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明治維新編6 遣欧使節団と留守政府
遣欧使節団と留守政府(1)
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政府は廃藩置県後太政官制を打ち出し、その職制と事務章程を制定した。
大臣・参議などにより構成される最高意思決定機関としての正院、立法機関としての左院、各省の卿・大輔などで構成される行政機関の右院が置かれた。
大蔵省を事実上掌握したのは大輔の馨だった。早速頭の中にあった国家を開化進歩させる案を実行に移すことにした。政府の権威と意見意見の一致を見るための、立法官重視では事が進まない。理想にはいつか追いつけば良い。どこかが国家のため意見の一致ができる提案を行い、進めていかざるを得ない。それがこの大蔵省であるべきだと考えた。
大蔵卿の大久保ともに廃藩置県後の大蔵省の標準たるべき綱領を定めた。所管の省務として県の統廃合、税制の改正、予算制度、旧藩の債務整理、秩禄処分、士族に対する授産、旧知事たちに対する禄制の設立などを定めた。
馨はこれで大蔵省をもって「法則」を定め、国家建設が行えると考えた。また膨大な事務量に対応するため、事務規定の中で所管の部局の長に一定の決裁権限も委任した。意思決定の期限や手順も細かく決めたため、幹部は馨の意思に合うものに淘汰されることになった。渋沢も大阪から呼び戻すことができた。
まずは全国を三府七十三県とし、地方官人事を行った。その中には大蔵省の事務で、馨が見込んだ人物が入っていた。
山口には元幕臣の中野梧一を送ることにしていた。
しかし、地方人事は太政官としても権限を持っていた。この地方人事はすでに軋轢を生むことが明らかだった。しかし大蔵省の考えに沿った徴税と行政が行われるためにも、譲れない権限でもあった。
そして税制の面から、土地に税をかける地租改正を目指していた。土地の売買の自由化と、その先の減税をも視野に入れていた。
土地は無主地を極力なくしたい。普通の農地は、現在所有している者に権利を与えれば良い。問題は集落の共有地と被差別民の土地か。新政府の方針である五箇条の御誓文をまた一歩現実化する。
しかし馨は考えずにはいられなかった、重大な問題があった。
「渋沢、民部省で大江卓あたりが提唱していた、蔑称禁止の令の話知っちょるか」
「はぁ、被差別民を平民に組み入れる話ですね」
「要は、被差別民を例外から外し、平民と同じく土地の所有も認める令を、大蔵で考えてみることにしたい」
「民の平等を規定しようということですか。地租と戸籍の話になりますね」
「そうじゃな。租税と戸籍にわしの名で稟議書を出してくれ」
この稟議書は、大蔵省案となり太政官布告として発令された。
「被差別民の蔑称を廃止し身分・職業とも平民同様たるべきこと」という解放令が出された。
ただし政府としては令を出したのみにとどまり、被差別民は特権を剥ぎ取られたが、生活向上の手をうたれることがなかった。実質的に「平民と同様」になるには無理があった。
また「同様」にされた平民側からは反対運動も起きていた。廃藩置県で藩知事の上京阻止の一揆も起きる中、次々と民に変革を求めることに無理もあったのだろう。
農民の出でも豊かな渋沢と、上士の出でありあまり身分を気にすることのない馨では、理解不足も大きかったかもしれない。その分、一揆には厳しくあたっていた。
次に交通と輸送の近代化への一歩として、三井などへ郵便蒸気船会社の設立と参加を説いた。これには大蔵省もというか馨も動き、資金援助など保護をしていた。
手始めの改革も困難を極める中、馨は大隈と博文から洋行の話を聞いた。
「大隈さん、残念だったね。条約改正期限が来年でそれに合わせて使節を派遣するべきだ、という意見は良かったんじゃ」
「確かにそこまでは良かった。だが吾輩以外にも考えていた者があったようである」
「岩倉さんが中心になるとは」
「はち、俊輔、その使節団はどれくらいのものになるんじゃ」
「まだ、岩倉さんの胸の内という所もあるのではないか」
「聞多、君はもちろん留守番だね。僕は副使候補になっている。木戸さんもじゃ」
「わしのことではない。最近の木戸さんを見ちょると、洋行して見聞を広めてもらうのも、ええんじゃないかと思うんじゃ」
「あぁそれはわかるの。とは言っても上海についた途端、攘夷なんて馬鹿らしいと言った聞多ほど、普通は変わらないと思うけど」
「馨、そがん早う変わったんであるか」
「しかも公使館を焼き討ちしてから半年あまりじゃ、大隈さん」
馨は笑うしかなかった。しかしその頭の中にもうひとりの名前が浮かんでいた。
馨はそのもう一人の元へ行き話をすることにした。
「あの、大久保さん。いまお時間よろしいですか」
「大丈夫ですが、どのような件ですか」
「岩倉さんが欧米に使節団を派遣するという話はご存知ですか」
「いや知ってはおらぬ」
「もともとは大隈さんが提案したとのことですが、条約の改正期限が来年ということで、欧米各国の意見を聞きに行くという趣旨だそうです。木戸さんは決定しているとのことです」
「条約の改正はどうなのか」
「改正は締結の各国の考えがあって、楽なものではないと思います。未だ法整備も叶わずにあれば、信用はされとりませんゆえ」
「井上くんは条約を」
「木戸さんから相談されて、目を通したことがあります。ただ重要なのは条約の問題ではなく」
「条約が問題ではないと」
「欧米にて文明の実際をご覧になったらいかがと思います」
「君たちのように開明派になれと言うことか」
「確かに僕たちはイギリスに行き、文明の凄さを学び、改革を志しました。しかし、必ずしも皆そうなるわけではないことは承知しています。ただ、見るのと見ないのでは、大きな違いがあると考えています」
「わかりました。良い話をありがとう」
「それでは失礼します」
馨は大久保の前を辞すると自分の部屋へ行き、大久保不在の省務を考えてみた。右院には自分が出席できる。しかし正院は参議ではない自分は参加できない。何かを決定するには正院を通さなくてはできないのだ。そこは大隈がいれば大丈夫だ。他にも左院が牽制してくることも十分考えられる。
大隈以外周りが敵だらけに見えてきた。しかも所詮自分は大輔の立場だ。今は大蔵卿の大久保を使って、行っているだけではないかと落ちてしまった。
大臣・参議などにより構成される最高意思決定機関としての正院、立法機関としての左院、各省の卿・大輔などで構成される行政機関の右院が置かれた。
大蔵省を事実上掌握したのは大輔の馨だった。早速頭の中にあった国家を開化進歩させる案を実行に移すことにした。政府の権威と意見意見の一致を見るための、立法官重視では事が進まない。理想にはいつか追いつけば良い。どこかが国家のため意見の一致ができる提案を行い、進めていかざるを得ない。それがこの大蔵省であるべきだと考えた。
大蔵卿の大久保ともに廃藩置県後の大蔵省の標準たるべき綱領を定めた。所管の省務として県の統廃合、税制の改正、予算制度、旧藩の債務整理、秩禄処分、士族に対する授産、旧知事たちに対する禄制の設立などを定めた。
馨はこれで大蔵省をもって「法則」を定め、国家建設が行えると考えた。また膨大な事務量に対応するため、事務規定の中で所管の部局の長に一定の決裁権限も委任した。意思決定の期限や手順も細かく決めたため、幹部は馨の意思に合うものに淘汰されることになった。渋沢も大阪から呼び戻すことができた。
まずは全国を三府七十三県とし、地方官人事を行った。その中には大蔵省の事務で、馨が見込んだ人物が入っていた。
山口には元幕臣の中野梧一を送ることにしていた。
しかし、地方人事は太政官としても権限を持っていた。この地方人事はすでに軋轢を生むことが明らかだった。しかし大蔵省の考えに沿った徴税と行政が行われるためにも、譲れない権限でもあった。
そして税制の面から、土地に税をかける地租改正を目指していた。土地の売買の自由化と、その先の減税をも視野に入れていた。
土地は無主地を極力なくしたい。普通の農地は、現在所有している者に権利を与えれば良い。問題は集落の共有地と被差別民の土地か。新政府の方針である五箇条の御誓文をまた一歩現実化する。
しかし馨は考えずにはいられなかった、重大な問題があった。
「渋沢、民部省で大江卓あたりが提唱していた、蔑称禁止の令の話知っちょるか」
「はぁ、被差別民を平民に組み入れる話ですね」
「要は、被差別民を例外から外し、平民と同じく土地の所有も認める令を、大蔵で考えてみることにしたい」
「民の平等を規定しようということですか。地租と戸籍の話になりますね」
「そうじゃな。租税と戸籍にわしの名で稟議書を出してくれ」
この稟議書は、大蔵省案となり太政官布告として発令された。
「被差別民の蔑称を廃止し身分・職業とも平民同様たるべきこと」という解放令が出された。
ただし政府としては令を出したのみにとどまり、被差別民は特権を剥ぎ取られたが、生活向上の手をうたれることがなかった。実質的に「平民と同様」になるには無理があった。
また「同様」にされた平民側からは反対運動も起きていた。廃藩置県で藩知事の上京阻止の一揆も起きる中、次々と民に変革を求めることに無理もあったのだろう。
農民の出でも豊かな渋沢と、上士の出でありあまり身分を気にすることのない馨では、理解不足も大きかったかもしれない。その分、一揆には厳しくあたっていた。
次に交通と輸送の近代化への一歩として、三井などへ郵便蒸気船会社の設立と参加を説いた。これには大蔵省もというか馨も動き、資金援助など保護をしていた。
手始めの改革も困難を極める中、馨は大隈と博文から洋行の話を聞いた。
「大隈さん、残念だったね。条約改正期限が来年でそれに合わせて使節を派遣するべきだ、という意見は良かったんじゃ」
「確かにそこまでは良かった。だが吾輩以外にも考えていた者があったようである」
「岩倉さんが中心になるとは」
「はち、俊輔、その使節団はどれくらいのものになるんじゃ」
「まだ、岩倉さんの胸の内という所もあるのではないか」
「聞多、君はもちろん留守番だね。僕は副使候補になっている。木戸さんもじゃ」
「わしのことではない。最近の木戸さんを見ちょると、洋行して見聞を広めてもらうのも、ええんじゃないかと思うんじゃ」
「あぁそれはわかるの。とは言っても上海についた途端、攘夷なんて馬鹿らしいと言った聞多ほど、普通は変わらないと思うけど」
「馨、そがん早う変わったんであるか」
「しかも公使館を焼き討ちしてから半年あまりじゃ、大隈さん」
馨は笑うしかなかった。しかしその頭の中にもうひとりの名前が浮かんでいた。
馨はそのもう一人の元へ行き話をすることにした。
「あの、大久保さん。いまお時間よろしいですか」
「大丈夫ですが、どのような件ですか」
「岩倉さんが欧米に使節団を派遣するという話はご存知ですか」
「いや知ってはおらぬ」
「もともとは大隈さんが提案したとのことですが、条約の改正期限が来年ということで、欧米各国の意見を聞きに行くという趣旨だそうです。木戸さんは決定しているとのことです」
「条約の改正はどうなのか」
「改正は締結の各国の考えがあって、楽なものではないと思います。未だ法整備も叶わずにあれば、信用はされとりませんゆえ」
「井上くんは条約を」
「木戸さんから相談されて、目を通したことがあります。ただ重要なのは条約の問題ではなく」
「条約が問題ではないと」
「欧米にて文明の実際をご覧になったらいかがと思います」
「君たちのように開明派になれと言うことか」
「確かに僕たちはイギリスに行き、文明の凄さを学び、改革を志しました。しかし、必ずしも皆そうなるわけではないことは承知しています。ただ、見るのと見ないのでは、大きな違いがあると考えています」
「わかりました。良い話をありがとう」
「それでは失礼します」
馨は大久保の前を辞すると自分の部屋へ行き、大久保不在の省務を考えてみた。右院には自分が出席できる。しかし正院は参議ではない自分は参加できない。何かを決定するには正院を通さなくてはできないのだ。そこは大隈がいれば大丈夫だ。他にも左院が牽制してくることも十分考えられる。
大隈以外周りが敵だらけに見えてきた。しかも所詮自分は大輔の立場だ。今は大蔵卿の大久保を使って、行っているだけではないかと落ちてしまった。
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