45 / 47
◆Page38
~生物部の輪舞~
しおりを挟む
今年の文化祭は天気に恵まれ、空高く晴れ渡っていた。
「…よくもまあ、こんなとんでもないもの作ったよなぁ」
開門と同時に登校してきた渉は、技術工作室のど真ん中に鎮座する自作メリーゴーランドを前に、驚き半分呆れ半分といった様子で感想を口にしていた。
「藤原君のおやっさん工務店をやっていて相談したら協力してくれたんですよ――高価な鉄パイプは貸してもらえたし、コンパネなんかの木材は安いお店を紹介してもらえたんで、製作費はかなり安く抑えられたのは助かりました」
「へぇ、プロの協力があったのか…って事は設計も?」
「助言してもらったみたいですけど、基本設計は藤原君一人で…遠心力の計算とかもいろいろ調べて計算したみたいです」
丸山の説明に渉はさすが進学理系と素直に感心する。
「それに今回、極秘計画だったので、結構大変だったんですよ~」
生物実験室は水道管やガス管がある実験台は作り付けで動かせないので、制作場所として使えなかったし、極秘でメリーゴーランド本体の制作や動作検証、大きな資材の保管場所、会場の設営の事を考えて技術工作室を使わせてもらう事にしたのだという。
「確かに技術工作室で何か大きなものを作っていても不自然ではないけど、よく許可が下りたな」
「大槻ちゃんに相談したら面白がってくれてOKしてくれたんで助かりました」
丸山が言う大槻ちゃんとは、技術教科の主任教師の事でユーモアあふれる兄貴肌の人物のせいか、生徒からの人気も高い人物であった。
「この部屋特殊教室棟の一階だから、資材搬入しやすかったし、広くて各種工具もそろっているんでいろいろ助かりました」
「なるほどねぇ」
渉は一応夏休み前に生物部は引退したので、文化祭は手伝うという約束はしていたものの、何をするのかまでは聞いていなかったので、感心する事しきりであった。
「あ、先輩、おはようございます」
それぞれ両手に大きな紙袋を下げて登校してきた律子とユウが、話し込んでいた渉と丸山に挨拶をする。
「おはよう…朝から大荷物だね」
「衣装作って来たんです」
「作って来た?」
笑顔で答える律子の言葉に渉は首を傾げる。
「律ちゃん先輩はコスプレーヤーで、コスプレ衣装とかをいつも自分で作っているから、こういうの得意なんですよ」
律子の衣装作りの手伝い担当だったユウが説明をした。
「それはまた…今までの衣装って、バラエティショップで買ったパーティーグッズのコスプレ衣装だったのに、オリジナルで作るってすごいなぁ」
「凝ったデザインじゃないし、簡単なものなんで期待しないでくださいね~」
渉に褒められたのが恥ずかしかったのか、律子は照れ隠しするようにはにかんだ笑顔を見せる。
「今年は人材豊富で羨ましいなぁ」
「俺もこの企画が動き出すまで知らなかったですよ――最初から言っていてくれても良かったのに」
渉に丸山はそう言った後、「知っていれば、企画アイディアがもっと出たかもしれなかったのに」とぼやく。
「部長にしかわからない悩みだと思うよ…で、これどうやって動かす訳?」
メリーゴーランドの動かし方が気になって仕方が無いのか、渉は丸山に尋ねる。
「普通にお客さんを乗せるボックスを押すだけです」
「こう?」
生物部のキャラクターたちがあしらわれた座席付きのボックスを渉が軽く押すと、中央の回転軸にパイプでつながったメリーゴーランドの各席がすっと動いた。
「おぉ、人が乗っていないとはいえ、結構なめらか…どうなってるの?」
構造が気になったのか、渉は床に這いつくばってボックスの下を覗き込む。
「…キャスター?」
見覚えがある形状の車輪を確認した渉が丸山を見上げて疑問符を飛ばす。
「正解です。お客さんを乗せるシートは、キャスター付きの事務イスを利用して、それっぽくする為にキャラクターの絵を描いたボックスの外装を装着したんです――人力とはいえ遠心力が働くので、ボックスの方には安全バーも付けてますよ」
「ああ…元はこれ、事務イスなんだ」
「一からボックスシートを作ろうかと考えたんですけど、強度や駆動性、静穏性、コストを考えた結果、事務イスの流用した方が良さそうって結論になったもんで…」
「…ああ、なるほどね」
市販品なら余裕を持った安全強度を持たせるように設計されて販売されているはずなので、流用するというのもアイディアとしては悪くないと渉は思う。
「本来の使い方じゃないんで、メーカーが知ったら、壊れて怪我をしても保証はしないって怒られそうですけどね」
「違いない」
そう言って笑っていると、残りの女子部員たちが次々に技術工作室にやって来た。
「…男子たち遅くないか?」
女子部員たちが全員揃ったのを見て渉が時計で時間を確認して呟く。
「昨日、男子は遅くまで最終調整の作業とかをやってたから…そろそろ来ると思いますけど」
「来なかったらシャレにならないって」
そう言って渉は笑っていると、高橋が技術工作室に駆け込んで来た。
「おはようございます――間に合った~」
髙橋は時計を確認して安堵の声を上げる。
「何かあったの?」
渉の問いに、高橋は昨夜寝付けなくて寝坊したのだという事だった。
「自作メリーゴーランドを披露できるのが楽しみで楽しみで…」
「要するに、遠足前の子供みたいになっちゃってた訳ね」
髙橋の寝付けなかった理由を準備をしながら聞いていた順子がそう言って笑う。
「高橋君でそれだったら、設計を担当した藤原君も興奮して寝られなかったかもな」と丸山が笑っていると、噂の藤原と加山が登校してきた。
「うぃ~す、みんな早いっすね」
開店準備を始めていたメンバーを見ながら加山がのんびりした様子で言うと「光君たちが遅いのよ――もうすぐお客さんの入場が始まるんだから、準備急いで」と、受付用の机を中庭に運ぶ作業に取り掛かった順子が加山たちをせかす。
「準備って? 俺達はこいつを動かすだけじゃ?」
疑問を口にする加山と藤原に、衣装が入った紙袋を律子は二人に手渡した。
二人が隣の技術教官室に着替えに向かった後、渉と丸山、高橋にも律子から紙袋が手渡される。
「ええ? 俺たちも?」
「当然。楽しい雰囲気作りには衣装も大事」
「…はい」
有無を言わせぬ律子の言葉に、男子たちは頷くしかなかった。
「メリーゴーランドの最後列はこちらで~す」
中庭でプラナリアの衣装を着たあおいは、行列整理の為に声を張り上げていた。
文化祭でメリーゴーランドは人気企画になるのは事前に予想はついていたが、案の定、開場して一時間後には長蛇の列が中庭に出来る事となった。
「なんか、すごい事になっちゃてますね…」
技術工作室の前の中庭に設置した受付でグリーンイグアナの衣装を身にまとったトキが、アフリカツメガエルの衣装を着ている順子に囁く。
技術工作室の中からはメリーゴーランドを楽しむ客達の声や賑やかなBGMが聞こえてきていた。
「一回に乗れるの6人だから…今だと、最後尾で40分待ちって感じかな?」
メリーゴーランドは人力の為、一回3分という運用で行われていたが、客達を入れ替える時間などもあるので行列は伸びる一方であった。
「交替で動かしているとはいえ、男子大変そうよね」
「お客さんは楽しそうですけどね」
順子とトキが小声で話しながら笑っていると、中から誘導担当で色違いのピエロの衣装を着たユウと空が出てきた。
「お待たせしました。次の回をお待ちの六名様どうぞ――」
先の回の客達の退出を済ませ、ユウ達は次の客を中に案内してゆく。次の回の順番待ちの客達が中に入るのを待って、順子とトキは受付作業を再開した。
「次の回、お待ちの六名様。こちらで乗車券をお求めください」
「一回三百円になってます」
先に乗車券だけ売って並んでもらうという方法もあったのだが、夕方まで休憩なしになりそうだからという理由で、回ごとに乗車券を販売するといった方式にしたのである。
「すごい行列じゃない」
次の回の受付処理を終わらせた順子たちに声をかける人物がいた。
「あ、先輩」
声の主は優子と静香コンビで、文化祭に遊びに来たという。
「あんた達、すごい事考えたわね」
感心した様な静香の言葉に順子は笑顔になる。
「手作り感たっぷりの原始的な構造のメリーゴーランドですけどね」
「そこがいいんじゃない?」
静香がそう言って褒めていると、中の様子を覗き込んでいた優子が「メリーゴーランドを動かしてる男子って…みんなお相撲さんのコスプレなのね」と言って小さく笑う。
「どすこいって掛け声をかけながら動かしてるんでお客さん笑ってますね――ひょろひょろのお相撲さんの中で、丸先輩だけ、本物のお相撲さんみたいに見えますけど…」と言ってトキがクスクス笑う。
「そのまんまじゃない」
静香が中を覗き込みながら笑っていると、次の回の案内に空が再び出てきた。
「あ、先輩…」
空は優子たちに軽く会釈をすると、次の回の案内を始める。
客達の誘導と、次の回の受付作業を見守っていた優子が口を開いた。
「——整理券発行しないの?」
「え?」
思いもよらない優子の質問に順子とトキは顔を見合わせる。
「一回六人って決まってるんだから、代金と引き換えに10分刻みの乗車時間入りの予約整理券を出して置けば、お客さんも無駄に待つことが無くなるし、お昼の休憩時間とかも計画的に取れるんじゃない?」
「あ~、なるほど」
順子は優子の提案を聞いてポンと手を打つと、手元に置いていた紙に定規を使って原紙となる整理券の枠線を引きはじめた。
そんな順子を見ながら静香が「お、なかなか、仕事が早いじゃない」と少し揶揄うように笑う。
「うちもやる時はやりますよ~…トキちゃん、悪いけど、これのコピーをA5サイズで20枚頼めるかしら?」
順子は笑いながら静香にそう答えると、乗車時間を書き込む空欄の下に時間厳守、いかなる理由であっても返金いたしませんという注意書きを枠内に書いて、その紙を手にトキに訊いた。
「あ、はい」
手提げ金庫から百円硬貨二枚と整理券の原紙を順子から受け取ったトキは、生徒用のコピー機がある購買部へ小走りで向かう。それを見送った優子と静香は「頑張ってね」と言うと文化祭の雑踏の中へ姿を消した。
初日の夕方、一般客が帰った後、技術工作室では疲労困憊といった様子で床に座り込んでいた男子たちに、あおいと律子が「お疲れさまでした」と言いながら、缶ジュースを配ってまわっていた。
「…これは?」
ジュースを受け取った丸山が怪訝そうな顔で訊く。
「洋司先輩からの差し入れですぅ」
あおいの説明に渉は「ほんと、後輩想いのありがたい先輩だなぁ」と言いながらジュースに口をつけた。
「先輩と言えば、優子先輩と静香先輩も来てたわよ」
「え? そうなの?」
男子たちと同じように床に座り込んでジュースを飲んでいた順子の言葉に渉が驚いた様子で訊き返す。
「整理券発行したら? ってアドバイスだけして行っちゃったけど」
「なんだ~、乗って行ってくれたら良かったのに」
残念そうな丸山の言葉に、加山と藤原が頷く。
「先輩たちが乗ってくれたらいろいろサービスしたのにな」
「調子に乗ってガンガン回したら、後で静香先輩にしばかれると思うけどな」
加山に渉が笑ってツッコミを入れると、順子が爆笑した。
「お客さんはただメリーゴーランドみたいに、ぐるぐる回るだけだと思っていたから、椅子自体も動くのに驚いてたよな」
「ちょっと乗り物酔いした人いたけどな」
客たちの反応を思い出して嬉しそうな藤原に、加山がそう言って笑う。
今回の自作メリーゴーランドは、事務イスの支柱部分とメリーゴーランド本体の中心軸を鉄パイプでつないでいるというのが基本構造であった。
外向きに鉄パイプで取り付けられた椅子はメリーゴーランドとして回転し、ボックス自体も椅子を固定していない為、連結している鉄パイプ部分に乗っている人間の足が当たらない程度の範囲ではあるが、不規則に左右に揺れ動くという代物であった。
「どちらかと言うと、メリーゴーランドと言うよりはコーヒーカップの方が近い感じだよね」
動作確認で何度も試乗したあおいがそう言って笑う。
「基本原理は似たようなものだからどっちでもいいけど」
藤原自身には呼び方のこだわりは無いらしく、そう言ってジュース片手に立ち上がると、椅子やメリーゴーランド本体に変ながたつきなどが無いか点検を始めた。
「——いけそう?」
点検の様子を見ていた渉が訊くと、藤原は「明日一日ぐらいならなんとか」と笑う。
「こいつが壊れるか、俺達の体力の限界が先かになりそうだけど…」
そう言って高橋も笑いながら立ち上がる。
「今年の学祭の企画大賞はうちで間違いなさそうだしな、あと一日、頑張ろう!」
「おー‼」
今日一日の客達の反応で手ごたえを感じたのか、疲れてはいたが部員たちの士気は高いようで、丸山の言葉に部員たちから声を上がった。
そんな頼りになる後輩たちを見ながら渉は、眩しそうに目を細める。
――これぞ青春って感じだよな
自分もその一員である事を忘れて、年寄り臭い事を考える渉であった。
「…よくもまあ、こんなとんでもないもの作ったよなぁ」
開門と同時に登校してきた渉は、技術工作室のど真ん中に鎮座する自作メリーゴーランドを前に、驚き半分呆れ半分といった様子で感想を口にしていた。
「藤原君のおやっさん工務店をやっていて相談したら協力してくれたんですよ――高価な鉄パイプは貸してもらえたし、コンパネなんかの木材は安いお店を紹介してもらえたんで、製作費はかなり安く抑えられたのは助かりました」
「へぇ、プロの協力があったのか…って事は設計も?」
「助言してもらったみたいですけど、基本設計は藤原君一人で…遠心力の計算とかもいろいろ調べて計算したみたいです」
丸山の説明に渉はさすが進学理系と素直に感心する。
「それに今回、極秘計画だったので、結構大変だったんですよ~」
生物実験室は水道管やガス管がある実験台は作り付けで動かせないので、制作場所として使えなかったし、極秘でメリーゴーランド本体の制作や動作検証、大きな資材の保管場所、会場の設営の事を考えて技術工作室を使わせてもらう事にしたのだという。
「確かに技術工作室で何か大きなものを作っていても不自然ではないけど、よく許可が下りたな」
「大槻ちゃんに相談したら面白がってくれてOKしてくれたんで助かりました」
丸山が言う大槻ちゃんとは、技術教科の主任教師の事でユーモアあふれる兄貴肌の人物のせいか、生徒からの人気も高い人物であった。
「この部屋特殊教室棟の一階だから、資材搬入しやすかったし、広くて各種工具もそろっているんでいろいろ助かりました」
「なるほどねぇ」
渉は一応夏休み前に生物部は引退したので、文化祭は手伝うという約束はしていたものの、何をするのかまでは聞いていなかったので、感心する事しきりであった。
「あ、先輩、おはようございます」
それぞれ両手に大きな紙袋を下げて登校してきた律子とユウが、話し込んでいた渉と丸山に挨拶をする。
「おはよう…朝から大荷物だね」
「衣装作って来たんです」
「作って来た?」
笑顔で答える律子の言葉に渉は首を傾げる。
「律ちゃん先輩はコスプレーヤーで、コスプレ衣装とかをいつも自分で作っているから、こういうの得意なんですよ」
律子の衣装作りの手伝い担当だったユウが説明をした。
「それはまた…今までの衣装って、バラエティショップで買ったパーティーグッズのコスプレ衣装だったのに、オリジナルで作るってすごいなぁ」
「凝ったデザインじゃないし、簡単なものなんで期待しないでくださいね~」
渉に褒められたのが恥ずかしかったのか、律子は照れ隠しするようにはにかんだ笑顔を見せる。
「今年は人材豊富で羨ましいなぁ」
「俺もこの企画が動き出すまで知らなかったですよ――最初から言っていてくれても良かったのに」
渉に丸山はそう言った後、「知っていれば、企画アイディアがもっと出たかもしれなかったのに」とぼやく。
「部長にしかわからない悩みだと思うよ…で、これどうやって動かす訳?」
メリーゴーランドの動かし方が気になって仕方が無いのか、渉は丸山に尋ねる。
「普通にお客さんを乗せるボックスを押すだけです」
「こう?」
生物部のキャラクターたちがあしらわれた座席付きのボックスを渉が軽く押すと、中央の回転軸にパイプでつながったメリーゴーランドの各席がすっと動いた。
「おぉ、人が乗っていないとはいえ、結構なめらか…どうなってるの?」
構造が気になったのか、渉は床に這いつくばってボックスの下を覗き込む。
「…キャスター?」
見覚えがある形状の車輪を確認した渉が丸山を見上げて疑問符を飛ばす。
「正解です。お客さんを乗せるシートは、キャスター付きの事務イスを利用して、それっぽくする為にキャラクターの絵を描いたボックスの外装を装着したんです――人力とはいえ遠心力が働くので、ボックスの方には安全バーも付けてますよ」
「ああ…元はこれ、事務イスなんだ」
「一からボックスシートを作ろうかと考えたんですけど、強度や駆動性、静穏性、コストを考えた結果、事務イスの流用した方が良さそうって結論になったもんで…」
「…ああ、なるほどね」
市販品なら余裕を持った安全強度を持たせるように設計されて販売されているはずなので、流用するというのもアイディアとしては悪くないと渉は思う。
「本来の使い方じゃないんで、メーカーが知ったら、壊れて怪我をしても保証はしないって怒られそうですけどね」
「違いない」
そう言って笑っていると、残りの女子部員たちが次々に技術工作室にやって来た。
「…男子たち遅くないか?」
女子部員たちが全員揃ったのを見て渉が時計で時間を確認して呟く。
「昨日、男子は遅くまで最終調整の作業とかをやってたから…そろそろ来ると思いますけど」
「来なかったらシャレにならないって」
そう言って渉は笑っていると、高橋が技術工作室に駆け込んで来た。
「おはようございます――間に合った~」
髙橋は時計を確認して安堵の声を上げる。
「何かあったの?」
渉の問いに、高橋は昨夜寝付けなくて寝坊したのだという事だった。
「自作メリーゴーランドを披露できるのが楽しみで楽しみで…」
「要するに、遠足前の子供みたいになっちゃってた訳ね」
髙橋の寝付けなかった理由を準備をしながら聞いていた順子がそう言って笑う。
「高橋君でそれだったら、設計を担当した藤原君も興奮して寝られなかったかもな」と丸山が笑っていると、噂の藤原と加山が登校してきた。
「うぃ~す、みんな早いっすね」
開店準備を始めていたメンバーを見ながら加山がのんびりした様子で言うと「光君たちが遅いのよ――もうすぐお客さんの入場が始まるんだから、準備急いで」と、受付用の机を中庭に運ぶ作業に取り掛かった順子が加山たちをせかす。
「準備って? 俺達はこいつを動かすだけじゃ?」
疑問を口にする加山と藤原に、衣装が入った紙袋を律子は二人に手渡した。
二人が隣の技術教官室に着替えに向かった後、渉と丸山、高橋にも律子から紙袋が手渡される。
「ええ? 俺たちも?」
「当然。楽しい雰囲気作りには衣装も大事」
「…はい」
有無を言わせぬ律子の言葉に、男子たちは頷くしかなかった。
「メリーゴーランドの最後列はこちらで~す」
中庭でプラナリアの衣装を着たあおいは、行列整理の為に声を張り上げていた。
文化祭でメリーゴーランドは人気企画になるのは事前に予想はついていたが、案の定、開場して一時間後には長蛇の列が中庭に出来る事となった。
「なんか、すごい事になっちゃてますね…」
技術工作室の前の中庭に設置した受付でグリーンイグアナの衣装を身にまとったトキが、アフリカツメガエルの衣装を着ている順子に囁く。
技術工作室の中からはメリーゴーランドを楽しむ客達の声や賑やかなBGMが聞こえてきていた。
「一回に乗れるの6人だから…今だと、最後尾で40分待ちって感じかな?」
メリーゴーランドは人力の為、一回3分という運用で行われていたが、客達を入れ替える時間などもあるので行列は伸びる一方であった。
「交替で動かしているとはいえ、男子大変そうよね」
「お客さんは楽しそうですけどね」
順子とトキが小声で話しながら笑っていると、中から誘導担当で色違いのピエロの衣装を着たユウと空が出てきた。
「お待たせしました。次の回をお待ちの六名様どうぞ――」
先の回の客達の退出を済ませ、ユウ達は次の客を中に案内してゆく。次の回の順番待ちの客達が中に入るのを待って、順子とトキは受付作業を再開した。
「次の回、お待ちの六名様。こちらで乗車券をお求めください」
「一回三百円になってます」
先に乗車券だけ売って並んでもらうという方法もあったのだが、夕方まで休憩なしになりそうだからという理由で、回ごとに乗車券を販売するといった方式にしたのである。
「すごい行列じゃない」
次の回の受付処理を終わらせた順子たちに声をかける人物がいた。
「あ、先輩」
声の主は優子と静香コンビで、文化祭に遊びに来たという。
「あんた達、すごい事考えたわね」
感心した様な静香の言葉に順子は笑顔になる。
「手作り感たっぷりの原始的な構造のメリーゴーランドですけどね」
「そこがいいんじゃない?」
静香がそう言って褒めていると、中の様子を覗き込んでいた優子が「メリーゴーランドを動かしてる男子って…みんなお相撲さんのコスプレなのね」と言って小さく笑う。
「どすこいって掛け声をかけながら動かしてるんでお客さん笑ってますね――ひょろひょろのお相撲さんの中で、丸先輩だけ、本物のお相撲さんみたいに見えますけど…」と言ってトキがクスクス笑う。
「そのまんまじゃない」
静香が中を覗き込みながら笑っていると、次の回の案内に空が再び出てきた。
「あ、先輩…」
空は優子たちに軽く会釈をすると、次の回の案内を始める。
客達の誘導と、次の回の受付作業を見守っていた優子が口を開いた。
「——整理券発行しないの?」
「え?」
思いもよらない優子の質問に順子とトキは顔を見合わせる。
「一回六人って決まってるんだから、代金と引き換えに10分刻みの乗車時間入りの予約整理券を出して置けば、お客さんも無駄に待つことが無くなるし、お昼の休憩時間とかも計画的に取れるんじゃない?」
「あ~、なるほど」
順子は優子の提案を聞いてポンと手を打つと、手元に置いていた紙に定規を使って原紙となる整理券の枠線を引きはじめた。
そんな順子を見ながら静香が「お、なかなか、仕事が早いじゃない」と少し揶揄うように笑う。
「うちもやる時はやりますよ~…トキちゃん、悪いけど、これのコピーをA5サイズで20枚頼めるかしら?」
順子は笑いながら静香にそう答えると、乗車時間を書き込む空欄の下に時間厳守、いかなる理由であっても返金いたしませんという注意書きを枠内に書いて、その紙を手にトキに訊いた。
「あ、はい」
手提げ金庫から百円硬貨二枚と整理券の原紙を順子から受け取ったトキは、生徒用のコピー機がある購買部へ小走りで向かう。それを見送った優子と静香は「頑張ってね」と言うと文化祭の雑踏の中へ姿を消した。
初日の夕方、一般客が帰った後、技術工作室では疲労困憊といった様子で床に座り込んでいた男子たちに、あおいと律子が「お疲れさまでした」と言いながら、缶ジュースを配ってまわっていた。
「…これは?」
ジュースを受け取った丸山が怪訝そうな顔で訊く。
「洋司先輩からの差し入れですぅ」
あおいの説明に渉は「ほんと、後輩想いのありがたい先輩だなぁ」と言いながらジュースに口をつけた。
「先輩と言えば、優子先輩と静香先輩も来てたわよ」
「え? そうなの?」
男子たちと同じように床に座り込んでジュースを飲んでいた順子の言葉に渉が驚いた様子で訊き返す。
「整理券発行したら? ってアドバイスだけして行っちゃったけど」
「なんだ~、乗って行ってくれたら良かったのに」
残念そうな丸山の言葉に、加山と藤原が頷く。
「先輩たちが乗ってくれたらいろいろサービスしたのにな」
「調子に乗ってガンガン回したら、後で静香先輩にしばかれると思うけどな」
加山に渉が笑ってツッコミを入れると、順子が爆笑した。
「お客さんはただメリーゴーランドみたいに、ぐるぐる回るだけだと思っていたから、椅子自体も動くのに驚いてたよな」
「ちょっと乗り物酔いした人いたけどな」
客たちの反応を思い出して嬉しそうな藤原に、加山がそう言って笑う。
今回の自作メリーゴーランドは、事務イスの支柱部分とメリーゴーランド本体の中心軸を鉄パイプでつないでいるというのが基本構造であった。
外向きに鉄パイプで取り付けられた椅子はメリーゴーランドとして回転し、ボックス自体も椅子を固定していない為、連結している鉄パイプ部分に乗っている人間の足が当たらない程度の範囲ではあるが、不規則に左右に揺れ動くという代物であった。
「どちらかと言うと、メリーゴーランドと言うよりはコーヒーカップの方が近い感じだよね」
動作確認で何度も試乗したあおいがそう言って笑う。
「基本原理は似たようなものだからどっちでもいいけど」
藤原自身には呼び方のこだわりは無いらしく、そう言ってジュース片手に立ち上がると、椅子やメリーゴーランド本体に変ながたつきなどが無いか点検を始めた。
「——いけそう?」
点検の様子を見ていた渉が訊くと、藤原は「明日一日ぐらいならなんとか」と笑う。
「こいつが壊れるか、俺達の体力の限界が先かになりそうだけど…」
そう言って高橋も笑いながら立ち上がる。
「今年の学祭の企画大賞はうちで間違いなさそうだしな、あと一日、頑張ろう!」
「おー‼」
今日一日の客達の反応で手ごたえを感じたのか、疲れてはいたが部員たちの士気は高いようで、丸山の言葉に部員たちから声を上がった。
そんな頼りになる後輩たちを見ながら渉は、眩しそうに目を細める。
――これぞ青春って感じだよな
自分もその一員である事を忘れて、年寄り臭い事を考える渉であった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』
本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」
かつて、私は信じていた。
優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な──
そんな普通のお兄ちゃんを。
でも──
中学卒業の春、
帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、
私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった!
家では「戦利品だー!」と絶叫し、
年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、
さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!?
……ちがう。
こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない!
たとえ、世界中がオタクを称えたって、
私は、絶対に──
お兄ちゃんを“元に戻して”みせる!
これは、
ブラコン妹と
中二病オタク姫が、
一人の「兄」をめぐって
全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──!
そしていつしか、
誰も予想できなかった
本当の「大好き」のカタチを探す、
壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる