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第3章 さよならハインリッヒ
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テレサとハンスは立ち上がり王太子とカタリーナをお辞儀をして迎えた。王太子とカタリーナが座るのを見て、テレサとハンスも座った。
「本当に最近は色々と忙しくて申し訳ない。ハンスにはアチラコチラと走り回ってもらっているんだ。わたしが休まないから休めるわけ無いと怒られてね。少しでも挽回したかったんだよ。わたしもテレサと話をしたかったし」
「殿下のお心遣いとても嬉しいです。先だってもハンス様にかわされてしまいましたから」
「そうそう、その後わたくし、テレサと愚痴を言い合ったこともありました」
カタリーナも淑女の笑みでテレサと一緒に不満を言うと、流石の王太子アルツールも背筋に冷たいものが走っていた。ハンスは伏し目がちで注がれたばかりの紅茶を口に含み、やけどをしそうになっていた。
「そういえば、最近評判の小説があるそうではないか。ケティとテレサは知っているのか」
「他愛もない恋愛小説ですわ」
テレサはタイトルだけでなく内容なんていいたくないという風だった。
「『悪女の涙』だったかしら。婚約者に裏切られて婚約破棄をした令嬢が、家を出されて平民となり商人として成功した後、婚約者の家を崩壊させるというお話ですね」
カタリーナの説明を聞きながらテレサはフルーツタルトを頬ばっていた。好物のももがふんだんに盛られていて、一口ほおばるたびに口元が緩むのがわかる。「さすが王宮のパティシエはちょっと違う。フレッシュさと濃厚な甘さが口いっぱいに広がって~」と心が叫んでいた。むふふっと笑っているのが、さっきの淑女の笑みとの差が大きくて、ハンスは少し安心していた。
「そのタルトってそんなにうまいのか」
王太子がテレサに笑いかけると、手づかみで大きく口に入れて食べていた。合わせるかのようにハンスはシュー・ア・ラ・クレームを口に放り込んだ。
「まぁ、せっかくのお菓子をそんなに雑に」
「そうです。食べ物にも礼を示さないと」
またもカタリーナとテレサに不満を示されて、王太子と筆頭側近の一人はタジタジになって苦笑いをするしかなかった。そうして見合った王太子とカタリーナは席を立とうとしていた。
「折角の機会だ。わたしたちはあちらの庭を散歩することにするよ。ハンスとテレサはゆっくりするといい」
「そうよ、テレサはハンス様に甘えなさいよ」
ハンスとテレサは迎えたときと同じ様に立ち上がり、お辞儀をして二人を見送った。
席を変えて座り直したテレサは、カタリーナから渡された包を膝に置き、ハンスを正面に見つめた。
「すいません、ハンス様のお茶を交換してくださるかしら」
テレサが側に付いていた侍女に声を掛けると、ハンスのカップを交換して新しくお茶をいれると、ポットを置いて下がっていった。側仕えがいなくなったのを確認したテレサは、膝の包から紙の束を出してテーブルに置いた。
「ハンス様にお話したいことがありますの」
「どうかしたのか」
「ハンス様にはかなり、親しいお方がいらっしゃるようですね」
「遠縁のヒッテンベルグ辺境伯令嬢だろうか。社交シーズンだからな。都へ来た令嬢に何回か買い物などを付き合ったが」
「買い物ですか……宝飾品をいただいたことないのに」
テレサはため息を付いた。婚約したときこそエメラルドのネックレスをプレゼントされた。誕生日などは本やガラスペン、守り刀といった他の人からはもらわないだろうと言うものが贈られていた。こうして思い返すと、女性という扱いを受けていない気がしてきた。
落ち込みながらも目だけはハンスの変化を捉えようと、外すことはなかった。紙の束を引き寄せると、ちらっと見て折り目をつけたものを出していた。
「買い物で、個室レストランへお二人で入るものでしょうか」
「食事だってするのは悪くないだろう」
「はぁ、ただのレストランではありませんね。ブルーム・ダーケンナハトという店は」
「ああ、たしかに行った。連れ込み宿だ」
ハンスは言い訳をせず、あっさりと認めることにした。テレサの目が潤むのを気が付きながらも、ハンスは睨みつけ怒りをあらわにしてみせた。
「ヒッテンベルグ辺境伯令嬢をお思いになっていらっしゃるの」
テレサには一番聞きたいことで、一番答えてほしくないことだった。
「僕だってもう19歳だし、男だからな。思いを遂げられる女性が欲しいのは当然だろう。軍や騎士団に所属していれば、部下や兵士から馬鹿にされるのはごめんだ。娼館に出入りするだけじゃ笑われるからな」
「でも、それでは軍や騎士団の方々は不貞なさるのが普通なのですか」
「あっ」と言いかけたまま黙るしかなかった。騎士団周辺では、婚約破棄などよくある話だと聞いたことがあった。
「仕方ないだろう。君はまだ14歳で子どもなんだから。フロイライン・テレサ」
怒りに負けては駄目だと思うほど、手が震え目も潤んできた。欲望の対象にならないと子供扱いされて、別の女性を求められたことがこんなにプライドをずたずたにされるとは思いもよらなかった。
深呼吸をして息を整えると、もう一度ハンスを睨みつけた。
「わかりました。ハンス様。わたくしはこのような扱いを我慢できません。婚約をなかったことにしていただきます。このことを当然父上にもお話しいたします。本日はお手間をおかけし申し訳ありませんでした」
テレサは膝を折りドレスを広げてお辞儀をした。その目はハンスの目を見つめて澄んだまま、涙を落とすこともなかった。振り向いて歩き出すと、揺れることもなくどこまでも美しく立ち去っていった。
完璧な淑女ぶりにハンスは追いかけることができず、立ちすくみ空を見上げていた。
「さようなら、テレサ」
テレサは王太子のデートを邪魔するわけにもいかず、王太子付きの侍従に走り書きの手紙を渡し王宮を立ち去った。婚約者をなくすと気絶するご令嬢の話がたくさんあったが、そういえば普通に歩いて馬車に乗っているとテレサはふと思った。そういうご令嬢のほうが可愛らしいというものなのかもしれない。
でも、可愛げがないと言われてもフロイラインなんて絶対に嫌いなテレサだった。
「本当に最近は色々と忙しくて申し訳ない。ハンスにはアチラコチラと走り回ってもらっているんだ。わたしが休まないから休めるわけ無いと怒られてね。少しでも挽回したかったんだよ。わたしもテレサと話をしたかったし」
「殿下のお心遣いとても嬉しいです。先だってもハンス様にかわされてしまいましたから」
「そうそう、その後わたくし、テレサと愚痴を言い合ったこともありました」
カタリーナも淑女の笑みでテレサと一緒に不満を言うと、流石の王太子アルツールも背筋に冷たいものが走っていた。ハンスは伏し目がちで注がれたばかりの紅茶を口に含み、やけどをしそうになっていた。
「そういえば、最近評判の小説があるそうではないか。ケティとテレサは知っているのか」
「他愛もない恋愛小説ですわ」
テレサはタイトルだけでなく内容なんていいたくないという風だった。
「『悪女の涙』だったかしら。婚約者に裏切られて婚約破棄をした令嬢が、家を出されて平民となり商人として成功した後、婚約者の家を崩壊させるというお話ですね」
カタリーナの説明を聞きながらテレサはフルーツタルトを頬ばっていた。好物のももがふんだんに盛られていて、一口ほおばるたびに口元が緩むのがわかる。「さすが王宮のパティシエはちょっと違う。フレッシュさと濃厚な甘さが口いっぱいに広がって~」と心が叫んでいた。むふふっと笑っているのが、さっきの淑女の笑みとの差が大きくて、ハンスは少し安心していた。
「そのタルトってそんなにうまいのか」
王太子がテレサに笑いかけると、手づかみで大きく口に入れて食べていた。合わせるかのようにハンスはシュー・ア・ラ・クレームを口に放り込んだ。
「まぁ、せっかくのお菓子をそんなに雑に」
「そうです。食べ物にも礼を示さないと」
またもカタリーナとテレサに不満を示されて、王太子と筆頭側近の一人はタジタジになって苦笑いをするしかなかった。そうして見合った王太子とカタリーナは席を立とうとしていた。
「折角の機会だ。わたしたちはあちらの庭を散歩することにするよ。ハンスとテレサはゆっくりするといい」
「そうよ、テレサはハンス様に甘えなさいよ」
ハンスとテレサは迎えたときと同じ様に立ち上がり、お辞儀をして二人を見送った。
席を変えて座り直したテレサは、カタリーナから渡された包を膝に置き、ハンスを正面に見つめた。
「すいません、ハンス様のお茶を交換してくださるかしら」
テレサが側に付いていた侍女に声を掛けると、ハンスのカップを交換して新しくお茶をいれると、ポットを置いて下がっていった。側仕えがいなくなったのを確認したテレサは、膝の包から紙の束を出してテーブルに置いた。
「ハンス様にお話したいことがありますの」
「どうかしたのか」
「ハンス様にはかなり、親しいお方がいらっしゃるようですね」
「遠縁のヒッテンベルグ辺境伯令嬢だろうか。社交シーズンだからな。都へ来た令嬢に何回か買い物などを付き合ったが」
「買い物ですか……宝飾品をいただいたことないのに」
テレサはため息を付いた。婚約したときこそエメラルドのネックレスをプレゼントされた。誕生日などは本やガラスペン、守り刀といった他の人からはもらわないだろうと言うものが贈られていた。こうして思い返すと、女性という扱いを受けていない気がしてきた。
落ち込みながらも目だけはハンスの変化を捉えようと、外すことはなかった。紙の束を引き寄せると、ちらっと見て折り目をつけたものを出していた。
「買い物で、個室レストランへお二人で入るものでしょうか」
「食事だってするのは悪くないだろう」
「はぁ、ただのレストランではありませんね。ブルーム・ダーケンナハトという店は」
「ああ、たしかに行った。連れ込み宿だ」
ハンスは言い訳をせず、あっさりと認めることにした。テレサの目が潤むのを気が付きながらも、ハンスは睨みつけ怒りをあらわにしてみせた。
「ヒッテンベルグ辺境伯令嬢をお思いになっていらっしゃるの」
テレサには一番聞きたいことで、一番答えてほしくないことだった。
「僕だってもう19歳だし、男だからな。思いを遂げられる女性が欲しいのは当然だろう。軍や騎士団に所属していれば、部下や兵士から馬鹿にされるのはごめんだ。娼館に出入りするだけじゃ笑われるからな」
「でも、それでは軍や騎士団の方々は不貞なさるのが普通なのですか」
「あっ」と言いかけたまま黙るしかなかった。騎士団周辺では、婚約破棄などよくある話だと聞いたことがあった。
「仕方ないだろう。君はまだ14歳で子どもなんだから。フロイライン・テレサ」
怒りに負けては駄目だと思うほど、手が震え目も潤んできた。欲望の対象にならないと子供扱いされて、別の女性を求められたことがこんなにプライドをずたずたにされるとは思いもよらなかった。
深呼吸をして息を整えると、もう一度ハンスを睨みつけた。
「わかりました。ハンス様。わたくしはこのような扱いを我慢できません。婚約をなかったことにしていただきます。このことを当然父上にもお話しいたします。本日はお手間をおかけし申し訳ありませんでした」
テレサは膝を折りドレスを広げてお辞儀をした。その目はハンスの目を見つめて澄んだまま、涙を落とすこともなかった。振り向いて歩き出すと、揺れることもなくどこまでも美しく立ち去っていった。
完璧な淑女ぶりにハンスは追いかけることができず、立ちすくみ空を見上げていた。
「さようなら、テレサ」
テレサは王太子のデートを邪魔するわけにもいかず、王太子付きの侍従に走り書きの手紙を渡し王宮を立ち去った。婚約者をなくすと気絶するご令嬢の話がたくさんあったが、そういえば普通に歩いて馬車に乗っているとテレサはふと思った。そういうご令嬢のほうが可愛らしいというものなのかもしれない。
でも、可愛げがないと言われてもフロイラインなんて絶対に嫌いなテレサだった。
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