソコロは感謝する。そして、勿体ないなぁと思うのだ。だけど、ごめんなさい。

 そのままソコロは眠りに落ちた。

 ソコロが気が付いたら朝だった。そして自室のベッドの上。しかも着替えがされている。侍女にはこっ酷く怒られ、ナイルズがソコロを抱きかかえて部屋まで運んでくれたと聞かされる。

 抱きかかえられて馬車に乗っても起きなかったのかと、途中から記憶のないソコロは羞恥に震えた。

 早々にナイルズへお礼と謝罪の手紙を書くと、ついでにデイブとアンバーへも手紙を認める。

 そしてソコロは自国へ帰る手配を最短ですると、自国への馬車に乗り込んだ。

 「こんないい男を振るなんて、いつか後悔するぞ」

 最後にナイルズが悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、ソコロの耳元で囁いた言葉。

 ソコロは否定できずに微笑んだ。

 馬車の中では顔にも態度にもおくびにも出さないが、内心は一分一秒でも早く自国へ帰りたかった。

 ソコロの心は急かされながら、道中の旅は続くのだった。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」 仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、偽りの愛に縋る彼らに、私は告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ
恋愛
​「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」 ​婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。 泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。 ​「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」 ​汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。 「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。 ​一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。 自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。 ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。 ​「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」 ​圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!

騎士団長を追放した平和ボケ王国は、七日で滅びました

藤原遊
ファンタジー
長らく戦のなかった王国で、 騎士団長の父を病で失った令嬢は、その座を引き継いだ。 だが王城に呼び出された彼女に告げられたのは、 騎士団の解体と婚約破棄。 理由はただ一つ―― 「武力を持つ者は危険だから」。 平和ボケした王子は、 非力で可愛い令嬢を侍らせ、 彼女を“国の火種”として国外追放する。 しかし王国が攻められなかった本当の理由は、 騎士団長家が持つ“戦況を覆す力”への恐れだった。 追放された令嬢は、即座に隣国帝国へ迎えられ、 軍人として正当に評価され、安泰な地位を得る。 ――そして一週間後。 守りを捨てた王国は、あっけなく陥落した。 これは、 「守る力」を理解しなかった国の末路と、 追放された騎士団長令嬢のその後の物語。

処理中です...