【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

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明治維新編13 維新の終わり

維新の終わり(2)

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 その頃日本では、伊藤が益田孝のもとを訪ねていた。

「工部卿自らお出でになるとは、驚きました。狭いところですが、ごゆっくりしてください」
「ここが先収会社の事務所だったところですね。僕は入り口までしか来たことがなくて、井上さんが仕事をしているところを、見たことがなかったんです」
「井上さんがお使いになられた部屋は隣です。今は応接室として使っています。ただ、こちらの部屋のほうが、秘密が保ちやすいので、こちらを使うことのほうが多いのです」
「では、本題に入らせて頂きます」
 博文は書類をテーブルに置いた。
「こちらをお読みいただきながら、お聞きください。では、説明をします」

 政府としては、正貨である外貨をすこしでも稼ぐため、官営で行われている三池炭鉱の石炭を海外輸出してほしいというものだった。
 益田には井上が言っていた手土産だとすぐにわかった。まずは上海に持っていき、清に進出している企業に売ることができれば、更に販路を広げることができると考えられた。これに乗れなくては、この先は無いだろうと思える魅力があった。

 腹は決まった。
「わかりました。このお話お受けいたします」
「さすが、聞多が見込んだお人じゃ。よろしく頼みます」
 初めて、博文が笑みを浮かべた。
「そういえば、井上さんのお宅で、一度お目にかかりましたね」
「あぁ、あの時は大変な時期で、お話できませんでした。これからは、共に仕事をすることになりました。親しくして貰えれば」
「井上さんのご縁です。私からもこれからもよろしくお願いします」
 博文は、木戸の洋行がかなわない以上、三井物産との契約は馨との信頼の上でも必要なことだと思った。無事叶えられたことに一安心だった。

 萩の前原一誠を中心とした明倫館に起伏している者たちに、不穏の動きがあると密偵から、内務省の大久保のもとに情報が、上がってくるようになっていた。
 その動きは廃刀令と俸禄廃止と俸禄について裁定された金額について金禄公債を支給するという秩禄処分に対して、不満を持つものが増えたことで過激化していた。
 秩禄処分はもともと大蔵省時代の馨が計画し、大久保が変更を加え実行していったものとなった。木戸はゆっくりと、なるべく平穏に行われることを、希望していた。

 そんな木戸は、馨に対して大久保の施策が薩摩に対して甘いと言う不満を文にしたためて送っていた。馨はそんなに不平不満をぼやくくらいなら、パリの万博視察を理由にこっちに来ればいいと返事を送っていた。

 しかし、士族の反乱は熊本、秋月と起きて鎮圧したところで、萩で前原一誠が暴発した。他の地域での連携を計画していたことがわかり、広がりが懸念された。しかも、農民の一揆も頻発し、士族の動きと連携されることを防がなくてはならなかった。こうして木戸の洋行は不可能となっていた。

 馨はロンドンで留学生の世話役もかってでていた。
「いいか、ここでわしらが作るものが皆の食事となるぞ。奥方様やお嬢様にひどいものを食させることになるのは日本男児の沽券に関わる。その作り方のとおり作ってみなでうまいものを食おう」
 馨は集まって来ていた留学生たちを前に演説をした。

 それを聞いた中上川、小泉、小笠原といった面々は台所の持ち場について、料理の支度を始めた。あまり自炊もしていないということなので、簡単なものしか作れないが、井上家が日本から持ってきた和食の食材を前にするとやはりきもちはあがってくるものだ。白米のご飯と味噌汁、焼き魚、野菜の煮物といったものに取り掛かっていた。

 中上川と小泉はまず材料を切り、米を研いでいた。なかなか進まなかったのは小笠原の担当の汁物作りだった。まず手始めの鰹節を削ることができなかった。

「おぬしら、なにやっちょる。まだできんのか」
 馨が台所を除くと、小笠原の悪戦苦闘ぶりが見て取れた。
「小笠原くん、ひょっとして鰹節の削り方を知らんのか」
 小泉が鰹節の削り具合を見ると、粉々になっていた。
「君はやっぱり殿様だなぁ。まず鰹には削る向きがある。目みたいなのがあるんだ。このかんなみたいなのは引く時に削れる。それを合わせてやると薄い削り節になる。結構料理も理屈なんだ」
 殿様という言い方に少しムッとしていたが、小笠原は言われたとおりにやってみた。シュッと音がして、薄い削りが現れると思わず声を上げていた。
「あぁできた。これは面白い」
「井上さん、大丈夫です」

 そうやって出来上がったものを、武子や末子も同席して皆で食べた。すこし飯が焦げていても、魚が日本と少し違っていても、皆で作って食べるということは、留学生たちにちょっとした喜びになっていったようだった。

「小麦粉と塩があれば、うどんも作れるはずだ」
「そりゃ面白そうだ」
「料理はケミストリーだ。僕は専門外だけどな」
 このホームパーティは定期的に行われていくことになる。

 馨は家主のハミリーの助言を受けながら、経済学の本を読むことにした。そしてジョン・ステュアート・ミルの「自由論」の講義も受けた。他にも英語の教授のもとにも行き語学力を高めることもしていた。

 日課の散歩の一環として、日本公使館に顔をだすことも忘れなかった。

 留学生たちとの購読会はそういう日常の良いペースメイカーにもなっていた。しかも、その内容に即した議論をすることは、彼らの新しい知識をえることであり、自分の経験を伝えることでもある。有為な人材に、現実の困難さを教えることができるのは、とても意味があると思えた。

 武子の語学にについてはちょっとした壁があった。
 当初家事と日常のことを含めて英語も家政婦のキャシーに見てもらい、末子とマナーやダンスを家庭教師から学ぶ予定だったが、すこし慇懃さが気になってしまって、質問がしにくくなってしまった。
 そこで、留学生チームの助けを得ながら英語を学ぶことにした。彼らは末子の遊び相手もしてくれるようになっていた。
 またハミリー夫人とも打ち解けて、余裕が出てくると武子も何か新しいことをやりたくなった。日本に帰ってからのことを考えると、この洋装を自分で仕立てられるようになるのも、実用的ではないかと考えた。

「あなた、お茶にしましょう」
 武子が馨の書斎をノックして、声をかけた。
 天気の良い日はガーデンテラスで気分転換をする。紅茶にスコーン、ジャムを変えていけば十分だった。
「はい、どうぞお召し上がりください」
「あぁ今日はオレンジのジャムか」
「馨さん、少しお話が」
 かしこまって話をする武子に、余裕を持って笑ってみせた。
「なんじゃ。あらたまって」
「馨さんが、お勉強している時間を使って、私も習いたいことができました」
「そりゃええことじゃ。で、何をやるつもりじゃ」
「お裁縫を。このドレスといった洋装の仕立てをやってみようと思います」
「ふむ、日本に帰っても役に立ちそうじゃな」
「それで、お願いなのですが。ミシンという裁縫用の道具を買っていただきたいのですが」
 武子はじっと馨を見ていた。こういう態度は日本にいたときにはなかったので、新鮮な感じが馨をときめかせてもいた。
「いくらぐらいかの」
「20ポンド位かと」
「けっこうな代物じゃな」
 さすがに馨も考えたが、消えるものではなし武子のやりたいことというのも、なかなかないだろうと決断した。
「わかった。これから使うものじゃ。気に入ったものを買うがええ」
「あぁよかった。頑張ります」
 武子の目が輝いている。この輝きこそ馨には、大事にしているものと思うと、心の底からうれしかった。

 12月を迎えると、ロンドンはクリスマスシーズンになった。

 この時期になるとクリスマス休暇で教授達もロンドンを去ることになっていた。勉学に向かないということで、、馨達一家もクリスマスを楽しむことにした。年末まで、大陸を旅することにしたのだった

 まずパリに行くと、きらびやかなシャンゼリゼ通りが目を引いた。通りの華やかさは勿論、並ぶ店も武子の興味をふくらませていた。ロンドンが結構地味だったと気がついていた。街によってこんなにちがいがあるとはしらなかった。

「皆さんの服も、これが最先端というもの、なのでしょうね」
「そうじゃな。かなりロンドンとは趣が違うの」
「貴方もパリは初めてでしたね」
「渋沢に聞いとったが、見るのはやっぱり違うの」
「まぁ、あれは随分きれいなお店ですね」
「ジュエリーショップじゃな」
 武子がスッと中に入ってしまった。
「えっ。おい」
 馨も続いて入ってしまった。

 店員が「今日は何かご用ですか」と二人に声をかけた。
 武子は店員に微笑むと、覚えた英語で話しかけていた。ネックレスやペンダント、イヤリング等など眺めていると、指輪のところで目が釘付けになっていた。
 この店の品の値段を見ていた馨は、顔が引き攣るのを覚えた。値札のないもののほうが多かったが。そっと武子に近づくと声をかけた。
「武さんちょっと。この店は……」
「貴方様の茶器の一揃に比べればお安いかと」
「うむ」

 馨にとって痛いところをつかれてしまった。
 こっそり買った品々が頭に浮かんで消えていった。

「わかった。好きなのを選べ」
 まさか店の中で口論をするわけにもいかず、武子の選んだ1カラットのダイヤの指輪を買うことにした。

 こうして、朝鮮派遣の功労金も減っていくことになった。武子の望みはまだ続いていく。

 また違う機会に、街を歩いていると、色とりどりの様々な形の服が飾られているブティックの前で足を止めていた。

 くるっと馨の方を見て、にこっと微笑んだ。
「貴方、こういう上着もあると、このパリに馴染むと思うんですけど」
 だんだん、武子のねだり方がうまくなってきたようで、馨も日本での様々なことを考えると、負けることが多くなっていた。

 武子の笑顔につい財布の紐が緩んでいた。

 赤い華やかなリボンが印象的なマントを身に着けた武子の、ヨーロッパの女性に負けない美しさが誇らしかった。とはいっても、末子の服も含めて、予想以上の支出につい博文に、文で愚痴が出てくる。

「生活費よりも問題なのは婦人方のかかりで、とくに服には困惑してる。その分自分は身なりに構うのをやめてしまった。これはこれで気が楽だ」
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