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幕末動乱篇1 出会い
出会い(3)
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翌朝聞多が誰と行くのか気になった俊輔は、門の脇の木陰に身を潜めた。そこに現れたのは山縣小輔(後の山縣有朋)だった。少し遅れて聞多がやってきた。
「待ったか」
「いえ、ここにはさきほど。それに時間があればちょっと頭を捻ってつくるのも楽しいですから」
「世の中はなにか常なるあすか川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」
「それは?」
「古今集じゃ。お主まだよう知らんのじゃな。貸してやる。ここで待ってろ。良いものじゃ」
山縣は自分が歌詠みだと言った手前、古今集を知らないといけないことは察しがついた。聞多が戻ってくるのを待つのも仕方ないと思った。
聞多は自分の長屋に戻るといくつか積んである本の塊の中から目当ての古今集を取り出した。そして脇に抱えると、急いで歩きだした。また門の前で待っている山縣に声をかけた。
「これじゃ、持っててくれ」
今日は何箇所かの教授所に行く予定なので、山縣はこれで時間を潰せということかと理解して受け取ることにした。
「それじゃぁ行こうかのう」
立ち去っていく二人を覗き見していた俊輔は面白くなかった。なんであんなにあのいつも陰気そうな、山縣も楽しげにするんだ。だいたいよりによってなんで山縣なんだ。
きっと志道聞多という人はだれにでもああやってにこやかに接するに違いない。友達という言葉に甘い思いをもった自分が愚かだ。そもそも僕は上士のお坊ちゃまに何を期待したんだ。今まで通りやっていけばいいだけだろう。
いらいらを隠すために有備館という学問所に向かっていった。松下村塾出身者や尊王攘夷派のたまり場になっている僕の居場所は此処だ。ここから這い上がっていくしかないんだ。隅の方に居場所を見つけて、ひたすら本を読んでいた。周りを気にしなさすぎる雰囲気に、近くにいたものがいたずら心を持ったようだった。
「伊藤、なんかトゲトゲしてないか」
「女にでも袖にされたか」
「どこの店の妓だ。教えろよ」
イライラしている上にこんな風に、噂話の種にされることに我慢ができなくなっていた。
「うるさいぞ、こっちにかまわんでくれ」
「うるさいとはなんじゃ」
「本を読んどる。じゃませんでくれ」
「邪魔じゃと」
「そうじゃ、邪魔じゃ」
だんだん周りも分けがわからなくなってきた。とにかく怒鳴りまくっていた。そんなとき急に二人が入ってきた。
「やかましいぞ。あたりにも迷惑じゃ。静かにせい」
一層の怒鳴り声がした。
聞多とその影のような山縣だった。殿の御小姓という肩書はここの連中には物凄く効果がある。一瞬で静かになった。
「そこの三人こっちに来るんじゃ」
俊輔を含めてまとめられた三人が、聞多と山縣と共に少し離れた部屋に入った。
「さぁここでなら何やってもいいぞ。殴り合いは勘弁して欲しいじゃがのう」
「いえ、俊輔が大人しゅうなればいいんです」
「そうです。こいつがつっかかってっこんかったら、騒がんでよかったんじゃ」
「あぁわかった、わかった。おぬしら戻ってええ」
2人は教授所へ戻っていった。残った俊輔は聞多の顔を見ることもできず、山縣がここにいる事も納得できなくて、襖を眺めることしかできなかった。
「山縣くん、すまんがもう戻ってくれ。あっその本は写すなりしたあとでも、返してくれればいい。ありがとう」
聞多は頭を軽く下げてから、にこっと笑った。予期せぬ展開に山縣はびっくりした顔のまま下がっていった。
「伊藤くん、君はここでしばらく頭を冷やすといい。それではわしはこれで」
聞多は腰を上げようとした。俊輔はそんな聞多を睨んでいた。
「待ってください、僕の言い分は聞いてもらえんのでしょうか。僕が軽輩者だからですか」
「いやそんなことはない。話したくないようじゃったから」
聞多がつぶやくように言った。
「わかった、聞かせてもらおう」
「僕はあるお人に惚れちょります。身分も違いすぎて会うことも話すこともままなりませぬ。それなのにそのお人は笑顔で、いろんな人の心を惑わしているのがわかるので、イライラしていたんです。でももういいんです。気持ちも落ち着きました。ありがとうございました。もどります」
長い話になると思っていた聞多は、いうだけ言って部屋を出ていった俊輔を眺めていた。
「あいつなんだったんだ」
聞多は襖を開けて庭を眺めた。
「あっそうか、うんこれで行こうか」
聞多はひとりごとを言いながら部屋を出ていった。
「待ったか」
「いえ、ここにはさきほど。それに時間があればちょっと頭を捻ってつくるのも楽しいですから」
「世の中はなにか常なるあすか川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」
「それは?」
「古今集じゃ。お主まだよう知らんのじゃな。貸してやる。ここで待ってろ。良いものじゃ」
山縣は自分が歌詠みだと言った手前、古今集を知らないといけないことは察しがついた。聞多が戻ってくるのを待つのも仕方ないと思った。
聞多は自分の長屋に戻るといくつか積んである本の塊の中から目当ての古今集を取り出した。そして脇に抱えると、急いで歩きだした。また門の前で待っている山縣に声をかけた。
「これじゃ、持っててくれ」
今日は何箇所かの教授所に行く予定なので、山縣はこれで時間を潰せということかと理解して受け取ることにした。
「それじゃぁ行こうかのう」
立ち去っていく二人を覗き見していた俊輔は面白くなかった。なんであんなにあのいつも陰気そうな、山縣も楽しげにするんだ。だいたいよりによってなんで山縣なんだ。
きっと志道聞多という人はだれにでもああやってにこやかに接するに違いない。友達という言葉に甘い思いをもった自分が愚かだ。そもそも僕は上士のお坊ちゃまに何を期待したんだ。今まで通りやっていけばいいだけだろう。
いらいらを隠すために有備館という学問所に向かっていった。松下村塾出身者や尊王攘夷派のたまり場になっている僕の居場所は此処だ。ここから這い上がっていくしかないんだ。隅の方に居場所を見つけて、ひたすら本を読んでいた。周りを気にしなさすぎる雰囲気に、近くにいたものがいたずら心を持ったようだった。
「伊藤、なんかトゲトゲしてないか」
「女にでも袖にされたか」
「どこの店の妓だ。教えろよ」
イライラしている上にこんな風に、噂話の種にされることに我慢ができなくなっていた。
「うるさいぞ、こっちにかまわんでくれ」
「うるさいとはなんじゃ」
「本を読んどる。じゃませんでくれ」
「邪魔じゃと」
「そうじゃ、邪魔じゃ」
だんだん周りも分けがわからなくなってきた。とにかく怒鳴りまくっていた。そんなとき急に二人が入ってきた。
「やかましいぞ。あたりにも迷惑じゃ。静かにせい」
一層の怒鳴り声がした。
聞多とその影のような山縣だった。殿の御小姓という肩書はここの連中には物凄く効果がある。一瞬で静かになった。
「そこの三人こっちに来るんじゃ」
俊輔を含めてまとめられた三人が、聞多と山縣と共に少し離れた部屋に入った。
「さぁここでなら何やってもいいぞ。殴り合いは勘弁して欲しいじゃがのう」
「いえ、俊輔が大人しゅうなればいいんです」
「そうです。こいつがつっかかってっこんかったら、騒がんでよかったんじゃ」
「あぁわかった、わかった。おぬしら戻ってええ」
2人は教授所へ戻っていった。残った俊輔は聞多の顔を見ることもできず、山縣がここにいる事も納得できなくて、襖を眺めることしかできなかった。
「山縣くん、すまんがもう戻ってくれ。あっその本は写すなりしたあとでも、返してくれればいい。ありがとう」
聞多は頭を軽く下げてから、にこっと笑った。予期せぬ展開に山縣はびっくりした顔のまま下がっていった。
「伊藤くん、君はここでしばらく頭を冷やすといい。それではわしはこれで」
聞多は腰を上げようとした。俊輔はそんな聞多を睨んでいた。
「待ってください、僕の言い分は聞いてもらえんのでしょうか。僕が軽輩者だからですか」
「いやそんなことはない。話したくないようじゃったから」
聞多がつぶやくように言った。
「わかった、聞かせてもらおう」
「僕はあるお人に惚れちょります。身分も違いすぎて会うことも話すこともままなりませぬ。それなのにそのお人は笑顔で、いろんな人の心を惑わしているのがわかるので、イライラしていたんです。でももういいんです。気持ちも落ち着きました。ありがとうございました。もどります」
長い話になると思っていた聞多は、いうだけ言って部屋を出ていった俊輔を眺めていた。
「あいつなんだったんだ」
聞多は襖を開けて庭を眺めた。
「あっそうか、うんこれで行こうか」
聞多はひとりごとを言いながら部屋を出ていった。
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