【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

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幕末動乱篇1 出会い

出会い(2)

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 その頃聞多は志道家へ婿養子にいっていた。
 個人的に力を入れていた、洋式の兵錬の披露の際お褒めに預かり、江戸への遊学を勝ち取っていた。

 江戸に行くと蘭学を学んでいたが、桜田門外の変の後、殿である敬親公のお小姓に抜擢された。

 本当は先生について行って、佐賀に行くつもりだった。許可を得ていたので、婚家にも途中寄ってご挨拶をしますと文を送っていた。準備万端、あとは出立の日を待つだけという時に、お小姓への話を聞いた。
 唖然とした文之輔は癇癪を起こし、周りの人たちにも不満をぶつけて回った。そんな不満に周りの人たちは理解を示さなかった。それも当然のことだった。殿のお小姓といえば、その後藩の政に関わることのできる職へ約束されたような、出世への道の入口に立つことだったのだ。友人の伯父という執政周布政之助という大物まで登場して説教を受けた文之輔は、お小姓をしながら蘭学を学ぶことを条件とした。
 その条件も受け入れられ、周囲の人達の温かい思いやり(強権発動)もあって、殿のお側でお勤めをすることに落ち着いた。

 名乗りも志道聞多と改めた。聞多という名は殿からいただいた。多くを聞いて多くを知るとか何とからしい。

 江戸は刺激が多く心がはずんだ。ここ最近は浅草まで行って芝居を見るのが楽しみだった。そんな時、たまにはと来た品川宿は下屋敷から比較的近く、花街もあって猥雑さにも華やかさにも満ちていた。
 今までは煩い大人達のこう有るべき武士の姿論に付き合ってきた。此処では本来の己の姿でやっていって良いのだと思える。歩いていくと浜辺に出た。そうかここは海からも近いのだなぁ。黒船も見ることができたとか。世の中は知らないことで満ち溢れている。何かわからない胸の鼓動が急き立て、足を動かす。

「志道君」
 不意に呼びかけられて、振り向くと2人組がいた。
「どなたですか。知らん人について行ってはいかんと」

 これはまるで子供だ。ただ面倒くさそうなこの2人から離れていこうと、足を早めた。人が多くてうまく歩けない。

「こっちじゃ、ついてこい」
 不意に腕を掴まれて引っ張られた。
「私を覚えていないとは」
「えっ」
「桂じゃ。桂小五郎ともうす」
「立ち話も迷惑じゃから、こっちへ来いと言うに」


 引っ張られた先は一膳飯屋だった。そこには先客というか先程の片割れが座っていた。とっさには名前の出なかった桂小五郎といえば、我が長州の若者組の筆頭格、取りまとめ役だった。しかも先般のお小姓への配転のとき、勉学の継続に関して英学(エゲレス語と技術などを学ぶ)への変更とその紹介状を出していただいた恩人でもあった。
「その際はお世話になりました。紹介状をありがとうございました。無事入塾もできました。このようにお話ができるとはうれしい限り‥‥」
「堅苦しい挨拶はええじゃろ。そこに座っているのが伊藤俊輔。私の従者などやってもらってる」
 士分じゃなくて足軽以下ということか。手付とか言うんだったか。
「はじめまして、志道聞多じゃ。よろしく頼む」

 目の前でわしを見開いた目で見てる伊藤俊輔というのに挨拶をした。歳は結構下だと思う。それにしても無遠慮な奴だ。

「俊輔、挨拶だ。おい、俊輔」
「あ、申し訳ありませぬ。伊藤俊輔と申します。来原さんと木戸さんの使番をさせていただいてます。以後お見知りおきを」
「随分丁寧な挨拶かたじけない。それで聞多と呼んでくれてええ」

 伊藤はポカンとして何を言ったらいいのかわからないようだったので、続けて言った。

「わしら友達だ。友達でええじゃろ。伊藤くんも俊輔と呼ぶし。あ、桂さん、今後ともご指導のほどを」
「なんだ私は付け足しか」

 酒をしばらく酌み交わしていたが、その間も俊輔は聞多の顔をじっと見ていた。

「俊輔どうかしたか。わしの顔ばかり見とって」
「はい、いや。年上で上士で殿のお小姓という方に友達だと言われてもどうしたら良いのか分からんくて」
「別に普通でええんじゃないか。わしは気にせんぞ」
「君は気にしなくても俊輔は気にするんじゃ。いや、気にせんといかん」
「随分心配しいですね、桂さんは」

 と言うと聞多はケラケラと笑った。その笑い顔のあまりの屈託の無さに俊輔もつられた。桂は二人が良いのならそれで楽しくていいと思った。

 明日は細々とした用事をこなさなくてはいけないという聞多のため、これからが本番という時間に藩邸に戻る事にした。帰る道すがら目をキラキラさせて桂を見る俊輔の意図を察した。そこで桂は一つの提案をした。

「志道くん、どうだその供にこの俊輔は」
「それには及びませぬ。もう案内役は見つけてるんじゃ」

 がっかりしている俊輔を尻目に桂と聞多は談笑しながら藩邸への道を急いだ。
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