悪女の条件

瑞野明青

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「申し訳ありません。このようなことになりまして」
「仕方あるまい。君は責務を果たさないといけないのだ」
「いつ終わるかわかりません。テレサのことを考えると……」
「ハンス、君の思うようにするしかないだろう」
「テレサをよろしくお願いします」
「言われなくともな。……我が娘だ。でも、いいのかそれで」
「決めたことです」
「わかった」
 アインホルン伯爵邸での伯爵とハンスと呼ばれるもう一人の男が会談していたのを、その屋敷の人達はごく一部を除き誰も気が付かなかった。伯爵夫人は令息と令嬢を連れて里帰り中だった。執事と伯爵付きの侍従を除き家のものは日中の休暇を与えられ、皆外出をしていた。
「お茶も出さずにすまなかった」
「いいえ、これからの任務のため仕方ありません」
 そう言って男は敬礼をすると、屋敷を後にした。アインホルン伯爵はその後姿を寂しそうに見送るだけだった。

 夕暮れ時になると休暇を楽しんだ使用人たちが戻ってきて、屋敷はいつもの賑やかさを取り戻していた。夕食の支度が整った頃に伯爵は、伯爵夫人の実家レーゼンビー伯爵王都屋敷から戻ってきた妻と子どもたちを出迎えた。
「どうだ、楽しかったか」
「旦那様、今日はありがとうございます。両親がとても楽しそうにしてました」
「お父様。テレサは……じゃなかった。私ね、おばあさまにこの帽子を買っていただいたの。どうせあなたは駆け回るのだから、きちんとしたお帽子を被りなさいですって。失礼しちゃうわ」
 テレサは紫水晶で薔薇の花をかたどったハットブローチが煌めくボンネットを、父親に見得るように被ってみせた。
「僕はお祖父様と伯父さまに剣を見繕っていただきました。どうですか、素晴らしい剣でとても持ちやすいのですよ。早くこの真剣で訓練ができるようになりたいものです」
 二人の子供の話を笑いながら聞いていた伯爵は、マナーを教えるためにもはっきりとした口調で言った。
「カールとテレサも、きちんとお礼を言ってきたのだろうな。お礼の手紙もきちんと書いて送りなさい。お祖父様やお祖母様だけでなくレーゼンビーの方々が、楽しみにしているのだから」
「はい、わかりました」
 カールとテレサは声を合わせて答えると、伯爵は二人を抱きしめた。
「もうすぐ夕食だ。早く着替えてきなさい」
 伯爵の言葉にカールとテレサはそれぞれの侍女に促されて、2階にある自分の部屋へ向かっていった。
 
 子どもたちが2階に上がっていったのを見ると、夫人は心配そうに伯爵を見ていた。
「ユーリ、君も着替えてきなさい。なるべく早く頼む。いや、話は夕食後でいいか」
「お夕食のあとの方がよろしいかと。せっかく楽しい一日でしたから。ヨハン、それではまた後で」
 ユーリはヨハンの頬に軽く口付けて、侍女を引き連れて2階の自室へ戻っていった。ヨハネス・アインホルン伯爵は一度執務室へ行き、今日の話の結果をあの男の父シュルツ侯爵に手紙を書いて知らせる必要があるのを思い出していた。
『ハンスの申し出を了承した。テレサについてはこちらでしっかりフォローをするので心配しないでほしい。ハンスの武運を祈る』
 としたためると、執事に申し付けて送らせた。ほっと一息つくと、しっかりとした体躯を持った黒髪と澄んだ青い瞳を持った美丈夫のハンスのことを思った。そして妻によく似たプラチナブロンドのストレートな髪の毛と大きなくりっとした済んだグリーンの目を持ったテレサにどうすべきか考えた。めぐり合わせなのか運命なのか、ハンスとテレサの二人をどうすれば幸せにできるだろうかと。
 そこで扉がノックされた。入れと声を掛けると執事のブリードが入ってきた。
「みなさまが食堂でお待ちです」
「わかった行こう」
 食堂へ行くとカールとテレサがわいわい話をしていて、聞いている妻のユーリだけでなく配膳をしている侍女たちもにこやかにしていた。席につこうとすると、テレサはニコニコとヨハンに笑いかけてきて、この笑顔を守らなくてはと改めて思った。
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