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~ミクロとマクロの宇宙~
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梅雨に入ってから毎日シトシト雨が降り続いているある日、生物準備室で悲鳴交じりの声を香奈子が上げていた。
「ちょっと! 青かび!」
その声に反応するように優子が血相を変えて実験室から飛び出して来た。
「やられたのはどれ⁈」
「にんじん株のやつが二個!」
「あちゃ~」
培地を覗き込んだ優子は絶望的な声を出す。
にんじんから採取した細胞から、全体を再生できるかという初歩的な培養実験をやっていたのであるが、その培地に黒い点の様なものが散見された。
「滅菌が甘かったか…」
残念そうに優子が呟いていると、渉と丸山が何事だと言った様子で実験室から出てくると、深刻そうな表情を浮かべている先輩たちにどうしたのかと尋ねた。
「培地に青かびが入っちゃったのよ…」
それを聞いた丸山が「何事かと思ったら…青かびだけ取り除けばいいだけの話じゃないですか」呆れたように言う。
「そういう訳にはいかないのよね…」
丸山に香奈子がため息交じりに答える。
「どうしてですか? カビが生えたパンとかなんかは、カビの部分だけ捨てれば食べられるじゃないですか」
「培養の場合はそうはいかないの」
疑問を口にする丸山に優子が青かびは繁殖力が非常に高く、青かびの胞子が培地に少し入っただけで爆発的に増えるのだと説明した。
「ああ…培養対象よりも青かびが増えるから、培養実験が出来なくなっちゃうって事か…」
渉の言葉に優子と香奈子が頷く。
「他の培地にも入ってなければいいんだけど…」
心配そうな優子に、青かびが入った培地をどうするのかと丸山が訊いた。
「廃棄するしかないわ…残念だけど、培養は失敗だもの」
「じゃあ、それもらえませんか?」
「は?」
思いもかけない丸山の申し出に一同顔を見合わせる。
「こんなの何するの?」
「たまに食べ物にカビが生えてるのは見た事あるんですけど、カビって放置して置いたらどうなるのかと思ったんで…」
「どうなるか観察したいって事?」
優子の問いに丸山は大きく頷いた。
「そういう興味を持つのは生物部部員としてはいいんじゃないですか?」
丸山の申し出に思案する様子を見せた優子に、渉が言う。
「私もその意見には異論はないのだけど、カビを増やした結果、こっちの培養実験に影響が出ると困るのよね…」
「胞子が飛び散るのがマズいんですよね…じゃあ、カビの方は恒温室に隔離してなら問題無いですよね?」
「まあね…」
「じゃあ、それでいいんじゃないですか」
許可を渋る優子に渉が許可を求める様に主張をして、それを聞いていた香奈子が「一年が実験意欲を持ってくれたんだだからいいんじゃない?」とやんわりと後輩たちの後押しをする。
「…わかったわ、許可はするけど、カビの管理はきちんと自分たちで責任を持ってね」
ため息交じりに優子が許可を出すと、「ありがとうございます」と丸山は嬉しそうに言って、青かびが発生している培地を手に取って恒温室へ入って行った。
「後輩が意欲を見せてるのに、優子ちゃん珍しく渋い顔をするのね…」
いつもと違う優子の様子に香奈子が不思議そうな顔で見る。
「なんせカビだからねぇ…。問題は胞子だけじゃないんだけど、まあ、言ってもわかんないだろうから経験してもらうしかないか…」と苦笑いを浮かべる優子であった。
「なんや、最近、丸山君が毎日楽しそうに来てるけど、なんかあったん?」
放課後の実験室で自習の合間にコーヒーを飲んでいた古谷が、生物室に顔を出すなり恒温室に消えていく丸山を見て香奈子に尋ねた。
「ああ、彼、今、カビを育ててるのよ」
「カビ⁈」
事情を知らない古谷は素っ頓狂な声をあげる。そんな古谷に香奈子は経緯をざっと説明をする。
「そういう事か…またえらいもんに興味を持ちよったなぁ」
笑う古谷に、研究したいものを見つけたってのは、いい傾向じゃないと香奈子が微笑んだ。
「確かにええ傾向やとは思うけど、優子ちゃん嫌がったやろ?」
「なんで知ってるの?」
不思議そうな香奈子に古谷は「菌類ってのは太古から生き残っている生物やから、生命力が半端やないからな」と言って笑う。
「そんな事、優子ちゃんも言ってたわね…」
「今のところ、初歩の植物細胞培養実験しかやってへんから許可だしたんかな?」
「なんかクリーンルームが欲しいとか言ってたけど、何の事?」
優子の謎の独り言を思い出して香奈子が訊く。それを聞いた瞬間古谷は噴き出した。
「気持ちはわかるけど、さすがに公立高校にクリーンルームは無理やわ~」
クリーンルームは、ほこりや胞子などを持ち込まないようにした部屋で、防塵服や帽子を被り、上靴に履き替えた後クリーンルームのエアロック部分で粘着シートが敷かれた床で靴の裏の汚れを取り、強風でほこりや胞子などを吹き飛ばしてから入る部屋の事である。防塵対策がされていない部屋に比べて格段にほこりや胞子などが少ない為、精密機械や実験施設など細かい異物混入を嫌う施設などに設置されている事が多かった。
「クリーンルームは実験研究なんかをする学科がある大学なんかにはあるんやけどな」と言う古谷の説明を聞いて、香奈子が笑いだした。
「優子ちゃん、クリーンルームなんかで何がしたいのかしら?」
「優子ちゃんの事やから、僕らが考えつかへん事考えてそうやけどな」と古谷も笑っていると、食堂へ行っていた静香とあおいがパンやジュースが入った紙袋を抱えて戻って来た。
「ただいま~。食堂めちゃ混んでいてまいったわ」
疲れた様子で椅子に座った静香はそう言うと紙袋の中から紙パックのオレンジジュースにストローを刺して飲み始めた。
「土曜日の放課後でもないのに、放課後に食堂が混むなんて珍しいやん」
「食堂の屋根、雨漏りしてて席が水浸しになって座れない席がたくさん出来ちゃったんだって――んで、空席待ちしている間に休憩時間が終わっちゃって、お昼を食べそこなった人たちが遅いお昼ご飯を食べに来ていたみたいですぅ」
「食堂が雨漏りって…」
あおいの説明に香奈子と古谷は顔を見合わせる。
「食堂もまだプレハブ校舎の方だからねぇ――こっちの特殊教室が入っている本校舎棟に食堂を作って置けばこんな事にならなかったのにね」
静香は苦笑いを浮かべそう言うと、食堂で買ってきたハムサンドを食べ始めた。
そんな静香を見ながら香奈子が「食堂が雨漏りってマズくない?」と言う。
「そうですよね~、座れない席がいっぱいじゃ困りますぅ」
深刻そうな表情のあおいに香奈子は苦笑いを浮かべた。
「お昼休みの時間内に食べられないのも確かに問題だけど、それ以上に雨漏りが原因で、雑菌が混入して食中毒なんか出したら大変なことになっちゃうわよ」
「食中毒シーズンやしなぁ…集団食中毒なんて出したら、食堂は営業停止処分やもんな」
「食堂が営業停止になったら困りますぅ」
香奈子と古谷の話を聞いてあおいは悲鳴のような声をあげる。
「食中毒を起こす細菌は、肉眼ではわからんし無味無臭で食べても解らんことも多いから、早いところ雨漏りを直してもらわんとな」
「雨漏りもだけど、早く本校舎の教室棟の方完成させて欲しいわね――仮設の建造物であるプレハブでは、またいつ何時どこが壊れるかわかったものではないんだもん」と言う静香の意見に一同は深く頷いた。
丸山がカビを育て始めてか半月あまり。私物を取りに恒温室に入った順子が出てくるなり、生物準備室で渉からオートクレープの扱い方を高橋と共に教えてもらっていた丸山へ抗議の声をあげた。
「ちょっと丸ちゃん、恒温室かび臭いんだけど!」
「え…そう?」
順子の剣幕に丸山は驚きの表情を浮かべる。
「信じらんな~い、こんなにかび臭いのに何とも思わない訳⁈ トオル君の衣装とか、うちのバックとかにも臭い移りしてるじゃない」
「あ…ごめん」
丸山のおっとりした態度に順子は少しイラっとした様子で「なんとかしてよね」と言い残すと、実験室の方へ姿を消した。
「順ちゃんかなり怒ってたみたいだね」
順子が消えた扉の方を見ながら髙橋が呟く。
「最近、恒温室入ってなかったんだけど、そんなにかび増えた?」
「にんじんだけじゃ栄養が足りないと思って、餌になるものを増やしたんで、それなりに…」
「餌?」
丸山の答えに渉は怪訝そうな表情を浮かべながら恒温室の扉を開けた。
恒温室は中の温度を一定に保つといった部屋の特性上、外と恒温室内の温度変化が急激に変化しにくいように扉は二枚構造になっている。恒温室側の奥の扉を開けた瞬間渉は「うっ」と言う声と共に息を詰まらせた。
「…これは順ちゃん怒っても仕方がないね」
渉の後ろにいた高橋が呆れた様子で丸山を見る。
「丸山君、この臭いなんとも思わなかったの?」
「僕は特に…」
「結構すごい臭いなんだけど、嗅覚大丈夫?」
渉はかなりのカビ臭さにも関わらず、平然としている丸山が心配になった。
「とりあえずこれは恒温室の換気をした方が良さそうなんだけど…」
そう言って渉は窓の無い恒温室の換気方法に頭を悩ませる。
「扇風機とか無いんですか?」
「扇風機とかサーキュレーターの類は無いんだよなこれが…」
「困りましたね」
渉と高橋が話をしていると、丸山が蓋つきのシャーレを二つ恒温室の中から持って出てきた。
「カビは今、こんな感じなんですけど…」
「これはまた…」
カビを育てているシャーレの中は黒や灰色、青色に緑、赤茶色に白色と、色とりどりのまだら模様でびっしりと埋まっていた。
「あ、蓋を取るんじゃない!」
シャーレの蓋を開けてみせようとした丸山を渉は慌てて止める。不思議そうな表情を浮かべる丸山に渉が「カビ胞子が飛び散るから、ここで開けるのは禁止」と少し困った様子で説明をする。
カビが大繁殖したシャーレの方もこの後どうしたらいいのかと渉が悩んでいると、実験室の方から優子がやって来た。
「聞いたけど、恒温室が滅茶苦茶カビ臭いんですって?」と優子がそう言った次の瞬間、丸山の手に合ったシャーレを見て固まる。
「…これじゃあ、かび臭くなって当然ね」
しばし無言になった後、優子がため息交じりに呟いた。
「これ、どうしましょう?」
今後の対応を渉は優子に意見を求めると、優子は苦笑いを浮かべながら「これだけいろんな種類のカビのコロニーが出来てるんだから、観察するにはいい状態だと思うけど、カビの世界を覗いてみる?」と丸山に訊く。
てっきり優子に怒られるかと思っていた丸山は少し驚いた様な表情を浮かべた後、慌てて頷いた。
「じゃあ、実験室の方で観察しましょうか…渉君、双眼顕微鏡を二台持って来て」
「…あ、はい」
優子に指示をされて、渉は実験器具などを置いてある棚へ顕微鏡を取りに向かった。
カビの観察は、優子の指示で実験室の一番奥で行う事となり、実験台の上に双眼顕微鏡とカビが入ったシャーレが置かれた。
「観察する場合は記録を取る癖をつけた方がいいんで、ノートかスケッチブックと筆記用具も用意してね――誰か、この部屋の換気扇のスイッチを入れてくれない?」
優子の言葉に反応して、換気扇の近くに座っていた香奈子が換気扇を作動させる。換気扇の作動音を確認した後、丸山がかばんの中からノートを取り出すのを待って優子は向き合う形で置かれた一台の顕微鏡の前に座わる。
「…じゃあ、丸山君。カビの観察を始めましょうか」
「はい」
返事をした丸山は優子の向かいに置かれた顕微鏡の前に腰を下ろした。
「顕微鏡の扱い方はもう大丈夫よね?」
優子の問いに丸山は頷く。
「じゃあ、シャーレの蓋を取って、観察を始めましょうか」
「先輩…レンズの倍率は?」
「対象はカビだから、とりあえず10倍ぐらいからでいいんじゃない?」
それで小さいと感じれば倍率を上げればいいと優子は言う。
単眼の顕微鏡と違って、双眼顕微鏡の対物レンズには倍率が違うレンズが複数ついていて、対物レンズが付いているリボルバーを回転させて入れ替えると倍率を変える事が出来る構造になっている。
丸山は対物レンズをカビのギリギリの位置まで下ろした後、ピントを合わせる為のダイアルをゆっくり回してレンズの位置を上げていった。
「わぁ…すごい」
顕微鏡の焦点が合った瞬間、想像もしなかったカビの世界を目にした丸山が声を上げた。
「…じゃあ、観察して顕微鏡で見えた世界をスケッチしていってね」
丸山にそう言いながら優子も顕微鏡を操作して、ピント調整を済ませると側にいた高橋と渉に顕微鏡を覗いてみるかと言って、席を立った。優子と入れ替わる様に顕微鏡を覗き込んだ高橋が驚きの声を上げる。
「うわぁ、何ですかこれ⁈ すごい森じゃないですか!」
「俺にも見せて」
顕微鏡を覗いた後の二人の反応に興味をそそられたのか、渉が高橋に交替を要求して場所を入れ替わる。顕微鏡を覗き込んだ瞬間、渉も思わず「本当だ…すげぇ」という言葉を漏らした。
「カビがすごいってどういう事?」
実験室の隅で上がる感嘆の声が気になったのか、お茶をしていた静香と香奈子、そして順子が顔を見合わせる。
「百聞は一見に如かず…見ればわかりますから」
渉が女子たちにそう言って手招きをした。
「オーバーねぇ」
静香がそう言いながらも気になるのか、顕微鏡を覗きに来ると渉と入れ替わる。そして顕微鏡を覗き込んだ瞬間やはり「わお!」という声を上げる。
「確かにこれは見なきゃわかんないわね…なんかすごく神秘的」
驚いた様子で静香はそう言うと、香奈子と順子にも見た方がいいと勧めた。
静香に勧められるまま香奈子と順子も順番に顕微鏡を覗き込む。顕微鏡の中に広がる世界は、皆が言うようにまるで深い森の様であった。
「カビがまさかこんなに綺麗だなんて…」
順子が驚きを隠せないように呟きを漏らす。
「木の幹や枝に見えるのって菌糸?」
静香の問いに優子が頷く。
「木の葉っぱが茂っているみたいに、菌糸の先に綿みたいにもこもこしたのが見えると思うけど、そこに胞子がたくさん納められているのよ」
「…へぇ」
優子によると胞子は植物でいう種みたいなもので、適度な水分がある場所に落ちるとそこから菌糸を伸ばして成長するのだと言う。
「カビって言うのは菌類の総称なんで、カビだからって一概に悪い菌って訳ではないのよ」
「菌類…って事はキノコも?」
順子の問いに優子が頷く。
「菌類って私たちが生きていく為には無くてはならない生物なの」
「?」
首を傾げる順子に香奈子が「味噌や醤油を造るのに麹菌が必要だし、ヨーグルトなんかに入っている乳酸菌ぐらいは聞いた事があるんじゃない?」と言うと、順子は「ああ」という顔になる。
「有機物を分解してくれるから、生き物が死んだら菌によって分解されて土に戻り、栄養分となって他の命を育むの」
そう言った後、優子が最初の抗生物質と言われるペニシリンは青かびから抽出された成分で出来ているって事知っている? と順子に訊いた。
「え…抗生物質ってお薬ですよね?」
「そう。ペニシリンが発見されたおかげでたくさんの命が救われる事になったのよ――厄介な存在でしかなかった青かびにも、ちゃんと有用な役目があったって訳」
「そうだったんだ…」
カビと聞くと臭く汚いものといった印象を持っていたので、カビから薬が作られているものがあるというのは順子にすれば、驚くばかりの話であった。
「無駄な物、要らないものって思っているものも、無駄なものって実は何一つないのかもしれないわね――私たちなんて広大な宇宙から見れば、取るに足りない、ちっぽけな細胞のひとかけらみたいなものだから、知っている事なんて極々わずかな事だろうし…」
そう言って自嘲気味に笑う優子に、丸山が「体の中に住んでいる菌たちからみれば、僕たちの体って森であり、宇宙みたいなものなのかもしれませんね」と言って笑った。
そんな会話を聞いていた渉は、自分の体が宇宙なら、自分の魂は神様って事になるよな…と、ふとそんな考えが脳裏に浮かぶ。
――こんな未熟な神様じゃ、俺という宇宙に住んでいる微生物の住民たちも大変だ。
顕微鏡で覗いたカビの森というミクロの世界から、宇宙というマクロな世界の話に飛躍した事が妙におかしく感じ、ひとり小さく笑う渉であった。
「ちょっと! 青かび!」
その声に反応するように優子が血相を変えて実験室から飛び出して来た。
「やられたのはどれ⁈」
「にんじん株のやつが二個!」
「あちゃ~」
培地を覗き込んだ優子は絶望的な声を出す。
にんじんから採取した細胞から、全体を再生できるかという初歩的な培養実験をやっていたのであるが、その培地に黒い点の様なものが散見された。
「滅菌が甘かったか…」
残念そうに優子が呟いていると、渉と丸山が何事だと言った様子で実験室から出てくると、深刻そうな表情を浮かべている先輩たちにどうしたのかと尋ねた。
「培地に青かびが入っちゃったのよ…」
それを聞いた丸山が「何事かと思ったら…青かびだけ取り除けばいいだけの話じゃないですか」呆れたように言う。
「そういう訳にはいかないのよね…」
丸山に香奈子がため息交じりに答える。
「どうしてですか? カビが生えたパンとかなんかは、カビの部分だけ捨てれば食べられるじゃないですか」
「培養の場合はそうはいかないの」
疑問を口にする丸山に優子が青かびは繁殖力が非常に高く、青かびの胞子が培地に少し入っただけで爆発的に増えるのだと説明した。
「ああ…培養対象よりも青かびが増えるから、培養実験が出来なくなっちゃうって事か…」
渉の言葉に優子と香奈子が頷く。
「他の培地にも入ってなければいいんだけど…」
心配そうな優子に、青かびが入った培地をどうするのかと丸山が訊いた。
「廃棄するしかないわ…残念だけど、培養は失敗だもの」
「じゃあ、それもらえませんか?」
「は?」
思いもかけない丸山の申し出に一同顔を見合わせる。
「こんなの何するの?」
「たまに食べ物にカビが生えてるのは見た事あるんですけど、カビって放置して置いたらどうなるのかと思ったんで…」
「どうなるか観察したいって事?」
優子の問いに丸山は大きく頷いた。
「そういう興味を持つのは生物部部員としてはいいんじゃないですか?」
丸山の申し出に思案する様子を見せた優子に、渉が言う。
「私もその意見には異論はないのだけど、カビを増やした結果、こっちの培養実験に影響が出ると困るのよね…」
「胞子が飛び散るのがマズいんですよね…じゃあ、カビの方は恒温室に隔離してなら問題無いですよね?」
「まあね…」
「じゃあ、それでいいんじゃないですか」
許可を渋る優子に渉が許可を求める様に主張をして、それを聞いていた香奈子が「一年が実験意欲を持ってくれたんだだからいいんじゃない?」とやんわりと後輩たちの後押しをする。
「…わかったわ、許可はするけど、カビの管理はきちんと自分たちで責任を持ってね」
ため息交じりに優子が許可を出すと、「ありがとうございます」と丸山は嬉しそうに言って、青かびが発生している培地を手に取って恒温室へ入って行った。
「後輩が意欲を見せてるのに、優子ちゃん珍しく渋い顔をするのね…」
いつもと違う優子の様子に香奈子が不思議そうな顔で見る。
「なんせカビだからねぇ…。問題は胞子だけじゃないんだけど、まあ、言ってもわかんないだろうから経験してもらうしかないか…」と苦笑いを浮かべる優子であった。
「なんや、最近、丸山君が毎日楽しそうに来てるけど、なんかあったん?」
放課後の実験室で自習の合間にコーヒーを飲んでいた古谷が、生物室に顔を出すなり恒温室に消えていく丸山を見て香奈子に尋ねた。
「ああ、彼、今、カビを育ててるのよ」
「カビ⁈」
事情を知らない古谷は素っ頓狂な声をあげる。そんな古谷に香奈子は経緯をざっと説明をする。
「そういう事か…またえらいもんに興味を持ちよったなぁ」
笑う古谷に、研究したいものを見つけたってのは、いい傾向じゃないと香奈子が微笑んだ。
「確かにええ傾向やとは思うけど、優子ちゃん嫌がったやろ?」
「なんで知ってるの?」
不思議そうな香奈子に古谷は「菌類ってのは太古から生き残っている生物やから、生命力が半端やないからな」と言って笑う。
「そんな事、優子ちゃんも言ってたわね…」
「今のところ、初歩の植物細胞培養実験しかやってへんから許可だしたんかな?」
「なんかクリーンルームが欲しいとか言ってたけど、何の事?」
優子の謎の独り言を思い出して香奈子が訊く。それを聞いた瞬間古谷は噴き出した。
「気持ちはわかるけど、さすがに公立高校にクリーンルームは無理やわ~」
クリーンルームは、ほこりや胞子などを持ち込まないようにした部屋で、防塵服や帽子を被り、上靴に履き替えた後クリーンルームのエアロック部分で粘着シートが敷かれた床で靴の裏の汚れを取り、強風でほこりや胞子などを吹き飛ばしてから入る部屋の事である。防塵対策がされていない部屋に比べて格段にほこりや胞子などが少ない為、精密機械や実験施設など細かい異物混入を嫌う施設などに設置されている事が多かった。
「クリーンルームは実験研究なんかをする学科がある大学なんかにはあるんやけどな」と言う古谷の説明を聞いて、香奈子が笑いだした。
「優子ちゃん、クリーンルームなんかで何がしたいのかしら?」
「優子ちゃんの事やから、僕らが考えつかへん事考えてそうやけどな」と古谷も笑っていると、食堂へ行っていた静香とあおいがパンやジュースが入った紙袋を抱えて戻って来た。
「ただいま~。食堂めちゃ混んでいてまいったわ」
疲れた様子で椅子に座った静香はそう言うと紙袋の中から紙パックのオレンジジュースにストローを刺して飲み始めた。
「土曜日の放課後でもないのに、放課後に食堂が混むなんて珍しいやん」
「食堂の屋根、雨漏りしてて席が水浸しになって座れない席がたくさん出来ちゃったんだって――んで、空席待ちしている間に休憩時間が終わっちゃって、お昼を食べそこなった人たちが遅いお昼ご飯を食べに来ていたみたいですぅ」
「食堂が雨漏りって…」
あおいの説明に香奈子と古谷は顔を見合わせる。
「食堂もまだプレハブ校舎の方だからねぇ――こっちの特殊教室が入っている本校舎棟に食堂を作って置けばこんな事にならなかったのにね」
静香は苦笑いを浮かべそう言うと、食堂で買ってきたハムサンドを食べ始めた。
そんな静香を見ながら香奈子が「食堂が雨漏りってマズくない?」と言う。
「そうですよね~、座れない席がいっぱいじゃ困りますぅ」
深刻そうな表情のあおいに香奈子は苦笑いを浮かべた。
「お昼休みの時間内に食べられないのも確かに問題だけど、それ以上に雨漏りが原因で、雑菌が混入して食中毒なんか出したら大変なことになっちゃうわよ」
「食中毒シーズンやしなぁ…集団食中毒なんて出したら、食堂は営業停止処分やもんな」
「食堂が営業停止になったら困りますぅ」
香奈子と古谷の話を聞いてあおいは悲鳴のような声をあげる。
「食中毒を起こす細菌は、肉眼ではわからんし無味無臭で食べても解らんことも多いから、早いところ雨漏りを直してもらわんとな」
「雨漏りもだけど、早く本校舎の教室棟の方完成させて欲しいわね――仮設の建造物であるプレハブでは、またいつ何時どこが壊れるかわかったものではないんだもん」と言う静香の意見に一同は深く頷いた。
丸山がカビを育て始めてか半月あまり。私物を取りに恒温室に入った順子が出てくるなり、生物準備室で渉からオートクレープの扱い方を高橋と共に教えてもらっていた丸山へ抗議の声をあげた。
「ちょっと丸ちゃん、恒温室かび臭いんだけど!」
「え…そう?」
順子の剣幕に丸山は驚きの表情を浮かべる。
「信じらんな~い、こんなにかび臭いのに何とも思わない訳⁈ トオル君の衣装とか、うちのバックとかにも臭い移りしてるじゃない」
「あ…ごめん」
丸山のおっとりした態度に順子は少しイラっとした様子で「なんとかしてよね」と言い残すと、実験室の方へ姿を消した。
「順ちゃんかなり怒ってたみたいだね」
順子が消えた扉の方を見ながら髙橋が呟く。
「最近、恒温室入ってなかったんだけど、そんなにかび増えた?」
「にんじんだけじゃ栄養が足りないと思って、餌になるものを増やしたんで、それなりに…」
「餌?」
丸山の答えに渉は怪訝そうな表情を浮かべながら恒温室の扉を開けた。
恒温室は中の温度を一定に保つといった部屋の特性上、外と恒温室内の温度変化が急激に変化しにくいように扉は二枚構造になっている。恒温室側の奥の扉を開けた瞬間渉は「うっ」と言う声と共に息を詰まらせた。
「…これは順ちゃん怒っても仕方がないね」
渉の後ろにいた高橋が呆れた様子で丸山を見る。
「丸山君、この臭いなんとも思わなかったの?」
「僕は特に…」
「結構すごい臭いなんだけど、嗅覚大丈夫?」
渉はかなりのカビ臭さにも関わらず、平然としている丸山が心配になった。
「とりあえずこれは恒温室の換気をした方が良さそうなんだけど…」
そう言って渉は窓の無い恒温室の換気方法に頭を悩ませる。
「扇風機とか無いんですか?」
「扇風機とかサーキュレーターの類は無いんだよなこれが…」
「困りましたね」
渉と高橋が話をしていると、丸山が蓋つきのシャーレを二つ恒温室の中から持って出てきた。
「カビは今、こんな感じなんですけど…」
「これはまた…」
カビを育てているシャーレの中は黒や灰色、青色に緑、赤茶色に白色と、色とりどりのまだら模様でびっしりと埋まっていた。
「あ、蓋を取るんじゃない!」
シャーレの蓋を開けてみせようとした丸山を渉は慌てて止める。不思議そうな表情を浮かべる丸山に渉が「カビ胞子が飛び散るから、ここで開けるのは禁止」と少し困った様子で説明をする。
カビが大繁殖したシャーレの方もこの後どうしたらいいのかと渉が悩んでいると、実験室の方から優子がやって来た。
「聞いたけど、恒温室が滅茶苦茶カビ臭いんですって?」と優子がそう言った次の瞬間、丸山の手に合ったシャーレを見て固まる。
「…これじゃあ、かび臭くなって当然ね」
しばし無言になった後、優子がため息交じりに呟いた。
「これ、どうしましょう?」
今後の対応を渉は優子に意見を求めると、優子は苦笑いを浮かべながら「これだけいろんな種類のカビのコロニーが出来てるんだから、観察するにはいい状態だと思うけど、カビの世界を覗いてみる?」と丸山に訊く。
てっきり優子に怒られるかと思っていた丸山は少し驚いた様な表情を浮かべた後、慌てて頷いた。
「じゃあ、実験室の方で観察しましょうか…渉君、双眼顕微鏡を二台持って来て」
「…あ、はい」
優子に指示をされて、渉は実験器具などを置いてある棚へ顕微鏡を取りに向かった。
カビの観察は、優子の指示で実験室の一番奥で行う事となり、実験台の上に双眼顕微鏡とカビが入ったシャーレが置かれた。
「観察する場合は記録を取る癖をつけた方がいいんで、ノートかスケッチブックと筆記用具も用意してね――誰か、この部屋の換気扇のスイッチを入れてくれない?」
優子の言葉に反応して、換気扇の近くに座っていた香奈子が換気扇を作動させる。換気扇の作動音を確認した後、丸山がかばんの中からノートを取り出すのを待って優子は向き合う形で置かれた一台の顕微鏡の前に座わる。
「…じゃあ、丸山君。カビの観察を始めましょうか」
「はい」
返事をした丸山は優子の向かいに置かれた顕微鏡の前に腰を下ろした。
「顕微鏡の扱い方はもう大丈夫よね?」
優子の問いに丸山は頷く。
「じゃあ、シャーレの蓋を取って、観察を始めましょうか」
「先輩…レンズの倍率は?」
「対象はカビだから、とりあえず10倍ぐらいからでいいんじゃない?」
それで小さいと感じれば倍率を上げればいいと優子は言う。
単眼の顕微鏡と違って、双眼顕微鏡の対物レンズには倍率が違うレンズが複数ついていて、対物レンズが付いているリボルバーを回転させて入れ替えると倍率を変える事が出来る構造になっている。
丸山は対物レンズをカビのギリギリの位置まで下ろした後、ピントを合わせる為のダイアルをゆっくり回してレンズの位置を上げていった。
「わぁ…すごい」
顕微鏡の焦点が合った瞬間、想像もしなかったカビの世界を目にした丸山が声を上げた。
「…じゃあ、観察して顕微鏡で見えた世界をスケッチしていってね」
丸山にそう言いながら優子も顕微鏡を操作して、ピント調整を済ませると側にいた高橋と渉に顕微鏡を覗いてみるかと言って、席を立った。優子と入れ替わる様に顕微鏡を覗き込んだ高橋が驚きの声を上げる。
「うわぁ、何ですかこれ⁈ すごい森じゃないですか!」
「俺にも見せて」
顕微鏡を覗いた後の二人の反応に興味をそそられたのか、渉が高橋に交替を要求して場所を入れ替わる。顕微鏡を覗き込んだ瞬間、渉も思わず「本当だ…すげぇ」という言葉を漏らした。
「カビがすごいってどういう事?」
実験室の隅で上がる感嘆の声が気になったのか、お茶をしていた静香と香奈子、そして順子が顔を見合わせる。
「百聞は一見に如かず…見ればわかりますから」
渉が女子たちにそう言って手招きをした。
「オーバーねぇ」
静香がそう言いながらも気になるのか、顕微鏡を覗きに来ると渉と入れ替わる。そして顕微鏡を覗き込んだ瞬間やはり「わお!」という声を上げる。
「確かにこれは見なきゃわかんないわね…なんかすごく神秘的」
驚いた様子で静香はそう言うと、香奈子と順子にも見た方がいいと勧めた。
静香に勧められるまま香奈子と順子も順番に顕微鏡を覗き込む。顕微鏡の中に広がる世界は、皆が言うようにまるで深い森の様であった。
「カビがまさかこんなに綺麗だなんて…」
順子が驚きを隠せないように呟きを漏らす。
「木の幹や枝に見えるのって菌糸?」
静香の問いに優子が頷く。
「木の葉っぱが茂っているみたいに、菌糸の先に綿みたいにもこもこしたのが見えると思うけど、そこに胞子がたくさん納められているのよ」
「…へぇ」
優子によると胞子は植物でいう種みたいなもので、適度な水分がある場所に落ちるとそこから菌糸を伸ばして成長するのだと言う。
「カビって言うのは菌類の総称なんで、カビだからって一概に悪い菌って訳ではないのよ」
「菌類…って事はキノコも?」
順子の問いに優子が頷く。
「菌類って私たちが生きていく為には無くてはならない生物なの」
「?」
首を傾げる順子に香奈子が「味噌や醤油を造るのに麹菌が必要だし、ヨーグルトなんかに入っている乳酸菌ぐらいは聞いた事があるんじゃない?」と言うと、順子は「ああ」という顔になる。
「有機物を分解してくれるから、生き物が死んだら菌によって分解されて土に戻り、栄養分となって他の命を育むの」
そう言った後、優子が最初の抗生物質と言われるペニシリンは青かびから抽出された成分で出来ているって事知っている? と順子に訊いた。
「え…抗生物質ってお薬ですよね?」
「そう。ペニシリンが発見されたおかげでたくさんの命が救われる事になったのよ――厄介な存在でしかなかった青かびにも、ちゃんと有用な役目があったって訳」
「そうだったんだ…」
カビと聞くと臭く汚いものといった印象を持っていたので、カビから薬が作られているものがあるというのは順子にすれば、驚くばかりの話であった。
「無駄な物、要らないものって思っているものも、無駄なものって実は何一つないのかもしれないわね――私たちなんて広大な宇宙から見れば、取るに足りない、ちっぽけな細胞のひとかけらみたいなものだから、知っている事なんて極々わずかな事だろうし…」
そう言って自嘲気味に笑う優子に、丸山が「体の中に住んでいる菌たちからみれば、僕たちの体って森であり、宇宙みたいなものなのかもしれませんね」と言って笑った。
そんな会話を聞いていた渉は、自分の体が宇宙なら、自分の魂は神様って事になるよな…と、ふとそんな考えが脳裏に浮かぶ。
――こんな未熟な神様じゃ、俺という宇宙に住んでいる微生物の住民たちも大変だ。
顕微鏡で覗いたカビの森というミクロの世界から、宇宙というマクロな世界の話に飛躍した事が妙におかしく感じ、ひとり小さく笑う渉であった。
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