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レヴェレナット ―起ノ壱―

烏丸宅にて、そして、藤島宅にて

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 さて、博士の恐怖の人体実験からは、烏丸のおかげでなんとか脱することができた。
 これで一安心だ。
 というわけで、もう少し烏丸の家にお邪魔させてもらうことにした。

 もちろん、俺や幹が駄々をこねて『まだここにいさせてよ烏丸さ~んっ!』とか『お願いしますよ愛理さ~んっ!』とか、そんな恥ずかしいことをしたわけじゃない。

 烏丸側から『もう少し休んでいってもらっては?』と言っていただいたので、その言葉に甘えてるだけだ。

 それに、烏丸と幹の関係性も知りたいしな。
 俺、一応彼氏なのに、烏丸と幹に関わりがあるなんて知らなかったわけだし。
 ていうか、烏丸と知り合いだったことを知らなかったって、結構やばくないだろうか。
 烏丸は俺の学校のマドンナ的存在だぞ。
 幹が知り合いなら、噂の一つや二つ立ってるはずだ。
 俺は噂事に疎いのだろうか。
 いや、単純に噂話を聞かせてくれる友人がいないだけか。

 というか、烏丸と幹が、割と仲が良さそうなのも驚きだ。
 烏丸は絶対的なカースト上位の存在なのに対して、幹はあまりそういった類の人間じゃない。
 それは本人も自覚している。
 幹はあまり、人と喋るのが得意じゃないのだ。
 幹はなかなか敬語が抜けないし、人との距離感がわからなくなることがよくある。
 そのせいで、人と話そうにも、上手く会話ができないことがある。
 それが原因で、幹はあまり人と話せないのだ。
 そのはずなのだが、学校のマドンナとは喋れている。
 それも、割とフランクに。
 さん付けはまだしてるけど、今もこんなに肩の力を抜いて紅茶を飲んでるんだ、緊張はしてないはず。
 むしろリラックスできてるだろう。

 この関係が一体いつから出来たものなのか、色々と聞きたいことがある。
 この雑談の中でポロッと聞ければラッキーだな。

 なんで考えていると、隣に座る幹がぽんぽんと俺の肩を優しく叩いてきた。
 俺が『ん?』と、少し首を傾げて幹の方を見ると、幹は目を輝かせながら

「この紅茶、すっごく美味しいね!」

 と言ってきた。
 まるで子供みたいな感想だが、それほど美味いのだろう。
 本当に美味いものを食べたり飲んだりした時は、大抵どんな取り繕った言葉よりも『美味しい』とか『美味い』とか、単調な感想がでるものだ。

 俺は紅茶が得意じゃないが、そんな俺も美味いと感じる。
 しかし、幹が目を輝かせるのは珍しくないが、飲み物で目を光らせたのは久々だ。
 もしかしてお高いんだろうか。
 高級品だったら、ちょっと申し訳ないな。

「そう言っていただけると嬉しいですわ」

 幹の感想に、烏丸は目を輝かせる幹を見て微笑みながらそう返した。
 幸せそうな空間だ。
 なんだか少し和むな。

 そんな和んだ雰囲気に甘えて、俺も一つ、烏丸に質問をしてみた。

「そういえば、烏丸さんと幹って、いつから知り合いなんですか?」

 当たり障りはないが、それなりに気になる事だ。
 好きな人の友人関係となればなおさらだ。

「いつから、ですか・・・そうですね、ざっくりと言ってしまうと、ゼロ歳の頃からですね」
「へー、そうなんですか・・・え!? ゼロ歳!?」

 帰ってきた言葉が予想外すぎて、思わず声が裏返ってしまった。。
 想いもしないじゃないか、烏丸と幹が、生まれて間もないころからの知り合いだったなんて。
 ということはあれか、幹と烏丸は幼馴染なのか?
 どうりで、幹がリラックスして喋れるわけだ。

 と、そんな話に耳を傾けるでもなく、ただひたすらに紅茶を美味しそうに飲んでいる幹に目を向けていると、烏丸が『ただ――』と話し始めた。

「私と藤島さんは、六歳の頃に離れ離れになりました。父親の仕事の関係で、私が引っ越すことになってしまって」

「ということは、ずっと一緒にいたわけじゃないんですか?」

「その通りです。再開したのは、高校入学時に同じクラスになったときです」

 なるほど。
 なら、まだ再開して四か月程度なのか。
 だからか、幹と烏丸に微妙に距離があるのは。
 たしかに、この落ち着いた雰囲気の幹を見ていると、烏丸と仲は良かったんだろう。

 というか、今も仲はいいのだろう。

 ただ、六歳の頃に別れて、そして流れていった月日のせいで、幹と烏丸の間に絶妙な距離感があるのだ。
 例えば、互いが互いをさん付けで名前を呼んだり、敬語が抜けていなかったり。
 他人ではない、しっかりとした友人。
 ただ、まだ、の互いの人間性を掴めていないのだ。

「しかし、藤島さんも大きくなりましたね」

「ふぇ?」

 紅茶に夢中だった幹が、やっと烏丸の言葉に反応した。
 烏丸はケロッとしている幹をやさしい眼で見つめながら、頬杖をついて話し始めた。

「あの頃は、まだ幼く、小さく、か弱かったですね。藤島さんが、よく鉄棒の地球回りを練習しては、怪我をなさっていたことを思い出します」

「あ~、そんなこともありましたね~。愛理さんはすぐに出来てましたっけ」

「鉄棒は得意でしたから。今でもできると思いますよ」

「愛理さんはスポーツ何でも出来ちゃうでしょ?」

「そんなことはありませんよ、ラグビーは少し苦手ですもの」

「ら、ラグビー・・・」

『逆にその綺麗な体でラグビーまで得意だったらすごすぎるよ』という心の声を、まるで顔に書いたような表情の幹と、そんな表情を気にも留めず『ゴルフやスキーは結構得意なんですよ』と、少々誇らしげに語る烏丸の間にある二人の空気は、部外者の俺を遠ざけさせるぐらいの暖かさだった。



 ―――



 雑談もひと段落、カップに入った紅茶もなくなったところ、空は既に暗くなりかけていた。
 時刻は夜の六時。
 博士も待っているので、俺らは烏丸の家から出ることにした。

「烏丸さん、今日はありがとうございました。人体実験の件、まさか受けてくれるとは」

「これは博士への恩返しです。博士とは色々縁がありますから、当然です」

「だとしても、ありがとうございます。あの博士、一体どんな実験をするのか分からないから・・・」

「博士はいい人です。桐谷さんが思っているほど、残虐な実験はしませんよ」

 そうなのだろうか。
 残虐とはいかぬとも、少しぐらいは危ないことをしでかすだろうし、結局怖いと思うんだが。
 多分、博士が子供の見た目をしているというのも関係しているんだろうが。
 子供っていうのは、幼さゆえに失敗が多いからな。
 子供博士の人体実験、そう考えると、少しひやひやするのだ。

「さて、では、私もさっそくついていかせていただきますわ」

「えっ!? も、もうですか!?」

「博士の事です、すぐに来てほしいと思っているでしょう」

 確かに思ってはいるだろうけど。
 すごいな、何をされるか分からないのに、ここまで積極的になれるなんて。
 一体どんな恩を博士からもらったんだか。
 まあでも、すぐに変わりを連れてくるとか言っちゃったしな。
 積極的でいてくれることは悪いことじゃない、むしろありがたい。

「少し歩きますよ?」

 俺の横からひょいっと、何の気なしそうに幹がそう言うと

「散歩は毎日欠かせませんからね、今日は藤島さんの家までを散歩道にしましょう」

 と、少し微笑みながら烏丸が返した。
 家の中にあった和んだ雰囲気が、まだ、二人の間には存在している。
 思わず、少し笑みがこぼれてしまいそうだ。
 そんな調子で、俺らは横に並んで歩き始めた。

 幹の家まで着くまでの間、色んなことを話した。

 幹の小さなころの話。
 烏丸の苦手な食べ物の話。
 俺と幹の恋愛事情。

 話していくうちに、俺が作っていた烏丸との距離は少しほぐれた。
 学校のマドンナという圧倒的立場の女王様ではなく、烏丸を友達として見れるぐらいにはほぐれた。
 そして、俺らは幹の家の近くに着いた。

 駄弁っていたせいだろうか、少し時間がかかったな。

 なんて考えていると、幹の家の前に大量の人だかりが見えた。

「なんだろう、あれ」

 幹が不安そうな声を上げると、突如、烏丸が上を指さし、冷や汗を流しながら声を上げた。

「あれは、煙!」

「けむり? あ、ほ、ほんとだ、黒い煙・・・っ!? まさか!!?」

 俺は烏丸が声を上げた理由を理解すると同時に、全速力で幹の家へと向かった。
 その言葉、その煙、そしてあの人だかり。
 それが指す最悪の事態。
 それはおそらく、たぶん・・・

 火事だ。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・」

 辿り着いた幹の家の前。
 走り疲れ息を吐く俺の眼前にあったのは、

 家を覆い隠すほどの大きい炎が、幹の家を焦がしているさまだった。
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