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レヴェレナット ―起ノ壱―
烏丸愛理
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「ごめんなさい!!!」
幹の家から出て来て、幹から最初に飛んできた言葉はそれだった。
次に来たのは、九十度にしっかり曲がった辞儀だった。
「わ、わたし、とりあえずなんとかしなきゃって、そう思っちゃって、それで、だから・・・!」
なんとなく察していた。
なんとか自分に『幹がそういうなら、きっと策がある!』と言い聞かせたものの、心のどこかで、そんな都合のいい策があるなんてと思っていた。
まあ、幹だって完璧じゃない。
人造人間だからって、何もかも精密な機械ってわけじゃない。
人間のように学んで、考えて、焦って、戸惑って。
それが、俺の彼女だ。
人造の人間であっても、ロボットじゃない。
幹はれっきとした人間だ。
「大丈夫、大丈夫だよ幹。気持ちは伝わった、ありがとう」
幹がこんなに俺の為を考えて必死になってくれた。
そのせいか、俺は人体実験ぐらい受けたっていい気がしてきた。
死にはしないんだ。
死ななければ、幹とまた会え——
「ほ、ほんと? よかった・・・じゃあ、優くんの代わりになってくれる人のとこに行こ」
「え? あ、あぁ、あぁ・・・」
あれ? もしかして本当に策がある?
本当に俺の代わりに人体実験を受けてくれる人がいるのか?
「なあ幹、俺の代わりにあてがあるのか?」
「一応ね。あの人なら、きっと快く了承してくれるよ」
ほう、あてがあるのか。
まあ、無駄に俺が被験者になるのもあれだしな。
快諾してくれそうな人がいるなら、その人に機会をあげるのが一番だ。
しかし、そんな都合よく代わりの人が見つかるもんなのか。
もしかして、いつも博士の人体実験を受けている人がいたり?
いや、だとしたら、はなから博士も俺じゃなく、その人に頼んでるだろう。
ならなんだ、幹の知り合いか?
いや、流石に知り合いを人体実験の被験者にさせることはしないか。
んー、わからん。
一体誰なんだ、俺の代わりの人は。
「その人の家、すぐ近くだから。一緒に歩いて行こ」
そんなうだうだ悩む俺の背を押すように、幹は俺の手を握って言った。
まあ、気にしていても仕方ないか。
あてがあるなら頼ろう。
別にそれは恥ずかしいことじゃないんだし。
うだうだ悩んだり、うじうじ縮こまったりしないで、黙って幹についていこう。
———
と、心に決めて幹について行き二十分。
そこそこに歩いて辿り着いた場所は——
「烏丸・・・」
「この人ならきっと、博士の人体実験にも協力してくれるはずだよ。多分・・・」
家の表札には『烏丸』と書かれている。
ということは、烏丸という人が人体実験を受けてくれるのか。
烏丸さん、まだ決まったわけじゃないけど、最大限の感謝を示します。
「ど、どうしたの優くん? 急に家の前でお辞儀なんて」
「一応ね、一応」
「? まあいいや、とりあえずピンポンするよ」
あしらわれてしまった。
慣れないことはするものじゃないな。
というか、烏丸ってどこかで聞いたことがある気がする。
どこだろうか、知り合いだろうか。
わからないが、なんとなく耳馴染みがある。
学校の人だろうか。
学校・・・あっ。
『ピンポーン』
ふと思い出した。
烏丸という名前、どこかで聞いたことあると思ったら、あの学校のマドンナじゃないか。
烏丸愛理、あの絶世の美女と学校中の男共から謳われるあいつじゃないか。
まあでも、苗字が被ることぐらいあるだろうし、流石にあの人じゃないだろ。
それに、あの烏丸が博士の人体実験に付き合ってくれるなんて、普通に考えたらあり得ない話だ。
人体実験だぞ、一体何があるかもわからない実験だぞ。
あの容姿や地位を築くために、きっと計り知れない努力をしてきたであろう烏丸が、自分の努力が消えてしまうかもしれない人体実験に快く了承してくれるとは思えない。
きっと別人だろう。
このインターホンの先にいるのも、きっとあの人じゃない。
という考えは、まさにフラグになった。
「はい、烏丸ですけど——」
「あ、愛理さん! 私です、藤島幹です!」
烏丸愛理。
同姓同名、しかもこの地区で。
流石に別人というのは無理があるだろう。
インターホンの先から聞こえてくるこの声も、どこかお淑やかで、どこか麗しくて、まさしく烏丸愛理たる声色をしている。
間違いない、確実にあの烏丸愛理だ。
「あら、藤島さん! これはこれは、いつもお世話になっています」
「あの、愛理さん! 実は相談というか、話があって・・・」
「わかりました。ただ、外で立ち話をするのもなんですし、一度私の部屋に上がっていってください」
「ありがとうございます! あ、すいません愛理さん。実は、私の彼氏も一緒に来てて・・・」
待て、もっと事細かに話してくれ幹。
これじゃ心配性が酷すぎて、ただ烏丸愛理に会いに来た幹のことを『どうせ男なんだろ!!』なんて勘違いして、束縛しまくってるやつクズ彼氏みたいじゃないか。
いや、そんなことないか。
「もちろん、ぜひ上がっていってください。桐谷さんの事は把握しておりますので」
「ありがとうございます!」
ん?
なんか今、把握してるって言ってなかったか?
まあ、クラスのマドンナと言われるほどの人だ。
学校の人間を把握するなんて造作もないのだろう。
そういう努力が、彼女を絶世の美女という地位につけさせたんだろう。
その努力には、きっと誰も頭が上がらないはずだ。
「それでは、わたしが迎えに出ますので、少々そちらでお待ちになってください」
「わかりました!」
その会話を最後に、インターホンからは『ブチッ』という、通話が切れたような電子音が聞こえた。
俺と幹は、烏丸愛理がやってくる間に、少々の雑談に興じた。
「まさか、幹のいうあてが、あの烏丸愛理さんだなんて」
「そう言う割には、あまり驚いてるようには見えなかったけど?」
「当たり前だろ、俺には幹がいるんだ。他の女の人には興味がないよ」
そう言うと、幹は少し顔を赤らめて『ばかっ』とだけ言って顔を手で覆った。
一体この可愛さはどこから来ているんだ。
こんなのを見せられたら、どんな美女を見ても心は揺らがないに決まってる。
「お待たせいたしまし・・・た・・・?」
なんで惚気をしていたら、顔を赤らめる幹にクエスチョンマークを浮かべながら、あの絶世の美女、烏丸がやってきた。
———
ただ今、この俺桐谷優は、超絶美少女の烏丸愛理さんの部屋に堂々と居座っております。
部屋には可愛らしいぬいぐるみがいくつか置かれています。
綺麗に整えられたベッドに、小さな丸机。
机の上には、おそらく美容品と思えるものが大量に。
これが美女の部屋、さすがだな。
学校の男子がこの光景を目の当たりにしたら、喚き叫びの狂喜乱舞が巻き起こるだろうな。
この事はなるべく内密にしなければ。
「さて、今日は一体どんなご用件で?」
烏丸はそう言いながら、丸机に座る俺達に向かい合いながら、美味しそうな紅茶を差し出してくれた。
お上品、まるでお嬢様だな。
家自体は普通なんだが。
「じつは、今日は愛理さんに頼みがあって・・・」
と言いながらも、リラックスした様子で、幹は差し出された紅茶をごくごくと飲んでいる。
人造人間も飲み物を飲むんだ、みたいな疑問は一旦置いておいてもらおう。
「あら、そちら側から頼みとは珍しいですね。それで、頼みとは?」
「その、実は、博士の人体実験に付き合ってくれる人を探していまして・・・」
「じ、人体実験?」
戸惑いを隠せない烏丸が、思わず言葉を詰まらせている
そりゃそんな反応するだろう。
いくら物静かそうな彼女だって、人体実験というワードには驚くのだ。
というか、一体烏丸は博士達とどんな関係なんだ。
この感じだと、結構前から知り合いっぽいが。
でも、幹が快く承ってくれると言うほどなんだし、結構長い付き合いなんだろう。
だとしても、やはり人体実験はな。
流石にどんな人間でも抵抗はある。
仕方がない。
「もしかして、私に実験体になって欲しいと?」
「え、えっと、その・・・」
やばい、もしかして烏丸さん、少し怒ってらっしゃる?
幹もそんなに反抗するタイプじゃないし、このままじゃ幹が怒られてしまう。
ただでさえ、幹は俺を庇う為に、博士に他の人を探すって言ってくれたのに。
なら、ここをなんとかするべきは、助けてもらってばっかの俺だ。
たまには、彼氏らしいことをしないと。
「俺が人体実験を断ったんです」
「断った?」
「ゆ、優くん!?」
「俺が断ったんです、博士の人体実験の誘いを。ただ、博士の誘いを断る際に、他の人を人体実験に使わせる事を条件にしてしまったんです。つまり、これは俺が博士の誘いを承れば終わる話なんです。例え、烏丸さんの力を借りなくとも」
「はあ、なるほど・・・」
「優くん・・・」
これが真実だ。
俺が断らなければ、烏丸は人体実験の話になる必要はない。
結局、最初の判断が正解だったんだ。
俺が、博士の人体実験を受ければ終わるんだ。
俺が我慢すれば、幹の庇いも、烏丸の努力も、必要なくなるんだ。
なら、俺が人体実験を——
「何か勘違いしてるようですが——私、断る気なんてないですよ?」
「・・・え?」
「私、いつも博士のお世話になってますから。博士の為になれるなら、私、喜んで承ります」
あれ、これはまた空回ったのか?
「それに、友達の彼氏が人体実験を受けるだなんて、私は嫌ですもの」
「あ、愛理さん・・・!」
こ、これは・・・まさしくマドンナ、絶世の美女だ。
学校のすべての男子が、あんなにも敬う気持ちが分かったような気がする。
烏丸は、やはり美女だ。
「ですから、桐谷さんは憂うことをせずに、幹さんをしっかり幸せにしてあげてください」
「は、はい・・・!」
認識が改まった。
決して、烏丸に恋に落ちたわけではない。
だが、確かに人として好きになってしまう。
人間として、尊敬してしまう。
とはいえ、本当にいいのだろうか。
人体実験なんて、そんなものを。
「桐谷さん」
「は、はい?」
「憂うことはないですよ。私は、博士に恩を返すだけですから」
どうやら、顔に出ていたようだ——
こうして、博士の人体実験を受ける人が決まった。
俺は今日も、何一つとして、彼氏らしいことも、男らしいこともできなかった。
俺は、幹に相応しいのだろうか。
それだけが、唯一の心残りだ。
幹の家から出て来て、幹から最初に飛んできた言葉はそれだった。
次に来たのは、九十度にしっかり曲がった辞儀だった。
「わ、わたし、とりあえずなんとかしなきゃって、そう思っちゃって、それで、だから・・・!」
なんとなく察していた。
なんとか自分に『幹がそういうなら、きっと策がある!』と言い聞かせたものの、心のどこかで、そんな都合のいい策があるなんてと思っていた。
まあ、幹だって完璧じゃない。
人造人間だからって、何もかも精密な機械ってわけじゃない。
人間のように学んで、考えて、焦って、戸惑って。
それが、俺の彼女だ。
人造の人間であっても、ロボットじゃない。
幹はれっきとした人間だ。
「大丈夫、大丈夫だよ幹。気持ちは伝わった、ありがとう」
幹がこんなに俺の為を考えて必死になってくれた。
そのせいか、俺は人体実験ぐらい受けたっていい気がしてきた。
死にはしないんだ。
死ななければ、幹とまた会え——
「ほ、ほんと? よかった・・・じゃあ、優くんの代わりになってくれる人のとこに行こ」
「え? あ、あぁ、あぁ・・・」
あれ? もしかして本当に策がある?
本当に俺の代わりに人体実験を受けてくれる人がいるのか?
「なあ幹、俺の代わりにあてがあるのか?」
「一応ね。あの人なら、きっと快く了承してくれるよ」
ほう、あてがあるのか。
まあ、無駄に俺が被験者になるのもあれだしな。
快諾してくれそうな人がいるなら、その人に機会をあげるのが一番だ。
しかし、そんな都合よく代わりの人が見つかるもんなのか。
もしかして、いつも博士の人体実験を受けている人がいたり?
いや、だとしたら、はなから博士も俺じゃなく、その人に頼んでるだろう。
ならなんだ、幹の知り合いか?
いや、流石に知り合いを人体実験の被験者にさせることはしないか。
んー、わからん。
一体誰なんだ、俺の代わりの人は。
「その人の家、すぐ近くだから。一緒に歩いて行こ」
そんなうだうだ悩む俺の背を押すように、幹は俺の手を握って言った。
まあ、気にしていても仕方ないか。
あてがあるなら頼ろう。
別にそれは恥ずかしいことじゃないんだし。
うだうだ悩んだり、うじうじ縮こまったりしないで、黙って幹についていこう。
———
と、心に決めて幹について行き二十分。
そこそこに歩いて辿り着いた場所は——
「烏丸・・・」
「この人ならきっと、博士の人体実験にも協力してくれるはずだよ。多分・・・」
家の表札には『烏丸』と書かれている。
ということは、烏丸という人が人体実験を受けてくれるのか。
烏丸さん、まだ決まったわけじゃないけど、最大限の感謝を示します。
「ど、どうしたの優くん? 急に家の前でお辞儀なんて」
「一応ね、一応」
「? まあいいや、とりあえずピンポンするよ」
あしらわれてしまった。
慣れないことはするものじゃないな。
というか、烏丸ってどこかで聞いたことがある気がする。
どこだろうか、知り合いだろうか。
わからないが、なんとなく耳馴染みがある。
学校の人だろうか。
学校・・・あっ。
『ピンポーン』
ふと思い出した。
烏丸という名前、どこかで聞いたことあると思ったら、あの学校のマドンナじゃないか。
烏丸愛理、あの絶世の美女と学校中の男共から謳われるあいつじゃないか。
まあでも、苗字が被ることぐらいあるだろうし、流石にあの人じゃないだろ。
それに、あの烏丸が博士の人体実験に付き合ってくれるなんて、普通に考えたらあり得ない話だ。
人体実験だぞ、一体何があるかもわからない実験だぞ。
あの容姿や地位を築くために、きっと計り知れない努力をしてきたであろう烏丸が、自分の努力が消えてしまうかもしれない人体実験に快く了承してくれるとは思えない。
きっと別人だろう。
このインターホンの先にいるのも、きっとあの人じゃない。
という考えは、まさにフラグになった。
「はい、烏丸ですけど——」
「あ、愛理さん! 私です、藤島幹です!」
烏丸愛理。
同姓同名、しかもこの地区で。
流石に別人というのは無理があるだろう。
インターホンの先から聞こえてくるこの声も、どこかお淑やかで、どこか麗しくて、まさしく烏丸愛理たる声色をしている。
間違いない、確実にあの烏丸愛理だ。
「あら、藤島さん! これはこれは、いつもお世話になっています」
「あの、愛理さん! 実は相談というか、話があって・・・」
「わかりました。ただ、外で立ち話をするのもなんですし、一度私の部屋に上がっていってください」
「ありがとうございます! あ、すいません愛理さん。実は、私の彼氏も一緒に来てて・・・」
待て、もっと事細かに話してくれ幹。
これじゃ心配性が酷すぎて、ただ烏丸愛理に会いに来た幹のことを『どうせ男なんだろ!!』なんて勘違いして、束縛しまくってるやつクズ彼氏みたいじゃないか。
いや、そんなことないか。
「もちろん、ぜひ上がっていってください。桐谷さんの事は把握しておりますので」
「ありがとうございます!」
ん?
なんか今、把握してるって言ってなかったか?
まあ、クラスのマドンナと言われるほどの人だ。
学校の人間を把握するなんて造作もないのだろう。
そういう努力が、彼女を絶世の美女という地位につけさせたんだろう。
その努力には、きっと誰も頭が上がらないはずだ。
「それでは、わたしが迎えに出ますので、少々そちらでお待ちになってください」
「わかりました!」
その会話を最後に、インターホンからは『ブチッ』という、通話が切れたような電子音が聞こえた。
俺と幹は、烏丸愛理がやってくる間に、少々の雑談に興じた。
「まさか、幹のいうあてが、あの烏丸愛理さんだなんて」
「そう言う割には、あまり驚いてるようには見えなかったけど?」
「当たり前だろ、俺には幹がいるんだ。他の女の人には興味がないよ」
そう言うと、幹は少し顔を赤らめて『ばかっ』とだけ言って顔を手で覆った。
一体この可愛さはどこから来ているんだ。
こんなのを見せられたら、どんな美女を見ても心は揺らがないに決まってる。
「お待たせいたしまし・・・た・・・?」
なんで惚気をしていたら、顔を赤らめる幹にクエスチョンマークを浮かべながら、あの絶世の美女、烏丸がやってきた。
———
ただ今、この俺桐谷優は、超絶美少女の烏丸愛理さんの部屋に堂々と居座っております。
部屋には可愛らしいぬいぐるみがいくつか置かれています。
綺麗に整えられたベッドに、小さな丸机。
机の上には、おそらく美容品と思えるものが大量に。
これが美女の部屋、さすがだな。
学校の男子がこの光景を目の当たりにしたら、喚き叫びの狂喜乱舞が巻き起こるだろうな。
この事はなるべく内密にしなければ。
「さて、今日は一体どんなご用件で?」
烏丸はそう言いながら、丸机に座る俺達に向かい合いながら、美味しそうな紅茶を差し出してくれた。
お上品、まるでお嬢様だな。
家自体は普通なんだが。
「じつは、今日は愛理さんに頼みがあって・・・」
と言いながらも、リラックスした様子で、幹は差し出された紅茶をごくごくと飲んでいる。
人造人間も飲み物を飲むんだ、みたいな疑問は一旦置いておいてもらおう。
「あら、そちら側から頼みとは珍しいですね。それで、頼みとは?」
「その、実は、博士の人体実験に付き合ってくれる人を探していまして・・・」
「じ、人体実験?」
戸惑いを隠せない烏丸が、思わず言葉を詰まらせている
そりゃそんな反応するだろう。
いくら物静かそうな彼女だって、人体実験というワードには驚くのだ。
というか、一体烏丸は博士達とどんな関係なんだ。
この感じだと、結構前から知り合いっぽいが。
でも、幹が快く承ってくれると言うほどなんだし、結構長い付き合いなんだろう。
だとしても、やはり人体実験はな。
流石にどんな人間でも抵抗はある。
仕方がない。
「もしかして、私に実験体になって欲しいと?」
「え、えっと、その・・・」
やばい、もしかして烏丸さん、少し怒ってらっしゃる?
幹もそんなに反抗するタイプじゃないし、このままじゃ幹が怒られてしまう。
ただでさえ、幹は俺を庇う為に、博士に他の人を探すって言ってくれたのに。
なら、ここをなんとかするべきは、助けてもらってばっかの俺だ。
たまには、彼氏らしいことをしないと。
「俺が人体実験を断ったんです」
「断った?」
「ゆ、優くん!?」
「俺が断ったんです、博士の人体実験の誘いを。ただ、博士の誘いを断る際に、他の人を人体実験に使わせる事を条件にしてしまったんです。つまり、これは俺が博士の誘いを承れば終わる話なんです。例え、烏丸さんの力を借りなくとも」
「はあ、なるほど・・・」
「優くん・・・」
これが真実だ。
俺が断らなければ、烏丸は人体実験の話になる必要はない。
結局、最初の判断が正解だったんだ。
俺が、博士の人体実験を受ければ終わるんだ。
俺が我慢すれば、幹の庇いも、烏丸の努力も、必要なくなるんだ。
なら、俺が人体実験を——
「何か勘違いしてるようですが——私、断る気なんてないですよ?」
「・・・え?」
「私、いつも博士のお世話になってますから。博士の為になれるなら、私、喜んで承ります」
あれ、これはまた空回ったのか?
「それに、友達の彼氏が人体実験を受けるだなんて、私は嫌ですもの」
「あ、愛理さん・・・!」
こ、これは・・・まさしくマドンナ、絶世の美女だ。
学校のすべての男子が、あんなにも敬う気持ちが分かったような気がする。
烏丸は、やはり美女だ。
「ですから、桐谷さんは憂うことをせずに、幹さんをしっかり幸せにしてあげてください」
「は、はい・・・!」
認識が改まった。
決して、烏丸に恋に落ちたわけではない。
だが、確かに人として好きになってしまう。
人間として、尊敬してしまう。
とはいえ、本当にいいのだろうか。
人体実験なんて、そんなものを。
「桐谷さん」
「は、はい?」
「憂うことはないですよ。私は、博士に恩を返すだけですから」
どうやら、顔に出ていたようだ——
こうして、博士の人体実験を受ける人が決まった。
俺は今日も、何一つとして、彼氏らしいことも、男らしいこともできなかった。
俺は、幹に相応しいのだろうか。
それだけが、唯一の心残りだ。
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