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「上がり始めた。」
ナオに促されて夜空を見上げると、もういくつかの華が咲いていた。
「また、橋の上行くか」
「うん」
境内を出ようとした時、一番端の屋台に気がついた。
かき氷の屋台だ。
そういえば祭に来て一度も食べてない。
「なぁ、かき氷買っていい?」
「ああ」
紙カップの上に氷の粒が降り注ぎ、その上からシロップがかけられる。
俺が選んだのはイチゴだ。
大抵俺はかき氷にはイチゴだ。
隣を見ると、ナオもかき氷を買っていて、レモンにしていた。
一昨日と同じように、橋の上で、ナオと花火を見ている。
空には、オレンジや青の色とりどりの花火。
俺とナオの手には、赤と黄色のかき氷。
イチゴシロップは、記憶にあるより甘かった。
「レモン、ちょっと貰っていい?」
「構わない。」
俺は、ナオの紙カップに自分のプラスチックスプーンを伸ばす。
涼しげな黄色をひとすくい。
そのまま俺の口に運ぼうとして、半分位、取りこぼしてしまう。
ナオの手首、浴衣の袖にかかるわずか手前に落としてしまった。
「うわっ、ごめん、手、動かさずに待って。」
慌てて拭くものを探すけど、俺はあいにく持ってなくて。
「ティッシュを持っている。」
ナオは、巾着袋を開けようとするけど、手を動かしたら浴衣に……
綺麗な、ナオが着ている浴衣にシミなんかつけたくないと思って、咄嗟に体が動いていた。
「っ……」
ナオは、3秒程、何が起きたのか分からなくて、ポカンとしていた。
「あっ、ゴメンっ…ついっ…」
俺が慌てて謝ると、ようやく何が起きたのか理解したナオの頬が赤らんできた。
きっと、すごく怒っているのだろう。
「ごめんっ、ほんとゴメン!気持ち悪いよな…」
俺は、咄嗟に…………ナオの手首から滴り落ちそうなレモン味の雫を舐めとっていた。
ナオは潔癖症っぽいし、嫌がられても仕方がない。
「……もう、謝らなくていい。それより、……」
何か言いたげな表情とは裏腹に、飛び出しす台詞はあっさりとしていた。
「ん?」
「イチゴも少し貰う。」
「ああ、うん。」
単にイチゴ味も食べたくなっただけなのか、それとも俺がやった事の代償かは分からなかったけど、ナオは紙カップから赤い氷を掬って、食べる。
「甘い」
「うん」
応えながら、また、空を見上げる。
いつのまにか、花火は大きな連発物になっていた。
そろそろ最後の〆だ。
無言で、もはやジュースになってしまった液体をすすりながら、見逃すまいと空を見上げ続ける。
そして、連発物が続いた後、最後に一つ、一際大きな華が上がって、今年の祭が終わった。
「あー、終わったな。」
なんとなく物寂しくて、なるべく明るく、ナオに話し掛ける。
「ああ。」
帰ろうとする人がちらほらと橋を渡っている。
「ナオは、来年、来る?」
「多分、行く。」
「俺は毎年行くからさ、また一緒に回ろうぜ。来年は勝つからさ、金魚掬い。」
「……一昨日と今日のトータルでは拓也が勝った。それに、どうせ高校生になったらもう会わないだろ?」
軽い気持ちで言ったのに、吐き捨てるように言い返したナオの口調は冷たくて、理由が分からない。
もしかして、さっきの……。
「……ゴメン。嫌な思いさせて。うん、もうナオが俺と関わりたくないんだったら、止めるから。」
いきなりの拒絶がショックで、でも俺が悪くて、声が震えそうになった。
「謝るな!……違うから!」
ナオは、焦ったような強い口調で言う。
なんで?
「違う……拓也が悪いんじゃない。」
訳が分からない。
「僕はただ……卒業したら、拓也は僕の事を忘れると思って。」
何を言っているんだ。
……よく考えたら、失礼な話だ。
「俺さ、なかなか約束は忘れないし、破らないけど。」
それでなくても、こんな奇抜な奴、忘れる訳が無い。
「けど、今はそう言っていても、あと半年と少しすれば、別々の学校で別々の生活だろ?きっと、面倒な約束をしたのを後悔するさ。」
確かに、俺の学力とナオの学力じゃ雲泥の差だから高校はおそらく別々だ。
……そんなに信用されてないのか。
「じゃあ、証明してやるよ。」
「え?」
「来年の華祭り一日目、五時に賽銭箱前。……約束だからな。ナオこそ忘れんなよ」
俺は、本気だということを分からせたくて、小指をナオの小指に引っかける。
「……僕が忘れる訳がない。」
もう、いつもの不遜な態度に戻ったナオは自分から小指を絡めた。
「嘘だったら、金魚をポストに流し込んでやる。」
さらりとリアルな罰則を言い渡される。
ナオだったら本当にやる。
絶対に破れないな……。
「そろそろ帰るか。」
俺が言うと、ナオはもう一度、空を見上げてから頷いた。
「じゃあな。また新学期。」
「ああ。」
橋の上を去っていくナオを眺める。
やっぱり、何故か綺麗だと思った。
「ナオー」
振り返る浴衣姿。
「何?」
「なんでもない。」
本当になんでもなかった。
「何だよ」
そう言いながらも少し手を振ってくれて、そして遠ざかっていく浴衣姿を見て、レモンもイチゴに負けず劣らず甘かったな、色が違うだけで中身は同じなんだっけ、なんてふと思った。
来年の華祭りも、楽しみだ。
ナオに促されて夜空を見上げると、もういくつかの華が咲いていた。
「また、橋の上行くか」
「うん」
境内を出ようとした時、一番端の屋台に気がついた。
かき氷の屋台だ。
そういえば祭に来て一度も食べてない。
「なぁ、かき氷買っていい?」
「ああ」
紙カップの上に氷の粒が降り注ぎ、その上からシロップがかけられる。
俺が選んだのはイチゴだ。
大抵俺はかき氷にはイチゴだ。
隣を見ると、ナオもかき氷を買っていて、レモンにしていた。
一昨日と同じように、橋の上で、ナオと花火を見ている。
空には、オレンジや青の色とりどりの花火。
俺とナオの手には、赤と黄色のかき氷。
イチゴシロップは、記憶にあるより甘かった。
「レモン、ちょっと貰っていい?」
「構わない。」
俺は、ナオの紙カップに自分のプラスチックスプーンを伸ばす。
涼しげな黄色をひとすくい。
そのまま俺の口に運ぼうとして、半分位、取りこぼしてしまう。
ナオの手首、浴衣の袖にかかるわずか手前に落としてしまった。
「うわっ、ごめん、手、動かさずに待って。」
慌てて拭くものを探すけど、俺はあいにく持ってなくて。
「ティッシュを持っている。」
ナオは、巾着袋を開けようとするけど、手を動かしたら浴衣に……
綺麗な、ナオが着ている浴衣にシミなんかつけたくないと思って、咄嗟に体が動いていた。
「っ……」
ナオは、3秒程、何が起きたのか分からなくて、ポカンとしていた。
「あっ、ゴメンっ…ついっ…」
俺が慌てて謝ると、ようやく何が起きたのか理解したナオの頬が赤らんできた。
きっと、すごく怒っているのだろう。
「ごめんっ、ほんとゴメン!気持ち悪いよな…」
俺は、咄嗟に…………ナオの手首から滴り落ちそうなレモン味の雫を舐めとっていた。
ナオは潔癖症っぽいし、嫌がられても仕方がない。
「……もう、謝らなくていい。それより、……」
何か言いたげな表情とは裏腹に、飛び出しす台詞はあっさりとしていた。
「ん?」
「イチゴも少し貰う。」
「ああ、うん。」
単にイチゴ味も食べたくなっただけなのか、それとも俺がやった事の代償かは分からなかったけど、ナオは紙カップから赤い氷を掬って、食べる。
「甘い」
「うん」
応えながら、また、空を見上げる。
いつのまにか、花火は大きな連発物になっていた。
そろそろ最後の〆だ。
無言で、もはやジュースになってしまった液体をすすりながら、見逃すまいと空を見上げ続ける。
そして、連発物が続いた後、最後に一つ、一際大きな華が上がって、今年の祭が終わった。
「あー、終わったな。」
なんとなく物寂しくて、なるべく明るく、ナオに話し掛ける。
「ああ。」
帰ろうとする人がちらほらと橋を渡っている。
「ナオは、来年、来る?」
「多分、行く。」
「俺は毎年行くからさ、また一緒に回ろうぜ。来年は勝つからさ、金魚掬い。」
「……一昨日と今日のトータルでは拓也が勝った。それに、どうせ高校生になったらもう会わないだろ?」
軽い気持ちで言ったのに、吐き捨てるように言い返したナオの口調は冷たくて、理由が分からない。
もしかして、さっきの……。
「……ゴメン。嫌な思いさせて。うん、もうナオが俺と関わりたくないんだったら、止めるから。」
いきなりの拒絶がショックで、でも俺が悪くて、声が震えそうになった。
「謝るな!……違うから!」
ナオは、焦ったような強い口調で言う。
なんで?
「違う……拓也が悪いんじゃない。」
訳が分からない。
「僕はただ……卒業したら、拓也は僕の事を忘れると思って。」
何を言っているんだ。
……よく考えたら、失礼な話だ。
「俺さ、なかなか約束は忘れないし、破らないけど。」
それでなくても、こんな奇抜な奴、忘れる訳が無い。
「けど、今はそう言っていても、あと半年と少しすれば、別々の学校で別々の生活だろ?きっと、面倒な約束をしたのを後悔するさ。」
確かに、俺の学力とナオの学力じゃ雲泥の差だから高校はおそらく別々だ。
……そんなに信用されてないのか。
「じゃあ、証明してやるよ。」
「え?」
「来年の華祭り一日目、五時に賽銭箱前。……約束だからな。ナオこそ忘れんなよ」
俺は、本気だということを分からせたくて、小指をナオの小指に引っかける。
「……僕が忘れる訳がない。」
もう、いつもの不遜な態度に戻ったナオは自分から小指を絡めた。
「嘘だったら、金魚をポストに流し込んでやる。」
さらりとリアルな罰則を言い渡される。
ナオだったら本当にやる。
絶対に破れないな……。
「そろそろ帰るか。」
俺が言うと、ナオはもう一度、空を見上げてから頷いた。
「じゃあな。また新学期。」
「ああ。」
橋の上を去っていくナオを眺める。
やっぱり、何故か綺麗だと思った。
「ナオー」
振り返る浴衣姿。
「何?」
「なんでもない。」
本当になんでもなかった。
「何だよ」
そう言いながらも少し手を振ってくれて、そして遠ざかっていく浴衣姿を見て、レモンもイチゴに負けず劣らず甘かったな、色が違うだけで中身は同じなんだっけ、なんてふと思った。
来年の華祭りも、楽しみだ。
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