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~生物部の極秘作戦!~

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 高校時代の夏休みと言えば、バイトにいそしむ者、クラブ活動に打ち込む者、仲のいい友人達と遊んだり、長い休みを利用して青春十八きっぷを利用して旅に出る者と、それぞれの青春時代の思い出作りとなる時間を過ごす者も多い。
 珠高生物部の部員たちもその例外ではなく、それぞれの思い出を作りながら夏休みを終えようとしていた。
「やっべー、課題全然できてねぇや…」
 実験室では、小動物たちのお世話当番の為に登校していた加山が頭を抱えていた。
「え~⁈ 二学期の始業式まであと一週間切ってるのに、それマズくない?」
 加山と共に今日のお世話当番の順子が加山を見る。
「やっぱやらないとマズいっすよね?」
「マズいと思うよ…何の課題が残ってる訳?」
 そんな順子の問いに加山は、ほとんど手を付けていないという答えであった。
「ほとんどって――この休み、何やってた訳?」
「新作のゲーム三本やり込んでました」
「…」
 加山の答えに順子は深いため息を吐く。
「ゲームが面白いのはわかるけどさ、とりあえず課題を先にやっておこうとは思わなかった訳?」
「いやぁ、誘惑に勝てなくって…課題は誰かのを写させてもらえばいいと思ってたし」
 加山の話によるとアテにしていた友人は、他のクラスメイトに終わらせた課題のノートを貸し出してしまっていたという。
「先に予約してりゃあよかった…」
「呆れた。自分でやらなきゃ意味ないのに」
「そういう先輩はもう終わらせたんですか?」
「あたりまえじゃない」
 うちって真面目なのよと順子は笑う。
「先輩って夏休み中、ライブハウスやクラブとかで遊び回っていて、課題なんて「めんどいし~」とか言ってブッチしてそうなのに、おみそれしました」
 そんな加山の言葉に順子は「人を見た目で判断しちゃだめよ」と苦笑いした。
「思ったんだけどさ、藤原君のを借りるっての出来ない訳?」
 加山と仲のいい生物部部員で同学年である藤原の名前を順子が出すと、クラスも選択コースも違うので無理なのだというのが加山の答えであった。
「光君の選択コースって?」
「俺、文系就職コースっす」
 一方の藤原は進学の理系コースという話である。
「そうなんだ…じゃあ、始業式が始まる前に自分でやるしかないわねぇ」
「…やっぱ、それしか無いかぁ」
 新学期に教科担任に課題はやらなかったと開き直る根性がないらしく、加山はそう言うと深いため息をついた。

 新学期が始まるのを前にもう一人、頭を抱えている生物部員がいた——部長を渉から引き継いだ丸山である。
「やばい…二学期が始まるっていうのに、文化祭の企画が全く思い浮かばねぇ…」
 去年の今頃、渉も同じように頭を抱えていた光景を思い出して、丸山はデジャヴの様なものを感じずにはいられない。
「去年の渉先輩も同じ気持ちだったんだろうなぁ」
 渉と同じ立場になって、初めてその悩みや気持ちがわかった様な気がする丸山であった。
「一昨年は模擬店で、去年がワークショップ…さて、今年は何をやるかだよな…」
 無難に飲食関係の模擬店ならある程度の集客や収益を見込めるので楽ではあるのだが、それでは普通過ぎる気がする――面白い事変わった事をするのが生物部であるという考えが、いつの間にか丸山の深層心理に刷り込まれていたようである。
「集客にはエンターテーメント性が必須とか先輩達言ってたけど、そんな事言われてもなぁ…場所や予算なんかにも制限がある訳だし」
 独り言をブツブツ丸山が呟いていると、あおいとトキが生物室に顔を出した。
「やっほ~ …なんか本がいっぱいだねぇ」
 丸山の前に積み上げられた雑誌や自由研究の資料本などの本の山を見てあおいが目を丸くする。
「あおいちゃんとトキちゃんってまた、珍しい取り合わせだなぁ…」
 そう言うと丸山はこの本の山は、文化祭の企画のアイディアを探す為に図書室から借りてきたのだと言う。
「あおい先輩とはさっき食堂でばったり会ったんで、一緒に来たんです」
 トキはそう言うと、食堂で買ってきた菓子パンとコーヒー牛乳の紙パックを「おやつにどうぞ」と丸山に差し出した。
「ちょうど腹減ってたんだ、ありがとう」
 笑顔で差し入れを受け取ると丸山は早速、菓子パンを頬張り始めた。それを見たあおいも持っていた紙袋からジャムパンを取り出し食べ始める。
「あれ? あおい先輩、さっき食堂で定食食べてませんでしたっけ?」
「ん? 日替わりのAランチ食べたよ」
 これは食後のおやつだとあおいが説明すると、トキの目が点になった。
「Aセットって、今日のメインは運動部の男子たちに大人気の大盛トルコライスでしたよね…あれを食べて、デザートにジャムパン…」
「クリームパンもあるよぉ」
「…」
 相撲取り並みの食欲にトキは絶句する。
「あおいちゃんと俺って同類だよね」
「だね♪」
 口を動かし続けながら丸山とあおいは頷き合う。
「…それにしても、あおい先輩、よく太らないですねぇ」
「それよく言われる~。フードファイターになればいいのにとか」
 そう言ってあおいはコロコロと笑う。
「フードファイターって?」
 小首を傾げるトキに、丸山がテレビの大食い選手権なんかに出ている人たちの事と説明をする。
「あ、そういう番組があるんですね――うちってNHKしか見ちゃダメな家だから、そういうのわかんなくて…」
「え⁈」
 トキ家の謎ルールに丸山とあおいは驚く。
「…って事は、民法のドラマとかバラエティー番組とはダメって事」
「一切ダメですね」
「うわ~、かわいそ~」
 あおいが同情した目でトキを見る。
「こう言うと失礼かもしれないけど、トキちゃんのお家って変わってるね」
 丸山の言葉にトキは小さく頷く。
「そうだと思います…小さい頃は夕方のアニメはユウのお家で見てたし」
「子供が見るアニメまでダメだなんて…もしかして、トキちゃんの相撲好きって、NHKしか見られないっていう理由から?」
「人気のアイドルとか俳優さんはよくわかんないけど、お相撲さんなら場所ごとに良くテレビで見るし、笑顔が可愛いいお相撲さん多いし、力持ちで強いから大好きなんです~」
「あ~…」
 ようやくトキが自分の様な——いわゆる大食いの相撲取りタイプが好きという理由の一つを知り、腑に落ちる。
「うちのパパ、いつも眉間に皺を寄せていて笑わないから嫌い…」
 トキはぽつんとそう呟くと、積み上げられた本の山から雑誌を取ってページをパラパラと捲った。
「…んで、企画決まったのぉ?」
 ジャムパンを食べ終えて、紙袋からクリームパンを取り出しながらあおいが訊くと、丸山は「高橋ともいろいろ話あってますけど、そう簡単には思い浮かばないですよ…」と肩を竦める。
「さっき言っていた大食い選手権は?」
 そんなトキの言葉に丸山はきょとんとしていると、「テレビでやってるって事は人気があるんじゃないんですか? だったら人が集まるんじゃないかと思うんですけど…」とトキは言葉を続ける。
「あ、それいいね!」
 トキの提案にあおいが手を叩いた。
「文化祭で大食い選手権かぁ…」
「やろうよ! 私、早食いは苦手だけど、食べる量なら自信があるから、出場者は私と丸ちゃん、それに一般のお客さんからも参加者を募って!」
「う~ん…」
 考え込む丸山にあおいが畳みかける。
「準備も簡単そうだと思うんですけど、丸先輩何を悩んでるんですか?」
「——確かに準備は楽そうだし集客は見込めるかもしれないけど、一番の問題は予算と収益のバランスだよな…」
 会場によって参加者数が変わるのはもちろん、フードファイトで使う料理を何にするかによって用意する量も変わる。
「文化祭レベルでのフードファイトで収益を出すのは至難の業だしなぁ」
「ずっと疑問だったんですけど、どうして文化祭なのに収益を出さないといけないんですか?」
「それはクラブ予算と関係してくる話でね、うちの部の場合、小動物いろいろ飼育しているだろ? その餌代って部費で賄っているんだ」
「そうだったの?」
 今まで、小動物たちのエサ代の事など考えた事も無かったあおいが丸山を見る。
「そうだったんです…水道代や電気代は学校持ちだけど、エサ代はクラブ持ち。アフリカツメガエルやコオロギの餌なんかはそんなにはかからないけれど、ラッキーの餌代はそう言う訳にはいかなくて、食堂の廃棄野菜なんかを貰ってきたりして節約はしてはいるけど、果物なんかは買う事になるんで、年間で考えるとエサ代って、部費に対して占める割合はかなりのものになってるんだ――ラッキーを病気にさせない為に、質の悪い変なものを食べさせる訳にはいかないし、万が一の事を考えたら、病院や薬代も置いておかないとダメだし」
「確かに果物って高いし、動物病院って実費ですもんね…」
「——あと、いろんな実験や研究に使う試薬とか、消耗品だってタダって訳じゃないし、話題性のある企画なんかを先輩たちがやってきたのもあって活動実績があるから、他のクラブに比べたら多めにクラブ活動費を貰っているとはいえ、正直余裕はないんで」
 丸山の話を聞いているうちにトキは、生物部の台所事情を理解した。
「俺もあんまりお金の話ってしたくないんだけど、収益が出ればラッキーにもうちょっと美味しいものを食べさせてやる事もできるし、新しい備品を買ったりもできるからね」
「へ~、いろいろ大変なんだぁ」
 感心した様に言うあおいに、「僕より生物部長いんですから、他人事みたいに言わないでください」と丸山は小言を口にする。
「え~、だって、私、そういうの苦手だしぃ」
 あおいは悪びれる様子もなくそう言うと、食べかけだったクリームパンの残りを口の中に放り込んだ。
そんなあおいにそれ以上説明しても無駄だと思ったのか、丸山はトキに「…面白いアイディアではあるんだけど、そういう理由もあるんで、いったんこの件は保留にさせてもらうね」と言う。
「わかりました…あ、丸先輩?」
「ん?」
「一緒に頑張りましょう!」
 両手で小さな握りこぶしを作ってそう言うトキに、丸山は戸惑いの表情を浮かべる。
――あれ? 俺、変なやる気スイッチ押しちゃった?
 真剣な様子で積み上げられた本に目を通し始めたトキを見ながら、首を傾げる丸山であった。

 そうこうしているうちに夏休みは終わりを告げ、いつもと同じ平和な学校生活が再開したある日、休み時間に丸山は高橋から廊下に呼び出されていた。
「…どうした?」
 休憩時間に呼び出される事などなかった高橋の訪問に丸山は少し驚きながら、教室の前で待っていた高橋に声をかける。
「休憩時間に悪いな…ちょっとこれ見てくれ」
 髙橋はそう言うと、手にしていたスマホの画面を丸山に見せた。
 その画面には教室と思われる場所が映っていて、高橋が再生ボタンをタップすると動画が動き始めた。
「…え? ちょっと待て…マジか…」
 動画を見た丸山は信じられないといった様子で呟きを漏らす。
 その動画は教室にしか見えない場所で、人力ではあるが自作メリーゴーランドを楽しむ生徒たちの様子が映っていた。
「文化祭の出し物で何か面白いものが無いか? ってネタを探していて見つけたんだ」
 髙橋はそう言うと、かなりすごい企画なので丸山に教えたかったと笑う。
「確かにすごい…文化祭でメリーゴーランドなんて考えられないもんな」
「取り急ぎ、これを教えたかっただけなんで、詳しい話はまた放課後にな!」
 髙橋はそう言うと、自分の教室に戻って行く。
 文化祭の驚くべき企画案を知らしてくれた高橋に感謝しつつ、自作メリーゴーランドのインパクトが強すぎて、その後の授業は上の空となった丸山であった。

 その日の放課後、高橋が持ち込んだ自作メリーゴーランド企画を生物室では話し合われていた。
「文化祭でメリーゴーランド⁈」
 案の定、思いもよらない企画を聞いた部員たちからは戸惑い交じりの驚きの声が上がる。
「説明するよりも、実際の動画を見た方がわかりやすいと思うんで、まずはこれを見て欲しい」と丸山はそう言うと、自分のタブレットに高橋が見つけたページの動画を再生させる。
 動画では中心にある回転台を軸に放射状に組まれた鉄パイプの先に装飾された四基の箱が付いていて、それを人力で動かして回転させるという原始的な構造のメリーゴーランドであったが、そこに移っている人たちは皆笑顔で、楽しそうにしていた。
「これすごい~!」
 動画を見終わったあおいが興奮した様に感想を口にする。
「文化祭でメリーゴーランドなんて、普通思いつかないわよね」
「文化祭の出し物って、模擬店か劇か合唱が定番だからこれはちょっと驚き…」
 ユウや律子の感想に他のメンバーも頷いた。
「面白いとは思うけど…俺たちに作れるのか?」
 疑問を口にした加山に藤原が「変なギミックとか付けないなら、そんなに難しくないと思う」と言う。
「これ、実際文化祭でやったら大人気にはなりそうだけど、人力よね?」
 メリーゴーランドを作ることが出来たとしても、文化祭で運用が出来るのか? と順子が心配する。
「男子は俺、高橋君、光君、藤原君、それに渉先輩の五人いるんで交替で押せば不可能ではないと思うけどね…」
 女子はチラシ配り、受付や行列の誘導、あとは男子の補助をするという形で仕事を分担すればいいのでは? と高橋が言うと、トキが「メリーゴーランドなら収益見込めそうですね」と笑った。
「面白いとは思うけど、文化祭って二日あるんですよね? 交替で押すといっても疲れそうだなぁ」
「まあ、人力だからねぇ」
 加山の意見に丸山が苦笑いを浮かべる。
「設計を工夫すれば、そんなに力仕事にはならないと思うよ」
 加山の意見を聞いていた藤原が少し考え込んでいた後そう言うと、白紙のレポート用紙に簡単なメリーゴーランドの基本構造図と思われる絵を描き始めた。
「回転を滑らかにするには中心軸にベアリングを組み込むのが一番なんだけど、でかいベアリングは高価すぎて現実的では無いから、コロなんかの車輪をいかに利用して配置するかだな…」
「藤原君…なんか慣れてるみたいだね?」
 ぶつぶつ言いながらペンを走らせる藤原を見ていた丸山が驚いたように訊く。
「あ、俺、昔から工作好きだし、大学は建築設計コース志望なんで」
 藤原の話によると、実家は工務店で藤原はその跡取り息子という事であった。
「なんで藤原君、生物部なんかにいるの⁈」
 そんな順子の疑問に藤原は「校内でお茶会の美味しいお菓子を食べられるから」と笑った。
「それだけの理由?」
 呆れ顔の順子に藤原は「最近、ペットと暮らす家の設計やリフォームの依頼も多いので、この学校の生物部なら、ノウハウ本が少ない爬虫類や水生生物と暮らす為のノウハウを実際お世話をしながら勉強できるという理由もある」とニヤリとする。
「ちゃっかりしてるなぁ」
 藤原の話を説明を聞いた高橋が感心した様に言うと、藤原は「生きた知識が大切」というのが父親の口癖なんだと笑った。
「うへぇ…藤原って将来の事、もう考えてるんだ」
 自分は全然だと加山は肩を竦める。
「私もなぁんにも考えてないけど、問題無いよぉ」
「…あおいちゃんは考えなさすぎって気もするけど」
 順子の呟きに後輩たちは笑いをかみ殺した。
「——将来設計の話はともかくとして、人力メリーゴーランドの企画、みんなはどう思う?」
 脱線しかかった話を戻すように丸山が部員たちに尋ねる。
「面白そうだし、他にいい案が無いならいいんじゃない?」
 順子の言葉に一同頷く。
「…トキちゃんもいいかな? 提案してくれたフードファイトじゃないけど?」
「メリーゴーランドの方が楽しそうだし、収益も見込めそうだから問題ないです」
 にっこりと微笑むトキの言葉にホッとした表情を浮かべて丸山は「では、今年の文化祭の生物部はメリーゴーランドに決定」
 他のクラブやクラスに真似をされたくないので、ギリギリまで計画は極秘でという事になり、人力メリーゴーランド計画は密かに進められる事となった。
――良かった、面白そうな企画が決まって。
 製作段階で問題はいろいろ出てくるとは思われたが、後は野となれ山となれ。
 とりあえず、文化祭に向けての第一歩を踏み出す事が出来た事に胸をなでおろす丸山であった。
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