五が丘の女探偵

姉川ゆきね

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探偵の秋休暇

犯人は……

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私と根津さんは食堂にペンションにいる全員を集めた。
「犯人がわかっただって! 早く捕まえてくれよ!」
 カメラマンの村松さんが身を乗り出した。
「落ち着いて下さい、村松さん。犯人はもう人を殺しませんし、逃げません」
 私はお洒落なカップに入れられたミルクティーをゆったりと飲んだ。集まった私たちに加奈子さんが用意してくれたのだ。砂糖多めの紅茶は私好みの甘い味だ。
「探偵さん、もったいぶらないで早く犯人を言ってよ」
「そうですね。菜々美さん」
 私はカップをこつんと置くと、立ち上がった。探偵として一番の見せ場である。
「昨夜に起きた津村航介さん殺人事件の犯人は……」
 全員の視線が私に集中する。この瞬間も慣れないものだ。
 私は真っ直ぐ犯人に指をさす。
「絋一郎さん、あなたです!」
 私に向いていた視線は一斉に絋一郎さんに向けられた。
「俺じゃない! 航介が死んだときは俺も含めて全員がアリバイの証明ができたって状況でどうやったっていうんだ!」
 絋一郎さんが反射的に立ち上がり叫んだ。でもここは冷静に。
「アリバイなら飯山さんの答えによっては崩れますよ。――飯山さん、絋一郎さんと一緒に倉庫にいたとおっしゃっていましたよね」
「はい」
「そのとき飯山さんは部屋のどこにいましたか?」
「北側です」
「それの反対ということは、絋一郎さんは南側にいたということになりますね。そうすると、飯山さんからは絋一郎さんの姿は見えなかったんじゃないでしょうか」
 すると、絋一郎さんが、
「そんなはずない!」
と、叫んだ。
「それは私のセリフですよ。あの倉庫の棚は大人の男の人の身長を超える高さがあって、ものがびっしり詰まっています。私と根津さんで倉庫に行ってみましたが、お互いの姿は見えませんでした。さらにあの倉庫のドアは南側寄りにあって、部屋の北側にいるとドアは見えません。つまり、部屋の南側にいた絋一郎さんは飯山さんに気づかれることなく廊下に出ることができます」
「でも、取扱説明書を探していたんだから飯山さんはその音を聞いていたはずだぞ!」
 またもや絋一郎さんが怒鳴った。
「レコーダーなどで事前に録音しておいた音を流したんでしょう。飯山さんも取扱説明書を探しながら聞いていたから、機械の音だと気付かなかったんだと思います」
 突然絋一郎さんの勢いはなくなった。――当たったわ。
「さて、ここで津村さんが殺された流れを説明します。まず絋一郎さんは津村さんに宿泊中にカラオケルームを利用するように仕向けます。もしかしたら津村さんのお部屋も指定したのかもしれません。さらに、カラオケ機器を細工して使えないようにして取扱説明書を隠しておきます。そして事件当日、予定通りカラオケ機器は使えません。もちろんどう細工したかを知らない加奈子さんは修理に時間がかかります。そして、それを見かねた絋一郎さんは倉庫に取扱説明書を探していきます。そのときアリバイを証明してくれる自分とはまったく関係のない飯山さんを一緒に連れていきます。そして、飯山さんを部屋の出入口が見えない北側で取扱説明書を探すように言って、自分は南側に行きます。少し探すふりをしてから事前に録音しておいたレコーダーの音を再生してからそっと倉庫を出ます。一階に降りた絋一郎さんは津村さんの部屋に入り殺害します。そして最後に凶器を隠し、同時に隠してあった取扱説明書を持って二階に戻ります。――いかがでしょう、絋一郎さん」
 絋一郎さんを見ると、静かにうなずいた。もう否定する気はないようだ。
「俺は映画俳優になりたかった。中学高校では演劇部に入って芝居を磨いて、大学で映画研究会に入った。一方の航介は芝居が下手だった。中学高校では運動部に入っていたらしく全部セリフは棒読みで、動きはロボットみたいだった。でも、顔はよかった。だから、当たり前のように芸能事務所に引き抜かれた。そしてあっという間に映画出演が決まった。芝居は俺の方が上手いのに……あいつは顔だけで俺の夢を簡単に叶えやがった! 俺は悔しくて悔しくて……!」
 絋一郎さんはバンッ、とテーブルをたたいた。机上の飲み物が少しこぼれた。
「でも、あいつはそんな俺の気も知らずにのうのうとこのペンションに来た。きっと、あいつは俺を笑いに来たんだ!」
 確かにそれなら同情できるわ。殺したくもなるわよ。
「絋一郎さん。津村さんは本当にあなたを笑いに来たんでしょうか?」
 横を見ると、根津さんがすっと立っていた。その目は真っ直ぐで何か確信をもっているようだった。
「え?」
「実は、津村さんは今回撮影する映画の台本を二冊持っていたんです」
 根津さんは私の知らないうちに持ってきていた『若き日を再び』の台本を、手袋をした手に持って絋一郎さんに見せた。そして、後ろからそれを開いた。
「見てお分かりのとおり、『矢木絋一郎』と書いてあります。これはあなたの名前です。あなたを笑いに来た人がこんなことをすると思いますか?」
「じゃあ、何だっていうんだ」
「これは推測でしかありませんが、津村さんはあなたを映画に出演させたかったではないでしょうか」
「え……」誰が言ったのかはわからない。でも、根津さんが言った推測はそこにいる誰もが考えなかった可能性であることは確かだった。映画のすべてを司る吉澤監督ですら、何が起きているかわからないという表情をしている。
「俺はこの台本を読みました。大学時代に同じ映画研究会で知り合った二人が大人になって再会し、会わない間に深くなった溝を埋めながら若き日のように映画作りに没頭していくというストーリーでした。これはまさに絋一郎さんと津村さんのことです。津村さんはこの台本のようにあなたと一緒に映画を作って、溝を埋めたかったんじゃないでしょうか」
 根津さんは絋一郎さんの方に歩いていくと、台本を絋一郎さんに渡した。
台本を受け取った絋一郎さんの手は震え出し、その震えがじりじりと足の方まで伝わると、涙を静かに流しながら膝から崩れていった。
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