82 / 136
明治維新編5 廃藩置県
廃藩置県(5)
しおりを挟む
今度は渋沢が大久保と対立した。
馨が不在の時に、大久保が軍予算について渋沢に注文をつけてきたのだった。渋沢は真っ向から反対し、注文をつけてきた大久保に不信感を持ち、隠すことがなかった。
その渋沢が馨の家に訪問してきたのだった。書斎に通されるなり、渋沢はまくし立てるように言い出した。
「はぁもう、大久保さんのもとでは仕事ができません。無理です」
「なんと、そねーに気短なことでは。じっくり話してみぃ」
「私が気短ですと。井上さんにそうおっしゃられるとは不甲斐ない」
渋沢の言葉に馨は苦笑いを隠せないでいた。渋沢は自分の態度を笑っている馨に違和感を持っていた。もう、感情のまままくし立てていた。
「大久保さんが、陸海軍省の言う通り支出するようおっしゃられたのです。私は、大蔵の立場では支出制限させていただき、歳入を確定できるまで、お控えいただきたいと申しました。すると歳入額が明らかになるまで、陸海軍に経費を支出をしないということか、と申されました。そんなことはないです、陸海軍が必要なのは重々承知の事、ただ歳入を図ることも重要なことなのです。その上で日常業務以外の支出額の確定がございます。それは大蔵卿なればご理解いただけることと申しました。しかし大久保さんはお怒りが止まらず。このような理不尽には」
「そうだったらしいの」
「だいたい井上さんのことも、大久保さんは信用されていないから、谷とか安場とかという大して財務に明るくない人を置いて、牽制しているのではないですか。そんな中で井上さん一人頑張ったところで、なにがおできになりましょう。大蔵省はふらふらして、定まった方針を示すことすら無理だと思います。何しろ量入為出という原則すら、建てられずになっているではないですか。大蔵省が腰が定まらないから、他の省も拡大のため言いたい放題言ってくる。そんな中で私は自分の思うような仕事をできるとは思いません。はっきり申せばもうやっていられないのです」
ここまで一気に言った渋沢は、一息ついて続けて言った。
「はぁ、辞職願を出すしかないです。お聞き届けください」
「まぁ、座ってゆっくりするのじゃな。なんなら飯でも食うか」
馨の落ち着ききった顔を見て、渋沢はつっかえ棒を外されたような気になった。今までの意気込みは少し後退して、椅子に座りゆっくり呼吸をするようになった。
「いえ、結構です」
少し落ち着いた渋沢は、改めて馨に向き直った。
「井上さんのやりようには信頼もし、お支えしたいとは思います。でも自分の望む成果などあらわれることはないでしょう。なればずっと考えていた商業の道を進み、官一辺倒の世の中を変え、国の新しき世を、支えていこうと考えております」
「なるほどな。たしかにおぬしの言い様には一理ある。だが、今商いを興すとして何ができるのじゃ」
馨は努めて冷静に渋沢に自分の考えを伝えようとしていた。まるで、渋沢に言い聞かすことができなければ誰が賛成してくれるのかと、勝負をしているようだった。
「合本によるカンパニーを」
「その意気込みは買おう。されど、バンクもまだなく、ものを運ぶ手段に至っては道すら整っておらん。売り買いする物はどうじゃ。農作物にしても足りておるか。その他の産業はまだまだ形すら成しておらんじゃないか」
「たしかにそうですが」
欲しかった言葉が来て、馨はニヤリと笑っていたが、あくまで心のなかでのことだった。
「わしは大蔵省の省務を通じ法則をたて、国を富ませる手段をこうじていくつもりじゃ。地租を基盤にまずは税制を確立し、物納を金納とする。そして農業を手始めに振興を行い工業も興す。工芸品などは輸出品として有望なものじゃから、生産量を増やす手段を助ける。だいたい物の運搬もできなぁならん。だから道や鉄道の整備を行う。そうして産業が興れば税収の道も拡がり、地租を下げることもできよう。農民にばかり税を負担させるわけにはいかんからの。第一に農業、第二に工業、つまり富国、その後強兵じゃ。こういうことを貫徹させる」
渋沢はなにか言いたげだだったが、馨は続けた。
「それこそが我らのなすべきことではないのか。官にいてこそできることだろう。確かに理解の悪いものから、申されれば腹も立とう。だが、自分事と同じく国のことを思うならば、ここで辞めることなどできぬはずじゃ。おぬしが商業を志すのはわかる。少なくとも2.3年状況を整理して行こうではないか。わしも興味があることじゃ。おぬしが駿府でやっとったことは知っとるし、長崎でわしも製鉄所に関わっておったしの」
馨は持論をゆっくり噛み砕いて、渋沢に説明をした。ここで一息ついた。そして言った。
「もし、どうにもいかんことになったら、二人で辞めるんはどうじゃ」
「…」
馨は表情を緩め、渋沢の目を見て、にこっと笑って言った。
「わしにはおぬしが必要なんじゃ」
「えっ」
渋沢は顔が火照ったのを感じていた。
「まぁええ。頭を冷やす必要もあろう。馬渡も苦労しておるし、暫く大阪にいってくれ。その後はわしにも考えがあるしの」
こうなると渋沢は、わかりましたと言うしか無かった。馨の話を聞いて胸が高鳴った。
しかも翌日、昨夜の長話大変失礼したという馨からの文が、渋沢のもとに届けられていた。
馨が不在の時に、大久保が軍予算について渋沢に注文をつけてきたのだった。渋沢は真っ向から反対し、注文をつけてきた大久保に不信感を持ち、隠すことがなかった。
その渋沢が馨の家に訪問してきたのだった。書斎に通されるなり、渋沢はまくし立てるように言い出した。
「はぁもう、大久保さんのもとでは仕事ができません。無理です」
「なんと、そねーに気短なことでは。じっくり話してみぃ」
「私が気短ですと。井上さんにそうおっしゃられるとは不甲斐ない」
渋沢の言葉に馨は苦笑いを隠せないでいた。渋沢は自分の態度を笑っている馨に違和感を持っていた。もう、感情のまままくし立てていた。
「大久保さんが、陸海軍省の言う通り支出するようおっしゃられたのです。私は、大蔵の立場では支出制限させていただき、歳入を確定できるまで、お控えいただきたいと申しました。すると歳入額が明らかになるまで、陸海軍に経費を支出をしないということか、と申されました。そんなことはないです、陸海軍が必要なのは重々承知の事、ただ歳入を図ることも重要なことなのです。その上で日常業務以外の支出額の確定がございます。それは大蔵卿なればご理解いただけることと申しました。しかし大久保さんはお怒りが止まらず。このような理不尽には」
「そうだったらしいの」
「だいたい井上さんのことも、大久保さんは信用されていないから、谷とか安場とかという大して財務に明るくない人を置いて、牽制しているのではないですか。そんな中で井上さん一人頑張ったところで、なにがおできになりましょう。大蔵省はふらふらして、定まった方針を示すことすら無理だと思います。何しろ量入為出という原則すら、建てられずになっているではないですか。大蔵省が腰が定まらないから、他の省も拡大のため言いたい放題言ってくる。そんな中で私は自分の思うような仕事をできるとは思いません。はっきり申せばもうやっていられないのです」
ここまで一気に言った渋沢は、一息ついて続けて言った。
「はぁ、辞職願を出すしかないです。お聞き届けください」
「まぁ、座ってゆっくりするのじゃな。なんなら飯でも食うか」
馨の落ち着ききった顔を見て、渋沢はつっかえ棒を外されたような気になった。今までの意気込みは少し後退して、椅子に座りゆっくり呼吸をするようになった。
「いえ、結構です」
少し落ち着いた渋沢は、改めて馨に向き直った。
「井上さんのやりようには信頼もし、お支えしたいとは思います。でも自分の望む成果などあらわれることはないでしょう。なればずっと考えていた商業の道を進み、官一辺倒の世の中を変え、国の新しき世を、支えていこうと考えております」
「なるほどな。たしかにおぬしの言い様には一理ある。だが、今商いを興すとして何ができるのじゃ」
馨は努めて冷静に渋沢に自分の考えを伝えようとしていた。まるで、渋沢に言い聞かすことができなければ誰が賛成してくれるのかと、勝負をしているようだった。
「合本によるカンパニーを」
「その意気込みは買おう。されど、バンクもまだなく、ものを運ぶ手段に至っては道すら整っておらん。売り買いする物はどうじゃ。農作物にしても足りておるか。その他の産業はまだまだ形すら成しておらんじゃないか」
「たしかにそうですが」
欲しかった言葉が来て、馨はニヤリと笑っていたが、あくまで心のなかでのことだった。
「わしは大蔵省の省務を通じ法則をたて、国を富ませる手段をこうじていくつもりじゃ。地租を基盤にまずは税制を確立し、物納を金納とする。そして農業を手始めに振興を行い工業も興す。工芸品などは輸出品として有望なものじゃから、生産量を増やす手段を助ける。だいたい物の運搬もできなぁならん。だから道や鉄道の整備を行う。そうして産業が興れば税収の道も拡がり、地租を下げることもできよう。農民にばかり税を負担させるわけにはいかんからの。第一に農業、第二に工業、つまり富国、その後強兵じゃ。こういうことを貫徹させる」
渋沢はなにか言いたげだだったが、馨は続けた。
「それこそが我らのなすべきことではないのか。官にいてこそできることだろう。確かに理解の悪いものから、申されれば腹も立とう。だが、自分事と同じく国のことを思うならば、ここで辞めることなどできぬはずじゃ。おぬしが商業を志すのはわかる。少なくとも2.3年状況を整理して行こうではないか。わしも興味があることじゃ。おぬしが駿府でやっとったことは知っとるし、長崎でわしも製鉄所に関わっておったしの」
馨は持論をゆっくり噛み砕いて、渋沢に説明をした。ここで一息ついた。そして言った。
「もし、どうにもいかんことになったら、二人で辞めるんはどうじゃ」
「…」
馨は表情を緩め、渋沢の目を見て、にこっと笑って言った。
「わしにはおぬしが必要なんじゃ」
「えっ」
渋沢は顔が火照ったのを感じていた。
「まぁええ。頭を冷やす必要もあろう。馬渡も苦労しておるし、暫く大阪にいってくれ。その後はわしにも考えがあるしの」
こうなると渋沢は、わかりましたと言うしか無かった。馨の話を聞いて胸が高鳴った。
しかも翌日、昨夜の長話大変失礼したという馨からの文が、渋沢のもとに届けられていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる